090627安針塚→畠山→乳頭山→田浦
090627安針塚→畠山→乳頭山→田浦
田浦駅(12:50)→団地上(13:20)→馬頭観音(14:01)→見晴台(14:23)→イトーピア団地→新逗子駅(16:07)
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田浦駅(12:50)→今日は馬頭観音を目指して歩きますが、まだ、歩いたことのない船越神社脇を右折して団地の上に出て目指すコースです。まだ新しい団地で区画は大きく良い感じの団地です。地図では南西方向に上るようなのですが、入り口がわからないので、壁沿いに階段を上っていきましたところ、正解でした。団地の上にあがると見晴らしは良いです。→団地上(13:20)→傾斜の緩い快適な道でしっかりとした踏み跡があります。山桜が散り始めていて道や草に白い花びらが一面に撒いてあります。途中に鉄塔があり、続いて、切り通しのような道があります。「桜村山」、「牛馬安全」の文字が彫ってある馬頭観音がありました。→馬頭観音(14:01)→ここからも良い道が続きます。しばらくして、いつもは逗子側から来て休憩する見晴らしの良いポイントで休憩して昼食タイムで、おにぎりとパンを食べました。山桜が散り始めていて花吹雪がすごくきれいです。→見晴台(14:23)→ここからは東逗子駅に出ようかと思いましたが、眼下の団地がきれいだったので降りてみることに。団地内は広くて迷いましたが何とか出口に出ました。→イトーピア団地→いつもの長柄交差点に出てバスで新逗子駅に行きました。→新逗子駅(16:07)
安針塚駅(11:10)→塚山公園(11:31)→一軒家(12:10)→畠山(12:35)→三浦アルプスへの分岐(13:21)→乳頭山(13:26)→田浦緑地(14:01)→田浦駅(14:40)
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安針塚駅(11:10)→サクラの名所である塚山公園を目指します。途中は結構急な舗装道です。公園には多くのサクラの木がありますが、開花はあと数日という感じでして、色づいたつぼみが木いっぱいに付いていました。三浦按針の石碑のところに行こうとしたのですが、ちょうど数十人程度のカメラ愛好家グループの一段と重なりこりゃ
だめだと思い、下から拝んで畠山を目指します。→塚山公園(11:31)→地図を見ながら道なりに下っていきますが、少し早めに下り道に入ったようで以前、大楠山に登ったときに下った道でした。横須賀インターチェンジの接続道がクルクルあって少し迷いましたが、何とか地図を確認して行き先を修正しました。山中町に出たところが難し
く、北西に進みます。京浜急行が作成した地図に「最初の人家」と書いてありましたが、畠山から下ってくる場合のコメントであり、確かに、ぽつんと家がありました。これだと思ってあとは自信を持って登り口を探します。→一軒家(12:10)→ちゃんと地図のコメントの通り途中にはスチールネットの階段が取り付けてあります。上ったところに
ある鉄塔から右に行きますが、途中は急な上り坂があり、ロープが付けられていました。途中でカゴを背負ったおじさんに会いまして、道を聞いたところ、畠山は畠山氏ゆかりの山でここで陣を張ったのだとのことでした。そして、江戸末期にはここに大砲を置いて外国船攻撃を考えていたといったことも。調べたところ、「畠山は衣笠城攻めの
折に畠山重忠が布陣した場所と伝えられている。畠山重忠は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将で鎌倉幕府の有力御家人。源頼朝の挙兵に際して当初は敵対するが、のちに臣従して治承・寿永の乱で活躍。知勇兼備の武将として常に先陣を務め、幕府創業の功臣として重きをなした。しかし、頼朝の没後に実権を握った初代
執権北条時政の謀略によって謀反の疑いをかけられ、一族とともに滅ぼされた(畠山重忠の乱)。存命中から武勇の誉れ高く、その清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑」と称された。」とのことです。畠山の頂上は平坦ですが木が茂っていて見晴らしは良くありません。小さなお地蔵さんが置かれています。→畠山(205m)(12:35)→畠山か
ら乳頭山方面北西方向の尾根を行きますが、結構これがアップダウンがきつい道です。おまけに道幅は狭く、木の根回りのところを右へ左へと歩きますので歩きづらいのですが、深い山に登った感じがしてとても得した気分で歩けます。40分くらいで仙元山方面の標識があります。ここからは三浦アルプス方面だなと。→三浦アルプスへ
の分岐(13:21)→程なくスチールネットの階段があり、すぐに乳頭山です。→乳頭山(13:26)ここからは、途中で田浦梅林の方へ急坂をロープ伝いに下ります。田浦の梅林はほとんど梅は散っていて、寂しげな感じで人影がほとんどありませんでした。→田浦緑地(14:01)途中、京急田浦駅前の交差点沿いにある「森のパン家」で

パンを買いました。ジャーマンポテトパンとチョロコローネがおすすめです。店内は狭めですがパンが色々と並んでいます。日曜が定休日です。→田浦駅(14:40)
三浦アルプス 風早橋バス停(12:05)→葉山教会(12:22)→仙元山山頂(118m)(12:33)→標識12(13:10)→分かり辛い分岐(13:22)→観音塚(167m)(13:33)→鉄塔(15:03)→上山口分岐(15:11)→乳頭山(15:25)→田浦梅林への分岐(15:34)→横横高速陸橋(15:50)→田浦梅林展望台(16:00)→京急田浦駅(16:30)
《詳細》

風早橋バス停(12:05)京急逗子駅前のバス停から風早橋までバス利用で10分程度でした。トンネルの方向に歩き横断歩道を渡ってボンジュールでパンを購入します。2人分で計7個くらい仕入れました。ボンジュールの先を50メートルくらいすぎたところ左手に登りの道があります。すごい急な道ですが
登っていくと葉山教会の建物が見えます。左手には湘南の海が徐々に見えてきます。→葉山教会(12:22)→教会の左手に仙元山ハイキングコースと書かれた看板がありその方向に登っていきます。結構急な道ですが眼下に海が見えて来て展望はすばらしい道です。頂上は開けていて、テーブルとかトイレがあります。
10分ほど休憩しました。→仙元山山頂(118m)(12:33)→下りの階段があったり、木の根っこが網のように張った道があり変化に富んだ道をアップダウンして徐々に上っていきます。そして、擬木で作った長い階段を登ると標識12と書かれた小ピーク(189m)があります。
この階段の登り道には可憐なスミレがたくさん咲いていました。なお、この階段は京急トレッキングマップには約250段と書かれています。→標識12(13:10)→ここからはすこし下り気味に進みます。途中で例の分かりにくいとされている分岐に遭遇しました。この分岐では左手のこんもりした土手の方に道がついていて、
進路と逆方向のような感じになります。ちょうど田浦方面から来た人たちがその分岐から出てきたので分かりました。→分かり辛い分岐(13:22)→しばらく行くと、13人の一行とすれ違います。離合場所が狭かったので待ちました。なお、そのあとも同じグループだろうと思いますが、
2グループ各10人程度の一行とすれ違いました。大変大きな集団です。10分ほどで観音塚です。「観音塚」と呼ばれる小ピークには太い幹のタブノキと石像があります。→観音塚(167m)(13:33)→ここから尾根には大きなドングリの並木があります。まだここから2時間以上歩かないと田浦に着きそうでないので
少し焦り気味になりました。途中桜の並木があります。お腹も減ってきてすこし広いところに横木があったので腰を下ろしてやっと昼ご飯のおにぎりを食べて小休止。その場所から5分ほどしたら鉄塔の広場に出てきました。ここは拓けていて休憩には絶好のポイントでしてここで休めば良かったぁ。
→鉄塔(15:03)→鉄塔の所から少し下りますが、スチールネットでできた階段などがあり楽です。そして、椿の林には花が咲いています。上山口小学校への分岐の標識があります。→上山口分岐(15:11)→乳頭山に向かいます。登りになり、山頂手前の東側に畠山への道がありますが、
真っ直ぐ山頂方向へ。山頂では東側の東京湾というか横須賀の海が見渡せました。ここからもう田浦の梅林が臨めて一安心でした。→乳頭山(15:25)→山頂から5分くらいで田浦の梅林への分岐道がありました。→田浦梅林への分岐(15:34)→梅林への道は急な下りなので、ロープが付いていました。
大助かりです。転げ落ちるような道をロープ頼りに下りたところで陸橋があり、その陸橋の向こうは梅林です。→横横高速陸橋(15:50)→お疲れ様でした。→田浦梅林展望台(16:00)→京急田浦駅(16:30)









京急神武寺駅(12:52)→神武寺参道への分岐(13:28)→JR東逗子駅(13:45)→逗子小学校(13:54)→二子山山頂(15:29)→森戸川(16:05)→堰堤(16:13)→車上橋(16:23)→ゲート(16:34)→長柄バス停(17:00)
《詳細》

京急神武寺駅(12:52)→カップラーメンを持参していたのですがお箸が無くて、駅前のコンビニでサラダを買うついでに箸をゲットしました。車道に出て5分程度六浦方面に歩きます。途中から右手に折れて逗子中学校の脇の道を歩きます。そのまま歩くと特養老人ホームが右手にあり、このあたりから山の道らしくなります。
道はシダが生い茂る良い道で少しジメジメしていますが林の中に光が入り明るい緑で一杯の道です。15分ほど歩くともう神武寺の建物が見えますが、今回はお寺に着く手前を右に折れて東逗子駅に向かいます。→神武寺参道への分岐(13:28)→この下り道は神武寺への参道であり切り通しの道があったりして大変良い道です。

住宅地との境には石碑があり大きく天台宗神武寺と彫られています。→道なりに行くと直ぐに踏切がありそこに駅があります。→JR東逗子駅(13:45)→駅前の踏切を横断して逗子小学校のグラウンドを右手に見つつ通ります。→逗子小学校(13:54)→ここからは道なりに進んで行き、途中に
東京湾が見渡せるポイントで小休止しつつ進みます。二子山の山頂横にはKDDIの鉄塔があります。山頂には見晴台がありここで遅い昼ご飯。カップラーメンを作りさっきのお箸で食べました。この時期の熱い食べ物は本当においしかったです。→二子山山頂(15:29)→このまま戻るのはもったいないので、利用したことがない森戸川に下って見ることにしました。
逗子市役所作成の有料のパンフに道が書いてありますが×のマークがあるので大丈夫なのか今ひとつ不明でしたが、現地には森戸川方面を示す標識があったので下りました。急な下りでそのうちに道が細くなり、道は水が流れていたりして少し心配となりました。
下りを開始した時刻は3時過ぎていたので30分ほど下っておかしいなら引き返えそうと考えました。平坦な所に出てきて、林道に出ました。これなら大丈夫と考えました。森戸川を下っていきます。→森戸川(16:05)→逗子市役所の絵地図には川に堰堤が2つ記載されておりまして、途中で堰堤を発見しました。
これは下流の堰堤ではないかと思いましたが、間違いでして上流部の堰堤でした。約30分位ひたすら歩き続けますが、結構長い距離です。→堰堤(16:13)→途中に南郷から秋谷間をつなぐトンネルである南郷トンネルと新沢トンネルの切れ目が頭上に見えました。ゴーゴーと音しか聞こえない変な橋です。
→車上橋(16:23)→ゲートが見えました。→ゲート(16:34)→ゲートを越えると人家が出てきて、バス停まで結構ありますがなるべく車が少ない道を選んで到着です。→長柄バス停(17:00)

湯の峰温泉(8:40)→瀞峡(志古)→志古→新宮駅
《詳細》

午前6時過ぎに起床し、浴衣姿で真っ先に公衆浴場に行きます。男湯の券を買おうととしたら、それは普通のお湯なので、温泉客の皆さんは「薬湯」に入りますよと言われました。薬湯がいわゆる源泉掛け流しであると。それで薬湯に入ることにしました。湯船ではすでに5,6人の先客があり、どうもと言いながら入りました。硫黄の臭い
がしますが、民宿の方が硫黄臭は強い感じです。その後、風呂から上がり、外の売店でネット入りの生卵5個を購入し、湯筒に直行。この湯筒は90度の高温で、10分ほどで温泉卵ができると言うことでした。このため、20分くらい入れて食べたら、堅めのゆで卵できあがっていて、2個を朝食前に食べました。その後宿に戻り7時に朝食
で、昨晩頼んでおいた、「温泉がゆ」なるものを食べます。味はその名の通り温泉のお湯で作ったようで、硫黄の臭い、いや香りが漂います。塩味も効いていて、色はやや黄色味を帯びています。ごちそうさまでした。→湯の峰温泉のバス停を8時40分に通るバスに乗るために8時30分にバス停に到着。既に1人の女性が座っており、そ
のベンチの横に着席します。そしたらその女性が声をかけてきて、聞いたところでは、昨晩は本宮の宿坊に泊まり、今朝の6時のバスで湯の峰温泉に来て、「つぼ湯」、「薬湯」に入ったとの事でした。いやはや元気ですね。でも「つぼ湯」に入らなかったことがやや悔やまれました。まあいいか。→湯の峰温泉(8:40)→30分くらい乗り合い
バスで新宮方面のバズ手下っていきます。熊野川の流れを眼下に見ながら景色は最高です。志古に着きます。ここには瀞峡巡りの船の発着所があります。早速、切符を買って乗りました。→瀞峡(志古)→また、バスに乗り込み、新宮駅に到着しました。後は特急と新幹線のお世話になります。なお、駅の待合所に、湯の峰温泉のバス
停で知り合いになった女性が居たので声をかけました。彼女は新宮駅から速玉神社に参拝したとのこと。私は瀞峡巡りしたことを伝え、今後の参考のために情報交換しました。そして大坂から来ているとの事で、下りの特急に、私は名古屋方面の上り特急に別れました。登山していると旅で知らない人と会話できるのもなかなか良いで
す。
近露王子(7:34)→小広王子(7:38)→熊瀬川王子(8:12)→一里塚跡(8:17)→わらじ峠(8:24)→仲人茶屋跡(8:39)→岩神王子跡前(9:05)→おぎん地蔵(9:33)→「蛇形地蔵」→湯川王子跡 (9:55)→三越峠(10:15)→船玉神社(11:06)→猪鼻王子(11:16)→発心門王子(11:30)→水呑王子(12:07)→伏拝王子(12:52)→祓所王子(13:44)→熊野本宮大社(13:56)→大斎原の大鳥居(14:19)→大日越登り口(15:12)→月見ヶ丘神社(15:32)→鼻欠地蔵(15:46)→湯峯王子(16:11)→湯の峰温泉「くらや」(16:24)
《詳細》

なかの(7:10)→民宿を出てバス停に向かいます。今日は晴れの天気でさわやかです。バスが7時25分のバスに乗り小広王子まで行くことにしています。そこまでは途中に、野長瀬一族の墓、比曽原王子、継桜王子、中川王子とあるのですが、本宮に2時くらいに到着したいことと車道が多いので避けまして、古道らしさが始まる小広
王子までバスにしました。近露王子でバスは一度5分くらいの休憩がありその間に急いで王子にお参りしました。近露王子は、最も早く現れた王子の一つで、鎌倉末期の熊野縁起では准五体王子にあがっている。参詣者は古くから川でみそぎをするのが習いであった。後鳥羽上皇はここでも和歌会を催している。境内に杉の巨木があった
が、明治末期の神社合祀で廃社になり、いまは近露王子之跡と刻んだ自然石の碑が見られる。院政期の御所は川を隔てた対岸の方にあったとのことです。→近露王子(7:34)→細い車道をグイグイとバスは上っていきます。距離と共に、高度も結構稼いでくれます。小広で下車してさて、どこから古道に繋がるか皆目見当が付きません。し
ばらくしてアクセスの道を見つけて上っていきます。→小広王子(7:38)→この道は小広トンネルの出口付近を高巻きしており、その後古道を発見です。左は近露に、右は熊瀬川王子となっており、右へ行きます。 熊瀬川王子は、小広峠を下ってわらじ峠に上りにかかって間もなく、道の左側に熊瀬川王子の跡といわれる場所がある。鎌
倉末期の熊野縁起に出ている熊背川王子はここかとみられるが小広峠とする説もあるとのことです。
→熊瀬川王子(8:12)→途中に一里塚の標識があります。→一里塚跡(8:17)→草鞋峠まではつづら折れの急な上り坂が出てきます。→わらじ峠(8:24)→この峠からは下りで女坂と呼ばれるつづら折れの下り坂です。川のそば
に仲人茶屋跡の標識があります。→仲人茶屋跡(8:39)→茶屋跡から先は逆の上り坂で男坂と呼ばれているところです。従って茶屋の左右で女坂、男坂があることからその真ん中にあるために仲人茶屋と江戸時代から言われていたとのことです。岩神王子は、わらじ峠を下って栃ノ川を渡り、険しい坂を上ったら岩神峠で、峠のすぐそばに
王子跡がある。比較的早く設けられた王子で、中右記の天仁2年(1109)の参詣記で、藤原宗忠は夜の白むころこの王子に参り、社辺にいた盲人に食料を与えたと記している。江戸中期まで社殿があったが、その後草木に埋もれていた。近年ようやく、その所在が明らかになったとのことである。→岩神王子跡前(9:05)→ここからは下り
で途中からは谷川に沿って進みます。このあたりから俄然、Iさんが頑張ってスピードを上げて先に進んでいきます。途中には祠があり地蔵さんがまつられていました。→「おぎん地蔵」(9:33)→湯川王子の手前に「蛇形地蔵」があるとの標識があったのですが時間が気になったので寄り道しませんでした。湯川王子は、九十九王子のうち
比較的格式の高い准五体王子で、道湯川の氏神として祀られてきた。しかし、明治末期に強引に近野神社に合祀され、更にこの地は昭和30年代から無人になったが、近年土地の出身者らによって小社殿が再建された。ここは参詣道の要地で院政期には上皇や貴族もしばしば宿泊や休憩をし、谷川でみそぎをおこなったとのことです。ト
イレがありました。→湯川王子跡(9:55)→ここからだんだんと急になっていきます。20分ほどひたすら登ると峠に出ました。峠には舗装された林道があり明るい日差しに包まれていました。休憩所、トイレ完備で何組かのハイカーが休息していました。→三越峠(10:15)→峠からは下り道です。杉林の小道、石畳の道となります。そして途中
からは音無川沿いの平坦な道を進んでいきます。約1時間ほどで船玉神社がありました。その少し手前には熊野古道の赤城越えという道が右に分かれており、川に架かっている赤い橋を越えていくことになり、今晩の宿がある湯の峰温泉に続く道です。船玉神社では、船の神様をお祀りしてあります。また、右側には玉姫稲荷が祀られて
ありました→船玉神社(11:06)→途中で1人の若い女性がIさんに何かを尋ねていました。ペットボトルとバッグの軽装の女性で本宮から登ってきており赤城越えの道で湯の峰温泉に行きたいとのこと。地図を示して自分の位置とルートを教えました。大丈夫なのかな1人で歩いてと思いましたのですが、元気ですね。猪鼻王子は、平安時
代末期の藤原宗忠の参詣記『中右記』には「三輿の多介(みこしのたけ:三越峠)を越え、次いで谷を下り、谷川を渡ること数度。亥の鼻(いのはな:猪鼻)を過ぎ、ついで発心門に入る」とあり、鎌倉時代初期の『修明門院御幸記』には「湯川王子に参御し、次いで猪鼻王子、次いで発心門王子において御禊あり」とあるとのことです。しかし
熊野詣が廃れると、この王子も跡地のみとなっていました。
→猪鼻王子(11:16)→やや上り坂の感じで進んでいきます。そして舗装道路に出たところが発心門王子です。バ
ス停もあり何となく本宮に着いた感じになります。この王子は、熊野九十九王子のうち、格別の崇敬を受けた王子の五体王子のひとつです。発心とは発菩提心(はつぼだいしん)、「仏道に入り、仏智を証する志をおこす」という意味の言葉です。中世には、この近くに「発心門」と呼ばれた大鳥居がありました。この大鳥居「発心門」が本宮
の聖域の入り口であり、参詣者はこの大鳥居の前で祓いをして、その後、鳥居をくぐり、発心門王子に参ったとのことです。→発心門王子(11:30)→ここからは集落の中などを歩いていきます。ほとんど舗装道路なので所々の標識を確認しながら進みます。この王子は、中世には大門王子(中辺路町高原)付近に「水飲」があったので、そ
れと区別するために「内水飲」と呼ばれてました。おそらくは「発心門の内の水飲」という意味だと思われます。近世以降は「水呑」と呼ばれるようになりました。平安時代末期の藤原宗忠の参詣記『中右記』には「次に内水呑王子に参り奉幣、新王子」とあり、鎌倉時代初期の『修明門院熊野御幸記』には「次に内水呑王子において御小養
を儲け、次いで同王子に参御」とあります。しかし熊野詣が廃れると跡地のみとなり、王子跡を後世に伝えるために1723年に紀州藩主徳川宗直が緑泥片岩の碑を寄進しました。後に小学校の分校が建てられ、分校は昭和48年廃校になりました。廃校なのですが、建物は綺麗に管理されていて屋根付きの広場みたいなスペースがあり
ました。ここで昼食をしました。昼食は宿で作っていただいた、竹皮でくるんだおにぎり2個とめはり寿司1個とタクアンです。めはり寿司は南紀・熊野地方の山仕事や農作業で食べる弁当としてはじまったようでおにぎりを高菜で包みこんで作られています。仕事の合間に簡便に食事を済ますため目を見張るほどの大きさだったといわれて
います。その名称は、目を見張るほどおいしいとのことで、大変美味でした。→水呑王子(12:07)→途中は集落の中も歩き、果無山脈が見えるポイントがあり三里富士という左右対称の綺麗な形の山が望めます。本宮大社まであと1時間ほどというところまで来た伏拝(ふしおがみ)という場所に伏拝王子があり、ここから本宮方面に展望
が開きます。ここは中辺路を歩いてきた人が初めて熊野本宮の森(旧社地)を遠望できた場所で、ここから本宮の森を伏し拝んだといわれます。伏拝王子には石祠と和泉式部供養塔と伝わる卒塔婆があります。もともとはそれぞれに別の場所にあったものですが、昭和48年置かれました。ここの休憩所には農協婦人部がコーヒーを入れて
くれていたので休もうかなと思っていたのですが、Iさんはどんどん自分のペースで先に行ってしまっていたので断念。過ぎようとしていたところ若い男女のペアになにやら詳しく当地の説明をしている男性が居たので、我々も一緒に傍聴することに。少し場所を移動してあそこのところが本宮で、その先の塔が見えるのが那智本宮で一直線
であると。その直線の逆方向に高野山といった説明をしていただきました。そして手前の茶畑はご主人の畑であるとか、NHKの朝の連続ドラマ「ほんまもん」のロケ地であったとかの仔細を教えて貰いました。そのロケ舞台の家の右手小高い丘から見る景色は良いとも教えて貰いちょっとだけ寄り道して見ました。でもIさんは1人でどんど
ん進んでいるので少し心配です。→伏拝王子(12:52)→急ぎIさんを追いかけます。道はもう広くなっています。途中で中年の女性数人のグループが登ってきており、その中の1人の女性が「先ほど、短パンをはいた男性から伝言を言付かった。二人組の男性に会ったら、先で待っていると伝えて欲しい」とのことでした。途中、Iさんはいろん
なグループから短パンのおじさんで有名になりつつあり、人見知りしないタイプで良い性格です。程なく、祓所王子の手前に休憩所と飲み物を売っているおばさんの所に彼は居て我々と合流です。たまたま居た男の外人さんに彼は気安くカタカナ英語でしゃべっていました。なんだか一方通行のようでしたが。前で、ボランティアのおじさ
んが、我々一行にインタビューです。熊野古道を歩いての感想で何処か改善すべき点はあるかと。標識が多く分かりやすいが、要望として本宮まであと何キロとかの紹介があったらいいかも知れないと伝えました。→祓所王子(13:44)→この王子の直ぐ近くに大社の北口の鳥居があります。着きました。昨日の滝尻王子から約12時間か
かりました。感動です!!→熊野本宮大社鳥居(13:53)→神門をくぐると、檜皮葺きの古色蒼然とした社殿が向かって左から第一殿・第二殿の相殿(あいどの)、第三殿、第四殿と3棟並んでいます。神門の先、中央にあるのが第三殿で本社です。主神の家都美御子大神(けつみみこのおおかみ。家都御子大神(けつみこのおおかみ)と
もいいます)を祀っています。家都美御子大神という名はのちに付けられたもので、平安初期には熊野坐神(くまのにいますかみ)と呼ばれていました。第一殿・第二殿は相殿のため、第三殿や第四殿より大きく、本社のように見えるかもしれませんが、中央の第三殿が主神を祀っています。第一殿を「西御前(にしのごぜん)」といい、熊野
牟須美神(くまのむすみのかみ)と事解之男神(ことさかのおのかみ)を祀っています。第二殿を「中御前(なかのごぜん)」といい、御子速玉之神(みこはやたまのかみ)と伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」を祀っています。家都美御子神・牟須美神・速玉之神の3神を本宮・新宮・那智の熊野三山は共通に祀っていますが、それぞれの主神は
異なっており、熊野牟須美神は那智の主神で、御子速玉之神は速玉の主神です。向かって右の第四殿は「若宮(わかみや)」といい、天照大神を祀っています。→熊野本宮大社(13:56)→詣でた後に、石段を下りて、大斎原に向かいます。そこは熊野本宮大社がもともとあった場所で、大斎原(おおゆのはら)と呼ばれ、現在は2基の石
祠が祀られているのみですが、左手が堤防で田んぼが広がるとても気持ちのよい場所です。本宮大社前のバス停から5分くらいで、旧社地近くに日本一の大鳥居(高さ33.9m、横42m)が建てられています。なお、明治22年8月の水害時まで熊野本宮大社は熊野川・音無川・岩田川の3つの川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)」と
呼ばれる中洲にありました。
かつての本宮大社は、およそ1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿が立ち並び、幾棟もの摂末社もあり、楼門がそびえ、神楽殿や能舞台、文庫、宝蔵、社務所、神馬舎などもあり、現在の8倍もの規模を誇っていたそうで
す。→大斎原の大鳥居(14:19)→この大鳥居を見た後、連れの2人は今日帰宅するので、バス停に行きました。1時間弱待ち時間があり、私は名残を惜しんだ後、1人で今日の宿がある湯の峰温泉を目指します。途中の酒屋で今晩のアルコールを補充します。ここから大日越ルートで約一時間半くらいで着く計算なのですが、知らない道
を1人となるとやや緊張です。もし道間違えたら夜になって真っ暗ですので慎重に登り口を探します。やや途惑いつつも、登り口を発見し、プレートを念入りに確認です。私の前に2人の老夫婦が登っていったのを確認していたので少し安心しつつ確認で。そしたら後ろから女性が1人でまた登っていきました。→大日越登り口(15:12)→地
図ではそれほどの登りではないと思ったのですが、昨日からの疲労も手伝い大変な登り道です。汗が噴き出してきます。こんな登りは今日はあまり体験していなかったのでつらい感じです。途中で道は杉林の中に横木や石で階段が造られており趣のある古道です。老夫婦を追い越しますが、山の中は結構暗くなっています。20分ほどで
神社らしきところに出ました。少し平たいところがあり祠があります。案内板は確認できなかったのですが、月見ヶ丘神社です。月見丘神社のお堂の中に大日如来が祀ってあって、大日越の由来だそうです。→月見ヶ丘神社(15:32)→ここからも引き続きの登りです。頂上はまだかとの思いですが、なかなか登りが終わりません。→頂上
を越えて程なく道の右手に大きな岩とその岩に根が絡ままった木がありました。案内板があり、これが鼻欠地蔵とありました。→鼻欠地蔵(15:46)→ここを過ぎると岩の切り通しの道もあったりします。先ほどの女性を抜き、下りに入ります。疲れた足には下りも大変な苦労で体を横にしながらカニのようになって下って行きます。20分位す
ぎて、町の喧噪が少し聞こえてきたので一安心。程なく、温泉街の裏の平地に出ました。そこでは若い男女2人がコーヒーを沸かしていました。声をお互いにかけ、健闘を称え合い、少しおしゃべりをしたのですが、今晩のお宿は同じとのこと、奇遇が続きます。その後に湯峯王子に行きます。この王子は赤いお社を持つ王子で、ここでしば
らく休憩しているとさっきの女性が追いついてきました。この女性とも健闘を称え合いました。→湯峯王子(16:11)→温泉に到着です。有ります、あります、「つぼ湯」、「湯筒」、「東光寺」等々有りました。そしてお宿に着きました。→湯の峰温泉「くらや」(16:24)

編集後記:くらやさんには温泉がありました。つぼ湯と同じで川のそばにあり、硫黄の臭いが大変強いお湯です。脱衣場とお風呂にひとつ照明が有るだけで明るくないのですが、風情のあるお風呂でした。明日は早起きして公衆浴場の温泉と湯筒でゆで卵作りを楽しむこととしました。今日の晩御飯は、鮎の塩焼き、鹿の刺身等々でした。
ビール1本とともにお腹にしみる一日の締めくくりでした。部屋は小さいのですが1人部屋なので、とても気が休まり窓を開けると川と温泉街が一望でき風情がありました。



















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紀伊田辺駅(9:58)→紀伊田辺駅(11:15)→滝尻王子(12:10)胎内くぐり(12:27)→不寝王子(12:33)→剣ノ山経塚跡(12:53)→展望台(13:06)→高原熊野神社(14:01)→高原霧の里休憩所(14:15)→庚申さん(14:31)→一里塚跡(14:40)高原池(14:53)→大門王子(15:00)→十丈王子 (15:31)→小判地蔵(15:38)→悪四郎屋敷跡(15:42)→上多和茶屋跡 (16:11)→大坂本王子 (16:45)→道の駅 熊野古道中辺路(牛馬童子ふれあいパーキング)→一里塚跡(17:12)→牛馬童子像(17:16)→近露の里(17:39)→宿「なかの」(18:00)
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紀伊田辺駅(9:58)→新大阪駅を8:32発のくろしお3号に乗って130分でJR紀伊田辺駅に10:43に到着しました。既に1時間前に来ていたIさんとTさんと駅で落ち合うことができました。お二人は既に11:25発の竜神バスの件を購入していたのですが、払い戻しをして10分早いJRのバスに3人で乗りました。→紀伊田辺駅(バス11:15発)
→車中は結構空いていて登山客らしき人たちが我々含めて5、6人程度でした。我々が今日の宿「なかの」の話をしていると、後ろの座席の人が話しかけてきて、自分も同じ宿に今晩は泊まるのだと。へぇ、世の中狭いなと感じて。車窓からはだんだんと山の景色が濃くなってきて登っていきます。富田川沿いの国道311号線を走りどん
どんと高度を稼いで熊野古道の入口らしき感じがしてくるようです。約40分ほどで滝尻王子のバス停に到着しました。このバス停を降りて、国道の反対に横断しそこに架かっている橋をまたいだところが滝尻王子です。→滝尻王子(12:10)→滝尻王子には土産店があり、同行者のIさんは笠を、Tさんは竹の杖を購入しいよいよスタートで
す。なお、ここ滝尻王子は、「熊野九十九王子のうちで最も重要視された王子の一つで、社格の高い五体王子であった。川の合流点にあたり、古道は背後の剣ノ山へ登るが、ここが熊野の霊域の入り口とされていた。参詣者は川でみそぎをし、社前で経供養や里神楽が行われ、後鳥羽上皇は和歌会を開いた。正治2年(1200年)の際
の熊野懐紙11葉は分散して現存する。神宝の黒漆小太刀は国指定の重要文化財」とのことです。→結構、きつい登りです。道は狭く石畳のような所があり早朝は雨が降っていたので滑りやすくなっており注意して登ります。10分も歩いて後ろを振り返るとバス停の道が眼下に垣間見え、一挙に高度が上がったことが確認でき、汗が吹
き出してきます。途中に胎内くぐりの案内標識が出ていたので、確認します。ここは大きな岩が有り、隙間があります。この隙間を這うようにくぐりぬけると安産祈願になるそうで、狭いのでデイパックを背から外して体前に持ち直して隙間に入りどこまで行けるか試したのですが、とても私の体は通り抜けられないことが分かり途中で引き返
しました。直ぐ先に出口は見えるのですが、小柄でないと抜けることはできないと思います。
胎内くぐり(12:27)→次に直ぐに乳岩があります。この岩からしたたり落ちる乳で生まれたばかりの子どもを守ったという伝説が残る岩です。そして不寝王子があります。ここ不寝王子は、「滝尻王子から背後の剣ノ山の坂道を
400メートルほど登ったところに、不寝(ネズ)王子の跡だとされる場所がある。秀衡伝説で知られる乳岩の少し上方にあたる。不寝王子の名称は古い記録に見えず、九十九王子のうちに入ることもないが、元禄年間の「紀南郷導記」に、ネジ王子という小社の跡があると記されている。」とのことです。→不寝王子(12:33)→ここから20分ほ
どは登りの続きです。イントロから結構しんどいのですが、まだスタートしたばっかりなのでパワーもあり登ります。木立の中で少し平らなところがあり、石が積まれていた所があり案内板を見ると剣ノ山経塚跡とのことです。→剣ノ山経塚跡(12:53)→剣の山経塚跡からは平坦な道になり、道が太く日差しが当たって快適です。13分で展望台
に到着です。→展望台(13:06)→青空の下に山並みが一望に見渡せとてもすがすがしい気持ちで一杯になります。眼下には川沿いに集落や小学校?か何かのグランドも確認できて名前の通り展望台です。この後は階段の下りや石畳の下り道です。そして15分ほどで高原への車道に出て、また、すぐ標識が出ている向かいの古道に
渡ります。途中から急な木の階段の上り坂があり登っていくと、集落に出てきます。
民家などがあり、木工を製造しているお店とかもあり無人で陳列しているので少しだけ寄ってきました。自然の木の形を利用して、メガネ立てやペンケース、花瓶などが値段付けられて並んでいました。どれも良いものです。ここ
からは高原熊野神社まではゆるやかな下りです。車道に標識があり、右手の道を少し歩いていくと、高原熊野神社に到着です。幟が2つ飾ってあり風になびいて勇壮です。ここ高原熊野神社は、「高原地区の氏神で、高原王子と言われることもあった。神社に伝わる懸仏(かけぼとけ)の裏面には、応永10年(1403)と明記して、若王子
(にゃくおうじ)を熊野から歓請したことがしるされている。社殿は春日造りで、室町時代の様式を伝え、熊野街道では最も古い神社建造物である(県指定文化財)。境内にはクスノキの大木がある」とのことです。→高原熊野神社(14:01)→ここで休憩+参拝です。このあと少しくだったところに、

高原霧の里休憩所があります。→高原霧の里休憩所(14:15)→ここには駐車場と休憩所があり、特に駐車場の前面からは目の前を遮るものは何もなく山々が一望できます。
ここから見る山々は果無山脈であり、山の向こうに山山山と字のごとく果無です。この高原は「霧の里」とも呼ば
れ、特に早朝は霧が美しいそうです。今回は午後2時ですが、晴れて視界が良くとてもすばらしいパノラマが開けます。眼下にはちょうど稲刈りが終わったばかりで、稲穂が「はざがけ」になっており、コスモスも今が盛りと色を競っていました。ここで3人は昼食です。朝買ったおにぎりとかをほおばり、私は早朝に家族が作ってくれたおにぎ
り2個を食べました。当初のスケジュールと比較すると40分くらい遅れているのに気づきました。このままでは近露の宿には6時過ぎとなって夜道となる可能性があったので、タイムアップを図ることにしました。→このあとは標識に従っていき、民家の間を登っていきますが、とても勾配が急な石畳などがあります。途中の民家はとても小綺
麗に管理されており、芝生が敷き詰められ庭からは山々が一望です。しばらく行くと、庚申さんを納めた祠があります。→庚申さん(14:31)→10分ほどで一里塚跡があり休憩スペースがこしらえてあります。→一里塚跡(14:40)→しばらく行くと道の右側に高原池があります→高原池(14:53)→次に、階段の上り坂などがあり、大門王子に出
会います。赤い木の祠が柵に囲まれており綺麗に整備されています。大門王子は、「山中の要地で、大きな鳥居があったとみられるし、いまも新社殿の奥に、大門王子の碑と並んで、鎌倉時代のものとされる石造の笠塔婆がある。平安時代からの休息地「水飲」もこの付近であった。ただ、大門王子の名は古い参詣記などには見えず、
設置の新しい王子であり、一方、江戸中期にはすでに社がなく、緑泥片岩の碑が建てられた。」とのことである。→大門王子(15:00)→引き続き、登りと下りと登りが続きまして、十丈王子があります。十丈王子は、十丈峠の杉林のなかの道の左にあり、石碑と石塚の王子跡があります。ここは、「江戸時代には付近に数戸の家があり、
氏神として祀られていたが、明治末期の神社合祀で廃社になった。いまは十丈は無人の山中になっている。ここの地名は中右記に重點とあり、後鳥羽院御幸記など中世の参詣記でも、王子名がやはり重點となっている。これが近世以降は十丈とかわるが、そのいきさつは分からない。」とされている。十丈王子 (15:31)→地蔵さんがあり
ます。掲示板には嘉永7年7月18日に飢えと疲労のために小判をくわえて亡くなった巡礼を弔ってまつられたものとされています。豊後国有馬郡の人で、伊勢、熊野詣を済ませ紀三井寺に向かう途中で亡なり、その死を哀れんでこの地の愛洲氏が主になって地蔵を建てたと掲示板に記されていました。→小判地蔵(15:38)→地蔵を過ぎると悪四郎屋敷跡の標識があります。悪四郎は伝説上の人物で、力が強く、頓智にたけていたといわれる。悪四郎
の「悪」は、悪者のことではなく、勇猛で強いという意味である。江戸時代の「熊野道中記」の一書に十丈の項に「昔十丈四郎と云者住みし処なり」とあり、それがここだと見られているとのことです。右手の背後の山が悪四郎山(782m)で、標識がありここから約三十分とのことで、山頂に行きたかったのですが、往復の所要時間を考えると、宿に着く前に山の中で暗くなってしまうので断念しました。→悪四郎屋敷跡(15:42)→この跡は少し下り坂で、道は広く歩きやすいです。その後つづら折れの急な上り坂となり、上多和茶屋跡に出ます。標識には、「この山上は上田和と呼び標高六百余。熊野詣の盛んな頃はここに茶屋もあったといわれ大正期にも人家があって林中には三界万霊塔やお墓もある。またこの山上には霜月二十三日の夜になれば、東方はるかに三体の月が現れるとて、ここにあったしめ掛け松のもとに大勢集まり栗や黍の餅を供え、心経をくり月の出を待ったという。三体月は熊野権現垂迹の伝承の中にも見られる。→上多和茶屋跡 (16:11)→この後は下りとなり、途中、三体月伝説説明板があります。説明板には、今は昔、熊野三山を巡って野中近露の里に姿を見せた一人の修験者が、里人に「わしは十一月二十三日の月の出たとき、高尾山の頂きで神変不可思議の法力を得た。村の衆も毎年その日時に高尾山に登って月の出を拝むがよい。月は三体現れる。」 半信半疑で村の庄屋を中心に若衆連が、陰暦十一月二十三日の夜 高尾山に登って、月の出を待った。やがて、時刻は到来、東伊勢路の方から一体の月が顔をのぞかせ、アッというまにその左右に二体の月が出た。三体月の伝説は上多和、悪四郎山槇山にもある、とのことです。林道交差点を過ぎ、坂尻の谷(石屑の坂道)があり、ここは幅の狭い下り坂で足下が濡れていると滑りやすいところです。大坂本王子です。この王子は、逢坂峠の東側のふもと坂尻の谷のそばに王子跡があり、いまは杉林の中です。明治以降峠の坂道が少し変わったため、峠からは多少回り道になった。王子跡には石造の笠塔婆がみられる。後鳥羽院御幸記に、大坂本王子に参るとある。逢坂峠は古くは大坂といわれ、為房喞の永保元年(1081)の参詣記では、深夜大坂の草庵で猿の鳴き声を聞いているとされている。→大坂本王子 (16:45)→この後は道の駅の牛馬童子ふれあいパーキングを右眼下に見下ろして進みます。→一里塚跡(17:12)→木立の中にはいると、そろそろ光が弱くなっているので周りが暗くなってきた感じです。そしたら、箸折(はしおり)峠の牛馬童子の像と出会いました。少し小高くなっているところで道から数㍍
登ります。案内板には、箸折峠のこの丘は、花山(かざん)法王が御経を埋めた処と伝えられ、またお食事の際カヤの軸を折って箸にしたので、ここが箸折峠、カヤの軸の赤い部分に露がつたうのを見て、「これは血か露か」と尋ねられたので、この土地が近露という地名になったという。ここの宝筺印塔は鎌倉時代のものと推定され、県指定の文化財である。石仏の牛馬童子は、花山法王の旅姿だというようなことも言われ、その珍しいかたちと可憐な顔立ちで、近年有名になった。そばの石仏は役ノ行者像であると、記されています。→牛馬童子像(17:16)→数分歩くと休憩所がありました。視界が開けて眼下に近露の集落が一望できます。日置川が左から右に流れていて川向こうに人家が確認できます。あともう少しで宿に着くことが実感でき一安心。山の中で暗くなったら大変だと内心心配していたのですがやれやれでした。車道に出ました。→近露の里(17:39)→さてここから宿への道が今ひとつ分かりません。近露の里は川向こうなので北野橋を渡ればいいのですが、今日の民宿「なかの」は川を渡らず南下するとの地図情報なのでひたすら車道を歩きます。国道311線を渡ったところの集落にお宿はありました。→宿「なかの」(18:00)→晩御飯は、囲炉裏で焼いていた鮎の塩焼き、アマゴの唐揚げ、刺身等でした。
大倉(秦野戸川公園)(9:19)→観音茶屋(9:45)→見晴茶屋(10:04)→駒止茶屋(10:39)→堀山の家(10:59)→天神尾根分岐(11:19)→花立山荘(11:49)→金冷シ(12:12)→塔ノ岳(12:33)→金冷シ(13:17)→二俣分岐(13:39)→鍋割山(14:14)→後沢乗越(15:05)→二俣(15:26)→大倉(16:50)
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大倉(秦野戸川公園)(9:19)今日の天気は午前は晴れて午後からは曇りというのですが、結構気温は高いので、家から持参したペットボトルは3本でしたが、ちょっと不安になり1本をどんぐりハウスで購入し、トータル4本持って出発しました。土曜日なので多くの人が大倉のバス停で降りて登り始めます。2割くらいが鍋割山方面を目指しているようで、
残りの多くは大倉尾根を登って塔ノ岳を目指します。九ヶ月ぶりの山登りなのでやや緊張です。頂上まで登ることができるのかやや心配です。なかなか観音茶屋まできません。こんなに遠かったかなとブツブツと思いながらやっと観音茶屋がありました。店の女性の方に挨拶をして登っていきます。→観音茶屋(9:45)→日差しは少し出てい
るのですが木立の中を歩くのでほとんど日差しを受けることはなく帽子の防暑用布を使わずに済んでいます。→見晴茶屋(10:04)→ここから結構岩がごろごろしてくる感じの登りが急な道になります。汗が結構出てくるのでペットボトルのお茶を少しずつですが頻繁に取るようにしますがしんどいです。ようやく駒止茶屋が見えましたが、今
日も閉まっているようです。開いているところを見たことがありません。→駒止茶屋(10:39)→ここからもひたすら登りです。登りの人がたくさんいるので、追い抜かれたり追いついたりするのであまり飽きはしませんがひたすら登りです。それから途中にボッカをしている人がいました。背中のかごにはなんと缶ビール2ダースの段ボールケ
ースを4箱と2リットルのペットボトル1本を背負っていました。都合35キロくらいになりますかね。一歩一歩踏みしめながら登っていく姿は大変そうです。→堀山の家(10:59)→ここからがまたまた階段状の急な登り道です。木の杭で階段が作られており疲れが溜まってきた足には結構つらい登りです。でもここまでほとんど休憩無しで登って
きています。天神尾根との分岐のところに来ました。少しくぼんでいる場所でありここで大休憩を取りました。5分程度でしたが、体中汗が噴き出していてズボンもびっしょりという感じです。→天神尾根分岐(11:19)→ここからはあと1時間くらいなのでようやく塔ノ岳が近づいて来たという気持ちになりました。花立山荘手前では木立が少なく
なり見晴らしが良くなるのですがあいにく曇りでガスもかかり視界が悪く近隣の尾根も見えません。→花立山荘(11:49)→山荘前のベンチには多くの登山客が休憩していました。やっぱここで休みたくなりますね。しかし、頑張って頂上で休もうと思い登ります。金冷やしです。どうしてこんな名前なのか知りませんが、ここにたどり着くとも
う塔ノ岳の頂上はそこにある感じです。→金冷シ(12:12)→三時間とちょっとで山頂に到着です。いやぁ大変な登りでした。汗びっしょりです。山頂は広くざっと100人以上の人が思い思いに昼食を取っていたり寝ころんでいたりして達成感を味わっています。私は急いで山頂を示す標識を写真に納めて、何処か昼食のために座れる場所を
探します。都合良く西面のところに少し隙間があったのでそこにある横木に座り込んで、朝のコンビニで買った残りのおにぎり2個を食べます。汗の着いたズボンから横木に汗が移りシミができたりで少しずつ乾いていきます。スタート地点で1本をどんぐりハウスで購入し、トータル4本持っていたのが良かったと思いました。→塔ノ岳
(12:33)→13時まで休んで下りがスタートです。まだ時間が十分あると思い、今日は鍋割山を回って大倉まで帰ることにしました。金冷やしのところで西に行くと鍋割山ですが多くの下りに向かう人は鍋割山方面ではなく大倉尾根を下る方向に行きます。人が少なくなるので何となく寂しい感じがするものの鍋割山にゴーです。→金冷シ
(13:17)→前方に2人ほど居るのが確認されました。1人は高齢の人でスピードはありませんが着実に下っています。もう1人は若い人でその人は登りの時にも前後にいた人でした。人気があると万が一の時に助かるので少し安心です。二俣への下りの道に出会いました。昨年はこの道を下りましたが、途中一カ所道を間違えた記憶が
よみがえりました。→二俣分岐(13:39)→鍋割り山荘の裏手に出てきます。いやぁ昨年1年近くぶりの山荘です。名物の鍋焼きうどんでも食べたいのですが、食べたばかりでここで食べると30分以上のタイムロスとなるので帰りが心許なくなるために少し休んで下山を続けます。ここでは30人くらいの人が休んでいます。もう2時過ぎで日
差しが無くじっとしていると寒い感じです。近くに上半身裸で汗を拭いているおなかの大きいおじさん2人がいました。あとは若い男女10人程度のグループとか。→鍋割山(14:14)→小休止をしたあと下っていきます。下りはきれいに清掃された山荘近くの道を下山していきます。結構スピードを出して下山しているつもりでしたが、何時し
か、広報から男の談笑が聞こえてきましてやかましく耳障りなんでスピードを上げて引き離そうとしました。やや離れたのでしばらくは良かったのですが、またそのうちに談笑が聞こえてきて来たので一体誰やと思ってみると先ほどの山頂でおなかを拭いていたメタボのおじさんがいました。こりゃすごいなと思ってまた引き離しにかかります
が、結構つかず離れずに来ます。気になるので先にやり過ごそうと思い、小休止して先に行かせました。足元を見るとサクサクと下りを降りていきます。かなり膝関節の丈夫な人だなと感心。後沢乗越まではひたすら尾根を急激に下っていく道ですので、膝に負担がかかりだしてきました。ストックがあるのでカバーできているのですが、大
変な下りです。そのうちになんだか雨がかすかに降ってきました。木の下は感じないのですが、木陰がとぎれるところでは地面には雨粒のあとが見えます。イヤだなあと思いつつ歩を早めていきます。先方に男女数人のグループを発見しまして、そのグループが左の方へ折れだしたので、そのあたりに近づくとそこは後沢乗越でした。→後
沢乗越(15:05)→乗越あたりでは雨がちになりあたりは少し暗くなってきました。傘を差すほどでもないのでひたすら下山です。二俣に到着する手前に崖の所から清水が滝のように流れ出していたのでその水をすくって顔と手を洗い、水も少し飲んで気分さっぱりです。二俣到着。→二俣(15:26)→ここからは林道に沿って下っていきます。
途中、川が増水していて靴が濡れないように気をつけながら渡るところが2カ所ほどありました。でもこの林道は大変長いのです。以前一度下ってきたことがあるので軽快に下っていくのですが、前後に人気は無く1時間位歩いても何の景色の変化もなく、大丈夫かなと言う一抹の不安が出てきました。確かに大倉方面と書いた標識に従
って下っているので良いとは思うのですが。1人はやはり何となく気になります。何処かでの分岐を見落としていたりとかしているとそこまで戻る時間的余裕はありません。でも何とか以前通った大倉左折の標識があり一安心。でもあと20分係るとの標識案内だったので、まだ20分もあるのかと、ややげんなり。林の小道を10分足らず
歩いて、大倉の集落に出てきて、やっと舗装の道です。やれやれ、バス停に到着です。バスの出発5分前というタイミングでゴール。バスの中で残ったペットボトルのお茶を全部のみ干しました→大倉(16:50)


ヤビツ峠(スタート9:45)→丹沢表尾根の登口(10:02)→二ノ塔(10:57)→三ノ塔(1,205m 11:18)→烏尾山荘が見えてきました。→烏尾山(1,136m)(11:57)→行者ヶ岳山(1,209m)(12:19)→書策小屋(12:50)→新大日茶屋が見えてきました。→新大日(13:12)→木の又小屋が見えてきました。→木の又大日(1,396m)(13:26)→塔ノ岳(1,491m)(13:55)→金冷シ(14:55)→花立山荘(15:09)→堀山の家(15:43)→駒止茶屋(16:00)→見晴茶屋(16:27)→観音茶屋(16:40)→大倉(17:00)
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ヤビツ峠(スタート9:45)秦野駅からバスで約35分くらいでヤビツ峠に到着。ここから車道を通って登山道を目指します。もっと時間があれば岳ノ台経由で行けば良いのですが、下山の時間が心配なので車道を選択。→丹沢表尾根の登口(10:02)→最初は丸太で作った階段があります。一昨日の雨で道は濡れていているので歩きづらいです。
しばらくすると見晴らしが良くなり道も岩ごつごつの道になりました。途中で振り返ると大山が良く見えましたので、シャッター。二ノ塔は標識がある程度ですが、富士山がよく見えました。でも少し雲がかかり気味で残念です。もう1時間くらい早いときは全く雲はなかったのに。三ノ塔を目指します。
→二ノ塔(10:57)→途中に雪が残っています。だんだん高度があがってくるので雪や氷で滑りはしないかと心配になってきました。三ノ塔は避難小屋や、休憩できるスペースがあり広々としたところです。多くの登山者はここでお昼を食べてUターンというコースが多いいようです。→三ノ塔(1,205m 11:18)→
三ノ塔から下を望むと烏尾山荘が見えてきました。結構急な下りでかつ勾配がきついところがあります。山荘は今日は休業中です。この山頂から太平洋方向を望むと真鶴半島が霞んで見えてきます。→烏尾山(1,136m)(11:57)→行者ヶ岳山(1,209m)(12:19)→ここから下りますが、結構すごく急な下りでかつ岩場です。
ちゃんと新しい丈夫な鎖が付いているので安心ですが、何もないと下るのはしんどそうです。そして少し登って小屋が見えてきます。ここでおにぎりを一つ食べます。そろそろ1時でしたので。テーブルが二つあり、一つは年配のご夫婦が食事中で、もう一つは年配の女性が1人で。→書策小屋(12:50)→
新大日茶屋が見えてきました。緑色のトタン葺きでして、休業中でした。→新大日(13:12)→だんだんと雪が深くなってくる感じです→木の又小屋が見えてきました。綺麗な小屋でして休業中のようでした。→木の又大日(1,396m)(13:26)→ここから高度が更に上がっていき、雪も多くなりますが、道の部分は解けていたりして大丈夫です。
ただし、べとべとでぬかるみ状態でした。→塔ノ岳に到着。ここで富士山を写真に撮り、ラーメンを作って食べることに、ラーメンは熊本ラーメンでして、野菜も入れて栄養バランス考えて。→塔ノ岳(1,491m)(13:55)→40分くらいの休憩したのですが、ちょっと休みすぎ、大倉に着くまでのことを考えると時間が気になりましたので、スピードを上げて歩くことに。
→金冷シ(14:55)→花立山荘は休業でした。→花立山荘(15:09)→いつも堀山の家は営業しており、結構にぎやかな声が中からしていました。もう今晩泊まるのでしょうね。→堀山の家(15:43)→駒止茶屋は休業中でした。→駒止茶屋(16:00)→見晴茶屋は休業中でした。→見晴茶屋(16:27)→観音茶屋はいつも営業中で、里に近いので電気もあり明るく数人が談笑していました。このあたりでかなり暗くなりました。
→観音茶屋(16:40)→何とかライト無しで大倉公園に到着→大倉(17:00)


















須磨浦公園駅(スタート5:26)→鉢伏山(248m)(5:44)→旗振山(253m)(5:52)→鉄拐山(234m)→おらが茶屋→高倉台団地→栂尾山(274m)(6:40)→横尾山(312m)→須磨アルプス馬の背(7:13)→東山(253m)→妙法寺(8:05)→高取山(326m)→高取神社(8:43)→雛越駅→菊水山駅(10:15)→菊水山(458.8m)(10:54)→天王吊橋(11:20)→鍋蓋山(486.2m)(11:48)→大竜寺→市ヶ原(12:34)→天狗道(13:18)→摩耶山(14:01)(スタート14:15)→杣谷峠→三国池(14:53)→記念碑台(15:16)→神戸ゴルフ倶楽部(15:26)→凌雲台(15:43)→極楽茶屋跡→一軒茶屋(16:21)→東六甲分岐点(16:35)→船坂峠(17:27)→大平山(17:52)→大谷乗越(18:12)→塩尾寺(19:07)→宝塚(19:50)
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前日は北区の友人宅にお世話になり、10時過ぎに就寝し、3時に起床しました。早朝にもかかわらず奥様が朝食を作ってくれてそれを食べて、3時半ころに車で須磨浦公園に向かいました。公園前に着くとたくさんタクシーが止まっていて、人も多くなっていました。私は沖縄から
参加の友人と共に4時20分ころにスタート地点から続いている列の最後尾に並びました。一昨年は線路を跨ぐ橋を渡りきった当たりでしたが、今回は山陽電鉄須磨浦公園駅の直ぐ近くあたりでしたのでやっぱりすごいなと感じました。すこしずつ列が前に詰めていって跨線橋あたりで5時になりしばら
くしてから列が動き出し、スタート地点で手続きをして歩き出したのが5時26分。一昨年より11分遅いスタートとなりました。須磨浦公園(スタート5:26)→最初に待ちかまえている石段を列をなして進んで行きますがなかなかハードな石段で一挙に汗が噴出します。まだ、真っ暗なのでヘッドライトは
使いましたが、他の人の明かりもあり道は良く見えました→鉢伏山(248m)(5:44)→鉢伏山で上着を脱ぎます。→旗振山(253m)(5:52)→ここから鉄拐山頂手前の左ハイキングコースを歩きました。→鉄拐山(234m)→おらが茶屋の手前で左のコンクリート道を下りましたが、今年はこの道を選択する
人が少なくおらが茶屋方向に多くの人が行きました。高倉台団地入り口のさつき橋に出ます。→団地にはいるとすぐにボランティアの方が「団地内は静かに歩きましょう」のプラカードを掲げて細心の気遣い。みんなは談笑を止め、ウォーキング。→高倉台団地の端あたりで渋滞となりました。
一昨年よりもだいぶ早い渋滞に遭遇です。10分スタートが遅いとこんな感じかなと思いつつ。でもまあ休みつつ山頂を目指します、→栂尾山(274m)(6:40)→横尾山(312m)→馬の背手前の急勾配の下りで大いに渋滞。順番に鎖等を頼りに下ります。ここにも何名かのボランティアが安全確認。
→須磨アルプス馬の背(7:13)→東山(253m)→東山からコース変更になった下山ルートをたどります。結構急なルートで勾配のきつい道です。ご苦労様。小用をもよおしたので妙法寺にあるトイレの列に並びました。ここで15分は並んでしまい大きなタイムロスです。→妙法寺(8:05)→
妙法寺の交差点でもボランティアが安全横断に目配り。ご苦労様です。そしたら妙法寺小学校の校門がありそこに小学校が臨時トイレを解放してくれていて多くの人が利用していました。個々ならタイムロスはなかったのに残念。高取山は渋滞はそんなに無く自分のペースで登ります。
友人は妙法寺あたりから膝の違和感を感じ始めました。→高取山(326m)→高取神社(8:43)→高取神社下の安井茶屋のところのコース変更ポイントに誘導され丸山町方面に下山。ここでもボランティアさん。ここから菊水山が遠くに見え1時間くらいかけて丸山町、鵯越駅を抜けて菊水の麓に行きます。
ここら辺は市街地なのですが結構勾配がきつく交通量が多いので体力と気を使うところです。友人はだんだん遅れ気味となってきています。→雛越駅→菊水山駅(10:15)→処理場のところで小休止し、二回目のトイレタイム。おなかも空いたのでおにぎり一個を食べてスタート。友人は脚の調子が悪くなり、
先に行くこととし携帯で連絡を取り合うことにしました。菊水山は例によって結構階段部分が多く苦労しますが、何とか山頂に。時間はちょうど10時54分で前回よりも55分遅れ。ここが第一チェックポイントで、印をカードに付けてもらいます。→菊水山(458.8m)(10:54)→
山頂では前回は10分休憩しましたが今回は休まずに鍋蓋山を目指します。→天王吊橋(11:20)→鍋蓋山は階段がないぶん楽な感じで上れます。→鍋蓋山(486.2m)(11:48)→山頂では前回5分休憩しましたが、今回は休まず市が原を目指します。このあたりでそろそろ6時間半経過
→大竜寺→市ヶ原(12:34)→そろそろ7時間半経過→天狗道(13:18)→アップダウンが続きますが、摩耶山まで来れば何とかなると思い頑張って登ります。たぶん他の人たちも同じ思い。今回は直ぐ後ろに大きな男性でウンウンうなりながら登る人がいて、
この人に負けてはなるものかと自分に言い聞かせ少しずつ距離を開けるように歩を早めました。天狗道は岩が多くて大変です。→ついに山頂に。ここは2回目のチェックポイントでテントの所に並びチェック印をゲット。その後はボランティアの方々がサービス
してくださるホットレモンを2杯頂きました。甘いので疲れが一気に吹き飛ぶ思いです。8時間35分経過。→摩耶山(14:01)→ホットレモンをペットボトルに半分入れて頂き、おにぎりを1個食べてスタート。ここでの休憩は10分くらいでした。前回は30分程度休憩。→(スタート14:15)
→そろそろ9時間10分経過→杣谷峠→三国池(14:53)→丁字が辻→記念碑台(15:16)→そろそろ10時間経過→神戸ゴルフ倶楽部(15:26)→前回は郵便局で甘酒が振る舞われていましたが、今年は中止の張り紙がしてあり残念。これも郵政改革の一環?
→凌雲台(15:43)→極楽茶屋跡→一軒茶屋前の公衆トイレで3回目の用足し。だんだん寒くなってきたのでウインドブレーカーを着ました。→一軒茶屋(16:21)→そろそろ11時間経過。分岐点で3回目のチェックポイント。係の人がテントの中で寒そうにしていました。
私はライトの準備をして上着を着込みました。→東六甲分岐点(16:35)→分岐を過ぎて一団の塊のなかで歩いていきます。ここまで来るとみんな寡黙となりひたすら歩き続けます。それから、5時過ぎで山は暗くなり、5時5分にヘッドライトを点灯。明かりが見えて
船坂峠の標識があり懐かしい気持ちとなりました。→船坂峠(17:27)→このあたりはもう真っ暗状態でみんな黙々とひたすら一列になって進みます。渋滞状態のようですがみんな前を見失うまいとすごい早足でお互いがせっつかれるように黙々と歩きます。
→大平山に出たところの車道に例年通りのテントがありライトも点いてました。ここで参加者がしばしの休息をとっていました。そろそろ12時間25分経過。→大平山(17:52)→大谷乗越に出る直前の所はすごい岩場の下りなので、ここではライトが煌々と焚かれていて
今までヘッドライトのか細い明かりに頼っていた状況とは別世界。感謝!!→大谷乗越(18:12)→そろそろ13時間経過。ようやく塩尾寺です。→塩尾寺(19:07)→宝塚(19:50)ゴールでカードを係員さんに渡して、記念の盾と証明書をもらいました。その後は公園の植え込みの横に座って、
今晩の宿を探すために携帯でホテルに電話。でも、神戸市内のホテルに3つ電話するがどこも満室。夜は昨年までよく行っていた「めばえ」で食事をしながらマスターと話そうと思っていたのですが。残念ですが、諦めて宝塚市内のホテルに予約しました。宝塚にあるワシントンホテルを予約しました。
ホテルはゴール地点のすぐ近くで助かりました。途中、駅前に宝塚商工会か観光協会だったと思いますが、ゴールして駅に向かう参加者に無料で甘酒が振る舞われておりました。わたしは疲れ果てていたので寄らずに、ホテルまで歩くのが大変なくらいつかれていました。
ホテルには部屋のお風呂以外に大浴場が併設されており、体が冷えていたので大浴場は大変助かりました。ここにして良かった。風呂から上がり遅い食事出ず午後九時前に宝塚駅の近くの食堂街に行き、定食と生ビールで生き返る。周りを見回すと2人連れの高齢の男女
が登山姿で数組居たり、入ってきたりで、完走のみなさんでした。食べた後、さっきの甘酒を振る舞っているテントに行き、一杯ごちそうになりました。リュックはホテルに置いていましたが、着ている服装は登山姿だったので、「おめでとうございます、どうぞ」と迎えていただきました。
テントにはいすとテーブルがあり、そこで炭酸煎餅を食べながらしばし休憩。
次の日→朝食をとり、そのあと午前中はすぐ近所にある宝塚大歌劇場と手塚治虫記念館に行きました。そして、午後に神戸に行き、三宮で神戸ラーメンを食べて、神戸空港で帰宅
大倉→二俣(10:29)→後沢乗越(11:20)→鍋割山(1272.5m)(12:26)→小丸→金冷シ(14:14)→花立山荘(14:31)→堀山の家→駒止茶屋(15:35)→見晴茶屋→観音茶屋→大倉(16:46)
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来週に迫った、六甲山縦走イベントの準備のため、今月3回目の練習登山です。今月初めに小丸尾根で一緒に下った男性が鍋割山荘の鍋焼きうどんが名物でありおいしいと言っていたので、早速、鍋割山に行くことにしました。ルートは大倉から林道を1時間くらいかけてのぼります。
大倉→林道は静かで途中には登山訓練所の建物が見えます。→二俣(10:29)→二俣を過ぎると今月初めに小丸尾根から降りてきた道に遭遇しますがそのまま道なりに進みます。林道の脇にブルーシートがかぶせてある所がありここには山荘の水が置いてあり登山者が自分の体力に
応じて水上げをボランティアするシステムです。私も手伝いしようかと思い、のぞき込みましたがあいにく空っぽでした。ここからが山の道らしくなり岩の多い登りです。そして、杉が植林されている斜面を蛇行しながら登ります。うっそうとした林ではなく間伐されており適当に明るいので良い感じです。
一時間弱で尾根に到達です。ここが地図で言う後沢乗越かなと思います。→後沢乗越(11:20)→ここからは尾根を山頂目指して登っていきます。明るい日差しが注ぐ気持ちの良い尾根登りとなりました。紅葉が至るところで見ることができます。やっと一時間くらいで山荘が見えてきます。
頂上付近は綺麗にロープで区画されていたりしています。黄葉している樹がありましたのでシャッタを切りました。→鍋割山(1272.5m)(12:26)→頂上は多くの登山者が休憩していまして、山荘の中に半分くらいの人が入っていきます。私は大きなグループの後に入ったのですがコレが失敗。
山荘内ではご主人と若い男性がひっきりなしの鍋焼きうどんの注文に追われていました。注文の仕方は先ず、入ってご主人がいるカウンター(うどんを出すカウンターも兼務)にノートが置いてあり、名前と注文数を記入します。その順番で鍋焼きうどんが配られていくことになります。
私が記入したときは待っている人の注文欄が5つ程度だったのでそんなに時間がかからないのではと思っていたのですが、順番が進んで私の前の人のグループになっったのですが、このグループは8人でつまりは8杯つくるまでは私まで回ってこず、かれこれ15分のロスタイム。
でも待ったおかげでおなかも十分減りご馳走です。なお、山荘の中は一団高くなった広間で、柱が至る所に立っています。2階があるので。そしてこたつやテーブルが並んでいます。私は誰も座っていないテーブルの一つに座り鍋焼きをほおばりました。具は、なると、かまぼこ、
カボチャの天ぷら、卵、ネギ、椎茸、エノキ、油揚げでしたか。結構なボリュームがあり満足。食事時間を含めて休憩が一時間くらいになっておおいに時間がロス。急いで大倉尾根を目指して下ることにします。→小丸→金冷シ(14:14)→もう2回目の金冷シにたどり着いてここ
からはすたこらさっさ下ります。→花立山荘(14:31)→堀山の家→駒止茶屋(15:35)→見晴茶屋→観音茶屋→大倉に着く頃にはもう薄暗くなっていました。→大倉(16:46)















大倉(秦野戸川公園)(11:13)→観音茶屋(11:38)→見晴茶屋(11:57)→駒止茶屋(12:32)→堀山の家(12:53)→天神尾根分岐(13:18)→大倉(15:05)

9時過ぎに渋沢駅に着いたら結構強い雨でした。それで帰宅しようかなと思いましたが駅構内でしばらく雨宿り。そうしたら小降りになってきたので大丈夫かなと思い、改札を出て、お昼用のおにぎり(イカメンタイとツナ)を購入。そしてバス停に行ったら10時56分の大倉行きバスまで30分くらい時間がありしばらく駅前を散策しバスに乗るが乗客は数名で閑散としていました。
大倉(秦野戸川公園)(11:13)→石畳状態の登りであり、雨上がりには滑りやすいので注意して登ります。観音茶屋のご主人が看板を外に立てかけたりして開店準備をしています。主に下りのお客さんが対象でしょうからこの時間帯から準備なのでしょうか。→観音茶屋(11:38)→5分程度で道が分岐します。
両方とも塔ノ岳方面で15分後には合流します。なお、左側は高原山の家を経由しており見晴らしは良く、右の道はショートカットコースで左の道より数分早く合流する林の中の道です。その後は平坦で幅広の尾根道があり程なくすると見晴茶屋があります。先週の日曜日は盛況でしたのですが、
今日はクローズで、昨日の土曜日は雨で、今日も雨が降っていたので。→見晴茶屋(11:57)→ここからは岩がごろごろしてクイで横木が階段状になっている登り道ですが、なかなかつらい登りです。約30分ほどで次の茶屋の駒止茶屋があります。先週は同じく盛況でしたのですが、ここも今日はクローズです。
→駒止茶屋(12:32)→登って行きしばらくするとフラットになり次に下り道になります。このフラットな当たりを地図で確認すると堀山です。。駒止茶屋から20分でなにやらわいわい人の声が聞こえてきてその声の出所である堀山の家が見えました。結構にぎやかに10人以上がやっているようでした。
→堀山の家(12:53)→この後かなりガスが出てきます。今日はスタートが遅かったのでとても塔ノ岳は目指せずきりの良いところで折り返そうと思ってしましたが、金冷シまでだと時間がかかりすぎ、花立山荘までかなと思っていましたがガスも多いので天神尾根まで行ったら帰ると決心。
→天神尾根分岐(13:18)→天神尾根分岐の横木に腰掛けておにぎりタイム。日が差して、ガスも無くなり良い天気状態。もう少し登ろうかなと思いながらも早く降りてヨドバシカメラに行きたい用事もあり、汗を拭き、何組かの下山者を見送り下山する。→途中、後方のパーティが結構喧しくて嫌気がさしたので、
スピードを速めて距離を保っていく。せっかくの山の中なのに井戸端会議みたいな会話とげらげら声を聞くのは閉口です。堀山の山頂に行ってみようと思い探します。そうすれば後ろの喧噪組を先に行って貰うこともできるので。13:57に山頂らしきところに行きますが特に印はなく、
下山道に戻ります。このあたりからすごいガスが発生し、前方の人が霞んできます。ひたすら下山し大倉に到着し、沿道に無人の野菜直売があったので、サツマイモ2袋200円をゲット。→大倉(15:05)



大倉(秦野戸川公園)(9:20)→観音茶屋(9:46)→大倉高原山の家(10:05)→駒止茶屋(10:45)→堀山の家(11:10)→花立山荘(11:50)→金冷シ(12:15)→塔ノ岳(12:35)→金冷シ(13:20)→二俣への分岐(13:50)→二俣(15:20)→大倉(16:35)
《詳細》


出(7:09)→大倉(秦野戸川公園)(9:20)→小田急渋沢駅北口からの大倉・県立戸川公園行きの8時55分発のバスに乗り、15分ほどで大倉バス停下車。きれいな売店やトイレがあり準備を整え、車道を5分程度登る。車道の右に登山口と書かれた標識がありました。何人かの人たちが先に登っていました。
道は広く、石が敷かれており登山靴にはちょっときつい道の感じです。途中左手に観音茶屋がありました。→観音茶屋(9:46)→観音茶屋の写真を撮っていたらデジカメの電池が無くなっていることに気付き、ここからは節約してシャッターを押すことにしました。しばらく行くと道が二手に分かれており、どちらもまた合流して塔ノ岳の道となるようなので、行程の長い左側の道を選択。10分ほど歩くと山の家に到着。ここにはベンチがあり何人かが休息中です。また、清水を引いておりきれいながらスコップに流れているのを見て、一杯飲ませていただきました。飲んだあとに、左側の軒下に20円と書かれており、エッと思ったのですが、タイミングを失して今回は出さずじまい。次回にします。
→大倉高原山の家(10:05)→5分ほど勾配があまりない道を歩き、さっき分かれた道がまた合流です。ここから広い道を少しずつ登っていきます。分岐から30分ほどで駒止茶屋に到着。きれいな茶屋で展望も開けておりベンチをおいたテラスがあり、たくさんの登山客が休憩中。どうも無料休憩と幟が出ていたこともあり多かったのかも知れません。私はまだ元気だったので休まず通過。→駒止茶屋(10:45)→堀山の家までは緩やかな勾配の道でした。→堀山の家(11:10)→ここからは結構勾配があり、一歩一歩重力に逆らいつつ登りますがなかなかきつい幟です。
花立山荘の手前は見晴らしが良いところを登っていきますが山荘のあるところは大きなテラス状になっていて見晴らしがすごく良く、大きく綺麗な山荘があります。屋根はブルーで新しい感じでした。→花立山荘(11:50)→鍋割山への分岐である金冷シまでは勾配はそんなにはきつくありませんでした。→金冷シ(12:15)→塔ノ岳山頂を目指します。結構登山者は多く家族連れもいます。途中は木の階段があったりして良く整備されていますが、登りが20分ほど続くので辛抱です。頂上は結構広く、
北側に尊仏山荘、南側に日ノ出山荘があります。尊仏山荘が営業しており二階建ての立派な山荘です。有料トイレも整備しています。一報の日ノ出山荘はトタン板の壁と屋根でできており無人の小屋です。鹿が入るので入口は閉鎖していますが、避難小屋として使えるとのことです。山頂は枕木みたいな木が階段状に置いてありそれをベンチ代わりに座ったり寝ころんだり。ここでおにぎりを2個食べました。→塔ノ岳(12:35)→20分ほど山頂で休憩したあと、鍋割山方面に引き返します。
→金冷シ(13:20)→なだらかなアップダウンがあり、二俣方面への分岐に出ます。尾根をそのまま行けば鍋割山なのですが下山に時間がかかるので、今回は行かずに小丸尾根の道で二俣に下ります。→二俣への分岐(13:50)→分岐からは大倉尾根とかがよく見渡せる展望の良い場所がありました。そこでしばらく眺めていると若い男性が来たので、声をかけたところ、その人は、鍋割山を登って、金冷シまで言ったとの話でした。この小丸尾根を下るのだろうと思い少々安心。
小丸尾根からの下りは、結構急な下りで右に左に巻きながら下っていきます。大倉尾根の道と違って細い道ですが、踏み跡はしっかりしているので道の確認は容易です。途中振り返ると先ほどの男性も下ってきていました。登りの時に通った花立山荘が西の臨め綺麗な青屋根が太陽に映えています。小石の多い下りなので気を遣いながら歩き、
途中40分ほどしたところからは杉林の中になります。5人くらいの集団が休んでいたので追い越しながら、下りはしんどいですねと言い、挨拶。それからしばらく林の中を歩いていると、目の前に二つの尾根が現れどちらにも道が付いています。地図でみると東にある勘七ノ沢沿いに尾根道を下ればいいと思っているので、沢の方にある左側の尾根かなと思い、後続の判断を期待。そうしたら、
分岐で会った男性が追いついて来たので彼にどっちに行きましょうかと尋ねたら、私と同じ考え。それで、左の尾根を下りました。でも数分程度下ったところで道が消えており、こりゃ先ずいわいと思い引き返す。後続のグループが続いていないこともあり、さっき考え込んでいたところまで戻ろうとしていると、案の定後続グループが右側の尾根を歩いていくのが見えました。やはり1人だと山は心配ですが複数だと心強いです。
二俣に到着。ここからは林道づたいに大倉方面を目指します。→二俣(15:20)→結構長い距離を林道を歩きます。途中、さっきのグループが休憩しているところに出くわし、道を間違えたことについて話して分かれました。その後はイヤになるほど歩かねばならず大倉のバス停に到着→大倉(16:35)
湯河原駅(9:10)→城願寺(9:17)→城山山頂563m(10:32)→車道へ(11:10)→しとどの窟(11:41)→幕山登山口(12:46)→幕山山頂625m(13:41)→自鑑水(14:03)→南郷山山頂610m(14:35)→五郎神社(16:05)→鍛冶屋バス停(16:08)
《詳細》


湯河原駅(9:10)→湯河原駅から真鶴駅方向に少し行き、線路の下をくぐって城山を目指します。途中に城願寺があり寄ります。城願寺は土肥(どい)一族の墓ともいわれる五層塔、宝筺印塔、七騎堂等がある。そして、大きなビャクシンの古木があり神奈川名木百選の一つとのことです。
源頼朝手植えの伝説もあり、樹齢800年を越えるとのこと。→城願寺(9:17)→ここからはミカン畑や集落が点在しておりコンクリートの登り道が山頂の10分手前くらいまで続きます。結構きつい登りです。見晴らしの良いポイントが所々にあり、だんだんと高くなるにつれて真鶴半島が小さくなってきます。コンクリート道を外れて山道となり途中あじさいの郷というピクニックエリアを過ぎると山頂にたどり着けます。
→城山山頂563m(10:32)→山頂には土肥城跡と書かれた大きな石碑があります。ここから真鶴半島の美しい海岸線を見渡すことができます。小休止して、しとどの窟方面を目指します。途中で椿ラインの車道に出ます。→車道へ(11:10)→トイレの下にヘアピン状態で位置している舗装道路があり、途中、トンネルをくぐった後、右手に下り道の参道があるので15分ほど下るとしとどの窟(いわや)がある。
→しとどの窟(11:41)→この窟は石橋山の戦いに破れた源頼朝がこの岩窟にのがれたといわれ、中には20体余の仏像が安置されている。→ここから一の瀬橋に出て、そして幕山公園に下ります。途中に梅林の入口でもある登山口がありここから登ります。
→幕山登山口(12:46)→幕山は垂直に切り立った岩場が数カ所あり、いずれの所にもロッククライミングを楽しんでいるグループが色とりどりの服装とヘルメットで岩場に張り付いて居ました。山頂までは、地図と違って道は蛇行して造られており広いので家族でも楽しめる道だと思います。山頂へは1時間弱でたどり着き、数名の先客が休んでいました。
→幕山山頂625m(13:41)→なだらかな下りを楽しみ、途中がけっぽいところもありましたが、白銀林道に出ます。林道伝いに南郷山へ行けるのですが、自鑑水というポイントに行くことにして、林道脇から北東へ標識にしたがって山には入ります。程なく、自鑑水があります。
→自鑑水(14:03)→標識には「自害水」の名前もあり、源頼朝が石橋山合戦で敗れ、敗走中に、喉を潤し、水鏡で乱れた髪を結い直すと平家を破り天下を取った姿が映り自害を思い留まり、強く気を持ち直したという頼朝再興の礎として伝えられている。水溜まりはありませんが、大きな窪地になっています。
自鑑水を過ぎ、また林道に出ます。林道を少し歩くと左手に南郷山との標識があり、山を登ります。草深い急登坂の道でしばらく登って平らになったところを右にいくと山頂です。→南郷山山頂610m(14:35)→山頂は見晴らしが良く真鶴半島が一望できます。時間が無いので下り、途中林道を出て少し歩いたあと、湯河原カントリ倶楽部の脇の道をひたすら下ります。
何とか住宅が出てくる当たりで子供連れの女性が簡単な観光マップを差し出しつつ、南郷山への登り方を聞かれた。これは危険だなと思い、手に持っているすべての地図を駆使して説明。ついでにその地図すべてをプレゼント。女性からは感謝をされました。途中で、その女性とご主人、
子供さんが乗ったワンボックスが私の脇で停車し、湯河原駅まで乗りませんかと誘われたのですが、汗が出ていて迷惑だろうと思い辞退。本当は乗れば楽ちんだったのですが。そして五郎神社にお参りしてゴールでした。→五郎神社(16:05)→鍛冶屋バス停(16:08)
→バスで湯河原駅に。駅の近所の中華料理店でラーメンを食べ、店員さんから干物のおいしい店を聞いてから、教えて貰った中華料理屋の近くの干物店でカマスとホウボウの干物をおみやげとして買いました。
















神武寺駅(13:22)→逗子中学校(13:33)→神武寺山門(13:52)→神武寺(13:57)→鷹取山(139m)(14:27)→鷹取山展望台(15:02)→磨崖仏(15:25)→追浜駅(16:00)
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神武寺駅(13:22)→駅を降りて、車道沿いに六浦方面に引き返すような感じで進みます。途中の信号2つめくらいで右に曲がりしばらくすると逗子中学があります。→逗子中学校(13:33)→中学を左手に見てしばらく行くと上り坂になって右手の大きな建物を見つつ行くと、山道になります。木々からの木漏れ日が差し、
しだが茂るきれいな道でよく整備されている道をどんどん上っていきます。視界が開けたところに総門があり、右は旧参道、左は鷹取山に続く道です。→神武寺山門(13:52)→山上を目指して行くと神武寺の鐘(神武寺の晩鐘)、寺があります。天台宗のお寺で、奈良時代、聖武天皇の命によりの僧行基が創建、
平安時代に慈覚大師が中興したと伝えられる。 寺域には貴重な美しい天然林が残され、特にシダ植物の宝庫といわれている。 薬師堂は文禄三年(1594)ごろの創建で、秘仏「薬師三尊像」が祀られる。 他に、鎌倉時代後期の作といわれる「不動明王像」があり、いずれも、逗子市の重要文化財に指定される。
また、境内には樹齢400年の神奈川の名木に指定される「なんじゃもんじゃの木」がある。→神武寺(13:57)→少しくだって鷹取山を目指します。薬師堂の左手から鷹取山へ行きます。鷹取山に近くなるだけあってだんだんと岩が多くなってきます。10分程で鉄塔にあい、この後2つ鉄塔の横を通過する。
その後、鎖のロープが張ってある場所があり結構スリルが感じられる。鷹取山の山頂部分は岩が切り出されたので、直線的な崖がいくつもあり、ロッククライミングの練習場として使われている。頂上前の広場で昼食をとり小休止。→鷹取山(139m)(14:27)→頂上に有る展望台には、広場の右手横にある階段を上って行くことができ、
展望はすばらしい。磨崖仏もくっきりと見えます。→鷹取山展望台(15:02)→追浜駅を目指して下りますが、途中で磨崖仏の所を通過しますが、大きな仏様です。→磨崖仏の弥勒菩薩尊像(15:25)→昔採石場だったところを抜けて車道に出るとそこは湘南鷹取台という団地です。ここからはバス道づたいに駅に向かいます→追浜駅(16:00)






六国峠入口(13:03)→能見堂緑地(13:10)→給水塔(13:52)→金沢動物園入口(14:21)→大丸山山頂(15:19)→釜利谷(16:50)
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六国峠入口(13:03)→金沢文庫駅近くの峠入り口から登り開始です。道は大岩を削ったような所もありますが、幅の広い道です。10分くらいで緑地帯に出ます。→能見堂緑地(13:10)→能見堂は寛文年間(1661~73)に、地頭の久世大和守宏行(くぜやまとのかみひろゆき)が再興した擲筆山地蔵院(てきひつざんじぞういん)のことです。
能見堂の歴史は古く、文明18年(1486)には廃絶してなかったと記録にあります。その後久世大和守宏行により再興されて次第に発展したのですが、最も栄えたのは9代目住職道曹の天明年間(1781~88)頃からのようで、『能見堂八景の画図』や『金沢八景詩歌』『金沢八景案内子』などが、能見堂から盛んに出版されています。
金沢八景と能見堂との関係は、心越禅師(しんえつぜんじ)による八景の漢詩と、京極無生居士(むしょうこじ)の和歌によって広く知られるようになったとも云えましょう。江戸の時代が終わるのと同じように、能見堂も明治2年正月18日の火災により焼失して、その幕を閉じました。(横浜市教育委員会)→
ここからずっと登っていくと団地の大きな給水塔があります。個々で小休止。→給水塔(13:52)→動物園の入り口脇から大丸山への道があるので動物園に行きます。→金沢動物園入口(14:21)→入り口脇の登りの道、または入り口少し過ぎたところから、しだの谷という湿地帯経由するコースがありますが、
今回は湿地帯を経由するコースをとりました。途中は、山藤のきれいな花を見かけたり、清戸の広場、ひょうたん池があったりで散策にはとても良い道です。しばらくすると山道らしくなって登り切ります。そうすると天園続く尾根道が出てきて、そこからすぐ左折して山頂を目指します。5分くらいで横浜市最高峰の大丸山山頂です。→大丸山山頂(156.8m)(15:19)→帰りは来た道の逆をとりました。→釜利谷(16:50)






蓑毛(8:27)→裏参道へ(8:30)→藪こき→16丁目の追分の碑(10:11)→富士見台(10:20)→大山山頂・大山山頂奥の院(10:59)→大山から三峰山への急な木の階段(11:36)→三峰山(13:21)→煤ヶ谷(15:51)
<<詳細>>

蓑毛(8:27)→バス停から橋の手前の登り路を上っていくと、裏参道への分岐に(8:30)→道なりに進んでいたが、途中で竹林に入ってしまい、おそらくタケノコ堀の道に入ってしまい、藪こき状態、引き返す。そうして、道を選んで進む→途中で追分の碑に出会う。
1716年に初建され高さは3㍍68㎝で、江戸期からの大山信仰の深さを示すもの→16丁目の追分の碑(10:11)→しばらく行くと富士山がよく見えるポイントである富士見台に到着。少し雲がかかっていましたが富士山の姿を見ることができました。→富士見台(10:20)→登っていくと山頂で、多くの登山者で大にぎわい。
みんな食事を楽しんだりしていました。→大山山頂・大山山頂奥の院(10:59)→午後は三峰山のほうに北上です。→大山から三峰山への急な木の階段(11:36)→途中は山々の木々が紅葉真っ盛りでした。紅葉というよりも黄葉でしたが。結構道は険しくて、尾根道ではもろく、鎖が要所には張られていました。→三峰山(13:21)→基本的に下りですが途中階段が多く、鎖付きの道が多くありました。→時間を気にしつつ煤ヶ谷到着→煤ヶ谷(15:51)




蓑毛橋(9:06)→ヤビツ山荘(10:17)→岳ノ台(899m)(10:54)→菩提峠(11:20)→二ノ塔への登道(11:29)→護摩屋敷の水(11:36)→二ノ塔(12:31)→三ノ塔(1204.8m)(12:53)→烏尾山(1136m)(13:20)→戸沢への分岐(14:09)→作治小屋(15:28)→竜神の泉(16:28)→秦野戸川公園(16:54)→大倉バス停(17:03)
<<詳細>>

朝7時前に横浜駅に到着し、相鉄、小田急を乗り継いで秦野駅に到着。ここから、バスで蓑毛に行きました。
蓑毛橋(スタート9:06)→バス停を降りて金目川の支流に係っている蓑毛橋の右の舗装道路を上ります。途中にますの養殖場兼釣り堀がある道です。
結構急な登りが続きますが、久しぶりの山なので大変です。昨年の今頃はまさに、六甲縦走10日前というかんじで体重も今より・・・。途中で急に雨が降ってきて、しばらく木陰で止むのを待ちました。峠にある山荘の前に出てきました。ハアッとこんな所に山荘があるのだと関心。営業はしていませんでした。
ここから数分下った所に、バス停があるヤビツ峠にでました。駐車場があり多くの車や人がおり、売店もあったりでにぎやかなところです。→ヤビツ山荘(10:17)→ここから護摩屋敷の水の場所に車道を行けばショートカットできるのですがせっかくなので岳ノ台を目指します。
岳ノ台まではなだらかな草原の丘を登っている
感じです。天気が良くて見晴らしがあればピクニックに最適のコースと思われます。しかし、曇りでガスが発生して見通しは悪いのです。岳ノ台の頂上には展望台がありました。→岳ノ台(899m)(10:54)→途中に菩薩風神祠がありました。→菩提峠(11:20)→菩薩峠にはなぜか駐車場があり、何台か停車していました。
ここまで車で来るのは大変だなと感心。途中の下りでこれから行く予定の二ノ塔への登り口が西側にあることを確認しつつ、名水で有名な護摩屋敷の水が出ているところを目指します。→二ノ塔への登道(11:29)→ここでペットボトルに水を詰めました。たくさんの人が来るまで水を汲みに来ています。
みんな大容量のペットボトルやポリタンクを持参し列をなして汲んでいます。→護摩屋敷の水(11:36)→ここから本格的な登りです。結構ごつごつとした石がある登りです。→二ノ塔に到着です。ベンチ等があり休息しやすいところです。→二ノ塔(12:31)→ここからガスが立ちこめてきます。数メートル先は視界が悪い状態です。
三ノ塔は展望がよいと地図に書かれているのですが、今日はガスが濃くて視界ゼロ。→三ノ塔(1204.8m)(12:53)→急な下り坂で崖に近いような所もあります。でもステンレス製の立派な鎖が付いていたりして大丈夫ですが、アップダウンがきつい箇所です。烏小山に山荘がありました。
ここは営業中のようで食事メニューなども入り口に書いてありました。でもガスが濃くて時間もないのでそそくさと後にして塔ノ岳(1491m)を目指します。→烏尾山(1136m)(13:20)→時間が気になりだして塔ノ岳まで行くと途中で暗くなるなと思いつつ、前進です。
しかし、どう考えても塔ノ岳に行くと途中下りの大倉尾根当たりで真っ暗になりそうな時間です。一応ヘッドライトは用意しているのですが、初めての道なので用心。それで新大日手前の書策(かいさく)小屋まで行き南西方面に下る書策新道を歩こうと思いましたが、地図に「ハシゴ」、「トラバース注意」などの表示が出ていたので、止めました。
それで少し戻って、政次郎尾根を下り戸沢に行くことにしました。→戸沢への分岐(14:09)→一時間ほど尾根道をひたすら下って戸沢山荘と夏季のみ駐在所のある所に出ました。道は広く砂利道で車が通れる道です。後はここをひたすら下っていくだけです。途中作治小屋があります。
→作治小屋(15:28)→ひとりの人が水を汲んでいたので聞いてみたところ御利益のある水と言うことで飲みました。この竜神の泉は水無川の上流にある湧水で、水汲み場より50m程度上流の山腹に、 竜の形をした岩があることから、 水をつかさどる「竜神」が宿ると伝えられる場所です。 
昔から行者や猟師などが喉を潤し、一息ついた泉として知られています。→竜神の泉(16:28)→だんだん暗くなってきました。やはりこの道を選んで正解でした。公園に着く頃には薄暗くなり街灯の明かりが点いていました。→秦野戸川公園(16:54)→公園内の道を探して何とかバス停到着。バスは程なくに発車したのでラッキーでした。→大倉バス停(17:03)








六甲山上駅(スタート12:00)→記念碑台(12:10)→神戸ゴルフ倶楽部(12:19)→凌雲台(12:35)→極楽茶屋跡(12:48)→六甲最高峰(13:25)→一軒茶屋(13:30)→石宝殿(13:46)→船坂峠(14:25)→大平山(14:55)→大谷乗越(15:15)→塩尾寺(16:18)→宝塚(16:55)
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六甲山上駅(スタート12:00)→午前中は雨が降っていたので12時からのスタートで、時短のためやむを得ず六甲ケーブル下駅からケーブルで上がり、縦走路である記念碑台まで歩く。霧がかかっており結構寒く手指が冷たい。→記念碑台(12:10)→平坦な道を歩く、雨上がりであるが結構歩いている人がいる。
→神戸ゴルフ倶楽部(12:19)→ゴルフ場の脇の道を歩いて暫く行くとガーデンテラスのしゃれたスポットに出る、観光客も多くジンギスカンのお店なんかはお客が順番を待っている状態です。→凌雲台(12:35)→冬に凌雲台から極楽茶屋の下り道を降りたときは雪が凍結していてなかなか降りれず大変な思いをしたことがよみがえってきました。
その時は子供グループを引率していた男性が親切にも手持ちのアイゼンを貸して頂いてやっと降りれた所です。北向きで風が強くやはり冬になると積雪するような地形だなと思いつつ。→極楽茶屋跡(12:48)→極楽茶屋跡の建物は赤っぽい色の建物と思うのですが、すぐ近所にある車道沿いの店は営業しており極楽茶屋でいいのでしょうか。
看板がないので分かりませんでした。→ここから六甲最高峰まで縦走路と車道が多くのところで交差しています。どちらを歩いても全縦規定上は良く、縦走路はアップダウンがありきついこと、車道は車が度々通るのと距離が長くなることが欠点です。縦走当日は脚の疲労程度でどっちを歩くか考えることに。
全縦では最高峰に登んなくても良いのですが今日は折角ですから立ち寄りました。→六甲最高峰(13:25)→最高峰を下り、魚屋(ととや)道の方に分岐しているところにあるトイレでしばしの休憩。車道を振り返ると一軒茶屋がありますが、そこから多くの女性ハイカーグループがぞろぞろと切れ間無く出て来ます。
少し途切れたところでシャッターを押しました。→一軒茶屋(13:30)→石宝殿の方に行きかけたが戻って車道を少し進みます。→石宝殿(13:46)→車道左に全縦コースの案内標識があり「宝塚まであと12km」→ひたすら下っていきます。
道は当初は良いのですが途中から急な下りでかつ花崗岩の風化した道なのでがけのようなところもあり、設置してある鎖を握りながら下るところもあります。全縦当日はこのあたりは明るいうちに通らないと大変です。→船坂峠(14:25)船坂峠当たりで当日はライト付けないとダメだと思われます。但し道は平坦で歩きやすいから少し安心ですが。→大平山(14:55)→大谷乗越(15:15)
→塩尾寺(16:18)→塩尾寺からの下りは結構急でかつ舗装道路なので脚への負担は相当な感じだと思います。途中階段でのショートカットを先行グループが歩いたので確認のため歩きましたがすごく急勾配の階段で脚の負担が倍増しそうだし、当日はライト頼りで下るのでお勧めではない近道と思いました。→最後はゴールの公園を探して発見して帰路に→宝塚(16:55)
須磨浦公園駅(スタート8:00)→鉢伏山(248m)(8:40)→鉄拐山(234m)(8:51)→栂尾山(274m)(9:29)→横尾山(312m)(9:47)→須磨アルプス馬の背(10:00)→東山(253m)→妙法寺→高取山(328m)→高取神社(11:31)→神鉄鵯越駅(12:56)→菊水山(14:12)→神鉄鈴蘭台駅
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須磨浦公園駅(スタート8:00)→今日は友人のY下さん、I脇さん、M井さん、I田くんの5人です。I田くん以外はいずれも11月の全山縦走出走予定者で、コース確認を兼ねての山歩きです。
天気は上々で初歩きにはラッキーな日和です。まず、鉢伏山へ登りますが15分くらいは急激に登ので一挙に汗が出て来る感じです。I脇さん大丈夫ですか。→鉢伏山(248m)(8:40)→一番元気そうなのはM井さんで、周りと歩調を合わせていますが少しずつ自分の速いペースになじみつつあるようで先行しています。→
鉄拐山(234m)(8:51)→高倉台の団地を過ぎいよいよ400段の階段ですが、このあたりでもうM井さんの姿は見えず先を歩いています。一方で、残りの4人はつかず離れず歩いていますが、先行していたI脇さんが階段の途中4分の1くらいのところで休んでいます。この人は平地、下りはめっぽうスピードが出るのですが、
登りは苦手の様です。疲れるとすぐ一服と言って火を付けるのですが、回復にはマイナスと思いますのに。何とか4人で栂尾山に到着。見晴らしが良いので少し休憩です。まだ皆さんの顔には余裕があります。→栂尾山(274m)(9:29)→横尾山(312m)(9:47)→須磨アルプスです。
遠くにM井さんが先行しているのが見えました。もう少しすると目視できなくなるのでその時は携帯で連絡と思っています。→須磨アルプス馬の背(10:00)→東山(253m)→妙法寺→このあたりは初めての人は市街地歩くので引率します。それぞれ少しずつ疲れが出てきているようなのでペースを確認しつつ進みます。
高取山への登り口に来ましたのでここから登坂です。皆さんスピードが鈍りだしています。→高取山(328m)→高取山到着です。少し休みます。→高取神社(11:31)→下って丸山の市街地ですが、I脇さんのペースが鈍り出しました。途中、交通量の多い車道を横断して住宅地を登るところがあるのですがなかなか登れません。
I脇さんは過去何度も縦走しているので道に迷う心配はないのですが、このあたりは曲がりくねっているのですぐ確認できなくなるところです。何とか、鵯越駅に到着。→神鉄鵯越駅(12:56)ここで、I脇さんは大事を取って神鉄下り方面に乗り帰宅。
Y下さんは足に違和感が出てきたと言うことで菊水までいくのは止めて徒歩で南下し神戸市街地方面へ。私と一番若いI田くんは菊水山に行くことに、というか私が半分強引にお誘いしました。→既に、途中にある菊水山駅は廃止になっていて、また、登山道が少し変更になっていました。これまで4時間近く歩いているので、
菊水山の登りは結構応えますし、登りは他の山と違い結構な急坂です。また、階段も付いていて枯れた足には応える山です。さすがの20代のI田くんもへとへとのようで途中休み休み、結構しんどそうなのでプレッシャーにならないように声かけは最小限に。何とか山頂です。
→菊水山(14:12)→しばらく休んで菊水山の山頂の雰囲気を満喫。少し元気になったところでI田くんにあとひとつ鍋蓋山を登ると神戸市街地に帰れるよ、大阪方面は近いのでどうすると確認。モウイッスゥという返事でしたので北下して鈴蘭台駅方面を目指します。この道は使ったことがなかったので一応はじめてのの道として確認。→神鉄鈴蘭台駅
新神戸(10:00)→雌滝(10:05)→雄滝(10:12)→布引ダム(10:30)→市ヶ原(10:45)→天狗道へ(10:54)→稲妻坂へ(11:28)→NHK鉄塔(12:05)→摩耶山掬星台(12:10)→オテルド摩耶(12:38)→私立自然の家前(13:09)→丁字が辻(13:35)→記念碑台(13:49)→ゴルフ場(14:05)→記念碑台(14:22)→六甲ケーブル山上駅(14:30)
所要時間4時間30分)
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新神戸(10:00)→今日は新神戸スタート宝塚ゴールの半縦走を行おうと思い8時にスタートしようと思ったのですが生憎、天候が悪そうで今にも雨が降りそうだったので、様子見していました。9時過ぎに位に何とか天気は持ちそうな感じになってきたので決行。→雌滝(10:05)→雄滝(10:12)→順調に登っていきますが、やや蒸し暑く思いの外喉が渇きます。→布引ダム(10:30)→何とか雨は降りませんがいやな感じです。→市ヶ原(10:45)→天狗道へ(10:54)→学校林道の処につきましたが、ガスがかかっている状態です。→稲妻坂へ(11:28)→途中少し明るくなりましたが、天気は一進一退です。→NHK鉄塔(12:05)→何とか掬星台に到着。ここで小休止して昼食を取ります。→摩耶山掬星台(12:10)→途中にある摩耶天上寺の境内に寄り道しつつ、アゴニー坂を上ります。→オテルド摩耶(12:38)→車道を少し歩いていき、自然の家前のバス停横から石段のある登山道を登ります。→私立自然の家前(13:09)→自然の家前のバス停横から石段のある登山道を登ります。ここからは三国池まで緩い上り坂で途中、サウスロードへの道が右手に有ります。車道に出て少し歩けば丁字が辻バス停があります。→丁字が辻(13:35)→さらに車道を登ります。昨年縦走で甘酒のお世話になった郵便局があります。→記念碑台に来たときに北の林からガスが霧状に黙々と出てきました。もはやこれまでと思いました。→記念碑台(13:49)→これまでと思うのですが、ここからケーブル駅に行く気になれなくて、さらに進みます。しかし、ゴルフ場のクラブハウスを過ぎたところで、当たりが霧で真っ白になり、そして大粒の雨が降り出しました。→ゴルフ場(14:05)→急いで傘を出して引き返します。そしてもう天気は回復しないだろうと覚悟して、ケーブル駅に急ぎます→記念碑台(14:22)→六甲ケーブル山上駅(14:30)→ケーブルで下りましたが、凄い雨で窓が開放的な車内にはどんどん横殴りに雨が入ってきて童心に帰り楽しみました。
能勢電鉄妙見口駅(10:20)→西芳寺(10:22)→吉川峠(10:45)→天台山(11:47)→光明山(12:15)→清滝(12:56)→妙見山(13:21)→山門(13:26)→本瀧寺(14:18)→今谷池(15:05)→妙見奥の院(15:27)→堀越峠(15:48)→歌垣山(16:04)→歌垣山登山口(16:32)→稲地バス停(17:40)
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能勢電鉄妙見口駅(10:20)→三宮を9時過ぎに出てから阪急で十三で宝塚方面に乗り換え、川西能勢で能勢電鉄に再度乗り換え。終点の妙見口駅から地図を片手に吉川峠を目指します。途中に立派な屋根を持つお寺があり、西芳寺でした。→西芳寺(10:22)→橋を渡り、地図通り登っていくと団地の東に出たので、そろそろ峠かなと思いつつ、標識を捜しました。そうしたらちゃんと天台山方面と記された標識が有り、順調です。
なお、峠には電波塔のようなものと丸くて大きい貯水槽の施設があります。→吉川峠(10:45)→杉林の中をなだらかに登っていきます。晴れていて日差しが強い日なのですが、林の中は日陰状態でなかなか良いコンデションです。途中にやや年配の3人連れの女性ハイカーが休憩していたので、道の確認と思い「天台山、妙見山へはこのみちで大丈夫ですか?」と聞きました。
明るそうなグループで「自分たちは初めてで分からないが、そのつもりで登っています」の返事。それで直ぐ別れて黙々と登っていると標識が有ったりで、天台山へのルートで間違いなし。途中に青貝山への分岐があると書かれていたので、そっちの方に行かないように心がけました。暫くして、フラットになった林の中に30人以上の大集団が休憩中でした。
私はじゃまにならないようにグループの端を通り抜けるようにしましたが、プレートが見えたので寄って確認。そうしたらプレートには天台山頂が直ぐ近所と書いてあり、そそくさと行きました。数分歩くと山頂を示す三角点がフェンスで囲まれた裏の杉林の中にありました。但し、この山頂からは視界零で林のど真ん中で薄暗い感じです。。写真を撮って元の道に戻ります。→天台山(640.1m 11:47)→ここからは緩やかな下りで20分くらいで車道に出ました。車道を5歩いて東側のとりつきに光明山への山道があるように地図が書いてあるので注意深く見ていたらちゃんとありました。
但し、結構草深いのでストックを取り出し草をかき分けつつ進行です。少し入ったら草は無くなり良い途が出てきて一安心。まだこの時期蛇とか出てきそうなので。途の途中で東側に山頂への表示があり数分で山頂です。ここも視界は開けていませんでした。→光明山(639m 12:15)→車道に出ますが直ぐ山道があり車道に平行して進みます。途中は大きな高圧線鉄塔が一直線上に並んでいるコースが有り、北東側の景色が一望です。
一度車道に出て、また山道に入り進んで行くと、清滝に出て、ここのところが初谷川から登ってくる谷筋のゴールです。→清滝(12:56)→ここから5分ほど車道を登り、そして参詣?の途に入ります。結構急な登りですが、頂上手前に鳥居がありました。鳥居の前に3人連れの女性が昼食中でよく見ると朝、天台山の手前で追い越したグループです。グループも私のことを覚えていて、不思議そうに何故後から来たのと言った感じです。私はほとんど休憩せず抜かれた覚えもなく不思議でした。
良く話を聞くと、彼女たちは初谷川の谷途を登って来るつもりで居たがと観光イラストマップを見せて説明。でも朝会ったときには初谷川ではないもっと南の尾根道を歩いていたことを私の地図で説明し、納得。そのあとはたぶん車道をずっと歩いて来たのだろうと思います。それが証拠には天台山、光明山のいずれも歩いていないと言うことで、グループだから良いのですが、観光イラストマップ頼りで大丈夫かなと思いました。
色々説明して感謝されまして、この後は歌垣山まで行こうかしらと行っていたので、所要時間は三時間近いので、着くと4時過ぎですよと説明。じゃあ、山頂手前の奥の院でどうかしらというので、それなら三時くらいで安心ですねと行って、自分はここからもう下山する予定と行って別れました。→妙見山(13:21)→山門を過ぎると宿坊みたいな店が林立し、過ぎるとお寺があり皆さんお参りしています。
寺の上にいくと山門があり、この山門は大阪府と兵庫県の県境にあり確かに、門の内側にそう記された表示がありました。→山門(13:26)→山門の先には星嶺と名前が付けられた木で出来たユニークな建物があります。中ではなにやらコンサートみたいな催し物が開かれていました。しばらくすると赤い法被を着た10人くらいの女性グループが笛や太鼓などを奏でながら功臣が始まり、すかさずシャッター。
そしてここで昼食のおにぎりを食べ、山頂の三角点のポイントに行きました。→妙見山(660.1m)→これで下山しようとバス停の処まで行ったのですが、まだ日も高いのでさっきのグループが言った歌垣山の言葉が思い出され、何とかなるだろうと思い、歌垣山、もしくはその手前の奥の院までを目指します。いずれも途中から下山してバスで妙見口駅まで戻れるので。→一路、北方向に向けて下りです。
奥の院に向けて歩くので、途は風情があります。途中立派なお寺に遭遇、妙見宗本瀧寺というお寺でお寺の周りを多くのお参りの人が回っています。そして、瀧に打たれる場があり、外からはほとんど見えませんが、十人以上の人が列を成して瀧に打たれているようでした。→本瀧寺(14:18)→寺を下りさらに急勾配の長い階段を下り、
山道に入ります。そして車道に出て5分くらい歩くと、右手に鳥居が現れ、そのポイントから車道を離れて北へ山道を歩きます。途中で野間大原の集落に出て、農構で作った集会所とか、基盤整備の祈念碑なんかを見つつ、集落を過ぎます。水田には収穫間際の稲があり、一部はもうコンバインで刈り取り中でした。そして要所要所に奥の院へのルートが書かれており、大丈夫です。
集落の水田のはずれに犬のトレーニングか何かの場所があり、鳴き声が凄い状態です。犬の散歩をさせている若い人たちか無関心そうに歩いており、若干怖いなと思いつつ歩きますが、中年の女性トレーナーみたいな人が居り、奥の院への途かどうか確認すると、そうですとの返事、加えて、気を付けてと言われて、心新たに登っていきます。左手に池があります。→今谷池(15:05)→途中からルートにテープが貼られてきます。
そのテープ頼りに登っていくと奥の院の表示がだんだん出てきて、ついに、奥の院到着。→妙見奥の院(15:27)→ここまで来たので、次は堀越峠まで行き、歌垣山までの時間が残されているかを考えることに。20分ほどで峠の車道に出ました。ここから下山は車道伝いになるのですが、車道では嫌だなと思い、また、4時前でなんとか歌垣山に行っても道に迷わねば明るいうちに下山できるだろうと登ることに。
→堀越峠(15:48)→結構急な山でひたすら登ります。地図では30分くらいとなっておりますが、迷えば大変なので慎重かつスピードを上げて登ります。少しふくらはぎに違和感が出て心配になりつつ。そしたらなんと20分で山頂に到達。やったあと言う思いです。山頂は立派な御影石で出来た三角点と展望台があり、近所のハイキングコースと言った感じです。
→歌垣山(553.5m 16:04)→ここから下山口が分からず少し心配でしたが、標識を見つけて一挙に下山。→歌垣山登山口(16:32)→ここでバス停を捜して、時刻表を見てあ然。最悪です。戻りのバスは午後4時台は15分ほど前に出ていて、午後5時台は無し、その後に6時8分、7時8分で、なんと期待していた5時のバスが有りません。喫茶店かどこがバスを待っていても良いのですが、店はなく、一時間半もバス停に立っているのも出来ないので、バス道の国道477を歩いて南下し、疲れたところで、6時のバスを待とうと言うことにしました。
ひたすら歩きです。途中の車にヒッチハイクできればいいのですが、なかなかプライドが許さないというか、恥ずかしいというか。結構歩いたのですが、5時半くらいになってこれから大槌峠というところ越えなければなりません。暗くなる前に抜けれる時間はありそうなのですが、太陽はあと少しで山に隠れる時間帯で無理する必要もないかなと思い、稲地というバス停でバスを待つことにしました。→稲地バス停(17:40)→バス停出発は18時15分ころでした。
新神戸(9:30)→雌滝(9:34)→雄滝(9:39)→展望台(9:44)→市ヶ原(10:09)→学校林道分岐(10:48)→摩耶山・掬星台(11:37)→森林管理道(12:35)→植物園東門(13:16)→東ドントリッジ→分水嶺越→市ヶ原→新神戸(15:10)
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新神戸(9:30)→ずっと続いている梅雨により滝の水量がいつもと違って凄い勢いで水が流れています。こんな凄い雌滝は初めてです。→雌滝(9:34)→雄滝の水量が全然多く、いつも見る滝筋とは違って滝一面が水水水です。→雄滝(9:39)→展望台(9:44)→地図では新神戸から市ヶ原まで所要1時間とされていますが40分で到着。→市ヶ原(10:09)→湿気が多く汗だくです。→学校林道分岐(10:48)→掬星台まででペットボトル3本消費。→摩耶山・掬星台(11:37)→初めて歩く道、森林管理道です。車道を歩き天正寺の入口を少し過ぎた北側に森林管理道と書かれた標識から入りますが、尾根道です。結構急なところがありまして、出口はちょうど徳川道とシェール道の分岐の処でした。ようは桜谷道の東にある尾根道と言ったところでしょうか。→森林管理道(12:35)→桜谷道分岐のところの川は増水していて靴は濡らすしかありませんでした。→植物園東門(13:16)→東ドントリッジ→分水嶺越→トゥエンティクロスは増水しており、靴が濡れるというか、すっぽり川の中という感じです。このあたりから雨が降ってきました。上も下もびしょ濡れです。→市ヶ原→新神戸(15:10)
JR三ノ宮(7:20)→南海電鉄橋本(9:02→ 9:20)→南海電鉄九度山駅(9:35)→真田庵(9:46)→慈尊院(10:10)→丹生官省符神社(にうかんしょうぷ)(10:16)→勝利寺(10:23)→展望台(10:57)→雨引山分岐(11:31)→雨引山分岐(11:43)→雨引山山頂(11:53)→雨引山分岐(11:58)→六本杉峠(12:29)→県道に合流(12:44)→丹生都比売神社(にうつひめ)(12:49)→院の墓(13:20)→金剛童子杖の跡(13:31)→二ツ鳥居(13:37)→地蔵堂(13:58)→矢立で国道を横切る→袈裟掛石(15:56)→国道を渡る(16:29)→展望台(16:44)→大門(17:52)→壇上伽藍(18:14)→金剛峰寺(18:24)→遍照光院(18:38)
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今日は、高野山石道を巡り、宿坊で一泊して、翌日は高野三山・女人道巡りをします。高野山は標高800メートルの山上盆地に、真言密教の根本道場として空海が816年に創建した「金剛峯寺」をはじめ、金剛峰寺の建設と運営の便を図るため政所として山下に建立された「慈尊院」、金剛峯寺の荘園であった官省符荘の鎮守社として建
立された「丹生官省符神社」、金剛峯寺と慈尊院のほぼ中間点に当たる天野盆地にあり、空海が金剛峯寺の寺地を選定した際の伝説に登場する土地を譲った神である「丹生明神」、道案内をした神である「高野明神」を祀り、金剛峯寺と常に密接な関係を保ってきた「丹生都比売神社」からなり、それぞれが参詣道である「高野山町石道」
で結ばれている。
高野山は、現在もなお117もの寺院が密集し、およそ1200年の信仰の山の歴史を秘めた山上の宗教都市で、峻険な山嶺と深遠なる樹叢とが一体となった信仰に関連する文化的景観を形成している。特に、空海が「即身成仏」を果たし、今なお生き続けていると信じられている奥院は、「大師信仰」と相まって今でも多くの人々により墓
石の建立が続けられている。前置きはこれぐらいにして、生田神社の境内を通り過ぎてJR三ノ宮に向かいます。→JR三ノ宮(7:20)→新快速で大阪に行き、そこから地下鉄で難波に出て、初めて乗る南海電鉄の駅に行きます。→南海電鉄橋本(9:02→ 9:20)→南海電鉄九度山駅(9:35)→真田庵が駅から5分ほどの処にあり寄ってい
きます。紋はやっぱり六文銭なんですね。→真田庵(9:46)→ここから聖地高野山への表参道である高野山町石道です。金剛峯寺への参詣道は数本あるが、その中でも空海が切り開き、その後も最もよく使われた主要道が「高野山町石道」で、沿道には一町(約109メートル)ごとに町石が建てられている。

町石には壇上伽藍からの距離(町数)のほか、密教の金剛界三十六尊及び胎蔵界百八十尊の梵字、寄進者の名前、建立年月日及び目的などが彫り込まれている。もとは木製の卒塔婆が建てられていたが、鎌倉時代に各層の寄進を募り、現在みるような町石になった。220基の町石のうち179基については当時のものが遺り、一町ご
とに礼拝を重ねながら山上を目指した参詣の様子を今に伝えている。→平安時代に創建された寺院で、「女人高野」とも呼ばれている。参詣道「高野山町石道」の登り口にあり、参詣者が一時滞在する所ともなって信仰を集めてきた。14世紀に再建された弥勒堂には、国法の弥勒仏坐像が安置されている。→慈尊院につきましたが大き
な多宝塔があります。→慈尊院(10:10)→慈尊院の直ぐ上のところに石段がありそれを登っていくと神社です。→明治初年の神仏分離令までは境内に仏教関連の堂舎があり、隣接する慈尊院と一体で信仰を集めてきた。→丹生官省符神社(にうかんしょうぷ)(10:16)→神社の直ぐ脇にさらに自然石で出来た急な石段がありそれを登ると
勝利寺です。→勝利寺(10:23)→展望台までは柿畑の上り坂をひたすら登っていきます。途中から視界が開けて来ますが依然登り道で結構今日は暑いので大変です。→展望台からは九度山の町が一望できます。→展望台(10:57)→展望台を過ぎてさらに登っていきますが、少し杉林が出てきて涼しくなってきます。→雨引山分岐
(11:31)→分岐を通り過ぎて暫くして、やっぱり山頂に行きたいという気持ちが湧き引き返します。→雨引山分岐(11:43)→そんなに急な山ではありませんが頂上付近は林と雑草に覆われており三角点なんかはとても分かりそうもないのであります。→雨引山山頂(11:53)→スタコラ元来た道に引き返します。→雨引山分岐(11:58)→六
本杉峠(12:29)→ここから直接、二ツ鳥居に行こうかとも思いましたが、やはり丹生都比売神社に寄ってみることとし、下っていきます。この下った分だけ後ほどまた登らないといけませんのに。→県道に合流(12:44)→丹生都比売神社は高野山を含む紀伊山地北西部一帯の地主神を祀るが、金剛峯寺と密接な関係を保ってきた神社で
ある。神仏分離令までは仏教関連の堂舎多数が存在したが、現在は本殿・楼門などが残るだけである。→丹生都比売神社(にうつひめ)(12:49)→この近所の農産物直売所で休憩です。ジュースと直売のトマト(六個3百円)を買い、空きペットボトルに水道水を入れてもらって出発です。結構な登りです。→院の墓(13:20)→登りです。→
金剛童子杖の跡(13:31)→登りです。丹生都比売神社と「高野山町石道」は「八町坂」によって結ばれ、合流点には丹生都比売神社遙拝のための「二つ鳥居」が建てられている。結構立派な鳥居で休憩スポットです。→二ツ鳥居(13:37)→右手にゴルフ場があり暫く行くと地蔵堂があります。→地蔵堂(13:58)→矢立にガソリンスタンド
がありここにはジュースの自動販売機があります。→矢立で国道を横切る→登りです。→袈裟掛石(15:56)→登りです。→国道を渡る(16:29)→登りです。→展望台(16:44)→登りです。そしてこのあたりの杉や檜は多くの古木、巨木が茂っており、だんだんと荘厳なイメージとなってきます。疲れてへとへとになっていたのですが、視界が
開けたらなんと巨大な赤い門が目に飛び込んできたではないですか。すご~い!!山門に到着→一山の総門にふさわしい入母屋造の二階二重の大規模な門で、国内でも最大級の木造二重門であるとのこと。→大門(17:52)→ここからは宿坊が六時チェックイン予定なので到着が遅れる旨の電話をした後すたこら遍照光院に→
途中きれいな壇上伽藍をちらっと左に見て。→壇上伽藍(18:14)→門が既に閉まっている金剛峰寺をちらっと見て。→金剛峰寺(18:24)→やっと到着。受付のお坊さんからは風呂は後にして食事を早く済ませるように指示されて、風呂場で足だけ洗ってそく食事。精進料理で美味しかったのですが急いで食べたので記憶が余り残っていま
せんから書けませんでした。→遍照光院(18:38)
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勤行(6:30)→朝食(7:30)→遍照光院(8:06)→金剛峰寺(8:20)→刈萱堂(8:41)→奥の院一の橋(8:47)→御廟橋(9:16)→摩尼峠(9:59)→摩尼山(10:14 1,004m)→黒河(くろこ)峠(10:43)→楊柳山(ようりゅうさん 1,008.5m)(11:05)→子継(こつぎ)峠(11:36)→転軸山(てんじくさん)(12:04 910m)→御廟横の玉川(12:20)→奥の院バス停脇の女人道(13:28)→東口大和口大峰口→大峰口女人堂跡(13:54)→円通律寺(14:05)→カブトムシ→真別処分岐(14:20)→真別処分岐にバック(14:32)→大滝口女人堂跡(14:48)→鉄塔前広場(14:55)→相の浦口女人堂跡(15:05)→リスに遭遇→助けの地蔵(15:42)→龍神口女人堂跡→大門(15:51)→大門口女人堂跡(16:00)→弁天岳(16:15)→谷上女人堂跡(16:28)→不動坂口女人堂(16:35)→不動坂へ(16:40)→清不動堂(16:48)→極楽橋(17:07)→南海・極楽橋駅(17:13)

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六時半から護摩堂で勤行です。宿坊に泊まった多くの人が参加していました。約45分くらい読経と各自の焼香があり、その後本堂と護摩堂の中の案内がありました。このお寺は他のお寺と違って護摩堂が本堂より広いとのことでした。勤行(6:30)→勤行の後に朝食を部屋に若い坊さんが持ってきてくれました。→朝食(7:30)→会計を
して出発です。→遍照光院(8:06)→昨日は到着が遅いために金剛峰寺が閉まっていたので、改めて訪問。ここが有名な高野山金剛峰寺かあ、と感慨深げに。→金剛峰寺(8:20)→奥の院に向かいます。途中に刈萱堂がありまして、石童丸の物語で知られるお堂で、出家した苅萱道心が庵を結んだところです。堂内には苅萱親子一代
記の物語が描かれています。→刈萱堂(8:41)→程なく奥の院の入口?である橋にさしかかります。→奥の院一の橋(8:47)→奥の院は転軸・摩尼・楊柳の三山に囲まれた広大な集合墓地。空海が生前に自ら墓所と定めた場所を中心とする聖地で、大名家が建立した多くの巨大な石塔をはじめ、各時代・各層の人々の墓石大小約30万
基が密集し、樹齢500年を超す巨木が生い茂るところです。途中、明智光秀、織田信長、豊臣秀吉といった碑や墓もあります。→御廟橋(9:16)→御廟にお参りして、休憩所で一休み。自動販売機か何かあるかなと思っていたら全然無く、代わりに茶釜にお茶が沸かしてありそれをみんな湯飲みに入れ、テーブルで休んでいました。休んで
いたら隣に外人の親子が座りました。初老のご夫婦と娘さんの3人連れです。優しそうな人たちだったので直ぐ隣にいたお母さんに話しかけてみました。ニューヨークから来ており、日本に来て三日目で、最初の二日は京都と白馬に行ったとのこと。宿坊に泊まったのかと尋ねたら泊まったと言うことで大変楽しそうでした。ドライフルーツの袋
を差し出され一つどうぞと言われたので、丸っこいものを頂いたら、ピーチだとのこと。それからお父さんからは、乾燥したアオサの袋を見せられどうして食べるのと尋ねられたので、みそ汁を知っていることを確認した後に、みそ汁に入れるだけで直ぐ食べられる旨紹介。娘さんは終始ニコニコと見ておられたが結局話せずじまい。チョット残
念。15分ほど色々話をした後、別れを告げて、高野三山巡りに。最初は転軸山からスタートと思って色々聞いたのですが、結局教えてもらった道は摩尼山から登る道でした。【解説】弘法大師廟のある奥の院を囲んでいる山々。その内の摩尼山、楊柳山、転軸山という主要な三つの山を高野三山と呼んでいる。高野山は発祥当時か
ら明治初期までは、弘法大師の母でさえ立ち入れなかったという女人禁制の山で、お山に入れぬ女性達は高野三山を巡る尾根を辿ったという。→摩尼峠(9:59)→峠から結構登りがきつい坂が続きます。頂上には祠がありま
す。→摩尼山(10:14 1,004m)→下りです。峠の処には奥の院に繋がる道があります。休んでいたら、若いお坊さんがトレーナー姿で登ってきて、祠の鐘をちょんと鳴らしました。聞くと楽しいので日課のようにして山を歩いているとのことで修行ではありませんとのこと。→黒河(くろこ)峠(10:43)→登っていきます。頂上手前は階段状になっ
ていて、登り切ると年配の人が三脚を使って写真を撮ろうとしていました。→楊柳山(ようりゅうさん 1,008.5m)(11:05)→一部登りがありますが、下りが多く特に峠手前は急な階段状の下りです。→子継(こつぎ)峠(11:36)→下っていくと途中からなだらかな道になります。車道に出ますので車道を横切り山道を歩きます。杉林の急坂を
上っていくと転軸山です。→転軸山(てんじくさん)(12:04 910m)→山をひたすら下っていくと玉川に出てきて、川を渡ると御廟の真横でした。この入口はとても標識などあるはずが無く発見は困難というのが感想です。→御廟横の玉川(12:20)→女人道の入口が分かりません。おみやげ屋の人に聞いて何とか駐車場左にある小さなプレ
ート発見。大峰口の入口です。→奥の院バス停脇の女人道(13:28)→大峰口は東口、大和口とも言われているとのこと。→大峰口女人堂跡(13:54)→堂跡から出てくると広い道に出たので地図に従い右へ。円通律寺の山門発見。でも山門の処に来てはダメと書いてあります。→円通律寺(14:05)→登り道左脇の木の株下に黒い物体
があったのでよく見るとカブトムシ。へえ~こんな処に居るんだと思いつつ、先へ。→真別処分岐(14:20)→分岐出て間違って左へ。→真別処分岐にバック(14:32)→大滝口女人堂跡(14:48)→鉄塔前広場(14:55)→広場から根本大塔が見えます。→相の浦口女人堂跡(15:05)→途中の道の左側の林の中がザワザワと言ったのでよく
見るとリスが居ました。→助けの地蔵(15:42)→龍神口女人堂跡→昨日見たけどやっぱり大きい大門です。→大門(15:51)→道にはずっと赤い鳥居が続きます。→大門口女人堂跡(16:00)→弁天岳の頂上に社がありました。→弁天岳(16:15)→下り道です。→谷上女人堂跡(16:28)→女人堂は高野山への入口は、高野七口と言われる
ように、七つの入口があり明治5年に女人禁制が解かれるまで高野山に入れない女性の為に参籠所が入口には設けられておりました。現在は不動坂口の参籠所が唯一残っております。不動坂口女人堂(16:35)→不動坂へ(16:40)→清不動堂(16:48)→極楽橋(17:07)→南海・極楽橋駅(17:13)






北野天満宮(10:33)→うろこの館(10:38)→雌滝(11:02)→雄滝(11:10)→ハーブ園上(11:47)→学校林道分岐(12:29)→雷声寺(13:18)→熊内神社(13:27)→新神戸(13:35)
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北野天満宮(10:33)→うろこの館(10:38)→新神戸駅へ向かう途中に神戸北野チャペルという教会で結婚式があるらしくフルート、バイオリン、ビオラのアンサンブル音楽が聞こえてきます。→雌滝(11:02)→雄滝(11:10)→ハーブ園上(11:47)→ハーブ園から天狗道に行くまでの間は林の中で、色んなキノコがありました。→学校林道分岐(12:29)→雷声寺(13:18)→神社の境内に入りました。幼稚園を経営しているようです。→熊内神社(13:27)→新神戸(13:35)
北野(10:40)→金星台(10:51)→ビーナスブリッジ(10:58)→碇山(11:13)→市章山(11:23)→堂徳山(11:36)→善助茶屋跡(12:09)→鍋蓋山(12:45)→七三峠(13:07)→二本松林道へ(13:21)→防火線入口(13:46)→三角点(13:51)→防火線に戻る(14:03)→天王谷(14:14)→祇園神社(14:33)→北野(15:00)
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北野(10:40)→朝は雨だったが、10時過ぎに雨が止んでいたのでとりあえず出発。金星台のところで霧雨が出てきたが、汗と変わらない感じなのでそのまま登る。→金星台(10:51)→曇っているわりには町並みが良く見えました。さすがに誰もいないビーナスブリッジでした。→ビーナスブリッジ(10:58)→碇山への道は少し日は差してきましたがべとべとの道です。→碇山(11:13)→市章山(11:23)→車道の東に少し入ったところに標識がありますが堂徳山への案内が逆でした。でも標識にはマジックインキで小さく修正がされていてそれを確認したら行けました。堂徳山山頂から南へ下る道が続いているのですが標識では行き止まりとなっています。今年の冬になったら下草が無くなり歩きやすくなるので確認します。→堂徳山(11:36)→二本松のバス停のところから登っていきます。途中、尾根の方に分岐した道があったのでトライしたのですが、どうも鉄塔への道のようで最後は道が無くなってしまったので引き返し本道を歩くことに。なお、本道は二本松道という名です。→善助茶屋跡(12:09)→どうも雨の心配はなくなってきたので、昼食場所も考えて鍋蓋山に行くことにしました。足下は所々水田のようなぬかるみのところも有り大変です。山頂には十数人のハイカーが休憩です。→鍋蓋山(12:45)→少し戻って、七三峠に下ります。→七三峠(13:07)→平野防火尾根を南下します。尾根伝いに歩いて地図では35分かかるということですが15分程度で広い道に出てしまいました。暫く歩いて分かったんですが、途中で二本松林道に降りてしまいました。→二本松林道へ(13:21)→暫く林道を歩いていたら、当所予定していた防火尾根道の出口に来ました。ここからは防火線がさらに南下しているのでトライ。→防火線入口(13:46)→歩きやすい道ですが途中急な上り坂で頂上に三角点発見→三角点(258m 13:51)→三角点から西行しているのですが途中から下草が多くなり歩きづらくなりました。滑ったりマムシが出てきたりしてもかなわないので、この道も冬の楽しみにすることにして、バック。→防火線に戻る(14:03)→天王谷を目指して下ります。→天王谷(14:14)→途中、旧道を利用して南下します→祇園神社(14:33)→北野(15:00)



北野(10:25)→北野道(10:40)→新神戸駅(11:00)→布引ダム(11:30)→市ヶ原(11:45)→ハーブ園・縦走道の間(12:05)→摩耶掬星台(690m)(13:10)→摩耶ケーブル下(14:53)→青谷橋(15:20)
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北野(10:25)→今日は遅いスタートなので、もう北野異人館街は観光客で一杯です。山登りの服装に違和感を1人感じつつ風見鶏の館、北野天満宮を抜けて行きます。
→北野道(10:40)→北野道にはいるとさっきの喧噪は嘘みたいでほんの数分で別世界に入ることが出来ます。→新神戸駅(11:00)→いつもの道ですが結構登りが続くので運動にはもってこいのコースです。気温も上昇していてみるみるうちに汗ばんできます。途中の雄滝は昨日の雨で水量が多く轟々と流れ落ち落ちています。また、鼓滝がありましたが道の下にあり、滝全体は見えません。
→布引ダム(11:30)→市ヶ原(11:45)→ここからツゥエンティクロス方面(緩斜面)か摩耶山方面(急斜面)か迷っていましたが、桜茶屋を数分過ぎたところに、「布引ハーブ園、天狗道を経て摩耶山」の標識があり、まだ歩いていないコースだったのでこの道に決定です。
→ハーブ園・縦走道の間(12:05)→静かな道で古くはなっていますが杭で出来た階段が整備されています。しかしあまり歩く人は居ないようでところどころ道が藪で覆われそうなところがありました。約15分くらいで、布引ハーブ園方面と天狗道方面の道に出会い、天狗道へ歩きます。
途中、「歩く会」の大集団が下ってきて離合が大変でしたが、それにしても汗が良く出るので水の補給をこまめにしました。そこで威力を発揮したのが、手製の水分補給用パックのハイドレーションパックです。1リットルのペットボトルを2本輪ゴムで固定しお茶を入れて、
一方のペットボトルのキャップの代わりに百均で購入した吸い口付きのキャップと東急ハンズで購入したチューブを付けてできあがりです。→摩耶掬星台(690m)(13:10)→青谷道で下ります。→摩耶ケーブル下(14:53)→青谷橋(15:20)



北野(11:00)→ハンター谷(11:38)→堂徳山国有林(12:08)→猩々池(12:39)→善助茶屋跡(13:13)→修法ヶ原池(13:32)→洞川湖(14:03)→分水嶺越(14:24)→布引ダム(15:24)→風の丘駅(15:36)→雄滝(15:50)→新神戸(16:00)→北野(16:25)
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北野(11:00)→今日は堂徳山に直接登るルート開発で地図を眺めて、入口とおぼしき北野町西公園に行く。確かに谷への入り口があり確信して暫く登って行くが荒れている道で途中で道が無くなりテープも何もないので途中で引き返すことに。他の入口がないかと山際を東に歩いていくとハンター谷とハンター谷東尾根道を発見。→ハンター谷(11:38)→住宅地上部のハンター谷は凄く大きな透過型の堰堤で一時的土砂等を受けるような仕組みです。
その東脇を歩いていくと途中で谷にはフェンスがあり侵入できない状態で代わりに、東尾根道がやや古いが整備されています。30分ほどずうっと登り道で一斉に汗が噴き出してきます。頂上付近に標識があり堂徳山国有林と書かれています。→堂徳山国有林(12:08)→ここから少し下ると、二本松のバス停に出会し、車道を少し歩いて、再度山方面と猩々池方面(二本松林道)の分岐に出てましたので、林道を選択。
猩々池へは緩い下りの道で途中はほとんど車は通らず、メタセコイアの木々を見つつ池に到着。おなかが空いたのでここで昼食。→猩々池(12:39)→10分くらい休んだあと、池の東側の道を利用して歩く。途中で再度山方面への道に合流。この道は舗装されているので、途中から東側に登る山道がありこれは基本的に尾根沿いなので軽快に歩いていると毎日登山発祥の地である、善助茶屋跡に遭遇。
→善助茶屋跡(13:13)→茶屋跡から数分で大竜寺です。ここでI君と遭遇し挨拶して分かれる。→修法ヶ原池(13:32)→ここから弘法大師再度霊跡の石碑があるところを抜けて、まだ一度も歩いていないコースを選びながら洞川湖に到着→洞川湖(14:03)→緩いアップダウンを繰り返しつつ下っていくと、分水嶺越の標識に遭遇。
ドントリッジの道のが好きなのですが、ここからトゥエンティクロスへの道は歩いていないので、未踏破コースを優先です。→分水嶺越(14:24)→トゥエンティクロスを南下していきます。→布引ダム(15:24)→ダムの脇のところにお社があります。
石段が結構急なのです。登っていくと直ぐ行けたのですが、お社の上には整備された道が続いており、数名の外国人が下ってきたりしていたので何があるのかと思いもう5分くらい登っていくと、車道に出ました。ここの道を使ってロープウェーの途中の駅である風の丘駅に行きます。→風の丘駅(15:36)→暫く車道を下っていき、途中で見晴台のところに寄り、いつもの雄滝巡りコースで。→雄滝(15:50)→新神戸(16:00)→北野(16:25)



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阪急大山崎駅(9:52)→JR山崎駅(9:58)→宝積寺(10:10)→天王山山頂(270m 10:37)→乗願寺(11:25)→尺代(11:49)→乗願寺(12:35)→楊谷聖苑(12:50)→ベニーCC(13:17)→大沢のスギ(方位杉)(13:27)→大沢(13:33)→大杉(14:03)→釈迦岳(14:16)→ポンポン山(14:59)→夫婦杉(15:30)→本山寺(15:47)→諏訪神社(16:24)→神峰山寺(17:00)→神峰山寺バス停(17:18)→バス出発(17:20)→JR高槻(17:40)→阪急高槻市駅(17:55)
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阪急大山崎駅(9:52)→駅を降りたらホーム西側にサントリー工場が見えます。→JR山崎駅(9:58)(大山崎町)→今日は晴れでたくさんの登山者が列を成すようにして登っていきます。小学生の大グループがスタート間近だったんで急いでグループの前に行きスタート。お寺までは緩いアスファルトの登り道です。
→宝積寺(10:10)→お寺には綺麗な塔がありました。→多くの登山客が登っております。山頂には女性(年配)の大グループが列を成して山頂の碑のところで記念撮影中でなかなか人が途切れず良いアングルショットがとれませんでした。→天王山山頂(270m 10:37)→山頂東側下のところ北方面の道がありここを進んで行きます。なだらかな登りで進んで行きます。浄土谷の乗願寺のところに出ました。
→乗願寺(長岡京市)(11:25)→乗願寺から西方向のところに進むべきところを間違えてそのまま車道を南下してしまいました。谷筋なんでおかしいとは思いつつも尺代橋まで来てしまいました。ここから環状自然歩道で釈迦岳行けるのですが、橋のところに土砂崩れで通行禁止との張り紙がありあきらめていたところ、その方向から三人の男性登山者が降りてきたので道を尋ねました。
返事は途中から引き返したのでよく分からないがといいつつ、地図を開いて「現在位置は川久保と言うところで、・・・・・・」と説明が始まったのですが、ここは「大沢」と言うところなのですが。こりゃ駄目じゃわいと思い、元来た道を少しバックしてギロバチ峠への沢筋の道が地図にあったのでトライすることに。
→尺代(島本町)(11:49)→幸い、地図通りの地点に沢に降りる橋があり登り始めたのですが、藪コキしてしまい途中からタケノコ山の中に迷い込んでしまい、やむなく、バックして乗願寺まで戻ることに。→乗願寺(長岡京市)(12:35)→乗願寺付近の民家の脇から細い道を伝っていくと何とか発見。途中はタケノコ採取用の竹林と椎茸のほだ木がおいてあるところで、いわゆる農道でした。→聖苑のところで小休止。
→楊谷聖苑(12:50)→緩やかなアスファルト道路ですがなかなかだらだらとしていてあるはずのCCに到着出来ずにいたら、やっとCCの入口を発見→ベニーCC(13:17)→地図で「方位杉」とされているポイントに行ったら、ありました。大きな杉で樹齢800年、幹周り6.7mとのことです。→大沢のスギ「方位杉」(13:27)→椎茸の直売店あたりが大沢地区でそこを過ごしすぎたところから北進します。
→大沢(13:33)→ここからは山道で一気に標高631mまで登ります。途中勾配が緩やかなところはありますが概して急なところの連続で結構きついです。→大杉(14:03)→釈迦岳に着いたところで遅い昼食。山頂は半径5メートルくらいのスポットで、ベンチが2個ありしばし休息と汗をかいたシャツを着替えました。→釈迦岳(島本町最高峰)(631m 14:16)→ポンポン山との標高差は余り無く緩やかに登りつつ到着。
ウワサ通りの360度展望が開けており京都盆地や淀川が望めました。→ポンポン山(西京区)(678.7m 14:59)→杉の生えた尾根道を歩いていきます。途中に日本の杉の巨木が仲良く並んでいるポイントがあり地図で夫婦杉と確認。→夫婦杉(15:30)→本山寺の山門を通過しましたが、ずっと参道は舗装されていたので、西側に参道に沿った山道がありそれで下りました。→本山寺(高槻市)(15:47)
→途中から、また舗装道路に合流してしまいましたが、暫く行ったら東側に未舗装の道がありその道を下ることにしました。道は谷道で途中石碑で「○丁」と彫られていたので、旧参道であろうと思い下りました。そうしたら沢一つ東にある諏訪神社の脇に出てきました。→諏訪神社(16:24)→諏訪神社のあるこの地区は川久保地区で、このまま下っても車道だけなので、神峰山寺(かぶさんじ)方面を目指して西進しますが、登りなので疲れた足には堪えます。
→もみじが多く境内にあり、秋は紅葉でさぞ綺麗なお寺だと思います。→神峰山寺(17:00)→上ノ口バス停を目指していたのですが、途中の標識にバス停があったので近道してバス停に行きます。→神峰山寺バス停(17:18)→バス停には10人くらいお客がいて時刻表を見ると間もなくバスが来ると言うことでラッキーでした。→バス出発(17:20)→JR高槻(17:40)→阪急高槻市駅(17:55)→「居酒屋高崎流道場」で生3杯。
06年05月28日箕面→龍安寺→唐人戻岩→箕面滝→天上ヶ岳→ようらく台園地→落合谷
阪急箕面駅(9:50)→昆虫館(10:06)→紅葉橋(10:09)→滝安寺(10:09)→野口英世像(10:18)→唐人戻岩(10:31)→箕面大滝(10:38)→百年橋(11:05)→自然研究路2号線と3号線分岐(11:20)→天上ヶ岳(500m 11:46)→車道へ(12:04)→ようらく台園地(12:33)→落合谷橋(滝道合流)(13:36)→姫岩(13:48)→滝道へ(13:57)→阪急箕面駅(14:24)

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阪急箕面駅(スタート9:50)→駅から北に続く参道を緩やかに登っていきます。両サイドには名物もみじのてんぷらと銘打った看板のある多くの土産店が軒を並べています。左サイドに市営の昆虫館の建物が見えて、入場料は中学生以下は無料、大人は200円です。
→昆虫館(10:06)→昆虫館を過ぎたらすぐに紅葉橋、滝安寺があり、紅葉橋を渡っていくと見晴らしの良い林道コースがあるのですが今回は真っ直ぐに滝道を登ります。→紅葉橋(10:09)→滝安寺(10:09)→寺の上手に橋があり渡っていくと川の東を登っていけるのですが、登りは由緒ある「滝道」コースを選択。
暫く行くと道の左手斜面の上に野口博士の銅像がありましたので、脇道を登って拝謁。→野口英世像(10:18)→像のあるところは10m位高くなっているところにあり、また下って滝道に戻り、登ります。暫く行くと道の左手にとてつもなく大きな2つの岩があるので何気なく、写真撮影。
近づいてみると「唐人戻岩」の説明看板があり。(唐の貴人が箕面の滝が類い希なことを聞いて巨岩まで来たが、険しいことに驚き怖れて立ち返ったとの伝説)→唐人戻岩(10:31)→赤色の滝見橋と大滝が見えてきました。→箕面大滝(10:38)→橋の上と滝の側には多くのハイカーと観光客が写真撮影をしています。
なかなか凄く大きく、水量が豊富な滝です。また、新緑の紅葉が滝の周りにあり、5月も良いのですが秋も絶景なのだろうと1人感心。→滝から少し戻って、滝上の車道を目指して登ります。車道の脇道を歩きますが、昭文社の地図では箕面川を大日橋で渡って川の西側を歩くことになっているのですが、橋にはフェンスがあり歩行禁止。
やむなく暫く川の東側を歩いていると、西側の道は至るところで崩落カ所があり道が壊れていました。それで数百メートル行った先の百年橋がありました。→百年橋(11:05)→百年橋を渡ったところに標識があり、自然研究路2号線を登っていきます。途中標識のところで年配の男女(豊中市から来たとのこと)と一緒になり、尋ねたら勝尾寺方面に行くとのことで途中まで同じなので分岐まで同行。
結構勾配の急な道をひたすら登ることに。→自然研究路2号線と3号線分岐(11:20)→この分岐で1人になり天上ヶ岳を目指します。尾根道で歩きやすく天気も良くさわやかな歩行です。唯、箕面川ダムが眼下に見えると思っていたのですが見えませんで少し残念。20分ほど歩いたところに五月山方面と記した標識があり、尾根道から真南への脇道を1分下り1分登ったところに天上ヶ岳がありました。
→天上ヶ岳(500m 11:46)→役の行者の神変大菩薩が文武天皇の御代に昇天せられた墓所で、古来修験道の霊地、山伏の聖域とのことでした。でも20人ぐらいの年配ハイカーが昼食のために陣取っていて、感慨に浸る間もなくさっさと退散。→また、尾根道に戻ります。→車道へ(12:04)
→車道の土々呂美、池田標識のあるところで昼食タイム(12:10)→車道を暫く歩きます→ようらく台園地(12:33)→ここから山道へ入り、下っていきます。落合谷の道は昭文社地図には無いので歩かないように気を付けていたのですが、どうも谷筋を途中から歩き出しました。落合谷橋の近くに来たところで、
私が下ったのはようらく園地へのメインルートとなっており、その他にサブルートの入口が東側に確認できました。おそらく昭文社地図はサブルートだけ載せていて、メインは紹介されていないのではと思いました。→落合谷橋(滝道合流)(13:36)→同じ道を下るのはおもしろくないので、少し逆に登って、橋を渡り川の東側に行きます。
対岸には姫岩という岩がありました。因みに滝へと続く谷は地獄谷とのこと→姫岩(13:48)→滝道へ(13:57)→途中のお店で、作りたての「もみじの天ぷら」を買って食べながら駅へ向かいます。てんぷらとのことですが、もみじの葉に砂糖入り小麦粉を付けて油で揚げたカリント状のもので、油を結構含んだ高カロリお菓子でした。→阪急箕面駅(14:24)

北野(スタート8:55)→北野道(9:11)→新神戸駅(9:30)→徳光院(9:36)→布引ハーブ園ゲート(10:11)→ハーブ園上(10:55)→縦走路出会い(11:10)→学校林道分岐(11:25)→掬星台(12:05)→摩耶山頂(698.6m)(12:30)→史蹟公園(12:42)→行者堂(13:13)→青谷道→上田道へ(13:30)→旧摩耶道(13:38)→雷声寺(14:11)→新神戸(14:20)→北野(14:58)
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北野(スタート8:55)→北野道(9:11)→風見鶏の館の右手の道そして、北野天満宮の右手を通って北野道へ入ります。→新神戸駅(9:30)→駅裏手から徳光院の方に行きますと程なく山門があり、その山門をくぐってお寺に行きます。広場があり、きちんと清掃された寺で、室町時代に建てられた三重塔に似た「多宝塔」があります。
→徳光院(9:36)→神戸第一高等学校の側を通ってハーブ園を目指しますが、ずっと舗装道路でした。→布引ハーブ園ゲート(10:11)→ハーブ園の色んな植物を観察しながらロープウェーの山上駅まで登ります。→ハーブ園上(10:55)→ハーブ園上の建物の右脇に山道があり、縦走路まで行きます。
→縦走路出会い(11:10)→学校林道分岐(11:25)→今日の掬星台は凄い人人人の多さで、よく見ると、フリーマーケットが開かれているようでした。ここのベンチで昼食タイム。→掬星台(12:05)→山上には祠があり、天狗岩があります。→摩耶山頂(698.6m)(12:30)
→暫く下っていくと天正寺の跡地が史蹟公園として整備?されており、その広場は以前は本堂などがあったとのこと。→史蹟公園(12:42)→行者堂(13:13)→行者堂から旧摩耶道に行こうとしたのですが何故か青谷の方へ行ってしまいました。→青谷道→観光茶園の手前まで来たら地図が描かれた看板があり、
それを見ると上田道というのがありこれで旧摩耶道に抜けることができるとの情報をゲット。少し引き返すと苔生した石段を発見。→上田道へ(13:30)→なかなか急勾配の道です。こんなに登るんかいなと我慢しつつ登っていくと旧摩耶道に出会いました。結構しんどい道でした。→旧摩耶道(13:38)→雷声寺(14:11)→新神戸(14:20)→北野(14:58)



阪急芦屋川駅(9:30)→高座の滝(10:00)→ロックガーデン→風吹岩(10:35)→雨ヶ峠(11:40)→六甲山最高峰(931m 12:20)→土樋割峠(13:33)→東お多福山(697m 13:42)→東お多福山登山口バス停(14:09)→弁天岩(15:05)→ナマズ石(15:09)→阪急芦屋川(15:45)→阪神打出(16:45)
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阪急芦屋川駅(スタート9:30)→5分間程度川沿いを歩き、途中から住宅地の中へ入ります。結構きつい坂道の連続です。茶屋が見えてくるとすぐ滝があります。その高座滝前には藤木九三氏のレリーフがあります。
→高座の滝(10:00)→ロックガーデン→その名の通りの岩場の多い道を登っていくと、風吹岩に到着で、いつも通りの沢山のハイカーが休憩と景色を眺めていました。今日発見したのは一頭のイノシシで、餌付けされているようで岩の下に歩いてくると人間を気にすることなくごろんと昼寝を始めたではないですか。
→風吹岩(10:35)→雨ヶ峠(11:40)→六甲山最高峰(931m 12:20)→最高峰で昼食です。天気が良くとても良いハイキング日和。20分ほど休憩して下山しますが、東お多福山経由で下ります。→土樋割峠(13:33)→東お多福山では小学生が遠足?でも、日曜日なので何かのグループでしょうが昼食を楽しんでいました。
→東お多福山(697m 13:42)→東お多福山登山口バス停(14:09)→バス停を過ぎて住宅地に入ります。川沿いを下るのですが、入口が分からず少し手こずりました。加えて前日の雨で川が増水しており数回道を誤りつつ下ります。高速の料金所に出て舗装道路を暫く歩き、山道を捜します。
印があったので何とか道を捜して下りますが、途中で別の沢沿いを登るような道となり、こりゃ駄目じゃと思って引き返し、舗装道路を仕方なく歩きます。これでは弁天岩には行けないのかなと思ったら、山道の入口目印を発見し、数分のところに弁天岩がありました。いつみても大きい岩です。
→弁天岩(15:05)→ナマズ石(15:09)→このナマズ石は大震災の時に荒地山から落ちてきた石ということです。さあ駅に着いたら冷たい「生」をと思い捜しますが、なんとお店がないのです。ラーメン屋さんくらいあるんだろうと思いましたが何もありません。→阪急芦屋川(15:45)→それで阪急沿線がダメなら阪神沿線と思い阪神芦屋を目指します。
しかし、ここも何もない状態なのです。芦屋の人たちは駅を降りても食べ物屋が無いのはちょっと大変かなと思う間もなく、次のステップとして阪神沿線を東に進み、次の駅の間までにはラーメン屋があるのではと期待しつつ、歩きますが・・・。レストランとかは少しあるのですが、閉まっており、五時以降ではないと開店しません。
とうとう打出駅まで来てしまいました。→阪神打出(16:45)ここには商店街有り期待が持てそうな雰囲気。居酒屋があったのですが4時開店でまだ無理。そうこうしている打ちに一軒の餃子屋さんとどんぶり屋さんが目に留まり、このうちの餃子屋に直行。生3杯とサワー(単に缶酎ハイをグラスに注ぐだけのもの)3杯。メニューは餃子(ニンニク入り、シソ入り、ショウガ入り)各300円、皿もの100円、生ビール400円、酎ハイ300円。すっかり良い気分になり、次はさっきは閉まっていた居酒屋にも突撃の巻でした。
北野(スタート9:40)→新神戸(10:05)→市が原(10:55)→植物園東門(11:50)→徳川道へ(11:55)→黄蓮谷分岐(12:05)→穂高湖(12:50)→シェール槍(669m)(13:15)→杣谷峠(13:40)→長峰山・天狗塚(687.8m)(14:10)→炭山橋(15:25)→六甲道(16:00)
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北野(スタート9:40)→昨日の雨はすっかり止んで清々しい晴れの朝です。新神戸駅の生田川沿いの桜の花はまだ咲き残っている感じです。→新神戸(10:05)→今日は先ず雌滝に行き、それから雄滝へと登ります。2つとも先日の雨の性で水量が豊かです。
布引ダムの周りの桜が綺麗に咲いています。少し散ってはいますが。→市が原(10:55)→市が原を過ぎて、地蔵谷の道、黒岩尾根への道を通り過ぎてトゥエンティクロスを歩きます。ここも水量が豊かで大きな石を選んで渡っていきます。
→植物園東門(11:50)以前は新穂高に迂回したため徳川道は途中歩いていなかったので今日は徳川道を新穂高に行かずにストレートに進みます。→徳川道へ(11:55)→黄蓮谷分岐(12:05)→穂高湖(12:50)→穂高湖で昼食です。
時間もちょうど良くいくつかのグループが休憩していました。5分くらい休んだ後穂高湖の周回道を左回りに歩きます。ちょうど半分回ったところの北側に登り道を示すテープを発見。ちょっと寄ってみようと思い登ることにしました。級は登りの割には道幅は広く登り易い感じでした。
でも頂上付近は大岩だらけで残置ロープを頼りに登るところもあり、止めようかなと一瞬思いつつも、折角来たので登ることに。そうしたら頂上はとても見晴らしが良くさっきの穂高湖が眼下に見え、北側には六甲牧場の建物が一望できるなかなか良い絶景ポイントです。シェール槍だろうと思い、
木に付けてあった札を見て、シェール槍であることを確認。→シェール槍(669m)(13:15)→また、湖の周回を左回り、穂高湖の水をたたえているダムの側を通りつつ、杣谷峠に向かいます。→杣谷峠(13:40)→ここから、長峰山ですが、尾根道を下ったり登ったりで結構起伏の急な道です。
一応横木を渡して階段状になっているので登りやすいのですが、むしろ下る方がきつい道なのかもしれません。楽して帰ろうと思えば杣谷の方がお勧めです。でも苦労する分、長峰山の頂上の天狗塚に行けてここも六甲屈指のビューポイントです。→長峰山・天狗塚(687.8m)(14:10)
→ここから真西に摩耶山掬星台やオテルド摩耶が見えます。下って行きます。途中住宅地に出る手前のところには桜とアケボノツツジが咲いていて綺麗です。前回は標識に従い鉄塔付近を右折し、伯母野住宅碑のところに出たのですが、今日は鉄塔付近を直進し、篠原台の住宅地に出ました。途中川沿いの桜が満開で今日ここが一番の桜スポットでした。炭山橋(15:25)→後は車道を伝い六甲道を目指します。→六甲道(16:00)
須磨浦公園駅(スタート10:05)→敦盛塚(10:13)→蕪村句碑(10:23)→芭蕉句碑(10:27)→子規・虚子句碑(10:30)→鉢伏山(248m)(10:56)→旗振山(253m)(11:03)→鉄拐山(234m)(11:13)→おらが茶屋(11:24)→高倉台団地→栂尾山(274m)(11:53)→横尾山(312m)(12:08)→須磨アルプス→東山(253m)(12:35)→妙法寺(13:15)→高取山三角点(319.9m)(13:56)→高取山(328m)(14:04)→高取神社→丸山駅(14:55)

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須磨浦公園駅(スタート10:05)→今日は桜が見頃で花見が一番良いところはどこかなと思い、須磨浦公園は花見の名所と言うことで出かけてきました。山陽電鉄沿いに公園を車窓からみると結構ブルーシートが張られていて宴の準備がされています。駅を降りて敦盛塚に立ち寄ろうと思い、国道の方に出て数分行きました。
→敦盛塚(10:13)→塚は平敦盛を供養するために建てられたという大きな五輪塔。一説には北条貞時が平氏一門を供養するために建立し「あつめ塚」といわれていたのが「あつもり塚」と呼ばれるようになったとも言われているとさ。→引き返して鉢伏山に出発します。途中に、蕪村句碑がありました。
御影石に「春の海終日のたりのたりかな」。→蕪村句碑(10:23)→次に数分歩くとまた句碑があり、今度は芭蕉句碑です。「蝸牛角ふりわけよ須磨明石」。→芭蕉句碑(10:27)→次いで子規・虚子句碑があります。「ことづてよ須磨の浦わに昼寝すと 子規」と「月を思ひ人を思ひて須磨にあり 
虚子」と。松山出身の虚子は帰省途中に神戸に立ち寄ることが多く、須磨、芦屋、有馬などの六甲山系に立ち寄ったようです。虚子にとって須磨は弟子入りした子規の思い出の地で、また、須磨近郊に多くの弟子たちが住み,彼らとの交流や芦屋に居を定めた長男一家がおり、関係が深い地であるとのことです。
→子規・虚子句碑(10:30)→緩やかな上りであり、途中は桜が咲いていたり、アカヤシオという山のつつじがピンク色の花をいっぱいに咲かせています。20分程度でケーブルカーの駅に着きますが、そこから須磨の浜が桜の花越しに見えました。
次いで山頂に着きます。山頂はまた桜の木がありかなりのグループがブルーシートを張り宴の準備中です。→鉢伏山(248m)(10:56)→続いて緩やかな上りで10分程度で旗振山頂(253m)に到着します。この山頂からもとても綺麗に須磨の浜辺が見えます。なお、菜の花も咲いていたので菜の花と桜を加えてワンショット。
→旗振山(11:03)→鉄拐山へは少し下り道が続きますが、山頂の手前から急登坂を5分くらいして山頂です。なお、全山縦走の時は山頂には行かず山頂手前の左側道を使っています。→鉄拐山(234m)(11:13)→山頂から下っていきます。暫く行くとなだらかな台地状の公園内にでます。
ここではレンギョウが綺麗な黄色い花を咲かせていました。コンクリートの茶屋が道の右手に見えます。→おらが茶屋(11:24)→茶屋の少し先から団地への下り階段がありスタコラ降りますが、1人が歩ける程度の幅であり途中登ってくる人がいたので踊り場みたいなところで離合のために待ったりしました。
そしてさつき橋を渡り団地に入ります。団地の中も結構桜が満開状態です。つつじ橋を渡り、いよいよ栂尾山に向かいます。→高倉台団地→栂尾山登りは長い階段で400段の階段を一挙に上りりますが、この登るときに本日の体調がある程度分かります。途中背後を振り向くと今まで歩いてきた
山々や高倉台団地それから遠くに明石大橋が見えて来ます。15分ほどで階段上り終わり山頂に着きました。山頂には木造の展望台があり今回初めて登りました。→栂尾山(274m)(11:53)→続いて横尾山方面ですが軽い起伏を登って20分ほどで山頂に。→横尾山(312m)(12:08)暫く行くと
縦走道の中での奇景が楽しめるポイントの須磨アルプスの馬の背です。六甲山系特有の花崗岩が風化してぼろぼろと砕けやすい岩肌で、名前の通りの馬の背という位に狭くかつ両側がガケなので滑り落ちないように注意しながら歩いていきます。→須磨アルプス→馬の背を通り過ぎたら東山山頂です。
山頂という感じはしないのですが、北西側は見晴らしが良く休憩している人が多いです。今日はここの木造のベンチで休憩してお昼ご飯を食べました。因みに昨日作ったパンです。→東山(253m)(12:35)→妙法寺方面に下っていきます。団地までは長いだらだらとした下
り坂で途中から車道に出るので脇の歩道を歩いて所々にある「縦走路」の張り紙、看板などを確認しつつ歩いていきます。高速道路の下なんかを潜って、妙法寺に。妙法寺も桜が満開で、今日は初めて境内の中に入りました。それから小学校を左手に見つつ、交通量が多い車道を気を付けながらのぼり、
高取山の上り口に向かいます。→妙法寺(13:15)→山の途中から振り返ると須磨アルプスの白い岩肌や妙法寺周辺の団地などが確認できます。アカヤシオが沢山咲いており一面ピンク色の斜面もありました。そして頂上付近に来て「荒熊神社」の標識の従ってのぼり山頂へ。神社のすぐ裏手が三角点があります。→高取山三角点(319.9m)(13:56)→次いで、高取神社の方に行き、頂上に高取山頂之碑と記された石碑があります。→高取山(328m)(14:04)→下る途中で、鳥居の前に桜が良い枝振りで咲いていたのでワンショット。
→ここから鵯越までと思ったのですが、どうせ帰るのならより近い丸山に行くことに。丸山駅近くの生協のところで、年配の女性から、高取山までのルートを聞かれたのですが、町中であり説明が難しいと思い、途中まで引き返し、ルート説明しました。ちゃんと行けたかなあ。→丸山駅(14:55)
神戸北野(9:40)→水の科学博物館(10:10)→道探し→大師道(10:45)→猩々池(11:28)→七三峠への分岐(11:45)→七三峠(11:55)→鍋蓋山山頂(12:08)昼食→大龍寺山門(12:48)→市が原(13:03)→縦走路とハーブ園への分岐(13:27)→ハーブ園(13:40)→縦走路とハーブ園への分岐(13:51)→学校林道への分岐(14:09)→行者堂への分岐(14:26)→摩耶山掬星台(14:45)→休憩→掬星台(14:55)→学校林道へ(15:38)→東山尾根道分岐(16:05)→中尾住宅地(16:30)→新幹線新神戸駅(16:47)→北野道へ(16:42)→神戸北野(15:30)
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神戸北野(9:40)→諏訪山公園方面に西行していき、防火道(平野谷東尾根)に入ろうとします。地図では水の博物館当たりに道がありそうで、博物館の道に入ったが行き止まり。なお、この楠谷にある浄水場当たりが「楠木正成」の終焉の地とされているとのこと。
→水の科学博物館(10:10)→少し西へ行きそこから平野谷の東側とおぼしき道を北上して、平野谷東尾根の入口に着いたが、閉鎖されており入れず、大師道を利用しろとの看板あり。このため、平野谷を利用しようと思い、谷を登って行くが途中は壊れた作業小屋や廃屋が多く、気味悪く途中まで登るも断念して、大師道を登っていくことにした。約1時間のロス。→大師道(10:45)→ここはアスファルトの道で整備されており、
途中草花の名前がプレート等で紹介され、沢山のハイキング客がいました。途中、滝があり、お地蔵さんを象った石の標識が大龍寺までの続いています。猩々池では沢山のハイカーがしばしの休息を取っています。→猩々池(11:28)→ここら林道を抜けて七三峠をめざしますが、途中は林道であり、林業関係のワンポイント知識のプレートが所々にあります。若者の家のところに峠へ通じる道がありますが、
林道がここで閉ざされておりみんな峠にしか行けません。以前来たときはずっと林道を使えたのですがどうしたんでしょう。なお、若者の家の敷地ではボーイスカウトの講習会が開かれていてちょうど棒でタンカを作ってけが人の手当の方法などの講習があっていたようでした。→七三峠への分岐(11:45)→七三峠(11:55)→
今日初めての上り坂らしい坂で、だんだん汗ばんできますが、10分ちょっとで縦走路の鍋蓋山の東側の尾根に到着。折角と思い山頂にも寄ってみることにしました。山頂では多くのハイカーが休憩中。→鍋蓋山山頂(12:08)昼食→休んでいると数十人の大集団が到着し、みんな一様にタイツ履きです。
パックに付けられたプレートは六甲全山縦走トレイル?忘れました。いずれにしてもみんな平地と下りは必ず走っており、歳は若い人から結構年配も。私はマイペースです。→大龍寺山門(12:48)→またまた来ました、バーベキューで煙たい河原に。早く過ぎ去りたい河原です。→市が原(13:03)→
今年の兵庫のじ菊国体の山岳コースに摩耶山頂までがなると言うことで縦走路は綺麗に整備。整備とは、坂道を丸太で土留めして階段状にして、木のチップを敷き詰めていました。→稲妻坂の手前から布引ハーブ園への道があり、未踏破の道だったので時間もありハーブ園まで往復することにしました。
縦走路と布引ハーブ園への分岐(13:27)→ハーブ園へは途中すこし谷に降りて登る道でした。→ハーブ園(13:40)→戻ります→縦走路とハーブ園への分岐(13:51)→学校林道との分岐(14:09)→学校林道から掬星台までなんと36分でした。後ろに数人いたのでせかされた格好で頑張ってぐいぐい登っていきました。
しかし、それでも後から1人追いつかれて道を譲ったのですが、それは鍋蓋山で出会ったトレイルグループのメンバーで、その人にゴールは宝塚か聞いたのですが、どうもケースバイケースのようでした。因みにその人はスイーパー役をしているとの事でさっき1人脱落者が居たんですと言ってました。→摩耶山掬星台(14:45)→
休憩。掬星台はいつ来ても良いですね。見晴らしとっても良くてでも風が強くてすぐに寒くなり厚手のウインドブレーカーを着用。→掬星台(14:55)→今来た道を戻ります。何せまだ学校林道は未踏破なんで。でもこの天狗道は岩がゴツゴツしていて下りはなかなか辛い道で、一回尻餅有り。
学校林道への分岐までは43分係ってしまい、なんと登りの方が早かったようです。驚き。→学校林道へ(15:38)→整備された道を下っていきます。旧摩耶道に合流したのですが、ここで標識を見ると、東山尾根道への道があり、旧摩耶道は一度歩いているので未踏破の東山尾根に進みます。→東山尾根道分岐(16:05)→結構急な尾根を一気に下っていきます。頭上にはちょうど2つの高圧線が真南方面に走っており、
最初は西側の高圧線の下を、途中からは東側の高圧線の下を尾根沿いに下っていくような感じです。所々凄く急な岩の尾根があり、注意したのですが、岩ごと崩れて大尻餅。→中尾住宅地(16:30)→北野道に行ってみたいので余り南に下らずに極力西に行く。→新幹線新神戸駅(16:47)→
駅裏のところから北野道に入ります。→北野道へ(16:42)→北野の異人館街まで1.1kmとの事で途中の道に100m置きに石の標識が案内してくれます。北側は山で夏は蒸し暑そうな道です。道はちょうどうろこの館の裏を通り、北の天満宮に着いて、そこから風見鶏の館(17:15)を眺めて一休み。→神戸北野(15:30)







阪急清荒神駅(10:34)→清荒神清澄寺(10:50)→清荒神の龍王滝(11:03)→やすらぎ広場(11:50)→中山寺奥の院(12:10)→展望所(12:42)昼食→中山最高峰478m(13:00)→兵庫自然歩道(十万辻方面)→車道に出る(13:40)→車道から大峰山へ(13:48)→高圧線鉄塔下(14:25)→大峰山552.4m(14:45)→満月滝(15:55)→満月滝からもと来た道に戻る(16:19)→廃線跡(武庫川左岸)に出る(16:37)→廃止の鉄橋(16:49)→武庫川渓谷→木ノ元(17:42)→阪急宝塚駅(18:25)
阪急清荒神駅(10:34)→今日は晴れているのですが結構寒い日です。駅前は「清荒神」の参道があると言うことで緑の幟がはためいていて、土産物店などが軒を連ねています。15分ほどでお寺に着きますが、その間は饅頭屋、漬物店、煎餅店、飲食店等々の間を緩やかに登っていきます。