13.11.10 全山縦走
13.11.10 全山縦走
【三浦アルプス】 風早橋バス停(11:03)→葉山教会(11:13)→仙元山山頂(118m)(11:22)→根張り道(11:32)→階段(11:51)→小ピーク標識⑫(11:56)→大山?(12:07)→観音塚(167m)(12:40)→どんぐり並木(12:51)→鉄塔(15:14)→乳頭山(15:44)→田浦梅林展望台(16:29)→梅林→京急田浦駅
《詳細》
【今日は久しぶりの三浦アルプスです三浦アルプス】 風早橋バス停(11:03)→バス停から風早橋までバス利用で10分程度で、降りるとトンネルの方向に歩き横断歩道を渡ってボンジュールの先を50メートルくらいすぎたところ左手に登りの道があります。すごい急な道ですが登っていくと葉山教会の建物が見えます。左手には湘南の海が徐々に見えてきます。→葉山教会(11:13)→教会の左
手に仙元山ハイキングコースと書かれた看板がありその方向に登っていきます。結構急な道ですが眼下に海が見えて来て展望はすばらしい道です。晴れて雲がなければ富士山も見えるのですが、今日は曇りでダメでした。→仙元山山頂(118m)(11:22)→頂上は開けていて、テーブルとかトイレがあります。既に2グループが食事中でし
た。10分ほど休憩しました。頂上には祠があり、海にはたくさんのヨットが浮かんでいました。その後、下りの階段があったり、木の根っこが網のように張った道がありました。→根張り道(11:32)→変化に富んだ道をアップダウンして徐々に上っていき、階段を20段くらい下ると、そのあと、擬木で作った長い階段が出てきました。京急トレッ
キングマップには約250段と書かれています。→階段(11:51)→階段を登りきると標識⑫と書かれた小ピーク(189m)があります。→小ピークを過ぎてしばらくすると樹が伐採されたこんもりした岡があり、そこに分岐した道があり左は登り、右は平坦な道です。左へは大山と小さな手書きのプレートがあり、20メートル先の頂上には電波
の中継施設があり、少し寄り道をしました。→大山?(12:07)→その後、もとの分岐に戻り右の平坦な道を進みます。途中、クリーンセンターへの下り道があったりしますが、その方へは行かず、間違いやすい分岐(たしか「カンノン塚」とかいた木の標識があった)を左に折れて観音塚を目指します。→観音塚(167m)(12:40)→「観音塚」と呼
ばれる小ピークには太い幹のタブノキと観音様の石像があります。→ここから先の尾根には大きなドングリの並木があります。→どんぐり並木(12:51)→このあとは笹深い道が続きます。冬ならば少し草が枯れてるのですが、
葉が出てきており少し歩きづらいです。途中、カンノンソウ、ヤマブキなどの写真を撮りながら進み、お腹が空いてきたので、木の間から江ノ島が見えるポイントで食事です。標識は28か29でした。そして、歩を進めたのですが、標識30のところで分岐を間違え左を選択してしまい、10分位歩くと道が無くなってしまったのです。それで引
き返して、標識30のカンバンをよく見ると、手書きのマジックで11時方向の矢印があり「田浦」と記されていました。最初見た時は矢印の方向が左側(9時方向)でなくおかしいと気づいていたのですが、まあ、左側に行けばと思ってしまったのが間違いでした。次に10分程度アップダウンののち、また分岐が出ました。左への登りと、右へ
の平坦路です。どっちか分からないので、後続のグループがいたので少し待って、そのグループの選択する道を行こうと思いました。そのグループは右の平坦路を選択したので、私もそちらへ行ったのですが、藪っぽい道で踏み跡があまりはっきりしていないので、直ぐ引き返し、左の登り道を選択しました。こちらはちゃんとした踏み跡が
はっきりした道でした。標識31、33に遭遇し安心しました。(帰宅し、関係のHPを検索したら、どちらもあとで合流するとあり安心した。)途中桜の並木もありました。鉄塔の所に出ました。→鉄塔(15:14)→鉄塔で水を飲んで、それから途中乳頭山がぽこんとした形で見ることが出来、乳頭山を反時計回りに左左と巻くような感じでアップダウ
ンを繰り返しながら進みます。結構アップダウンがあり、分岐も1~2カ所あり標識などないか確認しながらの行程で消耗した体にはきついです。乳頭山の手前にある見慣れた鉄製の階段を確認出来たので安心しました。→乳頭山(15:44)→山頂では東側の東京湾というか横須賀の海が見渡せました。ここから田浦の梅林も臨めます。
山頂から1分位下ったら分岐があり、左は森戸川への下り、右は田浦駅・梅林方面です。当然右を選択して、その後数分したら又分岐が出ます。左が田浦駅、団地方面、右が田浦梅林です。右はロープのある急傾斜の下りです。ロープが付いていたので大助かりです。転げ落ちるような道をロープ頼りに下りたところで陸橋があり、そ
の陸橋の向こうは梅林です。→田浦梅林展望台(16:29)→梅林→京急田浦駅
道の駅(11:40)→二股吊橋(12:01)→三重の滝(12:40)→恋糸の滝(12:44)→貞泉の滝(12:47)→七ツ釜五段の滝(13:41)→旧森林軌道(14:05)→大展望台(14:38)→ネトリ橋(15:25)→道の駅(15:45)
《詳細》
西沢渓谷は山梨県北部の山梨市(旧三富村)に位置しており、滝や淵が連続して続く渓谷で道が整備され、特に秋は紅葉が見事なので人気がある。コース最奥部には、七ツ釜五段ノ滝(日本の滝百選)やシャクナゲの群落がある。コースは危険防止の為、反時計回りの一方通行が推奨されており、帰りは渓谷の右岸上方に残る森林軌
道の緩やかな道を辿り西沢渓谷の入口に戻る。
道の駅「みとみ」(11:40)→駐車場の木々は赤や黄色に紅葉しており今日はグッドかなと。しかし、天気予報では雨はないと確信していたのだが、駐車場に到着する当たりから少し小雨が降り始めました。雨着は準備していな
かったので不安が募ります。少し歩くと、東沢山荘があり、ヨモギ餅が有名で買おうかなと思ったが時間が気になってパスしました。→東沢山荘(11:45)→なだらかな車道歩きで、左手は崖となっおり、かなり離れているが川が見下ろせ、滝も見ることが出来た。周りの木々は色づいている。川の水の色は、真っ青ととてもきれいであり、し
ばらく歩いたら西沢山荘(閉鎖中)が右手にその先にトイレがある広場に到着する。そしてしばらくするとワイヤーで吊られた鉄橋に遭遇。→二股吊橋(12:01)→橋は離合は出来るが床が鉄板で雨上がりでつやつやしていて滑りやすそう。従って眼下の景色は紅葉一色なのですが注意して渡りきることに専念。渡ったところからは、いよい
よ山道という感じになってくるが、早速逆コースを歩くというか途中で引き返すグループに遭遇。とても狭い石ころ道であり、反時計回りの歩きが優先ということになっており、そのグループはしばらく待機はしていたものの途中からは少し強引気味に歩き始めたが、でも迷惑ですね。道は狭てぬれており、岩場になったり、上ったり下りたり
と、おまけに鎖場も出てくる。三重の滝に到着で、この滝はそんなに高低差はないが、段々に水が落ちてきて滝壺は広く青く澄み切った水をたたえた柔らかな滝です。→三重の滝(12:40)→次に、人面洞があり、川の岩壁に人の顔のような模様があるためにこのような名前がついており、顔らしい感じの模様を見つけることが出きました
少し行くと、今度は恋糸の滝が見え、案内標識もありました。少し遠くに見え、一条の水がさらさらと流れており清楚な感じの滝です。→恋糸の滝(12:44)→貞泉の滝(12:47)→貞泉の滝は手前によく見え推量が豊富です。この当たり前後から皆さん昼食タイムに突入している人が多かったです。私はすこし歩いて最後のごつごつした大き
な岩がある河原に腰を下ろして、駅弁「やまのごはん」を食べました。竹篭に入っており、中身はおにぎり三つ(うめ、みそ、栗おこわ)とマスの塩焼き、つくね、キャラブキ、たくあん、タケノコ、大学芋など入っていて、渓流の音を
聞き、紅葉を愛でながらの食事タイムであり大満足でした。30分ほど休憩した後上流を目指します。途中にカエ
ル岩がありました。方丈橋も出てきました。橋は付け替えられて間もない様子でとても白くきれいでした。この橋を渡ると七ツ釜五段の滝が見えてきます。→七ツ釜五段の滝(13:41)→滝の周りをくねくねと上っていく道でいたるところからこの滝を見ることが出来、最奥部に大きく、長く、水量豊富な滝が鎮座していました。とてもすばらしいで
す。森林軌道の道に出てきた所に簡易トイレがありましたが、長蛇の列でした。→旧森林軌道(14:05)ここからは右岸にあるこの鉄道跡を下って帰ります。ところどころレールが残っています。笛吹川を左にみて下りますが、谷が深く急で、おそらく100㍍くらい下に川が流れており、その崖の紅葉がとてもきれいです。右の山側も当然に紅
葉です。途中に小さな谷を跨ぐ橋が架かっており三脚とカメラ持参の人でいっぱいって言う感じです。極めつけのビューポイントがありました。大展望台です。→大展望台(14:38)→今まで林の中の景色ばかりでしたが、展望台からは視界が開けて遠くの峰峰、特に鷄冠山(2115m)などが遠望でき、手前の山肌には紅葉がバッチリ、青空
いっぱいで、、都合が良いことにベンチが空いていて、ここで10分くらいしばし休憩。しかし時間がなくなりつつあったのでここからは早足で下山。→ネトリ橋(15:25)→道の駅(15:45)
大倉(8:48)→杉林の道(9:08)→二俣(10:21)→山草のペットボトル置き場(10:44)→後沢乗越(11:28)→鍋割山(1272.5m)(12:50)→後沢乗越(15:13)→大倉(17:20)
<<詳細>>
久々の鍋割山です。前回は4年前の11月に単独で登り鍋焼きうどんも食べましたので、今回は2人で鍋焼きうどんです。ルートは大倉から林道を1時間半くらいかけてのぼります。
大倉(8:48)→標識に従って人家の道を進み、途中から藪みたいなところに進み、森の中に入ります。→杉林の道(9:08)→途中から林道に出ますので右折して後はひたすら緩勾配の林道を上っていきます。林道は静かで途中には登山訓練所の建物が見えます。今日は多くの登山客がいます。→二俣(10:21)→ここの標識は№0で、鍋割山まで3.6㎞、大倉まで4㎞と記載。今日は水量が豊富で河原はごうごうと音を立てています。途中4年
前、小丸尾根から降りてきた道がありました。少し懐かしい気持ちですがそのまま道なりに進みます。林道の左脇には山荘で使うペットボトルに入れた水が置いてあり、登山者が自分の体力に応じて水上げをボランティアすることになっています。今回は体力に自信がなくしませんでした。→山荘のペットボトル置き場(10:44)→ここからが
山の道らしくなり岩の多い登りです。そして、杉が植林されている斜面を蛇行しながら登ります。この杉林は手入
れが良くて空間は明るく良い感じのところです。そこを過ぎてしばらくすると急な斜面が出てきて、後沢乗越に到着です。ここからは尾根歩きになります。→後沢乗越(11:28)→後沢乗越での標識は№5で、鍋割山まで1.7㎞、大倉まで5.9㎞、二股まで1.9㎞と記載。途中は急な道が多いですが、きれいな野生のリンドウが3輪花
(青、赤紫)をつけていました。途中何度も頂上かなと思うようなミニ頂上があり、だまされ続けました。やっと山荘
が見えてきて、一目散に鍋焼きうどんを注文しました。なぜなら大集団が我々の前後にいて少しでも早めに注文した方が時間ロスが少ないと思い。前回は大集団の後に注文したのでメチャ待たされた苦い経験もありましたから。→鍋割山(1272.5m)(12:50)→注文票に名前を書いたところ、10人以上待ちの状態でした。季節も寒くなっ
てきているので丁度鍋焼きが合う時期です。頂上付近は綺麗にロープで区画されていたりしています。待つ時間
で、コンロで湯を沸かしカップ麺を1個作った時、鍋焼きうどんができあがり、おにぎりと一緒に2人で昼食です。うどんの具は、なると、かまぼこ、カボチャの天ぷら、卵、ネギ、椎茸、エノキ、油揚げでした。カボチャから結構なボリュームがあり満足。食後はコーヒーを入れて充分に休憩して下山です。今回は時間が残っていないので、金冷
やし経由大倉尾根ではなく、来た道を下山です。→後沢乗越(15:13)→林道はひたすら歩きますがイヤになるほど長いです。最後は少し薄暗くなってきて、特に森の中は完全に夜と化したような状態でした。でもゴールでした。
→大倉(17:20)
風早橋バス停(10:40)→葉山教会(10:53)→仙元山山頂(118m)(11:03)→根張り道(11:14)→小ピーク(11:24)→階段(11:30)→観音塚(167m)(12:15)→どんぐり並木(12:33)→桜並木(14:07)→鉄塔(14:19)→乳頭山(15:07)→田浦梅林展望台(15:44)→梅林(16:35)→京急田浦駅
《詳細》
風早橋バス停(10:40)→バス停から風早橋までバス利用で10分程度で、降りるとトンネルの方向に歩き横断歩道を渡ってボンジュールの先を50メートルくらいすぎたところ左手に登りの道があります。すごい急な道ですが
登っていくと葉山教会の建物が見えます。左手には湘南の海が徐々に見えてきます。→葉山教会(10:53)→教会の左手に仙元山ハイキングコースと書かれた看板がありその方向に登っていきます。結構急な道ですが眼下に海が見えて来て展望はすばらしい道です。途中綺麗な青色の花が咲いていました。→仙元山山頂(118m)(11:03)→頂上は開けていて、テーブルとかトイレがあります。10分ほど休憩しました。頂上からみた海にはたくさんのヨットが浮かんでいました。今日は関東圏大学のヨットレースが開催されていました。その後、下りの階段があったり、木の根っこが網のように張った道があり変化に富んだ道をアップダウンして徐々に上っていきます。→根張り道(11:14)→小ピーク(11:24)→擬木で作った長い階段を登ると標識12と書かれた小ピーク(189m)があります。なお、この階段は京急トレッキングマップには約250段と書かれています。→階段(11:30)→「観音塚」と呼ばれる小ピークには太い幹のタブノキと石像があります。→観音塚(167m)(12:15)→ここから尾根には大きなドングリの並木があります。→どんぐり並木(12:33)→このあとは笹深い道が続きます。冬ならば少し草が枯れていますのですが、青々とした葉ばかりで歩きづらいです。途中に江ノ島が見えるポイントがあります。途中桜の並木があります。→桜並木(14:07)→鉄塔で30分ほど休憩します。ここでおにぎりを食べましたが、カップヌードルは火を使うので止めました。→鉄塔(14:19)→途中乳頭山がぽこんとした形で見ることが出来、乳頭山を反時計回りに巻くような形で山頂に出ます。→乳頭山(15:07)→山頂では東側の東京湾というか横須賀の海が見渡せました。ここからもう田浦の梅林が臨めて一安心でした。山頂から5分くらいで田浦の梅林への分岐道がありました。梅林への道は急な下りなので、ロープが付いていました。大助かりです。転げ落ちるような道をロープ頼りに下りたところで陸橋があり、その陸橋の向こうは梅林です。→田浦梅林展望台(15:44)→梅林(16:35)→京急田浦駅
六国峠入口(9:30)→給水塔(10:26)→のの花館(10:57)→天園(13:30)→ゴルフ場(13:55)→大平山(13:58)→建長寺山上(14:55)→北鎌倉駅(15:40)
《詳細》
今日は天気がとても良かったので、北鎌倉までのロングコースを歩こうと思い立ちました。先ず、六国峠の入口に行っていたのですが、入口の直前でおじいさんから声をかけられました。「六国峠入口からは上れないよ。台風の影響で土砂が崩れて閉鎖されている。迂回路から上れるよ。迂回路の地図が踏切の手前のところに置いてるよ」と。それで少し歩いて踏切の所にあった案内板と迂回図をゲットしてスタートです。案内板(9:30)→今までの登山道の右から迂回路が出来ていて、途中団地の中を通っていたりして六国峠への道に合流できました。ここからはいつもの道でどんどんと上ります。途中、中高年の女性グループに道を聞かれたりして、ついでにとっても甘いかりんとうを貰ったりしました。その後例の杯型の給水塔まで来てここで小休止。しばらくしてさっきのグループが追いついてきたので、お返しに、この当たりの道が書いてある京急の地図を渡しました。何かの役に立つと良いですが。→給水塔(10:26)→自然公園まで歩きました。→のの花館(10:57)→ここでカップラーメンを作って昼ご飯です。天園までは比較的急なアップダウンがないので、特に尾根道は、トレッキングランをやっている人がたくさんいます。きつい表情はせずに軽快に上り下りを駆け抜けていきます。すごいって言う感じです。→天園(13:30)→天園から北鎌倉への道を間違えてしまいました。鎌倉への下りの方向に行ってしまったので、茶屋を一周してしまったような歩きをしてしまいました。本当は茶屋から舗装された道をしばらく歩くのが正解でした。程なくゴルフ場の横に出てきました。→ゴルフ場(13:55)→ゴルフ場の建物の左が大平山山頂です。不思議な形の山頂ですが一応山頂なので障害物がないらしく、無線の受発信が良いのでしょう、2人の男性が無線機とアンテナを立ててなにやら交信していました。いろいろ皆さん趣味をお持ちですね。→大平山(13:58)→途中、数カ所岩を切り開いた切通やらがあったり、祠があったりして、苔むした良い道です。建長寺の山上では展望台がありここで休憩です。ベンチがあり休んでいると、お寺から登ってきた外人さんとかが来たり、インストラクター付きの10人以上のトレッキンググループが来たりしました。→建長寺山上(14:55)→北鎌倉へは途中から団地に降りてそこからは下りの舗装道路を利用して行きます。日差しが強くなり暑くてかないません。やっと駅に着き、かき氷を食べようと決めていましたので、店を探します。駅には、喫茶店と古風な茶屋風の店の2店があったので、せっかくと思い古風な店の方に入りました。メニューをみて愕然、かき氷が8~900円なのです。でも抹茶かけを注文したのですが、かかっていたのは本物の抹茶を点てたものでした。→北鎌倉駅(15:40)
京急新逗子駅(10:34)→新善光寺(11:38)→栗坪の庚申塔(12:02)→杉山神社(12:10)→鎌地不動の湧水(12:19)→棚田(12:24)→不動滝(12:59)→安針塚(13:52)→浄土寺(14:40)→按針塚駅(14:50)
<<詳細>>
今日は、京急沿線ウオークの中の、葉山古道ウォークに参加しました。京急新逗子駅(10:34)→結構良い天気です。スタート地点には受付があり常時数人が受付をしている様子です。地図を頂いてスタートです。はじめは国道を南下していきます。結構交通量が多いので一列になってひたひたと歩いて行きます。ボンジュールのある所のトンネルも越えて、葉山大道の交差点から東に折れます。やっとここで交通量が少なくなりハイキングらしくなりました。しばらく登ったあと下りの道になりまして、新善光寺の手前に観音様の像がありました。そして新善光寺に皆さんが行っているので私たちもお参りに行きました。境内は綺麗でそして小僧さんが木魚を枕に寝ている石像がありユーモラスな印象です。→新善光寺(11:38)→「新善光寺は源頼朝ゆかりの善光寺如来が祀られている浄土宗のお寺です。元は鎌倉名越にありましたが、十七世紀中頃に現在の地に移されました。それからおよそ百年後の江戸時代中頃に本堂等が一新され、ほば現往の形となりました。本堂は禅宗様式で内陣が室町時代、外脇陣が江戸時代に建立されており、この内陣は厨子、四脚門と共に県の重要文化財に指定されています。また、前立三尊如来及び境内の天然樹林は町の重要文化財に指定されています。」→横須賀葉山線に沿って歩いて、途中に庚申塔がありました。→栗坪の庚申塔(12:02)→続いて道を夾んで神社がありそこで小休止しました。→杉山神社(12:10)→棚田に行く途中に湧水があり、手と顔を洗いました。涼しげで気持ちが良かったです。→鎌地不動の湧水(12:19)→棚田の右端に道がありそれを登っていくと棚田が一望に見えるポイントがありました。とってもすがすがしい気持ちでした、→棚田(12:24)→この「棚田は神奈川では珍しい青々とした棚田が広がる景色は2009年1月に「にほんの里百選」に選ばれました。選ばれた理由は葉山牛の牛舎のワラを使った堆肥作り、里山利用の炭、棚田には湧き水を利用等の[循環の輪』による農業の営みが評価されたことによるそうです。見る人を何処か懐かしい気特ちにさせる棚田の風景は、ボランティアグループのサポートもあり、その景観を保っています。」→そこから下っていくと滝があります。→不動滝(12:59)→「木古庭不動尊・不動滝は、木古庭不動尊はかつて畠山重忠が戦勝祈願をした場所でした。小高い丘の上にあり、境内からは周囲の山々を望むことが出来ます。樹齢150年を超えるイチョウの巨木をぱじめ、深い緑に囲まれた落ち着いた空間です。入口にある不動滝は落差3mほどと小さいですが、葉山唯一の滝で、日蓮宗徒の祈願所であったと言われています。」→不動の滝から北方向に登っていき、横須賀インターを目指していきます。そして、安針塚がある塚山公園に到着です。→安針塚(13:52)→「按針塚(県立塚山公園)は、三浦按針ことウィリアム・アダムスは、1600年九州豊後沖に漂着したオランダ船リーフデ号に乗船していたイギリス人航海士です。徳川家康に外交顧問として重用されたアダムスは日本橋の屋敷と逸見村250石を与えられ、日本名を三浦按針とし旗本身分の侍となりました。塚山公園内にある按針塚には、按針とその妻・雪が供養されています。」「鹿島神社:応永17年(1410)創建。寛永13年(1636)に按針の息子ジョゼフが社殿を建てたと伝えられています。古くは鹿島崎(現在の海上自衛隊横須賀総監部付近)にありましたが、明治24年(1891)に火事で焼失し、鹿島崎付近も海軍用地とされたため現在の地に移されました。」→塚山公園から下って行き浄土寺に行きました。→「浄土寺は、鎌倉時代初期に畠山重忠によって創建されたと伝えられる浄土真宗のお寺で、三浦按針の菩提寺です。唐金製の観音菩薩は三浦按針が自らの稔侍仏を寄進したと言われています。鎌倉時代後期に作られた観音像は、唄多羅葉とともに按針ゆかりの大変珍しいものです。この寺院の西方に通称「ブドウ畑」と呼ばれる場所があり、そこに按針の屋敷があったと伝えられています。」→浄土寺(14:40)→按針塚駅(14:50)
大倉(どんぐりハウス)(9:24)→観音茶屋(9:55)→見晴茶屋(10:19)→駒止茶屋(11:12)→堀山の家(11:49)→天神尾根分岐(12:18)→花立山荘(13:30)→堀山の家(15:04)→大倉
<<詳細>>
大倉(どんぐりハウス)9:24)今日の天気は少し曇りです。今日は二人で可能ならば塔の岳山頂まで行こうということにしています。しかし、結構気温は高い感じです。途中ね初めて登るという人から道を聞かれて、こっちですと教えたのですが、何故か乗馬クラブのあるところの分岐のところで間違えて教えてしまい、自分も、その人も道を間違えて、どんどん集落の方の道を進んでしまいました。5分くらい歩いて間違いに気付き引き返しました。途中10分くらいのタイムロスが発生しました。スタート時間などは20年9月の塔の岳山頂まで登った時とほぼ同じ時間にスタートしています。岩だらけの道を歩いてやっと観音茶屋がありました。→観音茶屋(9:55)→日差しは少なく、曇り気味です。→見晴茶屋(10:19)→ここから結構岩がごろごろしてくる感じの登りが急な道になります。汗が結構出てくるのでペットボトルのお茶を少しずつですが頻繁に取るようにします。しんどいです。ようやく駒止茶屋が見えました。ここの有料トイレを使用したあと小休止です。→駒止茶屋(11:12)→ここからもひたすら登りです。登りの人がたくさんいるので、追い抜かれたり追いついたりするのであまり飽きはしませんがひたすら登りです。今日は雲がかかっていて富士山は拝むことが出来ませんでした。しんどい。→堀山の家(11:49)→ここからがまたまた階段状の急な登り道です。木の杭で階段が作られており疲れが溜まってきた足には結構つらい登りです。天神尾根との分岐のところに来ました。少しくぼんでいる場所です。→天神尾根分岐(12:18)→このペースでは山頂に行くのは無理と判断し、花立まで行くことにしました。途中分岐の直ぐ上の所に平らになったところがありベンチがあり休憩するのに適当なのでここで昼食を取りました。花立山荘手前では木立が少なくなり見晴らしが良く、眼下に町並みが見えました。→花立山荘(13:30)→山荘前のベンチには多くの登山客が休憩していました。ここでは、多くの人がかき氷を食べており美味しそうでしたから注文しました。イチゴ味です。→1時間近く休んで2時25分から下りがスタートです。途中、堀山の家の横のサクラが綺麗でした。→堀山の家(15:04)→ひたすら下山→大倉。
金沢文庫駅(11:02)→六国峠登り口(11:10)→能見堂跡地(11:22)→氷取沢給水塔(11:53)→自然公園(12:19)→釜利谷(13:40)
《詳細》
金沢文庫駅(11:02)→今日は快晴です。富士山を見に行こうと、氷取沢自然の森の中にあるいっしんどう広場の富士見台に行こうということで決めました。文庫駅裏を歩いて、六国峠登り口に辿り着きます。→六国峠登り口(11:10)→なだらかな登りを歩いて行くと能見堂跡地の広場があります。→能見堂跡地(11:22)→能見堂跡地に
は梅が満開でして、カメラを持った人たちが何人か写真を撮っていました。しばらく歩くと、富士山が見えました。雪をかぶった山頂がぽっこりと見えたので、ここで見たのは初めてでした。もうこれでいっしんどう広場まで行くことはないと。→氷取沢給水塔(11:53)→ここからは鎌倉までと考えましたが、途中で気持ちがめげて自然公園で昼
食して帰るかなと決めました。→自然公園(12:19)→途中下りも梅が満開です。→釜利谷(13:40)
21年11月21日
金沢文庫駅(11:01)→六国峠登り口(11:08)→能見堂跡地(11:19)→氷取沢給水塔(11:49)→ゴルフ練習場(11:56)→いっしんどう広場(12:35)→瀬上池(13:32)→見晴台(13:56)→自然公園(14:34)→釜利谷(15:17)→文庫駅(15:50)
《詳細》
金沢文庫駅(11:01)→今日は快晴です。文庫駅裏を歩いて、六国峠登り口に辿り着きます。→六国峠登り口(11:08)なだらかな登りを歩いて行くと能見堂跡地の広場があります。→能見堂跡地(11:19)→いつもの大きな白い給水塔の所に出て来たので、小休止、→氷取沢給水塔(11:49)→ここから、給水塔左横の細い下り道を選
択します。おそらく氷取沢のバス道に出ると思いましたので。そしたらゴルフの練習場の横に出できました。→ゴルフ練習場(11:56)→途中にツバキの並木道が続きます。とても綺麗に手入れがされている並木で、赤い花が咲いていました。→いっしんどう広場(12:35)→しばらく休んで、食事もしてからここから下ります。林の中の下りです
がこんなうっそうとした山がこんな都市にあったのかと思うくらいの良い感じの道です。本格的な山の感じです。広場に出てそれから少しヘアピンバックして上の方に上ると瀬上池があります。けっこう大きな池です。→瀬上池(13:32)→途中池の上休憩所があります。紅葉の木が一本紅葉していて綺麗でした。尾根道に合流した後天園
方面にしばらく歩くと、見晴台がありその近所に白いツバキが咲いていました。→見晴台(13:56)→金沢自然公園方面を目指します。途中工事しているので、踏み跡がある道を迂回路として使い、高速道路に挟まれた遊水池があるところに出て自然公園に出ました。→自然公園(14:34)→ソフトクリームを食べて小休止。→釜利谷を経て駅へ向かいます→文庫駅(15:50)
平成21年11月15日(日)
ヤビツ峠(9:55)→富士見山荘(10:20)→登山口(10:39)→二ノ塔(11:54)→三ノ塔(12:20)→戸川方面分岐(13:29)→林道(14:59)→戸川公園(15:29)→大蔵バス停(16:00)
小田急線の秦野駅に着き、早速バス停に行ったのですが、信じられないくらい大勢の登山者で駅前がごった返していました。こりゃダメだと一瞬思い、蓑毛止まりのバスに変更かなと思いました。でも一応、ヤビツ行きの列に並びましたが、並んだところは列が折り返していて百人以上の感じです。さらにその後にも並ぶ人が出てきました。
バス会社の人に聞くと、臨時バスを出すと言うことで待っていたら、どうも2台くらいは早く来そうなのでそのまま待つことに。結局2台やり過ごして3台目のトップに並ぶことが出来、ゆうゆう着席ができました。今日は快晴で暖かく、みんな山登り日和ですから仕方ないです。バスに乗っていると、途中運転手さんが次の角で富士山が見ること
出来ますよと案内もありました。峠には約45分くらいで到着。峠で身支度をして出発です。→ヤビツ峠(9:55)→前回は岳ノ台周りをして時間を費やしてしまったので、今回は舗装道路を歩いて二ノ塔への登山口に向かいました。途中左手の林がガサガサと動いたのでよく見るとなんと鹿がいました。そして、鳴いたのです。鳴き声はケー
ン、ケーンといったような鳴き声でした。カメラで撮ろうとしたのですが時間が足りませんですぐ林の中に消えていきました。富士見山荘が見え、煙が出ていました。→富士見山荘(10:20)→通り過ぎて、護摩屋敷の水のところにいき、今日のコーヒーとカップヌードルに使う水とお土産用に2リットルのペットボトルにお水を入れて出発です。
→登山口(10:39)→林の中の登りですが、随所で紅葉が見られました。赤、黄色と明るい日差しの中で綺麗です。林の部分を抜けると今度は岩場の登りとなりますが視界は申し分なく良く見渡せます。特に、背後(東側)は視界が開けていて、大山の山容が一望できます。それが振り返るたびに段々と山頂の高さが自分の目の高さと
同じになってきます。1時間ちょっとで二ノ塔に到着です。→二ノ塔(11:54)→ここからは綺麗に富士山が見えました。今日は雲もかかっておらず最高の日でした。前回は天気が悪くガスがかかっていて、三ノ塔さえも見ることが出来ませんでした。三ノ塔で昼食と思い、急いで出発です。20分ほどで三ノ塔です。途中振り返ると二ノ塔がこん
もりとした丘みたいな形をしているのが確認できました。→三ノ塔(12:20)→三ノ塔からは絶景です。真正面は相模湾で、左には江ノ島、右には真鶴半島が確認できます。そして西には富士山で。山頂もばっちり見えました。それから、烏尾山(山荘)、遠くには塔の岳、大倉尾根の花立山荘などなど。ここで食事ですが、風がけっこう吹いて
おり、寒いため、小屋の裏にあるベンチを確保してそこで食事です。簡易コンロでお湯を沸かして、カップヌードルとコーヒーであたたまりました。帰りは同じ道だと面白くなく、ヤビツ峠からのバスは本数が少なく大変なので、戸川方面を下ることにしました。→戸川方面分岐(13:29)→下りはじめはかなり道がえぐれた感じですが、基本的に
尾根伝いの道で階段なんかもある程度は整備してあり道に迷う感じではありません。途中数組のグループに追い越されたので、ある程度は使われている道です。逆に上ってきた人も数組ありましたが、日曜の午後から上ると帰りはどうするのかなと。ひたすらに下るだけでしたが、天気が良くて最高でした。林道に出ました。→林道
(14:59)→ここは前回来たところなので、林道の右横に平行した尾根道を使おうと思ったのですが、けっこう起伏が多く、時間も3時となったので無理をせずに林道を下りました。かなり急いで下ったので戸川公園の端に30分で到着。→戸川公園(15:29)→ここからは公園内をゆっくり散策して、ドングリハウスに行き、休憩。私はおでんを、彼女はソフトクリームを食べました。→大蔵バス停(16:00)
大倉(9:18)→あけぼの茶屋(10:03)→分岐(10:23)→見晴茶屋(10:29)→駒止茶屋(11:16)→堀山の家(11:45)→分岐(12:13)→昼食(12:15)→大倉(15:30)
《詳細》
大倉(9:18)→何度も歩いてきている道なのですが、今日はスタートに失敗で、道を間違いました。乗馬クラブの所から山には入るのですが、間違ってそのまま舗装道路を歩いてしまい10分くらいの時間ロスでした。→あけぼの茶屋(10:03)→青年の家方面は選ばずに近道を選択します。→分岐(10:23)→天気は良くいつも見慣れた大き
な尾根道に感動しつつ見晴茶屋に出ます。→見晴茶屋(10:29)→今日は駒止茶屋はオープンしていました。ここでトイレタイムで小休止。→駒止茶屋(11:16)→段々と道が険しくなってきます。→堀山の家(11:45)→分岐のところで食事をと思ったのですが人通りが多く断念し、もう少し上ることに。→分岐(12:13)→上ったところに丁度良
いテーブルなどが設置されており、ここで昼食。→昼食(12:15)→食べ終わった頃に、下山している年配の男性が、登りの数名の若者グループに、懐中電灯持って無ければ1時過ぎたらもう下る準備だよとアドバイス。でもグループはまだ山頂を目指していました。このあとひたすら下山です。途中青年の家に寄って、美味しいお水をゲットとしました。→大倉(15:30)
神武寺駅(12:57)→神武寺(13:38)→鷹取山(14:13)→追浜
《詳細》
神武寺駅(12:57)→駅から車道沿いに六浦方面に引き返す感じで進みます。途中の信号2つめくらいで右に曲がりしばらくすると逗子中学があります。。中学を左手に見てしばらく行くと上り坂になって右手の特養ホームの建物を見つつ行くと、山道になります。木々からの木漏れ日が差し、しだが茂るきれいな道でよく整備されています。
視界が開けたところに総門があり、右は旧参道、左はお寺と鷹取山に続く道です。山頂方向には神武寺の鐘(神武寺の晩鐘)、寺があります。天台宗のお寺で、奈良時代、聖武天皇の命によりの僧行基が創建、平安時代に慈覚大師が中興したと伝えられる。薬師堂は文禄三年(1594)ごろの創建で、秘仏「薬師三尊像」が祀られる。他
に、鎌倉時代後期の作といわれる「不動明王像」があり、いずれも、逗子市の重要文化財に指定される。→神武寺(13:38)→薬師堂の左手から神武寺の頂上まで行くと、そこから鷹取山へ行きます。鷹取山に近くになとだんだんと岩が多くなってきます。10分程で鉄塔があったりして、少し開けたところからは西の方向に富士山が少しく
すんでいましたが見えました。その後、鎖のロープが張ってある場所があり結構スリルが感じられる。鷹取山の山頂部分は岩が切り出されたので、直線的な崖がいくつもあり、ロッククライミングの練習場として使われている。→鷹取山(139m)(14:13)→ここで食事をしましたが、今回はコンロを持参して、定番のカップヌードルと、今回特にス
キヤキにトライしました。もちろん牛肉、ネギ、白菜を持参して調理しました。頂上に有る展望台には、広場の右手横にある階段を上って行くことができ、展望はすばらしい。磨崖仏もくっきりと見えます。追浜駅を目指して下りますが、今回は、磨崖仏方面からではなく、左手の車道から下り追浜駅を目指しました。大きな団地なので方向が
分からなくなってしまい、黄色い中央線のある道沿いで降りてきました。→追浜
ヤビツ峠(9:46)→岳ノ台(10:41)→菩提峠→二ノ塔への登り口(11:30)→二ノ塔(12:42)→表丹沢林道出合(14:19)→萩山林道→秦野戸川公園(15:55)→大倉バス停(16:05)
<<詳細>>
朝7時に家を出て、相鉄、小田急を乗り継いで秦野駅に到着。バスでヤビツ峠行きに乗ろうとしたのですが、超満員で気分が悪くなり降りて待つことにしました。臨時便が出ているとのことでそれを待ちましたが10分くらいでその臨時バスが来たのでラッキーにも座ることが出来、超ではないが満員でした。それは直行便であり途中のバス
停は止まらずに一路ヤビツ峠に登りました。峠手前で下りのダンプと離合するためにバスは少しバックしたのですが土手に乗り上げてしまいバンパーが引っかかり、小破状態でした。ヤビツ峠で準備をしていよいよスタートです。ヤビツ峠(9:46)→バス停の向かいに岳ノ台方面の登り口があり上ります。最初はなだらかな草原の丘を登っ
ている感じです。草むらが多くピクニックに最適のコースと思われます。途中には東屋が一つあり、少しくだって、鹿除けの柵を跨いだりして上っていく途中にちらっと富士山が見えました。反対側には大山がよく見えます。天気は曇り気味でしたが何とか富士山の輪郭は見えました。岳ノ台の頂上につくと展望台があり、そこから富士山が
よく見えます。→岳ノ台(899m)(10:41)→下っていきますが、途中に菩薩風神祠がありました。→菩提峠→菩薩峠には駐車場があり、多くの車が駐車していました。二ノ塔への登り口に到着です。名水で有名な護摩屋敷の水が出ているところには今回時間の節約のため行きません。→二ノ塔への登り口(11:30)→ここから本格的な登り
です。結構ごつごつとした石がある登りです。最初はうっそうとした森の中の道ですが途中から石ころのある木の生えていない登りです。そこから振り返ると、大山がよく見えます。だんだんと同じ高さになっていくことが実感できます。二ノ塔に到着です。ベンチ等があり休息しやすく、四、五組が昼食をとっておりました。→二ノ塔(12:42)
→ここで昼食をとることにします。本当は三ノ塔が展望よいので食べようと思ったのですが、ガスが立ちこめて、三ノ塔は見えないので止めました。下山ルートは最初はまたヤビツ峠に引き返そうと思ったのですが、つまらないので、南方面の尾根を下ると菩提に行けそうだったので、下ることにしました。道は良いところでした。1時間以上下
ったところで林道に出てきて、予定通りだと思ったのですが、これが大きな間違いで、これは表丹沢林道であり、この林道は横断して、続いて尾根道を探して下る必要があったのです。間違えてこの林道を右側(北)に行ってしまいました。→表丹沢林道出合(14:19)→出合からは、地図では沢を右に見て沢沿いに下っていくはずなのです
が、フラットな下りを少しずつ降りていくかんじ。15分ほど歩いて下山に使う林道の間違いに気がついたのですが、このままでも秦野戸川公園に下れるので、このまま下ることにしました。地図をよく見ると、確かに尾根下り途中に表丹沢林道があり、大失敗でした。→次に萩山林道か尾根道を使うかの選択するポイントに出ましたが、疲
れ切っていたので迷わず林道を選択して下ります。→萩山林道→秦野戸川公園(15:55)→公園ではテントが張ってあり子供会?主催のイベントをやっていました。→大倉バス停(16:05)
蓑毛(9:37)→ヤビツ峠との分岐(9:45)→下社との分岐(10:33)→六地蔵(11:00)→女人禁制の碑(11:12)→16丁目の追分の碑(11:44)→20丁目の富士見台(12:12)→ヤビツ峠からの道合流(12:29)→大山山頂・大山山頂奥の院(12:40)→休憩昼食→下山(13:21)→不動尻への分岐(13:36)→見晴台(15:01)→二重社(15:24)→下社(15:36)→ケーブル駅(15:58)→ケーブル下車(16:27)→バス停(16:40)
<<詳細>>
秦野駅に8時50分に着きました。バスはヤビツ峠行き8時55分があるのですが、混んでいるだろうと思い、次の9時5分の蓑毛行きに決めてゆっくりとバス停へ向かいました。そしたらすでに20人近くの登山客がバス停に並んでいたので、びっくり。着席できないかもしれないなと思いました。バスに乗り込んだら丁度人数分のシートがあ
り、ただし我々はシルバー席で何となく気が引けつつ座りました。年配の方が来たら譲るということで。幸いにその後2人程度乗り込んだのですが若い人だったので、譲ることもなく蓑毛に到着です。蓑毛(9:37)→準備を済ませて、蓑毛橋の右横にある川沿いの道を上ります、天気は少し曇りがちではありますが、青空も有りまずまず、で
も、富士山を見るのは無理かなという感じです。途中マス釣り場がありました。そして、灯籠が真ん中にあり二手に分かれ道が出てきます。左はヤビツ峠方面へ、右は下社方面と書かれています。→ヤビツ峠との分岐(9:45)→右の下社方面の道を選び上ります。途中には林道を2度ほど横断しつつ上っていきます。鉄でできたゲートの右
端をくぐったりします。1時間弱すると石碑があって道が二股になっています。左の道は大山山頂への道、右は下社への道です。→下社との分岐(10:33)→横木でできた階段が果てしなく続きます。途中にお地蔵さんが6体ありました。→六地蔵(11:00)→ここから緩やかな登りが続き、女人禁制の石碑がありました。案内板には江戸時代
はこれより山上への女性の登山は禁止されていたとのことが記されていました。→女人禁制の碑(11:12)→しばらくは横木でできた階段の道を上り続けます。空間が開けたところに出てきました。ここは16丁目の追分の碑のあるところで、テーブルなどがあり見晴らしも良くてたくさんの人が休んでいます。碑はとても大きくて3メートル以上
の高さの石碑です。また、この場所は下社から上ってくる道との合流地点であり、多くの人が下社から上ってきます。ひっきりなしに上ってくる感じで途中は渋滞しているかもしれない様相です。私の上ってきた蓑毛からの道は人通りは極めて少なく山登りという感じですが、ここに来て、銀座に出てきた感じです。→16丁目の追分の碑
(11:44)→追分の碑で休憩を取り上ります。ここからは岩がごろごろあり、岩の階段を上ります。途中は段差がきつくて大変です。修行は大変です。富士見台に到着です。西側の展望が開けている場所で晴れていれば富士山が望めるのですがあいにく、曇りで何も見えません。→20丁目の富士見台(12:12)→左から来る道がヤビツから
の道で、イタツミ尾根と合流です。→25丁目(ヤビツ峠からの道合流)(12:29)→引き続き、岩の多い階段状の道が多いところをひたすら上っていると鳥居が見えてきました。山頂です。個々までの所要時間は休憩時間も入れて約3時間でした。山頂で記念写真撮ったり、お賽銭を入れてお参りしたりしたあと、昼食です。→大山山頂
(1,252m)・大山阿夫利神社、奥の院(12:40)→休憩昼食。持参したおにぎりを2個、ミカン1個食べました。周りは多くの登山者が居て休憩する場所の確保をするのに気を遣います。そして、霧が出てくるので幻想的なのですが、その幻想さを忘れるほどの人人人です。十分休憩したあと、トイレに行きました。ちゃんと水洗のトイレで綺麗
でした。→下山(13:21)→見晴台方面に下ります。途中左への道がありそちらは不動尻方面と記されています。3年前にはこの道から三峰山に行きました。結構荒れた道ですが、人気は少なく(全く無く)時間があればチャレンジもののルートです。→不動尻への分岐(13:36)→疲れた脚にはこの下り道は結構厳しいものがあります。横木など
で段差を付けた下りなのですが、その段差が結構脚に辛く感じます。そして行けども行けども視界は晴れずひたすら急な山肌の中をくねくね下っていきます。やっと見晴台です。テーブルがたくさんあり、多くの人が休憩しています。先の方には東屋もあります。ここで小休止をしました。→見晴台(15:01)→見晴台をスタートしようとした時、
綺麗なスーツを着た女性が赤ちゃんを抱えて下社方面から上ってきました。足下はヒールのような印象でした。あれっ、ここまで自動車がくるのかなあと思いましたが、そんな道路はあるはず無く、どうやら抱えて上ってきたのでしょう。なぜ?。なお、熊が出ると看板に書いてあり本当かな。森の中を少し歩いていると眼下に下社が見えてき
ました。ほっとして下っていると、途中から沢水の音が聞こえてきます。そして赤い幟がたくさん立ててあるところがあり、二重社です。石橋があり、二重の滝のところにかかっています。滝の形は何となく、神戸の布引の滝を思わせる形です。→二重社(15:24)→道の右上に大山阿夫利神社下社が見えてきたので、階段を見つけて社に行
きました。社殿は石造りの階段を上っていきます。綺麗な石段で、その上に赤くて綺麗な下社がありました。その左手に頂上登山口と書いた看板がありそちらに行くと、右手の柱に奉納お花講と書かれた山門があり、それをくぐると急な登りの石段があります。これが先ほどの16丁目の追分の碑のところに通じる参道の入り口でした。す
ごい急な石段です。下ってきている人がいました。→下社(15:36)→帰りはケーブルを使うこととしていたので、ケーブル駅に向かいました。途中、鹿の飼育エリアがあったりします。ケーブルは20分間隔で運転されており、丁度出発間際であり、次の車に乗ることにしましたので、切符は一番早く買いました。そのまま、並んでおけば景色
の良い席を取れたのでしょうが、そんな元気はなく待合の椅子にへたり込んでいましたが、人がたくさん来たのでやむなく、順番を確保するために数分で席を立ち列に並びました。こういうことなら最初から並べば良かったと反省です。→ケーブル駅(15:58)4時20分のケーブルで下車しました。→ケーブル下車(16:27)→ここからバス停まで
は土産店などの参道を通過していきます。豆腐料理のお店が多くあり、途中で煎餅を焼いてしょう油と海苔を付けて売っている店があったので、買って食べて下りました。ぱりぱりして、しょう油の香りもよく美味しかった煎餅でした。→バス停(16:40)
安針塚駅(12:36)→塚山公園(12:54)→木古庭(13:50)→阿部倉温泉(14:20)→山への道(14:31)→ゴルフ場横(15:01)→大楠山頂(15:15)→下山口(16:50)
<<詳細>>
安針塚駅(12:36)→サクラの名所である塚山公園を目指します。途中は結構急な舗装道です。→塚山公園(12:54)→公園について、小休止し、大楠山を目指します。木古庭陸橋まで辿り着き、道を渡り住宅地に入ります。→木古庭(13:50)→阿部倉温泉湯ノ沢旅館の表示が出てくるのでこの表示を頼りに進みます。途中の建物
に大きな蜂の巣おそらくスズメバチの巣がありました。途中高速道路に架かる陸橋を渡り、左に折れて高速道路の右端を歩いて行きます。そうすると阿部倉温泉がありました。→阿部倉温泉(14:20)→ここまではスムーズに来たのですが、山に登る入り口が分からなくなり、しばらくこのあたりの菜園の中をうろうろしました。しかし、旅館
の先に出てみると高速道路の下を潜る道をやっと見つけました。→山への道(14:31)→沢沿いの登り道です。なかなか良い山らしい落ち着いた道です。沢伝いの道で階段があったりしました。しばらくするとゴルフ場のフェンスが現れて、ここからはフェンス沿いに登ります。→ゴルフ場横(15:01)→15分ほどで大楠山頂です。→大楠山頂
(15:15)→展望塔に登って横須賀方面や太平洋が見えます。途中にはコスモスが咲いている花畑が有りそこを通って下山です。→下山口(16:50)
スタート(13:00)→七社宮(13:31)→登山口(13:56)→山道開始(14:09)→十本杉(14:23)→城山山頂(14:38)→須賀神社(15:54)
<<詳細>>
スタート(13:00)→今日は快晴です。途中神社に寄りました。→七社宮(13:31)→西鉄バス赤間バスセンターの福岡寄りの所に登山口の標識が立っています。→登山口(13:56)→道なりに登ってきて、トイレなどがあるところの脇から山登りの道があります。階段が綺麗に整備されていています。昔登った時は無かったと思います。→山道
開始(14:09)→15分ほど登ると十本杉の標識がありました。→十本杉(14:23)→山頂には休憩所、石碑等があります。海側を望むと玄界灘を見ることが出来ます。→城山山頂(14:38)→城山の標高は369mです。ヒガンバナが咲いていまして、これにクロアゲハが留まっていました。その昔、赤馬山、蔦嶽、嶽山などと呼ばれ城跡が残され
ています。1336年建武3年の記録では、宗像大宮司氏俊が足利尊氏を宗像館に招き赤間山城を修復して蘿山(つたやま)城としたことが記されています。この堅固な城は秀吉の九州統治により小早川隆景によって取り壊され、現在では本丸、二の丸の痕跡が残る。この後はもとの道を下山です。次回は宗像四塚と言われている、城山
~金山~孔大寺山~湯川山のコースにトライしたいと思います。帰りは須賀神社にお参りしまして、たくさん銀杏が落ちていたので少しだけ持って帰り洗って食べました。小粒な感じでしたがとても香りよく食べました。→須賀神社(15:54)
安針塚駅(13:30)→塚山公園(13:59)→一軒家(14:30)→畠山→乳頭山(15:43)→鉄道交差部分(16:58)→田浦駅(17:30)
《詳細》
安針塚駅(13:30)→サクラの名所である塚山公園を目指します。途中は結構急な舗装道です。公園について、小休止し、海が見える丘に上がり、三浦按針の石碑の脇を通って、畠山を目指します。→塚山公園(13:59)→大楠山方面と書かれた最初の標識は無視し、20メートルくらい先にある大楠山方面とある標識から左に下ります。こちらの道の方が歩きやすいです。畠山方面の道(標識はないので探すのに苦労しますが)を選択し、山には入る手前に人家があります。→一軒家(14:30)→途中に、スチールネットの階段が取り付けてあります。上ったところにある鉄塔から右に行きます。途中は急な上り坂があり、ロープが付けられていました。畠山は畠山氏ゆかりの山でここで陣を張ったとされています。畠山山頂に行かず、途中で乳頭山方面に行く尾根を選択します。→畠山→この尾根道は最初は下りですがその後はアップダウンがきつい道です。おまけに道幅は狭く、木の根回りのところを右へ左へと歩きますので歩きづらいのですが、深い山に登った感じがしてとても得した気分で歩けます。40分くらいで仙元山方面の標識があります。乳頭山の手前にはスチールネットの階段があり、すぐに乳頭山です。→乳頭山(15:43)→田浦梅林の方には行かず、田浦駅の方に行きます。途中で道を間違えたようで右側に早めに下ってしまい田浦町4丁目に下りました。→鉄道交差部分(16:58)→田浦駅(17:30)
神武寺駅(12:35)→神武寺(13:13)→鷹取山(13:55)→追浜
《詳細》
神武寺駅(12:35)→駅から車道沿いに六浦方面に引き返す感じで進みます。途中の信号2つめくらいで右に曲がりしばらくすると逗子中学があります。。中学を左手に見てしばらく行くと上り坂になって右手の特養ホームの建物を見つつ行くと、山道になります。木々からの木漏れ日が差し、しだが茂るきれいな道でよく整備されています。視界が開けたところに総門があり、右は旧参道、左はお寺と鷹取山に続く道です。山頂方向には神武寺の鐘(神武寺の晩鐘)、寺があります。天台宗のお寺で、奈良時代、聖武天皇の命によりの僧行基が創建、平安時代に慈覚大師が中興したと伝えられる。薬師堂は文禄三年(1594)ごろの創建で、秘仏「薬師三尊像」が祀られる。他に、鎌倉時代後期の作といわれる「不動明王像」があり、いずれも、逗子市の重要文化財に指定される。→神武寺(13:13)→薬師堂の左手から神武寺の頂上まで行くと、そこから鷹取山へ行きます。鷹取山に近くになとだんだんと岩が多くなってきます。10分程で鉄塔があったりして、少し開けたところからは西の方向に富士山が見えます。その後、鎖のロープが張ってある場所があり結構スリルが感じられる。鷹取山の山頂部分は岩が切り出されたので、直線的な崖がいくつもあり、ロッククライミングの練習場として使われている。→鷹取山(139m)(13:55)→頂上に有る展望台には、広場の右手横にある階段を上って行くことができ、展望はすばらしい。磨崖仏もくっきりと見えます。追浜駅を目指して下りますが、途中で磨崖仏の所を通過しますが、大きな仏様です。昔採石場だったところを抜けて車道に出るとそこは湘南鷹取台という団地です。ここからはバス道づたいに駅に向かいます→追浜
田浦駅(12:50)→団地上(13:20)→馬頭観音(14:01)→見晴台(14:23)→イトーピア団地→新逗子駅(16:07)
<<詳細>>
田浦駅(12:50)→今日は馬頭観音を目指して歩きますが、まだ、歩いたことのない船越神社脇を右折して団地の上に出て目指すコースです。まだ新しい団地で区画は大きく良い感じの団地です。地図では南西方向に上るようなのですが、入り口がわからないので、壁沿いに階段を上っていきましたところ、正解でした。団地の上にあがると見晴らしは良いです。→団地上(13:20)→傾斜の緩い快適な道でしっかりとした踏み跡があります。山桜が散り始めていて道や草に白い花びらが一面に撒いてあります。途中に鉄塔があり、続いて、切り通しのような道があります。「桜村山」、「牛馬安全」の文字が彫ってある馬頭観音がありました。→馬頭観音(14:01)→ここからも良い道が続きます。しばらくして、いつもは逗子側から来て休憩する見晴らしの良いポイントで休憩して昼食タイムで、おにぎりとパンを食べました。山桜が散り始めていて花吹雪がすごくきれいです。→見晴台(14:23)→ここからは東逗子駅に出ようかと思いましたが、眼下の団地がきれいだったので降りてみることに。団地内は広くて迷いましたが何とか出口に出ました。→イトーピア団地→いつもの長柄交差点に出てバスで新逗子駅に行きました。→新逗子駅(16:07)
安針塚駅(11:10)→塚山公園(11:31)→一軒家(12:10)→畠山(12:35)→三浦アルプスへの分岐(13:21)→乳頭山(13:26)→田浦緑地(14:01)→田浦駅(14:40)
<<詳細>>
安針塚駅(11:10)→サクラの名所である塚山公園を目指します。途中は結構急な舗装道です。公園には多くのサクラの木がありますが、開花はあと数日という感じでして、色づいたつぼみが木いっぱいに付いていました。三浦按針の石碑のところに行こうとしたのですが、ちょうど数十人程度のカメラ愛好家グループの一段と重なりこりゃ
だめだと思い、下から拝んで畠山を目指します。→塚山公園(11:31)→地図を見ながら道なりに下っていきますが、少し早めに下り道に入ったようで以前、大楠山に登ったときに下った道でした。横須賀インターチェンジの接続道がクルクルあって少し迷いましたが、何とか地図を確認して行き先を修正しました。山中町に出たところが難し
く、北西に進みます。京浜急行が作成した地図に「最初の人家」と書いてありましたが、畠山から下ってくる場合のコメントであり、確かに、ぽつんと家がありました。これだと思ってあとは自信を持って登り口を探します。→一軒家(12:10)→ちゃんと地図のコメントの通り途中にはスチールネットの階段が取り付けてあります。上ったところに
ある鉄塔から右に行きますが、途中は急な上り坂があり、ロープが付けられていました。途中でカゴを背負ったおじさんに会いまして、道を聞いたところ、畠山は畠山氏ゆかりの山でここで陣を張ったのだとのことでした。そして、江戸末期にはここに大砲を置いて外国船攻撃を考えていたといったことも。調べたところ、「畠山は衣笠城攻めの
折に畠山重忠が布陣した場所と伝えられている。畠山重忠は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将で鎌倉幕府の有力御家人。源頼朝の挙兵に際して当初は敵対するが、のちに臣従して治承・寿永の乱で活躍。知勇兼備の武将として常に先陣を務め、幕府創業の功臣として重きをなした。しかし、頼朝の没後に実権を握った初代
執権北条時政の謀略によって謀反の疑いをかけられ、一族とともに滅ぼされた(畠山重忠の乱)。存命中から武勇の誉れ高く、その清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑」と称された。」とのことです。畠山の頂上は平坦ですが木が茂っていて見晴らしは良くありません。小さなお地蔵さんが置かれています。→畠山(205m)(12:35)→畠山か
ら乳頭山方面北西方向の尾根を行きますが、結構これがアップダウンがきつい道です。おまけに道幅は狭く、木の根回りのところを右へ左へと歩きますので歩きづらいのですが、深い山に登った感じがしてとても得した気分で歩けます。40分くらいで仙元山方面の標識があります。ここからは三浦アルプス方面だなと。→三浦アルプスへ
の分岐(13:21)→程なくスチールネットの階段があり、すぐに乳頭山です。→乳頭山(13:26)ここからは、途中で田浦梅林の方へ急坂をロープ伝いに下ります。田浦の梅林はほとんど梅は散っていて、寂しげな感じで人影がほとんどありませんでした。→田浦緑地(14:01)途中、京急田浦駅前の交差点沿いにある「森のパン家」で
パンを買いました。ジャーマンポテトパンとチョロコローネがおすすめです。店内は狭めですがパンが色々と並んでいます。日曜が定休日です。→田浦駅(14:40)
三浦アルプス 風早橋バス停(12:05)→葉山教会(12:22)→仙元山山頂(118m)(12:33)→標識12(13:10)→分かり辛い分岐(13:22)→観音塚(167m)(13:33)→鉄塔(15:03)→上山口分岐(15:11)→乳頭山(15:25)→田浦梅林への分岐(15:34)→横横高速陸橋(15:50)→田浦梅林展望台(16:00)→京急田浦駅(16:30)
《詳細》
風早橋バス停(12:05)京急逗子駅前のバス停から風早橋までバス利用で10分程度でした。トンネルの方向に歩き横断歩道を渡ってボンジュールでパンを購入します。2人分で計7個くらい仕入れました。ボンジュールの先を50メートルくらいすぎたところ左手に登りの道があります。すごい急な道ですが
登っていくと葉山教会の建物が見えます。左手には湘南の海が徐々に見えてきます。→葉山教会(12:22)→教会の左手に仙元山ハイキングコースと書かれた看板がありその方向に登っていきます。結構急な道ですが眼下に海が見えて来て展望はすばらしい道です。頂上は開けていて、テーブルとかトイレがあります。
10分ほど休憩しました。→仙元山山頂(118m)(12:33)→下りの階段があったり、木の根っこが網のように張った道があり変化に富んだ道をアップダウンして徐々に上っていきます。そして、擬木で作った長い階段を登ると標識12と書かれた小ピーク(189m)があります。
この階段の登り道には可憐なスミレがたくさん咲いていました。なお、この階段は京急トレッキングマップには約250段と書かれています。→標識12(13:10)→ここからはすこし下り気味に進みます。途中で例の分かりにくいとされている分岐に遭遇しました。この分岐では左手のこんもりした土手の方に道がついていて、
進路と逆方向のような感じになります。ちょうど田浦方面から来た人たちがその分岐から出てきたので分かりました。→分かり辛い分岐(13:22)→しばらく行くと、13人の一行とすれ違います。離合場所が狭かったので待ちました。なお、そのあとも同じグループだろうと思いますが、
2グループ各10人程度の一行とすれ違いました。大変大きな集団です。10分ほどで観音塚です。「観音塚」と呼ばれる小ピークには太い幹のタブノキと石像があります。→観音塚(167m)(13:33)→ここから尾根には大きなドングリの並木があります。まだここから2時間以上歩かないと田浦に着きそうでないので
少し焦り気味になりました。途中桜の並木があります。お腹も減ってきてすこし広いところに横木があったので腰を下ろしてやっと昼ご飯のおにぎりを食べて小休止。その場所から5分ほどしたら鉄塔の広場に出てきました。ここは拓けていて休憩には絶好のポイントでしてここで休めば良かったぁ。
→鉄塔(15:03)→鉄塔の所から少し下りますが、スチールネットでできた階段などがあり楽です。そして、椿の林には花が咲いています。上山口小学校への分岐の標識があります。→上山口分岐(15:11)→乳頭山に向かいます。登りになり、山頂手前の東側に畠山への道がありますが、
真っ直ぐ山頂方向へ。山頂では東側の東京湾というか横須賀の海が見渡せました。ここからもう田浦の梅林が臨めて一安心でした。→乳頭山(15:25)→山頂から5分くらいで田浦の梅林への分岐道がありました。→田浦梅林への分岐(15:34)→梅林への道は急な下りなので、ロープが付いていました。
大助かりです。転げ落ちるような道をロープ頼りに下りたところで陸橋があり、その陸橋の向こうは梅林です。→横横高速陸橋(15:50)→お疲れ様でした。→田浦梅林展望台(16:00)→京急田浦駅(16:30)
京急神武寺駅(12:52)→神武寺参道への分岐(13:28)→JR東逗子駅(13:45)→逗子小学校(13:54)→二子山山頂(15:29)→森戸川(16:05)→堰堤(16:13)→車上橋(16:23)→ゲート(16:34)→長柄バス停(17:00)
《詳細》
京急神武寺駅(12:52)→カップラーメンを持参していたのですがお箸が無くて、駅前のコンビニでサラダを買うついでに箸をゲットしました。車道に出て5分程度六浦方面に歩きます。途中から右手に折れて逗子中学校の脇の道を歩きます。そのまま歩くと特養老人ホームが右手にあり、このあたりから山の道らしくなります。
道はシダが生い茂る良い道で少しジメジメしていますが林の中に光が入り明るい緑で一杯の道です。15分ほど歩くともう神武寺の建物が見えますが、今回はお寺に着く手前を右に折れて東逗子駅に向かいます。→神武寺参道への分岐(13:28)→この下り道は神武寺への参道であり切り通しの道があったりして大変良い道です。
住宅地との境には石碑があり大きく天台宗神武寺と彫られています。→道なりに行くと直ぐに踏切がありそこに駅があります。→JR東逗子駅(13:45)→駅前の踏切を横断して逗子小学校のグラウンドを右手に見つつ通ります。→逗子小学校(13:54)→ここからは道なりに進んで行き、途中に
東京湾が見渡せるポイントで小休止しつつ進みます。二子山の山頂横にはKDDIの鉄塔があります。山頂には見晴台がありここで遅い昼ご飯。カップラーメンを作りさっきのお箸で食べました。この時期の熱い食べ物は本当においしかったです。→二子山山頂(15:29)→このまま戻るのはもったいないので、利用したことがない森戸川に下って見ることにしました。
逗子市役所作成の有料のパンフに道が書いてありますが×のマークがあるので大丈夫なのか今ひとつ不明でしたが、現地には森戸川方面を示す標識があったので下りました。急な下りでそのうちに道が細くなり、道は水が流れていたりして少し心配となりました。
下りを開始した時刻は3時過ぎていたので30分ほど下っておかしいなら引き返えそうと考えました。平坦な所に出てきて、林道に出ました。これなら大丈夫と考えました。森戸川を下っていきます。→森戸川(16:05)→逗子市役所の絵地図には川に堰堤が2つ記載されておりまして、途中で堰堤を発見しました。
これは下流の堰堤ではないかと思いましたが、間違いでして上流部の堰堤でした。約30分位ひたすら歩き続けますが、結構長い距離です。→堰堤(16:13)→途中に南郷から秋谷間をつなぐトンネルである南郷トンネルと新沢トンネルの切れ目が頭上に見えました。ゴーゴーと音しか聞こえない変な橋です。
→車上橋(16:23)→ゲートが見えました。→ゲート(16:34)→ゲートを越えると人家が出てきて、バス停まで結構ありますがなるべく車が少ない道を選んで到着です。→長柄バス停(17:00)
湯の峰温泉(8:40)→瀞峡(志古)→志古→新宮駅
《詳細》
午前6時過ぎに起床し、浴衣姿で真っ先に公衆浴場に行きます。男湯の券を買おうととしたら、それは普通のお湯なので、温泉客の皆さんは「薬湯」に入りますよと言われました。薬湯がいわゆる源泉掛け流しであると。それで薬湯に入ることにしました。湯船ではすでに5,6人の先客があり、どうもと言いながら入りました。硫黄の臭い
がしますが、民宿の方が硫黄臭は強い感じです。その後、風呂から上がり、外の売店でネット入りの生卵5個を購入し、湯筒に直行。この湯筒は90度の高温で、10分ほどで温泉卵ができると言うことでした。このため、20分くらい入れて食べたら、堅めのゆで卵できあがっていて、2個を朝食前に食べました。その後宿に戻り7時に朝食
で、昨晩頼んでおいた、「温泉がゆ」なるものを食べます。味はその名の通り温泉のお湯で作ったようで、硫黄の臭い、いや香りが漂います。塩味も効いていて、色はやや黄色味を帯びています。ごちそうさまでした。→湯の峰温泉のバス停を8時40分に通るバスに乗るために8時30分にバス停に到着。既に1人の女性が座っており、そ
のベンチの横に着席します。そしたらその女性が声をかけてきて、聞いたところでは、昨晩は本宮の宿坊に泊まり、今朝の6時のバスで湯の峰温泉に来て、「つぼ湯」、「薬湯」に入ったとの事でした。いやはや元気ですね。でも「つぼ湯」に入らなかったことがやや悔やまれました。まあいいか。→湯の峰温泉(8:40)→30分くらい乗り合い
バスで新宮方面のバズ手下っていきます。熊野川の流れを眼下に見ながら景色は最高です。志古に着きます。ここには瀞峡巡りの船の発着所があります。早速、切符を買って乗りました。→瀞峡(志古)→また、バスに乗り込み、新宮駅に到着しました。後は特急と新幹線のお世話になります。なお、駅の待合所に、湯の峰温泉のバス
停で知り合いになった女性が居たので声をかけました。彼女は新宮駅から速玉神社に参拝したとのこと。私は瀞峡巡りしたことを伝え、今後の参考のために情報交換しました。そして大坂から来ているとの事で、下りの特急に、私は名古屋方面の上り特急に別れました。登山していると旅で知らない人と会話できるのもなかなか良いで
す。
近露王子(7:34)→小広王子(7:38)→熊瀬川王子(8:12)→一里塚跡(8:17)→わらじ峠(8:24)→仲人茶屋跡(8:39)→岩神王子跡前(9:05)→おぎん地蔵(9:33)→「蛇形地蔵」→湯川王子跡 (9:55)→三越峠(10:15)→船玉神社(11:06)→猪鼻王子(11:16)→発心門王子(11:30)→水呑王子(12:07)→伏拝王子(12:52)→祓所王子(13:44)→熊野本宮大社(13:56)→大斎原の大鳥居(14:19)→大日越登り口(15:12)→月見ヶ丘神社(15:32)→鼻欠地蔵(15:46)→湯峯王子(16:11)→湯の峰温泉「くらや」(16:24)
《詳細》
なかの(7:10)→民宿を出てバス停に向かいます。今日は晴れの天気でさわやかです。バスが7時25分のバスに乗り小広王子まで行くことにしています。そこまでは途中に、野長瀬一族の墓、比曽原王子、継桜王子、中川王子とあるのですが、本宮に2時くらいに到着したいことと車道が多いので避けまして、古道らしさが始まる小広
王子までバスにしました。近露王子でバスは一度5分くらいの休憩がありその間に急いで王子にお参りしました。近露王子は、最も早く現れた王子の一つで、鎌倉末期の熊野縁起では准五体王子にあがっている。参詣者は古くから川でみそぎをするのが習いであった。後鳥羽上皇はここでも和歌会を催している。境内に杉の巨木があった
が、明治末期の神社合祀で廃社になり、いまは近露王子之跡と刻んだ自然石の碑が見られる。院政期の御所は川を隔てた対岸の方にあったとのことです。→近露王子(7:34)→細い車道をグイグイとバスは上っていきます。距離と共に、高度も結構稼いでくれます。小広で下車してさて、どこから古道に繋がるか皆目見当が付きません。し
ばらくしてアクセスの道を見つけて上っていきます。→小広王子(7:38)→この道は小広トンネルの出口付近を高巻きしており、その後古道を発見です。左は近露に、右は熊瀬川王子となっており、右へ行きます。 熊瀬川王子は、小広峠を下ってわらじ峠に上りにかかって間もなく、道の左側に熊瀬川王子の跡といわれる場所がある。鎌
倉末期の熊野縁起に出ている熊背川王子はここかとみられるが小広峠とする説もあるとのことです。
→熊瀬川王子(8:12)→途中に一里塚の標識があります。→一里塚跡(8:17)→草鞋峠まではつづら折れの急な上り坂が出てきます。→わらじ峠(8:24)→この峠からは下りで女坂と呼ばれるつづら折れの下り坂です。川のそば
に仲人茶屋跡の標識があります。→仲人茶屋跡(8:39)→茶屋跡から先は逆の上り坂で男坂と呼ばれているところです。従って茶屋の左右で女坂、男坂があることからその真ん中にあるために仲人茶屋と江戸時代から言われていたとのことです。岩神王子は、わらじ峠を下って栃ノ川を渡り、険しい坂を上ったら岩神峠で、峠のすぐそばに
王子跡がある。比較的早く設けられた王子で、中右記の天仁2年(1109)の参詣記で、藤原宗忠は夜の白むころこの王子に参り、社辺にいた盲人に食料を与えたと記している。江戸中期まで社殿があったが、その後草木に埋もれていた。近年ようやく、その所在が明らかになったとのことである。→岩神王子跡前(9:05)→ここからは下り
で途中からは谷川に沿って進みます。このあたりから俄然、Iさんが頑張ってスピードを上げて先に進んでいきます。途中には祠があり地蔵さんがまつられていました。→「おぎん地蔵」(9:33)→湯川王子の手前に「蛇形地蔵」があるとの標識があったのですが時間が気になったので寄り道しませんでした。湯川王子は、九十九王子のうち
比較的格式の高い准五体王子で、道湯川の氏神として祀られてきた。しかし、明治末期に強引に近野神社に合祀され、更にこの地は昭和30年代から無人になったが、近年土地の出身者らによって小社殿が再建された。ここは参詣道の要地で院政期には上皇や貴族もしばしば宿泊や休憩をし、谷川でみそぎをおこなったとのことです。ト
イレがありました。→湯川王子跡(9:55)→ここからだんだんと急になっていきます。20分ほどひたすら登ると峠に出ました。峠には舗装された林道があり明るい日差しに包まれていました。休憩所、トイレ完備で何組かのハイカーが休息していました。→三越峠(10:15)→峠からは下り道です。杉林の小道、石畳の道となります。そして途中
からは音無川沿いの平坦な道を進んでいきます。約1時間ほどで船玉神社がありました。その少し手前には熊野古道の赤城越えという道が右に分かれており、川に架かっている赤い橋を越えていくことになり、今晩の宿がある湯の峰温泉に続く道です。船玉神社では、船の神様をお祀りしてあります。また、右側には玉姫稲荷が祀られて
ありました→船玉神社(11:06)→途中で1人の若い女性がIさんに何かを尋ねていました。ペットボトルとバッグの軽装の女性で本宮から登ってきており赤城越えの道で湯の峰温泉に行きたいとのこと。地図を示して自分の位置とルートを教えました。大丈夫なのかな1人で歩いてと思いましたのですが、元気ですね。猪鼻王子は、平安時
代末期の藤原宗忠の参詣記『中右記』には「三輿の多介(みこしのたけ:三越峠)を越え、次いで谷を下り、谷川を渡ること数度。亥の鼻(いのはな:猪鼻)を過ぎ、ついで発心門に入る」とあり、鎌倉時代初期の『修明門院御幸記』には「湯川王子に参御し、次いで猪鼻王子、次いで発心門王子において御禊あり」とあるとのことです。しかし
熊野詣が廃れると、この王子も跡地のみとなっていました。
→猪鼻王子(11:16)→やや上り坂の感じで進んでいきます。そして舗装道路に出たところが発心門王子です。バ
ス停もあり何となく本宮に着いた感じになります。この王子は、熊野九十九王子のうち、格別の崇敬を受けた王子の五体王子のひとつです。発心とは発菩提心(はつぼだいしん)、「仏道に入り、仏智を証する志をおこす」という意味の言葉です。中世には、この近くに「発心門」と呼ばれた大鳥居がありました。この大鳥居「発心門」が本宮
の聖域の入り口であり、参詣者はこの大鳥居の前で祓いをして、その後、鳥居をくぐり、発心門王子に参ったとのことです。→発心門王子(11:30)→ここからは集落の中などを歩いていきます。ほとんど舗装道路なので所々の標識を確認しながら進みます。この王子は、中世には大門王子(中辺路町高原)付近に「水飲」があったので、そ
れと区別するために「内水飲」と呼ばれてました。おそらくは「発心門の内の水飲」という意味だと思われます。近世以降は「水呑」と呼ばれるようになりました。平安時代末期の藤原宗忠の参詣記『中右記』には「次に内水呑王子に参り奉幣、新王子」とあり、鎌倉時代初期の『修明門院熊野御幸記』には「次に内水呑王子において御小養
を儲け、次いで同王子に参御」とあります。しかし熊野詣が廃れると跡地のみとなり、王子跡を後世に伝えるために1723年に紀州藩主徳川宗直が緑泥片岩の碑を寄進しました。後に小学校の分校が建てられ、分校は昭和48年廃校になりました。廃校なのですが、建物は綺麗に管理されていて屋根付きの広場みたいなスペースがあり
ました。ここで昼食をしました。昼食は宿で作っていただいた、竹皮でくるんだおにぎり2個とめはり寿司1個とタクアンです。めはり寿司は南紀・熊野地方の山仕事や農作業で食べる弁当としてはじまったようでおにぎりを高菜で包みこんで作られています。仕事の合間に簡便に食事を済ますため目を見張るほどの大きさだったといわれて
います。その名称は、目を見張るほどおいしいとのことで、大変美味でした。→水呑王子(12:07)→途中は集落の中も歩き、果無山脈が見えるポイントがあり三里富士という左右対称の綺麗な形の山が望めます。本宮大社まであと1時間ほどというところまで来た伏拝(ふしおがみ)という場所に伏拝王子があり、ここから本宮方面に展望
が開きます。ここは中辺路を歩いてきた人が初めて熊野本宮の森(旧社地)を遠望できた場所で、ここから本宮の森を伏し拝んだといわれます。伏拝王子には石祠と和泉式部供養塔と伝わる卒塔婆があります。もともとはそれぞれに別の場所にあったものですが、昭和48年置かれました。ここの休憩所には農協婦人部がコーヒーを入れて
くれていたので休もうかなと思っていたのですが、Iさんはどんどん自分のペースで先に行ってしまっていたので断念。過ぎようとしていたところ若い男女のペアになにやら詳しく当地の説明をしている男性が居たので、我々も一緒に傍聴することに。少し場所を移動してあそこのところが本宮で、その先の塔が見えるのが那智本宮で一直線
であると。その直線の逆方向に高野山といった説明をしていただきました。そして手前の茶畑はご主人の畑であるとか、NHKの朝の連続ドラマ「ほんまもん」のロケ地であったとかの仔細を教えて貰いました。そのロケ舞台の家の右手小高い丘から見る景色は良いとも教えて貰いちょっとだけ寄り道して見ました。でもIさんは1人でどんど
ん進んでいるので少し心配です。→伏拝王子(12:52)→急ぎIさんを追いかけます。道はもう広くなっています。途中で中年の女性数人のグループが登ってきており、その中の1人の女性が「先ほど、短パンをはいた男性から伝言を言付かった。二人組の男性に会ったら、先で待っていると伝えて欲しい」とのことでした。途中、Iさんはいろん
なグループから短パンのおじさんで有名になりつつあり、人見知りしないタイプで良い性格です。程なく、祓所王子の手前に休憩所と飲み物を売っているおばさんの所に彼は居て我々と合流です。たまたま居た男の外人さんに彼は気安くカタカナ英語でしゃべっていました。なんだか一方通行のようでしたが。前で、ボランティアのおじさ
んが、我々一行にインタビューです。熊野古道を歩いての感想で何処か改善すべき点はあるかと。標識が多く分かりやすいが、要望として本宮まであと何キロとかの紹介があったらいいかも知れないと伝えました。→祓所王子(13:44)→この王子の直ぐ近くに大社の北口の鳥居があります。着きました。昨日の滝尻王子から約12時間か
かりました。感動です!!→熊野本宮大社鳥居(13:53)→神門をくぐると、檜皮葺きの古色蒼然とした社殿が向かって左から第一殿・第二殿の相殿(あいどの)、第三殿、第四殿と3棟並んでいます。神門の先、中央にあるのが第三殿で本社です。主神の家都美御子大神(けつみみこのおおかみ。家都御子大神(けつみこのおおかみ)と
もいいます)を祀っています。家都美御子大神という名はのちに付けられたもので、平安初期には熊野坐神(くまのにいますかみ)と呼ばれていました。第一殿・第二殿は相殿のため、第三殿や第四殿より大きく、本社のように見えるかもしれませんが、中央の第三殿が主神を祀っています。第一殿を「西御前(にしのごぜん)」といい、熊野
牟須美神(くまのむすみのかみ)と事解之男神(ことさかのおのかみ)を祀っています。第二殿を「中御前(なかのごぜん)」といい、御子速玉之神(みこはやたまのかみ)と伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」を祀っています。家都美御子神・牟須美神・速玉之神の3神を本宮・新宮・那智の熊野三山は共通に祀っていますが、それぞれの主神は
異なっており、熊野牟須美神は那智の主神で、御子速玉之神は速玉の主神です。向かって右の第四殿は「若宮(わかみや)」といい、天照大神を祀っています。→熊野本宮大社(13:56)→詣でた後に、石段を下りて、大斎原に向かいます。そこは熊野本宮大社がもともとあった場所で、大斎原(おおゆのはら)と呼ばれ、現在は2基の石
祠が祀られているのみですが、左手が堤防で田んぼが広がるとても気持ちのよい場所です。本宮大社前のバス停から5分くらいで、旧社地近くに日本一の大鳥居(高さ33.9m、横42m)が建てられています。なお、明治22年8月の水害時まで熊野本宮大社は熊野川・音無川・岩田川の3つの川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)」と
呼ばれる中洲にありました。
かつての本宮大社は、およそ1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿が立ち並び、幾棟もの摂末社もあり、楼門がそびえ、神楽殿や能舞台、文庫、宝蔵、社務所、神馬舎などもあり、現在の8倍もの規模を誇っていたそうで
す。→大斎原の大鳥居(14:19)→この大鳥居を見た後、連れの2人は今日帰宅するので、バス停に行きました。1時間弱待ち時間があり、私は名残を惜しんだ後、1人で今日の宿がある湯の峰温泉を目指します。途中の酒屋で今晩のアルコールを補充します。ここから大日越ルートで約一時間半くらいで着く計算なのですが、知らない道
を1人となるとやや緊張です。もし道間違えたら夜になって真っ暗ですので慎重に登り口を探します。やや途惑いつつも、登り口を発見し、プレートを念入りに確認です。私の前に2人の老夫婦が登っていったのを確認していたので少し安心しつつ確認で。そしたら後ろから女性が1人でまた登っていきました。→大日越登り口(15:12)→地
図ではそれほどの登りではないと思ったのですが、昨日からの疲労も手伝い大変な登り道です。汗が噴き出してきます。こんな登りは今日はあまり体験していなかったのでつらい感じです。途中で道は杉林の中に横木や石で階段が造られており趣のある古道です。老夫婦を追い越しますが、山の中は結構暗くなっています。20分ほどで
神社らしきところに出ました。少し平たいところがあり祠があります。案内板は確認できなかったのですが、月見ヶ丘神社です。月見丘神社のお堂の中に大日如来が祀ってあって、大日越の由来だそうです。→月見ヶ丘神社(15:32)→ここからも引き続きの登りです。頂上はまだかとの思いですが、なかなか登りが終わりません。→頂上
を越えて程なく道の右手に大きな岩とその岩に根が絡ままった木がありました。案内板があり、これが鼻欠地蔵とありました。→鼻欠地蔵(15:46)→ここを過ぎると岩の切り通しの道もあったりします。先ほどの女性を抜き、下りに入ります。疲れた足には下りも大変な苦労で体を横にしながらカニのようになって下って行きます。20分位す
ぎて、町の喧噪が少し聞こえてきたので一安心。程なく、温泉街の裏の平地に出ました。そこでは若い男女2人がコーヒーを沸かしていました。声をお互いにかけ、健闘を称え合い、少しおしゃべりをしたのですが、今晩のお宿は同じとのこと、奇遇が続きます。その後に湯峯王子に行きます。この王子は赤いお社を持つ王子で、ここでしば
らく休憩しているとさっきの女性が追いついてきました。この女性とも健闘を称え合いました。→湯峯王子(16:11)→温泉に到着です。有ります、あります、「つぼ湯」、「湯筒」、「東光寺」等々有りました。そしてお宿に着きました。→湯の峰温泉「くらや」(16:24)
編集後記:くらやさんには温泉がありました。つぼ湯と同じで川のそばにあり、硫黄の臭いが大変強いお湯です。脱衣場とお風呂にひとつ照明が有るだけで明るくないのですが、風情のあるお風呂でした。明日は早起きして公衆浴場の温泉と湯筒でゆで卵作りを楽しむこととしました。今日の晩御飯は、鮎の塩焼き、鹿の刺身等々でした。
ビール1本とともにお腹にしみる一日の締めくくりでした。部屋は小さいのですが1人部屋なので、とても気が休まり窓を開けると川と温泉街が一望でき風情がありました。
.
紀伊田辺駅(9:58)→紀伊田辺駅(11:15)→滝尻王子(12:10)胎内くぐり(12:27)→不寝王子(12:33)→剣ノ山経塚跡(12:53)→展望台(13:06)→高原熊野神社(14:01)→高原霧の里休憩所(14:15)→庚申さん(14:31)→一里塚跡(14:40)高原池(14:53)→大門王子(15:00)→十丈王子 (15:31)→小判地蔵(15:38)→悪四郎屋敷跡(15:42)→上多和茶屋跡 (16:11)→大坂本王子 (16:45)→道の駅 熊野古道中辺路(牛馬童子ふれあいパーキング)→一里塚跡(17:12)→牛馬童子像(17:16)→近露の里(17:39)→宿「なかの」(18:00)
<<詳細>>
紀伊田辺駅(9:58)→新大阪駅を8:32発のくろしお3号に乗って130分でJR紀伊田辺駅に10:43に到着しました。既に1時間前に来ていたIさんとTさんと駅で落ち合うことができました。お二人は既に11:25発の竜神バスの件を購入していたのですが、払い戻しをして10分早いJRのバスに3人で乗りました。→紀伊田辺駅(バス11:15発)
→車中は結構空いていて登山客らしき人たちが我々含めて5、6人程度でした。我々が今日の宿「なかの」の話をしていると、後ろの座席の人が話しかけてきて、自分も同じ宿に今晩は泊まるのだと。へぇ、世の中狭いなと感じて。車窓からはだんだんと山の景色が濃くなってきて登っていきます。富田川沿いの国道311号線を走りどん
どんと高度を稼いで熊野古道の入口らしき感じがしてくるようです。約40分ほどで滝尻王子のバス停に到着しました。このバス停を降りて、国道の反対に横断しそこに架かっている橋をまたいだところが滝尻王子です。→滝尻王子(12:10)→滝尻王子には土産店があり、同行者のIさんは笠を、Tさんは竹の杖を購入しいよいよスタートで
す。なお、ここ滝尻王子は、「熊野九十九王子のうちで最も重要視された王子の一つで、社格の高い五体王子であった。川の合流点にあたり、古道は背後の剣ノ山へ登るが、ここが熊野の霊域の入り口とされていた。参詣者は川でみそぎをし、社前で経供養や里神楽が行われ、後鳥羽上皇は和歌会を開いた。正治2年(1200年)の際
の熊野懐紙11葉は分散して現存する。神宝の黒漆小太刀は国指定の重要文化財」とのことです。→結構、きつい登りです。道は狭く石畳のような所があり早朝は雨が降っていたので滑りやすくなっており注意して登ります。10分も歩いて後ろを振り返るとバス停の道が眼下に垣間見え、一挙に高度が上がったことが確認でき、汗が吹
き出してきます。途中に胎内くぐりの案内標識が出ていたので、確認します。ここは大きな岩が有り、隙間があります。この隙間を這うようにくぐりぬけると安産祈願になるそうで、狭いのでデイパックを背から外して体前に持ち直して隙間に入りどこまで行けるか試したのですが、とても私の体は通り抜けられないことが分かり途中で引き返
しました。直ぐ先に出口は見えるのですが、小柄でないと抜けることはできないと思います。
胎内くぐり(12:27)→次に直ぐに乳岩があります。この岩からしたたり落ちる乳で生まれたばかりの子どもを守ったという伝説が残る岩です。そして不寝王子があります。ここ不寝王子は、「滝尻王子から背後の剣ノ山の坂道を
400メートルほど登ったところに、不寝(ネズ)王子の跡だとされる場所がある。秀衡伝説で知られる乳岩の少し上方にあたる。不寝王子の名称は古い記録に見えず、九十九王子のうちに入ることもないが、元禄年間の「紀南郷導記」に、ネジ王子という小社の跡があると記されている。」とのことです。→不寝王子(12:33)→ここから20分ほ
どは登りの続きです。イントロから結構しんどいのですが、まだスタートしたばっかりなのでパワーもあり登ります。木立の中で少し平らなところがあり、石が積まれていた所があり案内板を見ると剣ノ山経塚跡とのことです。→剣ノ山経塚跡(12:53)→剣の山経塚跡からは平坦な道になり、道が太く日差しが当たって快適です。13分で展望台
に到着です。→展望台(13:06)→青空の下に山並みが一望に見渡せとてもすがすがしい気持ちで一杯になります。眼下には川沿いに集落や小学校?か何かのグランドも確認できて名前の通り展望台です。この後は階段の下りや石畳の下り道です。そして15分ほどで高原への車道に出て、また、すぐ標識が出ている向かいの古道に
渡ります。途中から急な木の階段の上り坂があり登っていくと、集落に出てきます。
民家などがあり、木工を製造しているお店とかもあり無人で陳列しているので少しだけ寄ってきました。自然の木の形を利用して、メガネ立てやペンケース、花瓶などが値段付けられて並んでいました。どれも良いものです。ここ
からは高原熊野神社まではゆるやかな下りです。車道に標識があり、右手の道を少し歩いていくと、高原熊野神社に到着です。幟が2つ飾ってあり風になびいて勇壮です。ここ高原熊野神社は、「高原地区の氏神で、高原王子と言われることもあった。神社に伝わる懸仏(かけぼとけ)の裏面には、応永10年(1403)と明記して、若王子
(にゃくおうじ)を熊野から歓請したことがしるされている。社殿は春日造りで、室町時代の様式を伝え、熊野街道では最も古い神社建造物である(県指定文化財)。境内にはクスノキの大木がある」とのことです。→高原熊野神社(14:01)→ここで休憩+参拝です。このあと少しくだったところに、
高原霧の里休憩所があります。→高原霧の里休憩所(14:15)→ここには駐車場と休憩所があり、特に駐車場の前面からは目の前を遮るものは何もなく山々が一望できます。
ここから見る山々は果無山脈であり、山の向こうに山山山と字のごとく果無です。この高原は「霧の里」とも呼ば
れ、特に早朝は霧が美しいそうです。今回は午後2時ですが、晴れて視界が良くとてもすばらしいパノラマが開けます。眼下にはちょうど稲刈りが終わったばかりで、稲穂が「はざがけ」になっており、コスモスも今が盛りと色を競っていました。ここで3人は昼食です。朝買ったおにぎりとかをほおばり、私は早朝に家族が作ってくれたおにぎ
り2個を食べました。当初のスケジュールと比較すると40分くらい遅れているのに気づきました。このままでは近露の宿には6時過ぎとなって夜道となる可能性があったので、タイムアップを図ることにしました。→このあとは標識に従っていき、民家の間を登っていきますが、とても勾配が急な石畳などがあります。途中の民家はとても小綺
麗に管理されており、芝生が敷き詰められ庭からは山々が一望です。しばらく行くと、庚申さんを納めた祠があります。→庚申さん(14:31)→10分ほどで一里塚跡があり休憩スペースがこしらえてあります。→一里塚跡(14:40)→しばらく行くと道の右側に高原池があります→高原池(14:53)→次に、階段の上り坂などがあり、大門王子に出
会います。赤い木の祠が柵に囲まれており綺麗に整備されています。大門王子は、「山中の要地で、大きな鳥居があったとみられるし、いまも新社殿の奥に、大門王子の碑と並んで、鎌倉時代のものとされる石造の笠塔婆がある。平安時代からの休息地「水飲」もこの付近であった。ただ、大門王子の名は古い参詣記などには見えず、
設置の新しい王子であり、一方、江戸中期にはすでに社がなく、緑泥片岩の碑が建てられた。」とのことである。→大門王子(15:00)→引き続き、登りと下りと登りが続きまして、十丈王子があります。十丈王子は、十丈峠の杉林のなかの道の左にあり、石碑と石塚の王子跡があります。ここは、「江戸時代には付近に数戸の家があり、
氏神として祀られていたが、明治末期の神社合祀で廃社になった。いまは十丈は無人の山中になっている。ここの地名は中右記に重點とあり、後鳥羽院御幸記など中世の参詣記でも、王子名がやはり重點となっている。これが近世以降は十丈とかわるが、そのいきさつは分からない。」とされている。十丈王子 (15:31)→地蔵さんがあり
ます。掲示板には嘉永7年7月18日に飢えと疲労のために小判をくわえて亡くなった巡礼を弔ってまつられたものとされています。豊後国有馬郡の人で、伊勢、熊野詣を済ませ紀三井寺に向かう途中で亡なり、その死を哀れんでこの地の愛洲氏が主になって地蔵を建てたと掲示板に記されていました。→小判地蔵(15:38)→地蔵を過ぎると悪四郎屋敷跡の標識があります。悪四郎は伝説上の人物で、力が強く、頓智にたけていたといわれる。悪四郎
の「悪」は、悪者のことではなく、勇猛で強いという意味である。江戸時代の「熊野道中記」の一書に十丈の項に「昔十丈四郎と云者住みし処なり」とあり、それがここだと見られているとのことです。右手の背後の山が悪四郎山(782m)で、標識がありここから約三十分とのことで、山頂に行きたかったのですが、往復の所要時間を考えると、宿に着く前に山の中で暗くなってしまうので断念しました。→悪四郎屋敷跡(15:42)→この跡は少し下り坂で、道は広く歩きやすいです。その後つづら折れの急な上り坂となり、上多和茶屋跡に出ます。標識には、「この山上は上田和と呼び標高六百余。熊野詣の盛んな頃はここに茶屋もあったといわれ大正期にも人家があって林中には三界万霊塔やお墓もある。またこの山上には霜月二十三日の夜になれば、東方はるかに三体の月が現れるとて、ここにあったしめ掛け松のもとに大勢集まり栗や黍の餅を供え、心経をくり月の出を待ったという。三体月は熊野権現垂迹の伝承の中にも見られる。→上多和茶屋跡 (16:11)→この後は下りとなり、途中、三体月伝説説明板があります。説明板には、今は昔、熊野三山を巡って野中近露の里に姿を見せた一人の修験者が、里人に「わしは十一月二十三日の月の出たとき、高尾山の頂きで神変不可思議の法力を得た。村の衆も毎年その日時に高尾山に登って月の出を拝むがよい。月は三体現れる。」 半信半疑で村の庄屋を中心に若衆連が、陰暦十一月二十三日の夜 高尾山に登って、月の出を待った。やがて、時刻は到来、東伊勢路の方から一体の月が顔をのぞかせ、アッというまにその左右に二体の月が出た。三体月の伝説は上多和、悪四郎山槇山にもある、とのことです。林道交差点を過ぎ、坂尻の谷(石屑の坂道)があり、ここは幅の狭い下り坂で足下が濡れていると滑りやすいところです。大坂本王子です。この王子は、逢坂峠の東側のふもと坂尻の谷のそばに王子跡があり、いまは杉林の中です。明治以降峠の坂道が少し変わったため、峠からは多少回り道になった。王子跡には石造の笠塔婆がみられる。後鳥羽院御幸記に、大坂本王子に参るとある。逢坂峠は古くは大坂といわれ、為房喞の永保元年(1081)の参詣記では、深夜大坂の草庵で猿の鳴き声を聞いているとされている。→大坂本王子 (16:45)→この後は道の駅の牛馬童子ふれあいパーキングを右眼下に見下ろして進みます。→一里塚跡(17:12)→木立の中にはいると、そろそろ光が弱くなっているので周りが暗くなってきた感じです。そしたら、箸折(はしおり)峠の牛馬童子の像と出会いました。少し小高くなっているところで道から数㍍
登ります。案内板には、箸折峠のこの丘は、花山(かざん)法王が御経を埋めた処と伝えられ、またお食事の際カヤの軸を折って箸にしたので、ここが箸折峠、カヤの軸の赤い部分に露がつたうのを見て、「これは血か露か」と尋ねられたので、この土地が近露という地名になったという。ここの宝筺印塔は鎌倉時代のものと推定され、県指定の文化財である。石仏の牛馬童子は、花山法王の旅姿だというようなことも言われ、その珍しいかたちと可憐な顔立ちで、近年有名になった。そばの石仏は役ノ行者像であると、記されています。→牛馬童子像(17:16)→数分歩くと休憩所がありました。視界が開けて眼下に近露の集落が一望できます。日置川が左から右に流れていて川向こうに人家が確認できます。あともう少しで宿に着くことが実感でき一安心。山の中で暗くなったら大変だと内心心配していたのですがやれやれでした。車道に出ました。→近露の里(17:39)→さてここから宿への道が今ひとつ分かりません。近露の里は川向こうなので北野橋を渡ればいいのですが、今日の民宿「なかの」は川を渡らず南下するとの地図情報なのでひたすら車道を歩きます。国道311線を渡ったところの集落にお宿はありました。→宿「なかの」(18:00)→晩御飯は、囲炉裏で焼いていた鮎の塩焼き、アマゴの唐揚げ、刺身等でした。
大倉(秦野戸川公園)(9:19)→観音茶屋(9:45)→見晴茶屋(10:04)→駒止茶屋(10:39)→堀山の家(10:59)→天神尾根分岐(11:19)→花立山荘(11:49)→金冷シ(12:12)→塔ノ岳(12:33)→金冷シ(13:17)→二俣分岐(13:39)→鍋割山(14:14)→後沢乗越(15:05)→二俣(15:26)→大倉(16:50)
<<詳細>>
大倉(秦野戸川公園)(9:19)今日の天気は午前は晴れて午後からは曇りというのですが、結構気温は高いので、家から持参したペットボトルは3本でしたが、ちょっと不安になり1本をどんぐりハウスで購入し、トータル4本持って出発しました。土曜日なので多くの人が大倉のバス停で降りて登り始めます。2割くらいが鍋割山方面を目指しているようで、
残りの多くは大倉尾根を登って塔ノ岳を目指します。九ヶ月ぶりの山登りなのでやや緊張です。頂上まで登ることができるのかやや心配です。なかなか観音茶屋まできません。こんなに遠かったかなとブツブツと思いながらやっと観音茶屋がありました。店の女性の方に挨拶をして登っていきます。→観音茶屋(9:45)→日差しは少し出てい
るのですが木立の中を歩くのでほとんど日差しを受けることはなく帽子の防暑用布を使わずに済んでいます。→見晴茶屋(10:04)→ここから結構岩がごろごろしてくる感じの登りが急な道になります。汗が結構出てくるのでペットボトルのお茶を少しずつですが頻繁に取るようにしますがしんどいです。ようやく駒止茶屋が見えましたが、今
日も閉まっているようです。開いているところを見たことがありません。→駒止茶屋(10:39)→ここからもひたすら登りです。登りの人がたくさんいるので、追い抜かれたり追いついたりするのであまり飽きはしませんがひたすら登りです。それから途中にボッカをしている人がいました。背中のかごにはなんと缶ビール2ダースの段ボールケ
ースを4箱と2リットルのペットボトル1本を背負っていました。都合35キロくらいになりますかね。一歩一歩踏みしめながら登っていく姿は大変そうです。→堀山の家(10:59)→ここからがまたまた階段状の急な登り道です。木の杭で階段が作られており疲れが溜まってきた足には結構つらい登りです。でもここまでほとんど休憩無しで登って
きています。天神尾根との分岐のところに来ました。少しくぼんでいる場所でありここで大休憩を取りました。5分程度でしたが、体中汗が噴き出していてズボンもびっしょりという感じです。→天神尾根分岐(11:19)→ここからはあと1時間くらいなのでようやく塔ノ岳が近づいて来たという気持ちになりました。花立山荘手前では木立が少なく
なり見晴らしが良くなるのですがあいにく曇りでガスもかかり視界が悪く近隣の尾根も見えません。→花立山荘(11:49)→山荘前のベンチには多くの登山客が休憩していました。やっぱここで休みたくなりますね。しかし、頑張って頂上で休もうと思い登ります。金冷やしです。どうしてこんな名前なのか知りませんが、ここにたどり着くとも
う塔ノ岳の頂上はそこにある感じです。→金冷シ(12:12)→三時間とちょっとで山頂に到着です。いやぁ大変な登りでした。汗びっしょりです。山頂は広くざっと100人以上の人が思い思いに昼食を取っていたり寝ころんでいたりして達成感を味わっています。私は急いで山頂を示す標識を写真に納めて、何処か昼食のために座れる場所を
探します。都合良く西面のところに少し隙間があったのでそこにある横木に座り込んで、朝のコンビニで買った残りのおにぎり2個を食べます。汗の着いたズボンから横木に汗が移りシミができたりで少しずつ乾いていきます。スタート地点で1本をどんぐりハウスで購入し、トータル4本持っていたのが良かったと思いました。→塔ノ岳
(12:33)→13時まで休んで下りがスタートです。まだ時間が十分あると思い、今日は鍋割山を回って大倉まで帰ることにしました。金冷やしのところで西に行くと鍋割山ですが多くの下りに向かう人は鍋割山方面ではなく大倉尾根を下る方向に行きます。人が少なくなるので何となく寂しい感じがするものの鍋割山にゴーです。→金冷シ
(13:17)→前方に2人ほど居るのが確認されました。1人は高齢の人でスピードはありませんが着実に下っています。もう1人は若い人でその人は登りの時にも前後にいた人でした。人気があると万が一の時に助かるので少し安心です。二俣への下りの道に出会いました。昨年はこの道を下りましたが、途中一カ所道を間違えた記憶が
よみがえりました。→二俣分岐(13:39)→鍋割り山荘の裏手に出てきます。いやぁ昨年1年近くぶりの山荘です。名物の鍋焼きうどんでも食べたいのですが、食べたばかりでここで食べると30分以上のタイムロスとなるので帰りが心許なくなるために少し休んで下山を続けます。ここでは30人くらいの人が休んでいます。もう2時過ぎで日
差しが無くじっとしていると寒い感じです。近くに上半身裸で汗を拭いているおなかの大きいおじさん2人がいました。あとは若い男女10人程度のグループとか。→鍋割山(14:14)→小休止をしたあと下っていきます。下りはきれいに清掃された山荘近くの道を下山していきます。結構スピードを出して下山しているつもりでしたが、何時し
か、広報から男の談笑が聞こえてきましてやかましく耳障りなんでスピードを上げて引き離そうとしました。やや離れたのでしばらくは良かったのですが、またそのうちに談笑が聞こえてきて来たので一体誰やと思ってみると先ほどの山頂でおなかを拭いていたメタボのおじさんがいました。こりゃすごいなと思ってまた引き離しにかかります
が、結構つかず離れずに来ます。気になるので先にやり過ごそうと思い、小休止して先に行かせました。足元を見るとサクサクと下りを降りていきます。かなり膝関節の丈夫な人だなと感心。後沢乗越まではひたすら尾根を急激に下っていく道ですので、膝に負担がかかりだしてきました。ストックがあるのでカバーできているのですが、大
変な下りです。そのうちになんだか雨がかすかに降ってきました。木の下は感じないのですが、木陰がとぎれるところでは地面には雨粒のあとが見えます。イヤだなあと思いつつ歩を早めていきます。先方に男女数人のグループを発見しまして、そのグループが左の方へ折れだしたので、そのあたりに近づくとそこは後沢乗越でした。→後
沢乗越(15:05)→乗越あたりでは雨がちになりあたりは少し暗くなってきました。傘を差すほどでもないのでひたすら下山です。二俣に到着する手前に崖の所から清水が滝のように流れ出していたのでその水をすくって顔と手を洗い、水も少し飲んで気分さっぱりです。二俣到着。→二俣(15:26)→ここからは林道に沿って下っていきます。
途中、川が増水していて靴が濡れないように気をつけながら渡るところが2カ所ほどありました。でもこの林道は大変長いのです。以前一度下ってきたことがあるので軽快に下っていくのですが、前後に人気は無く1時間位歩いても何の景色の変化もなく、大丈夫かなと言う一抹の不安が出てきました。確かに大倉方面と書いた標識に従
って下っているので良いとは思うのですが。1人はやはり何となく気になります。何処かでの分岐を見落としていたりとかしているとそこまで戻る時間的余裕はありません。でも何とか以前通った大倉左折の標識があり一安心。でもあと20分係るとの標識案内だったので、まだ20分もあるのかと、ややげんなり。林の小道を10分足らず
歩いて、大倉の集落に出てきて、やっと舗装の道です。やれやれ、バス停に到着です。バスの出発5分前というタイミングでゴール。バスの中で残ったペットボトルのお茶を全部のみ干しました→大倉(16:50)
ヤビツ峠(スタート9:45)→丹沢表尾根の登口(10:02)→二ノ塔(10:57)→三ノ塔(1,205m 11:18)→烏尾山荘が見えてきました。→烏尾山(1,136m)(11:57)→行者ヶ岳山(1,209m)(12:19)→書策小屋(12:50)→新大日茶屋が見えてきました。→新大日(13:12)→木の又小屋が見えてきました。→木の又大日(1,396m)(13:26)→塔ノ岳(1,491m)(13:55)→金冷シ(14:55)→花立山荘(15:09)→堀山の家(15:43)→駒止茶屋(16:00)→見晴茶屋(16:27)→観音茶屋(16:40)→大倉(17:00)
<<詳細>>
ヤビツ峠(スタート9:45)秦野駅からバスで約35分くらいでヤビツ峠に到着。ここから車道を通って登山道を目指します。もっと時間があれば岳ノ台経由で行けば良いのですが、下山の時間が心配なので車道を選択。→丹沢表尾根の登口(10:02)→最初は丸太で作った階段があります。一昨日の雨で道は濡れていているので歩きづらいです。
しばらくすると見晴らしが良くなり道も岩ごつごつの道になりました。途中で振り返ると大山が良く見えましたので、シャッター。二ノ塔は標識がある程度ですが、富士山がよく見えました。でも少し雲がかかり気味で残念です。もう1時間くらい早いときは全く雲はなかったのに。三ノ塔を目指します。
→二ノ塔(10:57)→途中に雪が残っています。だんだん高度があがってくるので雪や氷で滑りはしないかと心配になってきました。三ノ塔は避難小屋や、休憩できるスペースがあり広々としたところです。多くの登山者はここでお昼を食べてUターンというコースが多いいようです。→三ノ塔(1,205m 11:18)→
三ノ塔から下を望むと烏尾山荘が見えてきました。結構急な下りでかつ勾配がきついところがあります。山荘は今日は休業中です。この山頂から太平洋方向を望むと真鶴半島が霞んで見えてきます。→烏尾山(1,136m)(11:57)→行者ヶ岳山(1,209m)(12:19)→ここから下りますが、結構すごく急な下りでかつ岩場です。
ちゃんと新しい丈夫な鎖が付いているので安心ですが、何もないと下るのはしんどそうです。そして少し登って小屋が見えてきます。ここでおにぎりを一つ食べます。そろそろ1時でしたので。テーブルが二つあり、一つは年配のご夫婦が食事中で、もう一つは年配の女性が1人で。→書策小屋(12:50)→
新大日茶屋が見えてきました。緑色のトタン葺きでして、休業中でした。→新大日(13:12)→だんだんと雪が深くなってくる感じです→木の又小屋が見えてきました。綺麗な小屋でして休業中のようでした。→木の又大日(1,396m)(13:26)→ここから高度が更に上がっていき、雪も多くなりますが、道の部分は解けていたりして大丈夫です。
ただし、べとべとでぬかるみ状態でした。→塔ノ岳に到着。ここで富士山を写真に撮り、ラーメンを作って食べることに、ラーメンは熊本ラーメンでして、野菜も入れて栄養バランス考えて。→塔ノ岳(1,491m)(13:55)→40分くらいの休憩したのですが、ちょっと休みすぎ、大倉に着くまでのことを考えると時間が気になりましたので、スピードを上げて歩くことに。
→金冷シ(14:55)→花立山荘は休業でした。→花立山荘(15:09)→いつも堀山の家は営業しており、結構にぎやかな声が中からしていました。もう今晩泊まるのでしょうね。→堀山の家(15:43)→駒止茶屋は休業中でした。→駒止茶屋(16:00)→見晴茶屋は休業中でした。→見晴茶屋(16:27)→観音茶屋はいつも営業中で、里に近いので電気もあり明るく数人が談笑していました。このあたりでかなり暗くなりました。
→観音茶屋(16:40)→何とかライト無しで大倉公園に到着→大倉(17:00)
須磨浦公園駅(スタート5:26)→鉢伏山(248m)(5:44)→旗振山(253m)(5:52)→鉄拐山(234m)→おらが茶屋→高倉台団地→栂尾山(274m)(6:40)→横尾山(312m)→須磨アルプス馬の背(7:13)→東山(253m)→妙法寺(8:05)→高取山(326m)→高取神社(8:43)→雛越駅→菊水山駅(10:15)→菊水山(458.8m)(10:54)→天王吊橋(11:20)→鍋蓋山(486.2m)(11:48)→大竜寺→市ヶ原(12:34)→天狗道(13:18)→摩耶山(14:01)(スタート14:15)→杣谷峠→三国池(14:53)→記念碑台(15:16)→神戸ゴルフ倶楽部(15:26)→凌雲台(15:43)→極楽茶屋跡→一軒茶屋(16:21)→東六甲分岐点(16:35)→船坂峠(17:27)→大平山(17:52)→大谷乗越(18:12)→塩尾寺(19:07)→宝塚(19:50)
<<詳細>>
前日は北区の友人宅にお世話になり、10時過ぎに就寝し、3時に起床しました。早朝にもかかわらず奥様が朝食を作ってくれてそれを食べて、3時半ころに車で須磨浦公園に向かいました。公園前に着くとたくさんタクシーが止まっていて、人も多くなっていました。私は沖縄から
参加の友人と共に4時20分ころにスタート地点から続いている列の最後尾に並びました。一昨年は線路を跨ぐ橋を渡りきった当たりでしたが、今回は山陽電鉄須磨浦公園駅の直ぐ近くあたりでしたのでやっぱりすごいなと感じました。すこしずつ列が前に詰めていって跨線橋あたりで5時になりしばら
くしてから列が動き出し、スタート地点で手続きをして歩き出したのが5時26分。一昨年より11分遅いスタートとなりました。須磨浦公園(スタート5:26)→最初に待ちかまえている石段を列をなして進んで行きますがなかなかハードな石段で一挙に汗が噴出します。まだ、真っ暗なのでヘッドライトは
使いましたが、他の人の明かりもあり道は良く見えました→鉢伏山(248m)(5:44)→鉢伏山で上着を脱ぎます。→旗振山(253m)(5:52)→ここから鉄拐山頂手前の左ハイキングコースを歩きました。→鉄拐山(234m)→おらが茶屋の手前で左のコンクリート道を下りましたが、今年はこの道を選択する
人が少なくおらが茶屋方向に多くの人が行きました。高倉台団地入り口のさつき橋に出ます。→団地にはいるとすぐにボランティアの方が「団地内は静かに歩きましょう」のプラカードを掲げて細心の気遣い。みんなは談笑を止め、ウォーキング。→高倉台団地の端あたりで渋滞となりました。
一昨年よりもだいぶ早い渋滞に遭遇です。10分スタートが遅いとこんな感じかなと思いつつ。でもまあ休みつつ山頂を目指します、→栂尾山(274m)(6:40)→横尾山(312m)→馬の背手前の急勾配の下りで大いに渋滞。順番に鎖等を頼りに下ります。ここにも何名かのボランティアが安全確認。
→須磨アルプス馬の背(7:13)→東山(253m)→東山からコース変更になった下山ルートをたどります。結構急なルートで勾配のきつい道です。ご苦労様。小用をもよおしたので妙法寺にあるトイレの列に並びました。ここで15分は並んでしまい大きなタイムロスです。→妙法寺(8:05)→
妙法寺の交差点でもボランティアが安全横断に目配り。ご苦労様です。そしたら妙法寺小学校の校門がありそこに小学校が臨時トイレを解放してくれていて多くの人が利用していました。個々ならタイムロスはなかったのに残念。高取山は渋滞はそんなに無く自分のペースで登ります。
友人は妙法寺あたりから膝の違和感を感じ始めました。→高取山(326m)→高取神社(8:43)→高取神社下の安井茶屋のところのコース変更ポイントに誘導され丸山町方面に下山。ここでもボランティアさん。ここから菊水山が遠くに見え1時間くらいかけて丸山町、鵯越駅を抜けて菊水の麓に行きます。
ここら辺は市街地なのですが結構勾配がきつく交通量が多いので体力と気を使うところです。友人はだんだん遅れ気味となってきています。→雛越駅→菊水山駅(10:15)→処理場のところで小休止し、二回目のトイレタイム。おなかも空いたのでおにぎり一個を食べてスタート。友人は脚の調子が悪くなり、
先に行くこととし携帯で連絡を取り合うことにしました。菊水山は例によって結構階段部分が多く苦労しますが、何とか山頂に。時間はちょうど10時54分で前回よりも55分遅れ。ここが第一チェックポイントで、印をカードに付けてもらいます。→菊水山(458.8m)(10:54)→
山頂では前回は10分休憩しましたが今回は休まずに鍋蓋山を目指します。→天王吊橋(11:20)→鍋蓋山は階段がないぶん楽な感じで上れます。→鍋蓋山(486.2m)(11:48)→山頂では前回5分休憩しましたが、今回は休まず市が原を目指します。このあたりでそろそろ6時間半経過
→大竜寺→市ヶ原(12:34)→そろそろ7時間半経過→天狗道(13:18)→アップダウンが続きますが、摩耶山まで来れば何とかなると思い頑張って登ります。たぶん他の人たちも同じ思い。今回は直ぐ後ろに大きな男性でウンウンうなりながら登る人がいて、
この人に負けてはなるものかと自分に言い聞かせ少しずつ距離を開けるように歩を早めました。天狗道は岩が多くて大変です。→ついに山頂に。ここは2回目のチェックポイントでテントの所に並びチェック印をゲット。その後はボランティアの方々がサービス
してくださるホットレモンを2杯頂きました。甘いので疲れが一気に吹き飛ぶ思いです。8時間35分経過。→摩耶山(14:01)→ホットレモンをペットボトルに半分入れて頂き、おにぎりを1個食べてスタート。ここでの休憩は10分くらいでした。前回は30分程度休憩。→(スタート14:15)
→そろそろ9時間10分経過→杣谷峠→三国池(14:53)→丁字が辻→記念碑台(15:16)→そろそろ10時間経過→神戸ゴルフ倶楽部(15:26)→前回は郵便局で甘酒が振る舞われていましたが、今年は中止の張り紙がしてあり残念。これも郵政改革の一環?
→凌雲台(15:43)→極楽茶屋跡→一軒茶屋前の公衆トイレで3回目の用足し。だんだん寒くなってきたのでウインドブレーカーを着ました。→一軒茶屋(16:21)→そろそろ11時間経過。分岐点で3回目のチェックポイント。係の人がテントの中で寒そうにしていました。
私はライトの準備をして上着を着込みました。→東六甲分岐点(16:35)→分岐を過ぎて一団の塊のなかで歩いていきます。ここまで来るとみんな寡黙となりひたすら歩き続けます。それから、5時過ぎで山は暗くなり、5時5分にヘッドライトを点灯。明かりが見えて
船坂峠の標識があり懐かしい気持ちとなりました。→船坂峠(17:27)→このあたりはもう真っ暗状態でみんな黙々とひたすら一列になって進みます。渋滞状態のようですがみんな前を見失うまいとすごい早足でお互いがせっつかれるように黙々と歩きます。
→大平山に出たところの車道に例年通りのテントがありライトも点いてました。ここで参加者がしばしの休息をとっていました。そろそろ12時間25分経過。→大平山(17:52)→大谷乗越に出る直前の所はすごい岩場の下りなので、ここではライトが煌々と焚かれていて
今までヘッドライトのか細い明かりに頼っていた状況とは別世界。感謝!!→大谷乗越(18:12)→そろそろ13時間経過。ようやく塩尾寺です。→塩尾寺(19:07)→宝塚(19:50)ゴールでカードを係員さんに渡して、記念の盾と証明書をもらいました。その後は公園の植え込みの横に座って、
今晩の宿を探すために携帯でホテルに電話。でも、神戸市内のホテルに3つ電話するがどこも満室。夜は昨年までよく行っていた「めばえ」で食事をしながらマスターと話そうと思っていたのですが。残念ですが、諦めて宝塚市内のホテルに予約しました。宝塚にあるワシントンホテルを予約しました。
ホテルはゴール地点のすぐ近くで助かりました。途中、駅前に宝塚商工会か観光協会だったと思いますが、ゴールして駅に向かう参加者に無料で甘酒が振る舞われておりました。わたしは疲れ果てていたので寄らずに、ホテルまで歩くのが大変なくらいつかれていました。
ホテルには部屋のお風呂以外に大浴場が併設されており、体が冷えていたので大浴場は大変助かりました。ここにして良かった。風呂から上がり遅い食事出ず午後九時前に宝塚駅の近くの食堂街に行き、定食と生ビールで生き返る。周りを見回すと2人連れの高齢の男女
が登山姿で数組居たり、入ってきたりで、完走のみなさんでした。食べた後、さっきの甘酒を振る舞っているテントに行き、一杯ごちそうになりました。リュックはホテルに置いていましたが、着ている服装は登山姿だったので、「おめでとうございます、どうぞ」と迎えていただきました。
テントにはいすとテーブルがあり、そこで炭酸煎餅を食べながらしばし休憩。
次の日→朝食をとり、そのあと午前中はすぐ近所にある宝塚大歌劇場と手塚治虫記念館に行きました。そして、午後に神戸に行き、三宮で神戸ラーメンを食べて、神戸空港で帰宅
大倉→二俣(10:29)→後沢乗越(11:20)→鍋割山(1272.5m)(12:26)→小丸→金冷シ(14:14)→花立山荘(14:31)→堀山の家→駒止茶屋(15:35)→見晴茶屋→観音茶屋→大倉(16:46)
<<詳細>>
来週に迫った、六甲山縦走イベントの準備のため、今月3回目の練習登山です。今月初めに小丸尾根で一緒に下った男性が鍋割山荘の鍋焼きうどんが名物でありおいしいと言っていたので、早速、鍋割山に行くことにしました。ルートは大倉から林道を1時間くらいかけてのぼります。
大倉→林道は静かで途中には登山訓練所の建物が見えます。→二俣(10:29)→二俣を過ぎると今月初めに小丸尾根から降りてきた道に遭遇しますがそのまま道なりに進みます。林道の脇にブルーシートがかぶせてある所がありここには山荘の水が置いてあり登山者が自分の体力に
応じて水上げをボランティアするシステムです。私も手伝いしようかと思い、のぞき込みましたがあいにく空っぽでした。ここからが山の道らしくなり岩の多い登りです。そして、杉が植林されている斜面を蛇行しながら登ります。うっそうとした林ではなく間伐されており適当に明るいので良い感じです。
一時間弱で尾根に到達です。ここが地図で言う後沢乗越かなと思います。→後沢乗越(11:20)→ここからは尾根を山頂目指して登っていきます。明るい日差しが注ぐ気持ちの良い尾根登りとなりました。紅葉が至るところで見ることができます。やっと一時間くらいで山荘が見えてきます。
頂上付近は綺麗にロープで区画されていたりしています。黄葉している樹がありましたのでシャッタを切りました。→鍋割山(1272.5m)(12:26)→頂上は多くの登山者が休憩していまして、山荘の中に半分くらいの人が入っていきます。私は大きなグループの後に入ったのですがコレが失敗。
山荘内ではご主人と若い男性がひっきりなしの鍋焼きうどんの注文に追われていました。注文の仕方は先ず、入ってご主人がいるカウンター(うどんを出すカウンターも兼務)にノートが置いてあり、名前と注文数を記入します。その順番で鍋焼きうどんが配られていくことになります。
私が記入したときは待っている人の注文欄が5つ程度だったのでそんなに時間がかからないのではと思っていたのですが、順番が進んで私の前の人のグループになっったのですが、このグループは8人でつまりは8杯つくるまでは私まで回ってこず、かれこれ15分のロスタイム。
でも待ったおかげでおなかも十分減りご馳走です。なお、山荘の中は一団高くなった広間で、柱が至る所に立っています。2階があるので。そしてこたつやテーブルが並んでいます。私は誰も座っていないテーブルの一つに座り鍋焼きをほおばりました。具は、なると、かまぼこ、
カボチャの天ぷら、卵、ネギ、椎茸、エノキ、油揚げでしたか。結構なボリュームがあり満足。食事時間を含めて休憩が一時間くらいになっておおいに時間がロス。急いで大倉尾根を目指して下ることにします。→小丸→金冷シ(14:14)→もう2回目の金冷シにたどり着いてここ
からはすたこらさっさ下ります。→花立山荘(14:31)→堀山の家→駒止茶屋(15:35)→見晴茶屋→観音茶屋→大倉に着く頃にはもう薄暗くなっていました。→大倉(16:46)
大倉(秦野戸川公園)(11:13)→観音茶屋(11:38)→見晴茶屋(11:57)→駒止茶屋(12:32)→堀山の家(12:53)→天神尾根分岐(13:18)→大倉(15:05)
9時過ぎに渋沢駅に着いたら結構強い雨でした。それで帰宅しようかなと思いましたが駅構内でしばらく雨宿り。そうしたら小降りになってきたので大丈夫かなと思い、改札を出て、お昼用のおにぎり(イカメンタイとツナ)を購入。そしてバス停に行ったら10時56分の大倉行きバスまで30分くらい時間がありしばらく駅前を散策しバスに乗るが乗客は数名で閑散としていました。
大倉(秦野戸川公園)(11:13)→石畳状態の登りであり、雨上がりには滑りやすいので注意して登ります。観音茶屋のご主人が看板を外に立てかけたりして開店準備をしています。主に下りのお客さんが対象でしょうからこの時間帯から準備なのでしょうか。→観音茶屋(11:38)→5分程度で道が分岐します。
両方とも塔ノ岳方面で15分後には合流します。なお、左側は高原山の家を経由しており見晴らしは良く、右の道はショートカットコースで左の道より数分早く合流する林の中の道です。その後は平坦で幅広の尾根道があり程なくすると見晴茶屋があります。先週の日曜日は盛況でしたのですが、
今日はクローズで、昨日の土曜日は雨で、今日も雨が降っていたので。→見晴茶屋(11:57)→ここからは岩がごろごろしてクイで横木が階段状になっている登り道ですが、なかなかつらい登りです。約30分ほどで次の茶屋の駒止茶屋があります。先週は同じく盛況でしたのですが、ここも今日はクローズです。
→駒止茶屋(12:32)→登って行きしばらくするとフラットになり次に下り道になります。このフラットな当たりを地図で確認すると堀山です。。駒止茶屋から20分でなにやらわいわい人の声が聞こえてきてその声の出所である堀山の家が見えました。結構にぎやかに10人以上がやっているようでした。
→堀山の家(12:53)→この後かなりガスが出てきます。今日はスタートが遅かったのでとても塔ノ岳は目指せずきりの良いところで折り返そうと思ってしましたが、金冷シまでだと時間がかかりすぎ、花立山荘までかなと思っていましたがガスも多いので天神尾根まで行ったら帰ると決心。
→天神尾根分岐(13:18)→天神尾根分岐の横木に腰掛けておにぎりタイム。日が差して、ガスも無くなり良い天気状態。もう少し登ろうかなと思いながらも早く降りてヨドバシカメラに行きたい用事もあり、汗を拭き、何組かの下山者を見送り下山する。→途中、後方のパーティが結構喧しくて嫌気がさしたので、
スピードを速めて距離を保っていく。せっかくの山の中なのに井戸端会議みたいな会話とげらげら声を聞くのは閉口です。堀山の山頂に行ってみようと思い探します。そうすれば後ろの喧噪組を先に行って貰うこともできるので。13:57に山頂らしきところに行きますが特に印はなく、
下山道に戻ります。このあたりからすごいガスが発生し、前方の人が霞んできます。ひたすら下山し大倉に到着し、沿道に無人の野菜直売があったので、サツマイモ2袋200円をゲット。→大倉(15:05)
大倉(秦野戸川公園)(9:20)→観音茶屋(9:46)→大倉高原山の家(10:05)→駒止茶屋(10:45)→堀山の家(11:10)→花立山荘(11:50)→金冷シ(12:15)→塔ノ岳(12:35)→金冷シ(13:20)→二俣への分岐(13:50)→二俣(15:20)→大倉(16:35)
《詳細》
出(7:09)→大倉(秦野戸川公園)(9:20)→小田急渋沢駅北口からの大倉・県立戸川公園行きの8時55分発のバスに乗り、15分ほどで大倉バス停下車。きれいな売店やトイレがあり準備を整え、車道を5分程度登る。車道の右に登山口と書かれた標識がありました。何人かの人たちが先に登っていました。
道は広く、石が敷かれており登山靴にはちょっときつい道の感じです。途中左手に観音茶屋がありました。→観音茶屋(9:46)→観音茶屋の写真を撮っていたらデジカメの電池が無くなっていることに気付き、ここからは節約してシャッターを押すことにしました。しばらく行くと道が二手に分かれており、どちらもまた合流して塔ノ岳の道となるようなので、行程の長い左側の道を選択。10分ほど歩くと山の家に到着。ここにはベンチがあり何人かが休息中です。また、清水を引いておりきれいながらスコップに流れているのを見て、一杯飲ませていただきました。飲んだあとに、左側の軒下に20円と書かれており、エッと思ったのですが、タイミングを失して今回は出さずじまい。次回にします。
→大倉高原山の家(10:05)→5分ほど勾配があまりない道を歩き、さっき分かれた道がまた合流です。ここから広い道を少しずつ登っていきます。分岐から30分ほどで駒止茶屋に到着。きれいな茶屋で展望も開けておりベンチをおいたテラスがあり、たくさんの登山客が休憩中。どうも無料休憩と幟が出ていたこともあり多かったのかも知れません。私はまだ元気だったので休まず通過。→駒止茶屋(10:45)→堀山の家までは緩やかな勾配の道でした。→堀山の家(11:10)→ここからは結構勾配があり、一歩一歩重力に逆らいつつ登りますがなかなかきつい幟です。
花立山荘の手前は見晴らしが良いところを登っていきますが山荘のあるところは大きなテラス状になっていて見晴らしがすごく良く、大きく綺麗な山荘があります。屋根はブルーで新しい感じでした。→花立山荘(11:50)→鍋割山への分岐である金冷シまでは勾配はそんなにはきつくありませんでした。→金冷シ(12:15)→塔ノ岳山頂を目指します。結構登山者は多く家族連れもいます。途中は木の階段があったりして良く整備されていますが、登りが20分ほど続くので辛抱です。頂上は結構広く、
北側に尊仏山荘、南側に日ノ出山荘があります。尊仏山荘が営業しており二階建ての立派な山荘です。有料トイレも整備しています。一報の日ノ出山荘はトタン板の壁と屋根でできており無人の小屋です。鹿が入るので入口は閉鎖していますが、避難小屋として使えるとのことです。山頂は枕木みたいな木が階段状に置いてありそれをベンチ代わりに座ったり寝ころんだり。ここでおにぎりを2個食べました。→塔ノ岳(12:35)→20分ほど山頂で休憩したあと、鍋割山方面に引き返します。
→金冷シ(13:20)→なだらかなアップダウンがあり、二俣方面への分岐に出ます。尾根をそのまま行けば鍋割山なのですが下山に時間がかかるので、今回は行かずに小丸尾根の道で二俣に下ります。→二俣への分岐(13:50)→分岐からは大倉尾根とかがよく見渡せる展望の良い場所がありました。そこでしばらく眺めていると若い男性が来たので、声をかけたところ、その人は、鍋割山を登って、金冷シまで言ったとの話でした。この小丸尾根を下るのだろうと思い少々安心。
小丸尾根からの下りは、結構急な下りで右に左に巻きながら下っていきます。大倉尾根の道と違って細い道ですが、踏み跡はしっかりしているので道の確認は容易です。途中振り返ると先ほどの男性も下ってきていました。登りの時に通った花立山荘が西の臨め綺麗な青屋根が太陽に映えています。小石の多い下りなので気を遣いながら歩き、
途中40分ほどしたところからは杉林の中になります。5人くらいの集団が休んでいたので追い越しながら、下りはしんどいですねと言い、挨拶。それからしばらく林の中を歩いていると、目の前に二つの尾根が現れどちらにも道が付いています。地図でみると東にある勘七ノ沢沿いに尾根道を下ればいいと思っているので、沢の方にある左側の尾根かなと思い、後続の判断を期待。そうしたら、
分岐で会った男性が追いついて来たので彼にどっちに行きましょうかと尋ねたら、私と同じ考え。それで、左の尾根を下りました。でも数分程度下ったところで道が消えており、こりゃ先ずいわいと思い引き返す。後続のグループが続いていないこともあり、さっき考え込んでいたところまで戻ろうとしていると、案の定後続グループが右側の尾根を歩いていくのが見えました。やはり1人だと山は心配ですが複数だと心強いです。
二俣に到着。ここからは林道づたいに大倉方面を目指します。→二俣(15:20)→結構長い距離を林道を歩きます。途中、さっきのグループが休憩しているところに出くわし、道を間違えたことについて話して分かれました。その後はイヤになるほど歩かねばならず大倉のバス停に到着→大倉(16:35)
湯河原駅(9:10)→城願寺(9:17)→城山山頂563m(10:32)→車道へ(11:10)→しとどの窟(11:41)→幕山登山口(12:46)→幕山山頂625m(13:41)→自鑑水(14:03)→南郷山山頂610m(14:35)→五郎神社(16:05)→鍛冶屋バス停(16:08)
《詳細》
湯河原駅(9:10)→湯河原駅から真鶴駅方向に少し行き、線路の下をくぐって城山を目指します。途中に城願寺があり寄ります。城願寺は土肥(どい)一族の墓ともいわれる五層塔、宝筺印塔、七騎堂等がある。そして、大きなビャクシンの古木があり神奈川名木百選の一つとのことです。
源頼朝手植えの伝説もあり、樹齢800年を越えるとのこと。→城願寺(9:17)→ここからはミカン畑や集落が点在しておりコンクリートの登り道が山頂の10分手前くらいまで続きます。結構きつい登りです。見晴らしの良いポイントが所々にあり、だんだんと高くなるにつれて真鶴半島が小さくなってきます。コンクリート道を外れて山道となり途中あじさいの郷というピクニックエリアを過ぎると山頂にたどり着けます。
→城山山頂563m(10:32)→山頂には土肥城跡と書かれた大きな石碑があります。ここから真鶴半島の美しい海岸線を見渡すことができます。小休止して、しとどの窟方面を目指します。途中で椿ラインの車道に出ます。→車道へ(11:10)→トイレの下にヘアピン状態で位置している舗装道路があり、途中、トンネルをくぐった後、右手に下り道の参道があるので15分ほど下るとしとどの窟(いわや)がある。
→しとどの窟(11:41)→この窟は石橋山の戦いに破れた源頼朝がこの岩窟にのがれたといわれ、中には20体余の仏像が安置されている。→ここから一の瀬橋に出て、そして幕山公園に下ります。途中に梅林の入口でもある登山口がありここから登ります。
→幕山登山口(12:46)→幕山は垂直に切り立った岩場が数カ所あり、いずれの所にもロッククライミングを楽しんでいるグループが色とりどりの服装とヘルメットで岩場に張り付いて居ました。山頂までは、地図と違って道は蛇行して造られており広いので家族でも楽しめる道だと思います。山頂へは1時間弱でたどり着き、数名の先客が休んでいました。
→幕山山頂625m(13:41)→なだらかな下りを楽しみ、途中がけっぽいところもありましたが、白銀林道に出ます。林道伝いに南郷山へ行けるのですが、自鑑水というポイントに行くことにして、林道脇から北東へ標識にしたがって山には入ります。程なく、自鑑水があります。
→自鑑水(14:03)→標識には「自害水」の名前もあり、源頼朝が石橋山合戦で敗れ、敗走中に、喉を潤し、水鏡で乱れた髪を結い直すと平家を破り天下を取った姿が映り自害を思い留まり、強く気を持ち直したという頼朝再興の礎として伝えられている。水溜まりはありませんが、大きな窪地になっています。
自鑑水を過ぎ、また林道に出ます。林道を少し歩くと左手に南郷山との標識があり、山を登ります。草深い急登坂の道でしばらく登って平らになったところを右にいくと山頂です。→南郷山山頂610m(14:35)→山頂は見晴らしが良く真鶴半島が一望できます。時間が無いので下り、途中林道を出て少し歩いたあと、湯河原カントリ倶楽部の脇の道をひたすら下ります。
何とか住宅が出てくる当たりで子供連れの女性が簡単な観光マップを差し出しつつ、南郷山への登り方を聞かれた。これは危険だなと思い、手に持っているすべての地図を駆使して説明。ついでにその地図すべてをプレゼント。女性からは感謝をされました。途中で、その女性とご主人、
子供さんが乗ったワンボックスが私の脇で停車し、湯河原駅まで乗りませんかと誘われたのですが、汗が出ていて迷惑だろうと思い辞退。本当は乗れば楽ちんだったのですが。そして五郎神社にお参りしてゴールでした。→五郎神社(16:05)→鍛冶屋バス停(16:08)
→バスで湯河原駅に。駅の近所の中華料理店でラーメンを食べ、店員さんから干物のおいしい店を聞いてから、教えて貰った中華料理屋の近くの干物店でカマスとホウボウの干物をおみやげとして買いました。
氷取沢バス停(13:35)→氷取沢神社(13:43)→団地奥の上り階段(14:00)→円海山(153.3m)(14:18)→いっしんどう広場(14:22)→瀬上池(15:03)→おおやと広場(15:40)→ののはな館手前の道(16:14)→釜利谷(17:49)
《詳細》
氷取沢バス停(13:35)バス停の左に神社があるのでそこでお参りです。→氷取沢神社(13:43)→団地の中に入りまま素。何となく一番奥にのぼりかいだんがありここだとおもったらやっぱりそうでした。→団地奥の上り階段(14:00)→途中にふじづか休憩所なんかがありまして、ひろい大きな道です。→しばらくすると平坦でこれ以上は高いところが無くなってしまったので、すこしうろうろして頂上の目印を探す。そうしたら、フェンスに円海山頂上と書いてありました。→円海山(153.3m)(14:18)→ここからちょっといったところからが瀬上市民の森というエリアです。→いっしんどう広場(14:22)→池の下広場というところに行きますと、池がありました。→瀬上池(15:03)→氷取沢市民の森に入り、途中に大きな野原があります。周りを見渡すと山藤が薄紫の花を付けています。→おおやと広場(15:40)→まだ歩いていなかった動物園入り口脇の道を使いました。→ののはな館手前の道(16:14)→釜利谷(17:49)
神武寺駅(13:22)→逗子中学校(13:33)→神武寺山門(13:52)→神武寺(13:57)→鷹取山(139m)(14:27)→鷹取山展望台(15:02)→磨崖仏(15:25)→追浜駅(16:00)
<<詳細>>
神武寺駅(13:22)→駅を降りて、車道沿いに六浦方面に引き返すような感じで進みます。途中の信号2つめくらいで右に曲がりしばらくすると逗子中学があります。→逗子中学校(13:33)→中学を左手に見てしばらく行くと上り坂になって右手の大きな建物を見つつ行くと、山道になります。木々からの木漏れ日が差し、
しだが茂るきれいな道でよく整備されている道をどんどん上っていきます。視界が開けたところに総門があり、右は旧参道、左は鷹取山に続く道です。→神武寺山門(13:52)→山上を目指して行くと神武寺の鐘(神武寺の晩鐘)、寺があります。天台宗のお寺で、奈良時代、聖武天皇の命によりの僧行基が創建、
平安時代に慈覚大師が中興したと伝えられる。 寺域には貴重な美しい天然林が残され、特にシダ植物の宝庫といわれている。 薬師堂は文禄三年(1594)ごろの創建で、秘仏「薬師三尊像」が祀られる。 他に、鎌倉時代後期の作といわれる「不動明王像」があり、いずれも、逗子市の重要文化財に指定される。
また、境内には樹齢400年の神奈川の名木に指定される「なんじゃもんじゃの木」がある。→神武寺(13:57)→少しくだって鷹取山を目指します。薬師堂の左手から鷹取山へ行きます。鷹取山に近くなるだけあってだんだんと岩が多くなってきます。10分程で鉄塔にあい、この後2つ鉄塔の横を通過する。
その後、鎖のロープが張ってある場所があり結構スリルが感じられる。鷹取山の山頂部分は岩が切り出されたので、直線的な崖がいくつもあり、ロッククライミングの練習場として使われている。頂上前の広場で昼食をとり小休止。→鷹取山(139m)(14:27)→頂上に有る展望台には、広場の右手横にある階段を上って行くことができ、
展望はすばらしい。磨崖仏もくっきりと見えます。→鷹取山展望台(15:02)→追浜駅を目指して下りますが、途中で磨崖仏の所を通過しますが、大きな仏様です。→磨崖仏の弥勒菩薩尊像(15:25)→昔採石場だったところを抜けて車道に出るとそこは湘南鷹取台という団地です。ここからはバス道づたいに駅に向かいます→追浜駅(16:00)
六国峠入口(13:03)→能見堂緑地(13:10)→給水塔(13:52)→金沢動物園入口(14:21)→大丸山山頂(15:19)→釜利谷(16:50)
<<詳細>>
六国峠入口(13:03)→金沢文庫駅近くの峠入り口から登り開始です。道は大岩を削ったような所もありますが、幅の広い道です。10分くらいで緑地帯に出ます。→能見堂緑地(13:10)→能見堂は寛文年間(1661~73)に、地頭の久世大和守宏行(くぜやまとのかみひろゆき)が再興した擲筆山地蔵院(てきひつざんじぞういん)のことです。
能見堂の歴史は古く、文明18年(1486)には廃絶してなかったと記録にあります。その後久世大和守宏行により再興されて次第に発展したのですが、最も栄えたのは9代目住職道曹の天明年間(1781~88)頃からのようで、『能見堂八景の画図』や『金沢八景詩歌』『金沢八景案内子』などが、能見堂から盛んに出版されています。
金沢八景と能見堂との関係は、心越禅師(しんえつぜんじ)による八景の漢詩と、京極無生居士(むしょうこじ)の和歌によって広く知られるようになったとも云えましょう。江戸の時代が終わるのと同じように、能見堂も明治2年正月18日の火災により焼失して、その幕を閉じました。(横浜市教育委員会)→
ここからずっと登っていくと団地の大きな給水塔があります。個々で小休止。→給水塔(13:52)→動物園の入り口脇から大丸山への道があるので動物園に行きます。→金沢動物園入口(14:21)→入り口脇の登りの道、または入り口少し過ぎたところから、しだの谷という湿地帯経由するコースがありますが、
今回は湿地帯を経由するコースをとりました。途中は、山藤のきれいな花を見かけたり、清戸の広場、ひょうたん池があったりで散策にはとても良い道です。しばらくすると山道らしくなって登り切ります。そうすると天園続く尾根道が出てきて、そこからすぐ左折して山頂を目指します。5分くらいで横浜市最高峰の大丸山山頂です。→大丸山山頂(156.8m)(15:19)→帰りは来た道の逆をとりました。→釜利谷(16:50)
朝比奈バス停(13:10)→切通の碑(13:12)→熊野神社(13:35)→切通の最高部当たり(13:58)→朝比奈切通滝(14:15)→光触寺(14:37)
《詳細》
朝比奈バス停(13:10)→バス停までは六浦方面から徒歩で行きました。この六浦・朝比奈館の道路は交通量が多くてハイキングには向きませんが、かといってバスに乗るのも風情がないので、車に気をつけながらバス停まで歩きました。バス停の少し先に、朝比奈切通と記された標識がありますので、その細い路地を登っていくと、切通を記した石碑があります。→切通の碑(13:12)→ここから10分くらいで、二手に道が分かれ、まっすぐに行くと切通、左手が熊野神社と記されていたので、まずは熊野神社に寄り道することにしました。熊野神社への道を進むと、杉木立の間に忽然と社殿が姿を見せる。頼朝が、鎌倉の鬼門の方位に当たるこの地に熊野三社明神を勧請したのが始まりとされる。→熊野神社(13:35)→元来た道を帰り、切通へ。→切通の峠(最高部当たり)(13:58)→下り道で、道は山水が出ているためか、ぬれています。下り終えたところに滝がありました。この滝には朝比奈切通しを一夜で切り開いたという伝説の剛力武士、朝比奈三郎に因んで「三郎の滝」と名付けられています。実際は、三代執権北条泰時が自ら陣頭指揮に当たり工事を行った。→三郎の滝(14:15)→ここからは道なりに進みますが、右手の崖にはいたるところ穴のようなものが掘られています。→光触寺(14:37)
参考:朝比奈切通は、鎌倉と金沢・六浦を結ぶ道で、仁治元年(1240)北条泰時により巨福呂坂とともに開削されました。六浦はこの時、北条一門金沢氏の所領となっており、房総方面をはじめ、東京湾の内海航路とつながっていました。また、これに先立つ9年前に和賀江嶋が築造され、相模湾から西方の着船の便を図っています。六浦への道の整備は東京湾にそそぐ河川の航路とつながるもので、東国の物資を鎌倉へ運搬するルートとして、朝比奈切通は極めて重要な住還路であったとされています。道の周囲にはやぐらや納骨堂跡などが存在し切通周辺は宗教的な性格を持つ場であったことがうかがえます。江戸時代以降も道の整備が行われていますが、深い切通し道など住時の雰囲気をよく残しています。
蓑毛(8:27)→裏参道へ(8:30)→藪こき→16丁目の追分の碑(10:11)→富士見台(10:20)→大山山頂・大山山頂奥の院(10:59)→大山から三峰山への急な木の階段(11:36)→三峰山(13:21)→煤ヶ谷(15:51)
<<詳細>>
蓑毛(8:27)→バス停から橋の手前の登り路を上っていくと、裏参道への分岐に(8:30)→道なりに進んでいたが、途中で竹林に入ってしまい、おそらくタケノコ堀の道に入ってしまい、藪こき状態、引き返す。そうして、道を選んで進む→途中で追分の碑に出会う。
1716年に初建され高さは3㍍68㎝で、江戸期からの大山信仰の深さを示すもの→16丁目の追分の碑(10:11)→しばらく行くと富士山がよく見えるポイントである富士見台に到着。少し雲がかかっていましたが富士山の姿を見ることができました。→富士見台(10:20)→登っていくと山頂で、多くの登山者で大にぎわい。
みんな食事を楽しんだりしていました。→大山山頂・大山山頂奥の院(10:59)→午後は三峰山のほうに北上です。→大山から三峰山への急な木の階段(11:36)→途中は山々の木々が紅葉真っ盛りでした。紅葉というよりも黄葉でしたが。結構道は険しくて、尾根道ではもろく、鎖が要所には張られていました。→三峰山(13:21)→基本的に下りですが途中階段が多く、鎖付きの道が多くありました。→時間を気にしつつ煤ヶ谷到着→煤ヶ谷(15:51)
蓑毛橋(9:06)→ヤビツ山荘(10:17)→岳ノ台(899m)(10:54)→菩提峠(11:20)→二ノ塔への登道(11:29)→護摩屋敷の水(11:36)→二ノ塔(12:31)→三ノ塔(1204.8m)(12:53)→烏尾山(1136m)(13:20)→戸沢への分岐(14:09)→作治小屋(15:28)→竜神の泉(16:28)→秦野戸川公園(16:54)→大倉バス停(17:03)
<<詳細>>
朝7時前に横浜駅に到着し、相鉄、小田急を乗り継いで秦野駅に到着。ここから、バスで蓑毛に行きました。
蓑毛橋(スタート9:06)→バス停を降りて金目川の支流に係っている蓑毛橋の右の舗装道路を上ります。途中にますの養殖場兼釣り堀がある道です。
結構急な登りが続きますが、久しぶりの山なので大変です。昨年の今頃はまさに、六甲縦走10日前というかんじで体重も今より・・・。途中で急に雨が降ってきて、しばらく木陰で止むのを待ちました。峠にある山荘の前に出てきました。ハアッとこんな所に山荘があるのだと関心。営業はしていませんでした。
ここから数分下った所に、バス停があるヤビツ峠にでました。駐車場があり多くの車や人がおり、売店もあったりでにぎやかなところです。→ヤビツ山荘(10:17)→ここから護摩屋敷の水の場所に車道を行けばショートカットできるのですがせっかくなので岳ノ台を目指します。
岳ノ台まではなだらかな草原の丘を登っている
感じです。天気が良くて見晴らしがあればピクニックに最適のコースと思われます。しかし、曇りでガスが発生して見通しは悪いのです。岳ノ台の頂上には展望台がありました。→岳ノ台(899m)(10:54)→途中に菩薩風神祠がありました。→菩提峠(11:20)→菩薩峠にはなぜか駐車場があり、何台か停車していました。
ここまで車で来るのは大変だなと感心。途中の下りでこれから行く予定の二ノ塔への登り口が西側にあることを確認しつつ、名水で有名な護摩屋敷の水が出ているところを目指します。→二ノ塔への登道(11:29)→ここでペットボトルに水を詰めました。たくさんの人が来るまで水を汲みに来ています。
みんな大容量のペットボトルやポリタンクを持参し列をなして汲んでいます。→護摩屋敷の水(11:36)→ここから本格的な登りです。結構ごつごつとした石がある登りです。→二ノ塔に到着です。ベンチ等があり休息しやすいところです。→二ノ塔(12:31)→ここからガスが立ちこめてきます。数メートル先は視界が悪い状態です。
三ノ塔は展望がよいと地図に書かれているのですが、今日はガスが濃くて視界ゼロ。→三ノ塔(1204.8m)(12:53)→急な下り坂で崖に近いような所もあります。でもステンレス製の立派な鎖が付いていたりして大丈夫ですが、アップダウンがきつい箇所です。烏小山に山荘がありました。
ここは営業中のようで食事メニューなども入り口に書いてありました。でもガスが濃くて時間もないのでそそくさと後にして塔ノ岳(1491m)を目指します。→烏尾山(1136m)(13:20)→時間が気になりだして塔ノ岳まで行くと途中で暗くなるなと思いつつ、前進です。
しかし、どう考えても塔ノ岳に行くと途中下りの大倉尾根当たりで真っ暗になりそうな時間です。一応ヘッドライトは用意しているのですが、初めての道なので用心。それで新大日手前の書策(かいさく)小屋まで行き南西方面に下る書策新道を歩こうと思いましたが、地図に「ハシゴ」、「トラバース注意」などの表示が出ていたので、止めました。
それで少し戻って、政次郎尾根を下り戸沢に行くことにしました。→戸沢への分岐(14:09)→一時間ほど尾根道をひたすら下って戸沢山荘と夏季のみ駐在所のある所に出ました。道は広く砂利道で車が通れる道です。後はここをひたすら下っていくだけです。途中作治小屋があります。
→作治小屋(15:28)→ひとりの人が水を汲んでいたので聞いてみたところ御利益のある水と言うことで飲みました。この竜神の泉は水無川の上流にある湧水で、水汲み場より50m程度上流の山腹に、 竜の形をした岩があることから、 水をつかさどる「竜神」が宿ると伝えられる場所です。
昔から行者や猟師などが喉を潤し、一息ついた泉として知られています。→竜神の泉(16:28)→だんだん暗くなってきました。やはりこの道を選んで正解でした。公園に着く頃には薄暗くなり街灯の明かりが点いていました。→秦野戸川公園(16:54)→公園内の道を探して何とかバス停到着。バスは程なくに発車したのでラッキーでした。→大倉バス停(17:03)
六甲山上駅(スタート12:00)→記念碑台(12:10)→神戸ゴルフ倶楽部(12:19)→凌雲台(12:35)→極楽茶屋跡(12:48)→六甲最高峰(13:25)→一軒茶屋(13:30)→石宝殿(13:46)→船坂峠(14:25)→大平山(14:55)→大谷乗越(15:15)→塩尾寺(16:18)→宝塚(16:55)
<<詳細>>
六甲山上駅(スタート12:00)→午前中は雨が降っていたので12時からのスタートで、時短のためやむを得ず六甲ケーブル下駅からケーブルで上がり、縦走路である記念碑台まで歩く。霧がかかっており結構寒く手指が冷たい。→記念碑台(12:10)→平坦な道を歩く、雨上がりであるが結構歩いている人がいる。
→神戸ゴルフ倶楽部(12:19)→ゴルフ場の脇の道を歩いて暫く行くとガーデンテラスのしゃれたスポットに出る、観光客も多くジンギスカンのお店なんかはお客が順番を待っている状態です。→凌雲台(12:35)→冬に凌雲台から極楽茶屋の下り道を降りたときは雪が凍結していてなかなか降りれず大変な思いをしたことがよみがえってきました。
その時は子供グループを引率していた男性が親切にも手持ちのアイゼンを貸して頂いてやっと降りれた所です。北向きで風が強くやはり冬になると積雪するような地形だなと思いつつ。→極楽茶屋跡(12:48)→極楽茶屋跡の建物は赤っぽい色の建物と思うのですが、すぐ近所にある車道沿いの店は営業しており極楽茶屋でいいのでしょうか。
看板がないので分かりませんでした。→ここから六甲最高峰まで縦走路と車道が多くのところで交差しています。どちらを歩いても全縦規定上は良く、縦走路はアップダウンがありきついこと、車道は車が度々通るのと距離が長くなることが欠点です。縦走当日は脚の疲労程度でどっちを歩くか考えることに。
全縦では最高峰に登んなくても良いのですが今日は折角ですから立ち寄りました。→六甲最高峰(13:25)→最高峰を下り、魚屋(ととや)道の方に分岐しているところにあるトイレでしばしの休憩。車道を振り返ると一軒茶屋がありますが、そこから多くの女性ハイカーグループがぞろぞろと切れ間無く出て来ます。
少し途切れたところでシャッターを押しました。→一軒茶屋(13:30)→石宝殿の方に行きかけたが戻って車道を少し進みます。→石宝殿(13:46)→車道左に全縦コースの案内標識があり「宝塚まであと12km」→ひたすら下っていきます。
道は当初は良いのですが途中から急な下りでかつ花崗岩の風化した道なのでがけのようなところもあり、設置してある鎖を握りながら下るところもあります。全縦当日はこのあたりは明るいうちに通らないと大変です。→船坂峠(14:25)船坂峠当たりで当日はライト付けないとダメだと思われます。但し道は平坦で歩きやすいから少し安心ですが。→大平山(14:55)→大谷乗越(15:15)
→塩尾寺(16:18)→塩尾寺からの下りは結構急でかつ舗装道路なので脚への負担は相当な感じだと思います。途中階段でのショートカットを先行グループが歩いたので確認のため歩きましたがすごく急勾配の階段で脚の負担が倍増しそうだし、当日はライト頼りで下るのでお勧めではない近道と思いました。→最後はゴールの公園を探して発見して帰路に→宝塚(16:55)
須磨浦公園駅(スタート8:00)→鉢伏山(248m)(8:40)→鉄拐山(234m)(8:51)→栂尾山(274m)(9:29)→横尾山(312m)(9:47)→須磨アルプス馬の背(10:00)→東山(253m)→妙法寺→高取山(328m)→高取神社(11:31)→神鉄鵯越駅(12:56)→菊水山(14:12)→神鉄鈴蘭台駅
<<詳細>>
須磨浦公園駅(スタート8:00)→今日は友人のY下さん、I脇さん、M井さん、I田くんの5人です。I田くん以外はいずれも11月の全山縦走出走予定者で、コース確認を兼ねての山歩きです。
天気は上々で初歩きにはラッキーな日和です。まず、鉢伏山へ登りますが15分くらいは急激に登ので一挙に汗が出て来る感じです。I脇さん大丈夫ですか。→鉢伏山(248m)(8:40)→一番元気そうなのはM井さんで、周りと歩調を合わせていますが少しずつ自分の速いペースになじみつつあるようで先行しています。→
鉄拐山(234m)(8:51)→高倉台の団地を過ぎいよいよ400段の階段ですが、このあたりでもうM井さんの姿は見えず先を歩いています。一方で、残りの4人はつかず離れず歩いていますが、先行していたI脇さんが階段の途中4分の1くらいのところで休んでいます。この人は平地、下りはめっぽうスピードが出るのですが、
登りは苦手の様です。疲れるとすぐ一服と言って火を付けるのですが、回復にはマイナスと思いますのに。何とか4人で栂尾山に到着。見晴らしが良いので少し休憩です。まだ皆さんの顔には余裕があります。→栂尾山(274m)(9:29)→横尾山(312m)(9:47)→須磨アルプスです。
遠くにM井さんが先行しているのが見えました。もう少しすると目視できなくなるのでその時は携帯で連絡と思っています。→須磨アルプス馬の背(10:00)→東山(253m)→妙法寺→このあたりは初めての人は市街地歩くので引率します。それぞれ少しずつ疲れが出てきているようなのでペースを確認しつつ進みます。
高取山への登り口に来ましたのでここから登坂です。皆さんスピードが鈍りだしています。→高取山(328m)→高取山到着です。少し休みます。→高取神社(11:31)→下って丸山の市街地ですが、I脇さんのペースが鈍り出しました。途中、交通量の多い車道を横断して住宅地を登るところがあるのですがなかなか登れません。
I脇さんは過去何度も縦走しているので道に迷う心配はないのですが、このあたりは曲がりくねっているのですぐ確認できなくなるところです。何とか、鵯越駅に到着。→神鉄鵯越駅(12:56)ここで、I脇さんは大事を取って神鉄下り方面に乗り帰宅。
Y下さんは足に違和感が出てきたと言うことで菊水までいくのは止めて徒歩で南下し神戸市街地方面へ。私と一番若いI田くんは菊水山に行くことに、というか私が半分強引にお誘いしました。→既に、途中にある菊水山駅は廃止になっていて、また、登山道が少し変更になっていました。これまで4時間近く歩いているので、
菊水山の登りは結構応えますし、登りは他の山と違い結構な急坂です。また、階段も付いていて枯れた足には応える山です。さすがの20代のI田くんもへとへとのようで途中休み休み、結構しんどそうなのでプレッシャーにならないように声かけは最小限に。何とか山頂です。
→菊水山(14:12)→しばらく休んで菊水山の山頂の雰囲気を満喫。少し元気になったところでI田くんにあとひとつ鍋蓋山を登ると神戸市街地に帰れるよ、大阪方面は近いのでどうすると確認。モウイッスゥという返事でしたので北下して鈴蘭台駅方面を目指します。この道は使ったことがなかったので一応はじめてのの道として確認。→神鉄鈴蘭台駅
新神戸(10:00)→雌滝(10:05)→雄滝(10:12)→布引ダム(10:30)→市ヶ原(10:45)→天狗道へ(10:54)→稲妻坂へ(11:28)→NHK鉄塔(12:05)→摩耶山掬星台(12:10)→オテルド摩耶(12:38)→私立自然の家前(13:09)→丁字が辻(13:35)→記念碑台(13:49)→ゴルフ場(14:05)→記念碑台(14:22)→六甲ケーブル山上駅(14:30)
所要時間4時間30分)
<<詳細>>
新神戸(10:00)→今日は新神戸スタート宝塚ゴールの半縦走を行おうと思い8時にスタートしようと思ったのですが生憎、天候が悪そうで今にも雨が降りそうだったので、様子見していました。9時過ぎに位に何とか天気は持ちそうな感じになってきたので決行。→雌滝(10:05)→雄滝(10:12)→順調に登っていきますが、やや蒸し暑く思いの外喉が渇きます。→布引ダム(10:30)→何とか雨は降りませんがいやな感じです。→市ヶ原(10:45)→天狗道へ(10:54)→学校林道の処につきましたが、ガスがかかっている状態です。→稲妻坂へ(11:28)→途中少し明るくなりましたが、天気は一進一退です。→NHK鉄塔(12:05)→何とか掬星台に到着。ここで小休止して昼食を取ります。→摩耶山掬星台(12:10)→途中にある摩耶天上寺の境内に寄り道しつつ、アゴニー坂を上ります。→オテルド摩耶(12:38)→車道を少し歩いていき、自然の家前のバス停横から石段のある登山道を登ります。→私立自然の家前(13:09)→自然の家前のバス停横から石段のある登山道を登ります。ここからは三国池まで緩い上り坂で途中、サウスロードへの道が右手に有ります。車道に出て少し歩けば丁字が辻バス停があります。→丁字が辻(13:35)→さらに車道を登ります。昨年縦走で甘酒のお世話になった郵便局があります。→記念碑台に来たときに北の林からガスが霧状に黙々と出てきました。もはやこれまでと思いました。→記念碑台(13:49)→これまでと思うのですが、ここからケーブル駅に行く気になれなくて、さらに進みます。しかし、ゴルフ場のクラブハウスを過ぎたところで、当たりが霧で真っ白になり、そして大粒の雨が降り出しました。→ゴルフ場(14:05)→急いで傘を出して引き返します。そしてもう天気は回復しないだろうと覚悟して、ケーブル駅に急ぎます→記念碑台(14:22)→六甲ケーブル山上駅(14:30)→ケーブルで下りましたが、凄い雨で窓が開放的な車内にはどんどん横殴りに雨が入ってきて童心に帰り楽しみました。
能勢電鉄妙見口駅(10:20)→西芳寺(10:22)→吉川峠(10:45)→天台山(11:47)→光明山(12:15)→清滝(12:56)→妙見山(13:21)→山門(13:26)→本瀧寺(14:18)→今谷池(15:05)→妙見奥の院(15:27)→堀越峠(15:48)→歌垣山(16:04)→歌垣山登山口(16:32)→稲地バス停(17:40)
<<詳細>>
能勢電鉄妙見口駅(10:20)→三宮を9時過ぎに出てから阪急で十三で宝塚方面に乗り換え、川西能勢で能勢電鉄に再度乗り換え。終点の妙見口駅から地図を片手に吉川峠を目指します。途中に立派な屋根を持つお寺があり、西芳寺でした。→西芳寺(10:22)→橋を渡り、地図通り登っていくと団地の東に出たので、そろそろ峠かなと思いつつ、標識を捜しました。そうしたらちゃんと天台山方面と記された標識が有り、順調です。
なお、峠には電波塔のようなものと丸くて大きい貯水槽の施設があります。→吉川峠(10:45)→杉林の中をなだらかに登っていきます。晴れていて日差しが強い日なのですが、林の中は日陰状態でなかなか良いコンデションです。途中にやや年配の3人連れの女性ハイカーが休憩していたので、道の確認と思い「天台山、妙見山へはこのみちで大丈夫ですか?」と聞きました。
明るそうなグループで「自分たちは初めてで分からないが、そのつもりで登っています」の返事。それで直ぐ別れて黙々と登っていると標識が有ったりで、天台山へのルートで間違いなし。途中に青貝山への分岐があると書かれていたので、そっちの方に行かないように心がけました。暫くして、フラットになった林の中に30人以上の大集団が休憩中でした。
私はじゃまにならないようにグループの端を通り抜けるようにしましたが、プレートが見えたので寄って確認。そうしたらプレートには天台山頂が直ぐ近所と書いてあり、そそくさと行きました。数分歩くと山頂を示す三角点がフェンスで囲まれた裏の杉林の中にありました。但し、この山頂からは視界零で林のど真ん中で薄暗い感じです。。写真を撮って元の道に戻ります。→天台山(640.1m 11:47)→ここからは緩やかな下りで20分くらいで車道に出ました。車道を5歩いて東側のとりつきに光明山への山道があるように地図が書いてあるので注意深く見ていたらちゃんとありました。
但し、結構草深いのでストックを取り出し草をかき分けつつ進行です。少し入ったら草は無くなり良い途が出てきて一安心。まだこの時期蛇とか出てきそうなので。途の途中で東側に山頂への表示があり数分で山頂です。ここも視界は開けていませんでした。→光明山(639m 12:15)→車道に出ますが直ぐ山道があり車道に平行して進みます。途中は大きな高圧線鉄塔が一直線上に並んでいるコースが有り、北東側の景色が一望です。
一度車道に出て、また山道に入り進んで行くと、清滝に出て、ここのところが初谷川から登ってくる谷筋のゴールです。→清滝(12:56)→ここから5分ほど車道を登り、そして参詣?の途に入ります。結構急な登りですが、頂上手前に鳥居がありました。鳥居の前に3人連れの女性が昼食中でよく見ると朝、天台山の手前で追い越したグループです。グループも私のことを覚えていて、不思議そうに何故後から来たのと言った感じです。私はほとんど休憩せず抜かれた覚えもなく不思議でした。
良く話を聞くと、彼女たちは初谷川の谷途を登って来るつもりで居たがと観光イラストマップを見せて説明。でも朝会ったときには初谷川ではないもっと南の尾根道を歩いていたことを私の地図で説明し、納得。そのあとはたぶん車道をずっと歩いて来たのだろうと思います。それが証拠には天台山、光明山のいずれも歩いていないと言うことで、グループだから良いのですが、観光イラストマップ頼りで大丈夫かなと思いました。
色々説明して感謝されまして、この後は歌垣山まで行こうかしらと行っていたので、所要時間は三時間近いので、着くと4時過ぎですよと説明。じゃあ、山頂手前の奥の院でどうかしらというので、それなら三時くらいで安心ですねと行って、自分はここからもう下山する予定と行って別れました。→妙見山(13:21)→山門を過ぎると宿坊みたいな店が林立し、過ぎるとお寺があり皆さんお参りしています。
寺の上にいくと山門があり、この山門は大阪府と兵庫県の県境にあり確かに、門の内側にそう記された表示がありました。→山門(13:26)→山門の先には星嶺と名前が付けられた木で出来たユニークな建物があります。中ではなにやらコンサートみたいな催し物が開かれていました。しばらくすると赤い法被を着た10人くらいの女性グループが笛や太鼓などを奏でながら功臣が始まり、すかさずシャッター。
そしてここで昼食のおにぎりを食べ、山頂の三角点のポイントに行きました。→妙見山(660.1m)→これで下山しようとバス停の処まで行ったのですが、まだ日も高いのでさっきのグループが言った歌垣山の言葉が思い出され、何とかなるだろうと思い、歌垣山、もしくはその手前の奥の院までを目指します。いずれも途中から下山してバスで妙見口駅まで戻れるので。→一路、北方向に向けて下りです。
奥の院に向けて歩くので、途は風情があります。途中立派なお寺に遭遇、妙見宗本瀧寺というお寺でお寺の周りを多くのお参りの人が回っています。そして、瀧に打たれる場があり、外からはほとんど見えませんが、十人以上の人が列を成して瀧に打たれているようでした。→本瀧寺(14:18)→寺を下りさらに急勾配の長い階段を下り、
山道に入ります。そして車道に出て5分くらい歩くと、右手に鳥居が現れ、そのポイントから車道を離れて北へ山道を歩きます。途中で野間大原の集落に出て、農構で作った集会所とか、基盤整備の祈念碑なんかを見つつ、集落を過ぎます。水田には収穫間際の稲があり、一部はもうコンバインで刈り取り中でした。そして要所要所に奥の院へのルートが書かれており、大丈夫です。
集落の水田のはずれに犬のトレーニングか何かの場所があり、鳴き声が凄い状態です。犬の散歩をさせている若い人たちか無関心そうに歩いており、若干怖いなと思いつつ歩きますが、中年の女性トレーナーみたいな人が居り、奥の院への途かどうか確認すると、そうですとの返事、加えて、気を付けてと言われて、心新たに登っていきます。左手に池があります。→今谷池(15:05)→途中からルートにテープが貼られてきます。
そのテープ頼りに登っていくと奥の院の表示がだんだん出てきて、ついに、奥の院到着。→妙見奥の院(15:27)→ここまで来たので、次は堀越峠まで行き、歌垣山までの時間が残されているかを考えることに。20分ほどで峠の車道に出ました。ここから下山は車道伝いになるのですが、車道では嫌だなと思い、また、4時前でなんとか歌垣山に行っても道に迷わねば明るいうちに下山できるだろうと登ることに。
→堀越峠(15:48)→結構急な山でひたすら登ります。地図では30分くらいとなっておりますが、迷えば大変なので慎重かつスピードを上げて登ります。少しふくらはぎに違和感が出て心配になりつつ。そしたらなんと20分で山頂に到達。やったあと言う思いです。山頂は立派な御影石で出来た三角点と展望台があり、近所のハイキングコースと言った感じです。
→歌垣山(553.5m 16:04)→ここから下山口が分からず少し心配でしたが、標識を見つけて一挙に下山。→歌垣山登山口(16:32)→ここでバス停を捜して、時刻表を見てあ然。最悪です。戻りのバスは午後4時台は15分ほど前に出ていて、午後5時台は無し、その後に6時8分、7時8分で、なんと期待していた5時のバスが有りません。喫茶店かどこがバスを待っていても良いのですが、店はなく、一時間半もバス停に立っているのも出来ないので、バス道の国道477を歩いて南下し、疲れたところで、6時のバスを待とうと言うことにしました。
ひたすら歩きです。途中の車にヒッチハイクできればいいのですが、なかなかプライドが許さないというか、恥ずかしいというか。結構歩いたのですが、5時半くらいになってこれから大槌峠というところ越えなければなりません。暗くなる前に抜けれる時間はありそうなのですが、太陽はあと少しで山に隠れる時間帯で無理する必要もないかなと思い、稲地というバス停でバスを待つことにしました。→稲地バス停(17:40)→バス停出発は18時15分ころでした。
新神戸(9:30)→雌滝(9:34)→雄滝(9:39)→展望台(9:44)→市ヶ原(10:09)→学校林道分岐(10:48)→摩耶山・掬星台(11:37)→森林管理道(12:35)→植物園東門(13:16)→東ドントリッジ→分水嶺越→市ヶ原→新神戸(15:10)
<<詳細>>
新神戸(9:30)→ずっと続いている梅雨により滝の水量がいつもと違って凄い勢いで水が流れています。こんな凄い雌滝は初めてです。→雌滝(9:34)→雄滝の水量が全然多く、いつも見る滝筋とは違って滝一面が水水水です。→雄滝(9:39)→展望台(9:44)→地図では新神戸から市ヶ原まで所要1時間とされていますが40分で到着。→市ヶ原(10:09)→湿気が多く汗だくです。→学校林道分岐(10:48)→掬星台まででペットボトル3本消費。→摩耶山・掬星台(11:37)→初めて歩く道、森林管理道です。車道を歩き天正寺の入口を少し過ぎた北側に森林管理道と書かれた標識から入りますが、尾根道です。結構急なところがありまして、出口はちょうど徳川道とシェール道の分岐の処でした。ようは桜谷道の東にある尾根道と言ったところでしょうか。→森林管理道(12:35)→桜谷道分岐のところの川は増水していて靴は濡らすしかありませんでした。→植物園東門(13:16)→東ドントリッジ→分水嶺越→トゥエンティクロスは増水しており、靴が濡れるというか、すっぽり川の中という感じです。このあたりから雨が降ってきました。上も下もびしょ濡れです。→市ヶ原→新神戸(15:10)
JR三ノ宮(7:20)→南海電鉄橋本(9:02→ 9:20)→南海電鉄九度山駅(9:35)→真田庵(9:46)→慈尊院(10:10)→丹生官省符神社(にうかんしょうぷ)(10:16)→勝利寺(10:23)→展望台(10:57)→雨引山分岐(11:31)→雨引山分岐(11:43)→雨引山山頂(11:53)→雨引山分岐(11:58)→六本杉峠(12:29)→県道に合流(12:44)→丹生都比売神社(にうつひめ)(12:49)→院の墓(13:20)→金剛童子杖の跡(13:31)→二ツ鳥居(13:37)→地蔵堂(13:58)→矢立で国道を横切る→袈裟掛石(15:56)→国道を渡る(16:29)→展望台(16:44)→大門(17:52)→壇上伽藍(18:14)→金剛峰寺(18:24)→遍照光院(18:38)
<<詳細>>
今日は、高野山石道を巡り、宿坊で一泊して、翌日は高野三山・女人道巡りをします。高野山は標高800メートルの山上盆地に、真言密教の根本道場として空海が816年に創建した「金剛峯寺」をはじめ、金剛峰寺の建設と運営の便を図るため政所として山下に建立された「慈尊院」、金剛峯寺の荘園であった官省符荘の鎮守社として建
立された「丹生官省符神社」、金剛峯寺と慈尊院のほぼ中間点に当たる天野盆地にあり、空海が金剛峯寺の寺地を選定した際の伝説に登場する土地を譲った神である「丹生明神」、道案内をした神である「高野明神」を祀り、金剛峯寺と常に密接な関係を保ってきた「丹生都比売神社」からなり、それぞれが参詣道である「高野山町石道」
で結ばれている。
高野山は、現在もなお117もの寺院が密集し、およそ1200年の信仰の山の歴史を秘めた山上の宗教都市で、峻険な山嶺と深遠なる樹叢とが一体となった信仰に関連する文化的景観を形成している。特に、空海が「即身成仏」を果たし、今なお生き続けていると信じられている奥院は、「大師信仰」と相まって今でも多くの人々により墓
石の建立が続けられている。前置きはこれぐらいにして、生田神社の境内を通り過ぎてJR三ノ宮に向かいます。→JR三ノ宮(7:20)→新快速で大阪に行き、そこから地下鉄で難波に出て、初めて乗る南海電鉄の駅に行きます。→南海電鉄橋本(9:02→ 9:20)→南海電鉄九度山駅(9:35)→真田庵が駅から5分ほどの処にあり寄ってい
きます。紋はやっぱり六文銭なんですね。→真田庵(9:46)→ここから聖地高野山への表参道である高野山町石道です。金剛峯寺への参詣道は数本あるが、その中でも空海が切り開き、その後も最もよく使われた主要道が「高野山町石道」で、沿道には一町(約109メートル)ごとに町石が建てられている。
町石には壇上伽藍からの距離(町数)のほか、密教の金剛界三十六尊及び胎蔵界百八十尊の梵字、寄進者の名前、建立年月日及び目的などが彫り込まれている。もとは木製の卒塔婆が建てられていたが、鎌倉時代に各層の寄進を募り、現在みるような町石になった。220基の町石のうち179基については当時のものが遺り、一町ご
とに礼拝を重ねながら山上を目指した参詣の様子を今に伝えている。→平安時代に創建された寺院で、「女人高野」とも呼ばれている。参詣道「高野山町石道」の登り口にあり、参詣者が一時滞在する所ともなって信仰を集めてきた。14世紀に再建された弥勒堂には、国法の弥勒仏坐像が安置されている。→慈尊院につきましたが大き
な多宝塔があります。→慈尊院(10:10)→慈尊院の直ぐ上のところに石段がありそれを登っていくと神社です。→明治初年の神仏分離令までは境内に仏教関連の堂舎があり、隣接する慈尊院と一体で信仰を集めてきた。→丹生官省符神社(にうかんしょうぷ)(10:16)→神社の直ぐ脇にさらに自然石で出来た急な石段がありそれを登ると
勝利寺です。→勝利寺(10:23)→展望台までは柿畑の上り坂をひたすら登っていきます。途中から視界が開けて来ますが依然登り道で結構今日は暑いので大変です。→展望台からは九度山の町が一望できます。→展望台(10:57)→展望台を過ぎてさらに登っていきますが、少し杉林が出てきて涼しくなってきます。→雨引山分岐
(11:31)→分岐を通り過ぎて暫くして、やっぱり山頂に行きたいという気持ちが湧き引き返します。→雨引山分岐(11:43)→そんなに急な山ではありませんが頂上付近は林と雑草に覆われており三角点なんかはとても分かりそうもないのであります。→雨引山山頂(11:53)→スタコラ元来た道に引き返します。→雨引山分岐(11:58)→六
本杉峠(12:29)→ここから直接、二ツ鳥居に行こうかとも思いましたが、やはり丹生都比売神社に寄ってみることとし、下っていきます。この下った分だけ後ほどまた登らないといけませんのに。→県道に合流(12:44)→丹生都比売神社は高野山を含む紀伊山地北西部一帯の地主神を祀るが、金剛峯寺と密接な関係を保ってきた神社で
ある。神仏分離令までは仏教関連の堂舎多数が存在したが、現在は本殿・楼門などが残るだけである。→丹生都比売神社(にうつひめ)(12:49)→この近所の農産物直売所で休憩です。ジュースと直売のトマト(六個3百円)を買い、空きペットボトルに水道水を入れてもらって出発です。結構な登りです。→院の墓(13:20)→登りです。→
金剛童子杖の跡(13:31)→登りです。丹生都比売神社と「高野山町石道」は「八町坂」によって結ばれ、合流点には丹生都比売神社遙拝のための「二つ鳥居」が建てられている。結構立派な鳥居で休憩スポットです。→二ツ鳥居(13:37)→右手にゴルフ場があり暫く行くと地蔵堂があります。→地蔵堂(13:58)→矢立にガソリンスタンド
がありここにはジュースの自動販売機があります。→矢立で国道を横切る→登りです。→袈裟掛石(15:56)→登りです。→国道を渡る(16:29)→登りです。→展望台(16:44)→登りです。そしてこのあたりの杉や檜は多くの古木、巨木が茂っており、だんだんと荘厳なイメージとなってきます。疲れてへとへとになっていたのですが、視界が
開けたらなんと巨大な赤い門が目に飛び込んできたではないですか。すご~い!!山門に到着→一山の総門にふさわしい入母屋造の二階二重の大規模な門で、国内でも最大級の木造二重門であるとのこと。→大門(17:52)→ここからは宿坊が六時チェックイン予定なので到着が遅れる旨の電話をした後すたこら遍照光院に→
途中きれいな壇上伽藍をちらっと左に見て。→壇上伽藍(18:14)→門が既に閉まっている金剛峰寺をちらっと見て。→金剛峰寺(18:24)→やっと到着。受付のお坊さんからは風呂は後にして食事を早く済ませるように指示されて、風呂場で足だけ洗ってそく食事。精進料理で美味しかったのですが急いで食べたので記憶が余り残っていま
せんから書けませんでした。→遍照光院(18:38)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
勤行(6:30)→朝食(7:30)→遍照光院(8:06)→金剛峰寺(8:20)→刈萱堂(8:41)→奥の院一の橋(8:47)→御廟橋(9:16)→摩尼峠(9:59)→摩尼山(10:14 1,004m)→黒河(くろこ)峠(10:43)→楊柳山(ようりゅうさん 1,008.5m)(11:05)→子継(こつぎ)峠(11:36)→転軸山(てんじくさん)(12:04 910m)→御廟横の玉川(12:20)→奥の院バス停脇の女人道(13:28)→東口大和口大峰口→大峰口女人堂跡(13:54)→円通律寺(14:05)→カブトムシ→真別処分岐(14:20)→真別処分岐にバック(14:32)→大滝口女人堂跡(14:48)→鉄塔前広場(14:55)→相の浦口女人堂跡(15:05)→リスに遭遇→助けの地蔵(15:42)→龍神口女人堂跡→大門(15:51)→大門口女人堂跡(16:00)→弁天岳(16:15)→谷上女人堂跡(16:28)→不動坂口女人堂(16:35)→不動坂へ(16:40)→清不動堂(16:48)→極楽橋(17:07)→南海・極楽橋駅(17:13)
<<詳細>>
六時半から護摩堂で勤行です。宿坊に泊まった多くの人が参加していました。約45分くらい読経と各自の焼香があり、その後本堂と護摩堂の中の案内がありました。このお寺は他のお寺と違って護摩堂が本堂より広いとのことでした。勤行(6:30)→勤行の後に朝食を部屋に若い坊さんが持ってきてくれました。→朝食(7:30)→会計を
して出発です。→遍照光院(8:06)→昨日は到着が遅いために金剛峰寺が閉まっていたので、改めて訪問。ここが有名な高野山金剛峰寺かあ、と感慨深げに。→金剛峰寺(8:20)→奥の院に向かいます。途中に刈萱堂がありまして、石童丸の物語で知られるお堂で、出家した苅萱道心が庵を結んだところです。堂内には苅萱親子一代
記の物語が描かれています。→刈萱堂(8:41)→程なく奥の院の入口?である橋にさしかかります。→奥の院一の橋(8:47)→奥の院は転軸・摩尼・楊柳の三山に囲まれた広大な集合墓地。空海が生前に自ら墓所と定めた場所を中心とする聖地で、大名家が建立した多くの巨大な石塔をはじめ、各時代・各層の人々の墓石大小約30万
基が密集し、樹齢500年を超す巨木が生い茂るところです。途中、明智光秀、織田信長、豊臣秀吉といった碑や墓もあります。→御廟橋(9:16)→御廟にお参りして、休憩所で一休み。自動販売機か何かあるかなと思っていたら全然無く、代わりに茶釜にお茶が沸かしてありそれをみんな湯飲みに入れ、テーブルで休んでいました。休んで
いたら隣に外人の親子が座りました。初老のご夫婦と娘さんの3人連れです。優しそうな人たちだったので直ぐ隣にいたお母さんに話しかけてみました。ニューヨークから来ており、日本に来て三日目で、最初の二日は京都と白馬に行ったとのこと。宿坊に泊まったのかと尋ねたら泊まったと言うことで大変楽しそうでした。ドライフルーツの袋
を差し出され一つどうぞと言われたので、丸っこいものを頂いたら、ピーチだとのこと。それからお父さんからは、乾燥したアオサの袋を見せられどうして食べるのと尋ねられたので、みそ汁を知っていることを確認した後に、みそ汁に入れるだけで直ぐ食べられる旨紹介。娘さんは終始ニコニコと見ておられたが結局話せずじまい。チョット残
念。15分ほど色々話をした後、別れを告げて、高野三山巡りに。最初は転軸山からスタートと思って色々聞いたのですが、結局教えてもらった道は摩尼山から登る道でした。【解説】弘法大師廟のある奥の院を囲んでいる山々。その内の摩尼山、楊柳山、転軸山という主要な三つの山を高野三山と呼んでいる。高野山は発祥当時か
ら明治初期までは、弘法大師の母でさえ立ち入れなかったという女人禁制の山で、お山に入れぬ女性達は高野三山を巡る尾根を辿ったという。→摩尼峠(9:59)→峠から結構登りがきつい坂が続きます。頂上には祠がありま
す。→摩尼山(10:14 1,004m)→下りです。峠の処には奥の院に繋がる道があります。休んでいたら、若いお坊さんがトレーナー姿で登ってきて、祠の鐘をちょんと鳴らしました。聞くと楽しいので日課のようにして山を歩いているとのことで修行ではありませんとのこと。→黒河(くろこ)峠(10:43)→登っていきます。頂上手前は階段状になっ
ていて、登り切ると年配の人が三脚を使って写真を撮ろうとしていました。→楊柳山(ようりゅうさん 1,008.5m)(11:05)→一部登りがありますが、下りが多く特に峠手前は急な階段状の下りです。→子継(こつぎ)峠(11:36)→下っていくと途中からなだらかな道になります。車道に出ますので車道を横切り山道を歩きます。杉林の急坂を
上っていくと転軸山です。→転軸山(てんじくさん)(12:04 910m)→山をひたすら下っていくと玉川に出てきて、川を渡ると御廟の真横でした。この入口はとても標識などあるはずが無く発見は困難というのが感想です。→御廟横の玉川(12:20)→女人道の入口が分かりません。おみやげ屋の人に聞いて何とか駐車場左にある小さなプレ
ート発見。大峰口の入口です。→奥の院バス停脇の女人道(13:28)→大峰口は東口、大和口とも言われているとのこと。→大峰口女人堂跡(13:54)→堂跡から出てくると広い道に出たので地図に従い右へ。円通律寺の山門発見。でも山門の処に来てはダメと書いてあります。→円通律寺(14:05)→登り道左脇の木の株下に黒い物体
があったのでよく見るとカブトムシ。へえ~こんな処に居るんだと思いつつ、先へ。→真別処分岐(14:20)→分岐出て間違って左へ。→真別処分岐にバック(14:32)→大滝口女人堂跡(14:48)→鉄塔前広場(14:55)→広場から根本大塔が見えます。→相の浦口女人堂跡(15:05)→途中の道の左側の林の中がザワザワと言ったのでよく
見るとリスが居ました。→助けの地蔵(15:42)→龍神口女人堂跡→昨日見たけどやっぱり大きい大門です。→大門(15:51)→道にはずっと赤い鳥居が続きます。→大門口女人堂跡(16:00)→弁天岳の頂上に社がありました。→弁天岳(16:15)→下り道です。→谷上女人堂跡(16:28)→女人堂は高野山への入口は、高野七口と言われる
ように、七つの入口があり明治5年に女人禁制が解かれるまで高野山に入れない女性の為に参籠所が入口には設けられておりました。現在は不動坂口の参籠所が唯一残っております。不動坂口女人堂(16:35)→不動坂へ(16:40)→清不動堂(16:48)→極楽橋(17:07)→南海・極楽橋駅(17:13)
北野天満宮(10:33)→うろこの館(10:38)→雌滝(11:02)→雄滝(11:10)→ハーブ園上(11:47)→学校林道分岐(12:29)→雷声寺(13:18)→熊内神社(13:27)→新神戸(13:35)
<<詳細>>
北野天満宮(10:33)→うろこの館(10:38)→新神戸駅へ向かう途中に神戸北野チャペルという教会で結婚式があるらしくフルート、バイオリン、ビオラのアンサンブル音楽が聞こえてきます。→雌滝(11:02)→雄滝(11:10)→ハーブ園上(11:47)→ハーブ園から天狗道に行くまでの間は林の中で、色んなキノコがありました。→学校林道分岐(12:29)→雷声寺(13:18)→神社の境内に入りました。幼稚園を経営しているようです。→熊内神社(13:27)→新神戸(13:35)
北野(10:40)→金星台(10:51)→ビーナスブリッジ(10:58)→碇山(11:13)→市章山(11:23)→堂徳山(11:36)→善助茶屋跡(12:09)→鍋蓋山(12:45)→七三峠(13:07)→二本松林道へ(13:21)→防火線入口(13:46)→三角点(13:51)→防火線に戻る(14:03)→天王谷(14:14)→祇園神社(14:33)→北野(15:00)
<<詳細>>
北野(10:40)→朝は雨だったが、10時過ぎに雨が止んでいたのでとりあえず出発。金星台のところで霧雨が出てきたが、汗と変わらない感じなのでそのまま登る。→金星台(10:51)→曇っているわりには町並みが良く見えました。さすがに誰もいないビーナスブリッジでした。→ビーナスブリッジ(10:58)→碇山への道は少し日は差してきましたがべとべとの道です。→碇山(11:13)→市章山(11:23)→車道の東に少し入ったところに標識がありますが堂徳山への案内が逆でした。でも標識にはマジックインキで小さく修正がされていてそれを確認したら行けました。堂徳山山頂から南へ下る道が続いているのですが標識では行き止まりとなっています。今年の冬になったら下草が無くなり歩きやすくなるので確認します。→堂徳山(11:36)→二本松のバス停のところから登っていきます。途中、尾根の方に分岐した道があったのでトライしたのですが、どうも鉄塔への道のようで最後は道が無くなってしまったので引き返し本道を歩くことに。なお、本道は二本松道という名です。→善助茶屋跡(12:09)→どうも雨の心配はなくなってきたので、昼食場所も考えて鍋蓋山に行くことにしました。足下は所々水田のようなぬかるみのところも有り大変です。山頂には十数人のハイカーが休憩です。→鍋蓋山(12:45)→少し戻って、七三峠に下ります。→七三峠(13:07)→平野防火尾根を南下します。尾根伝いに歩いて地図では35分かかるということですが15分程度で広い道に出てしまいました。暫く歩いて分かったんですが、途中で二本松林道に降りてしまいました。→二本松林道へ(13:21)→暫く林道を歩いていたら、当所予定していた防火尾根道の出口に来ました。ここからは防火線がさらに南下しているのでトライ。→防火線入口(13:46)→歩きやすい道ですが途中急な上り坂で頂上に三角点発見→三角点(258m 13:51)→三角点から西行しているのですが途中から下草が多くなり歩きづらくなりました。滑ったりマムシが出てきたりしてもかなわないので、この道も冬の楽しみにすることにして、バック。→防火線に戻る(14:03)→天王谷を目指して下ります。→天王谷(14:14)→途中、旧道を利用して南下します→祇園神社(14:33)→北野(15:00)
北野(10:25)→北野道(10:40)→新神戸駅(11:00)→布引ダム(11:30)→市ヶ原(11:45)→ハーブ園・縦走道の間(12:05)→摩耶掬星台(690m)(13:10)→摩耶ケーブル下(14:53)→青谷橋(15:20)
<<詳細>>
北野(10:25)→今日は遅いスタートなので、もう北野異人館街は観光客で一杯です。山登りの服装に違和感を1人感じつつ風見鶏の館、北野天満宮を抜けて行きます。
→北野道(10:40)→北野道にはいるとさっきの喧噪は嘘みたいでほんの数分で別世界に入ることが出来ます。→新神戸駅(11:00)→いつもの道ですが結構登りが続くので運動にはもってこいのコースです。気温も上昇していてみるみるうちに汗ばんできます。途中の雄滝は昨日の雨で水量が多く轟々と流れ落ち落ちています。また、鼓滝がありましたが道の下にあり、滝全体は見えません。
→布引ダム(11:30)→市ヶ原(11:45)→ここからツゥエンティクロス方面(緩斜面)か摩耶山方面(急斜面)か迷っていましたが、桜茶屋を数分過ぎたところに、「布引ハーブ園、天狗道を経て摩耶山」の標識があり、まだ歩いていないコースだったのでこの道に決定です。
→ハーブ園・縦走道の間(12:05)→静かな道で古くはなっていますが杭で出来た階段が整備されています。しかしあまり歩く人は居ないようでところどころ道が藪で覆われそうなところがありました。約15分くらいで、布引ハーブ園方面と天狗道方面の道に出会い、天狗道へ歩きます。
途中、「歩く会」の大集団が下ってきて離合が大変でしたが、それにしても汗が良く出るので水の補給をこまめにしました。そこで威力を発揮したのが、手製の水分補給用パックのハイドレーションパックです。1リットルのペットボトルを2本輪ゴムで固定しお茶を入れて、
一方のペットボトルのキャップの代わりに百均で購入した吸い口付きのキャップと東急ハンズで購入したチューブを付けてできあがりです。→摩耶掬星台(690m)(13:10)→青谷道で下ります。→摩耶ケーブル下(14:53)→青谷橋(15:20)
北野(11:00)→ハンター谷(11:38)→堂徳山国有林(12:08)→猩々池(12:39)→善助茶屋跡(13:13)→修法ヶ原池(13:32)→洞川湖(14:03)→分水嶺越(14:24)→布引ダム(15:24)→風の丘駅(15:36)→雄滝(15:50)→新神戸(16:00)→北野(16:25)
<<詳細>>
北野(11:00)→今日は堂徳山に直接登るルート開発で地図を眺めて、入口とおぼしき北野町西公園に行く。確かに谷への入り口があり確信して暫く登って行くが荒れている道で途中で道が無くなりテープも何もないので途中で引き返すことに。他の入口がないかと山際を東に歩いていくとハンター谷とハンター谷東尾根道を発見。→ハンター谷(11:38)→住宅地上部のハンター谷は凄く大きな透過型の堰堤で一時的土砂等を受けるような仕組みです。
その東脇を歩いていくと途中で谷にはフェンスがあり侵入できない状態で代わりに、東尾根道がやや古いが整備されています。30分ほどずうっと登り道で一斉に汗が噴き出してきます。頂上付近に標識があり堂徳山国有林と書かれています。→堂徳山国有林(12:08)→ここから少し下ると、二本松のバス停に出会し、車道を少し歩いて、再度山方面と猩々池方面(二本松林道)の分岐に出てましたので、林道を選択。
猩々池へは緩い下りの道で途中はほとんど車は通らず、メタセコイアの木々を見つつ池に到着。おなかが空いたのでここで昼食。→猩々池(12:39)→10分くらい休んだあと、池の東側の道を利用して歩く。途中で再度山方面への道に合流。この道は舗装されているので、途中から東側に登る山道がありこれは基本的に尾根沿いなので軽快に歩いていると毎日登山発祥の地である、善助茶屋跡に遭遇。
→善助茶屋跡(13:13)→茶屋跡から数分で大竜寺です。ここでI君と遭遇し挨拶して分かれる。→修法ヶ原池(13:32)→ここから弘法大師再度霊跡の石碑があるところを抜けて、まだ一度も歩いていないコースを選びながら洞川湖に到着→洞川湖(14:03)→緩いアップダウンを繰り返しつつ下っていくと、分水嶺越の標識に遭遇。
ドントリッジの道のが好きなのですが、ここからトゥエンティクロスへの道は歩いていないので、未踏破コースを優先です。→分水嶺越(14:24)→トゥエンティクロスを南下していきます。→布引ダム(15:24)→ダムの脇のところにお社があります。
石段が結構急なのです。登っていくと直ぐ行けたのですが、お社の上には整備された道が続いており、数名の外国人が下ってきたりしていたので何があるのかと思いもう5分くらい登っていくと、車道に出ました。ここの道を使ってロープウェーの途中の駅である風の丘駅に行きます。→風の丘駅(15:36)→暫く車道を下っていき、途中で見晴台のところに寄り、いつもの雄滝巡りコースで。→雄滝(15:50)→新神戸(16:00)→北野(16:25)
阪急大山崎駅(9:52)→JR山崎駅(9:58)→宝積寺(10:10)→天王山山頂(270m 10:37)→乗願寺(11:25)→尺代(11:49)→乗願寺(12:35)→楊谷聖苑(12:50)→ベニーCC(13:17)→大沢のスギ(方位杉)(13:27)→大沢(13:33)→大杉(14:03)→釈迦岳(14:16)→ポンポン山(14:59)→夫婦杉(15:30)→本山寺(15:47)→諏訪神社(16:24)→神峰山寺(17:00)→神峰山寺バス停(17:18)→バス出発(17:20)→JR高槻(17:40)→阪急高槻市駅(17:55)
<<詳細>>
阪急大山崎駅(9:52)→駅を降りたらホーム西側にサントリー工場が見えます。→JR山崎駅(9:58)(大山崎町)→今日は晴れでたくさんの登山者が列を成すようにして登っていきます。小学生の大グループがスタート間近だったんで急いでグループの前に行きスタート。お寺までは緩いアスファルトの登り道です。
→宝積寺(10:10)→お寺には綺麗な塔がありました。→多くの登山客が登っております。山頂には女性(年配)の大グループが列を成して山頂の碑のところで記念撮影中でなかなか人が途切れず良いアングルショットがとれませんでした。→天王山山頂(270m 10:37)→山頂東側下のところ北方面の道がありここを進んで行きます。なだらかな登りで進んで行きます。浄土谷の乗願寺のところに出ました。
→乗願寺(長岡京市)(11:25)→乗願寺から西方向のところに進むべきところを間違えてそのまま車道を南下してしまいました。谷筋なんでおかしいとは思いつつも尺代橋まで来てしまいました。ここから環状自然歩道で釈迦岳行けるのですが、橋のところに土砂崩れで通行禁止との張り紙がありあきらめていたところ、その方向から三人の男性登山者が降りてきたので道を尋ねました。
返事は途中から引き返したのでよく分からないがといいつつ、地図を開いて「現在位置は川久保と言うところで、・・・・・・」と説明が始まったのですが、ここは「大沢」と言うところなのですが。こりゃ駄目じゃわいと思い、元来た道を少しバックしてギロバチ峠への沢筋の道が地図にあったのでトライすることに。
→尺代(島本町)(11:49)→幸い、地図通りの地点に沢に降りる橋があり登り始めたのですが、藪コキしてしまい途中からタケノコ山の中に迷い込んでしまい、やむなく、バックして乗願寺まで戻ることに。→乗願寺(長岡京市)(12:35)→乗願寺付近の民家の脇から細い道を伝っていくと何とか発見。途中はタケノコ採取用の竹林と椎茸のほだ木がおいてあるところで、いわゆる農道でした。→聖苑のところで小休止。
→楊谷聖苑(12:50)→緩やかなアスファルト道路ですがなかなかだらだらとしていてあるはずのCCに到着出来ずにいたら、やっとCCの入口を発見→ベニーCC(13:17)→地図で「方位杉」とされているポイントに行ったら、ありました。大きな杉で樹齢800年、幹周り6.7mとのことです。→大沢のスギ「方位杉」(13:27)→椎茸の直売店あたりが大沢地区でそこを過ごしすぎたところから北進します。
→大沢(13:33)→ここからは山道で一気に標高631mまで登ります。途中勾配が緩やかなところはありますが概して急なところの連続で結構きついです。→大杉(14:03)→釈迦岳に着いたところで遅い昼食。山頂は半径5メートルくらいのスポットで、ベンチが2個ありしばし休息と汗をかいたシャツを着替えました。→釈迦岳(島本町最高峰)(631m 14:16)→ポンポン山との標高差は余り無く緩やかに登りつつ到着。
ウワサ通りの360度展望が開けており京都盆地や淀川が望めました。→ポンポン山(西京区)(678.7m 14:59)→杉の生えた尾根道を歩いていきます。途中に日本の杉の巨木が仲良く並んでいるポイントがあり地図で夫婦杉と確認。→夫婦杉(15:30)→本山寺の山門を通過しましたが、ずっと参道は舗装されていたので、西側に参道に沿った山道がありそれで下りました。→本山寺(高槻市)(15:47)
→途中から、また舗装道路に合流してしまいましたが、暫く行ったら東側に未舗装の道がありその道を下ることにしました。道は谷道で途中石碑で「○丁」と彫られていたので、旧参道であろうと思い下りました。そうしたら沢一つ東にある諏訪神社の脇に出てきました。→諏訪神社(16:24)→諏訪神社のあるこの地区は川久保地区で、このまま下っても車道だけなので、神峰山寺(かぶさんじ)方面を目指して西進しますが、登りなので疲れた足には堪えます。
→もみじが多く境内にあり、秋は紅葉でさぞ綺麗なお寺だと思います。→神峰山寺(17:00)→上ノ口バス停を目指していたのですが、途中の標識にバス停があったので近道してバス停に行きます。→神峰山寺バス停(17:18)→バス停には10人くらいお客がいて時刻表を見ると間もなくバスが来ると言うことでラッキーでした。→バス出発(17:20)→JR高槻(17:40)→阪急高槻市駅(17:55)→「居酒屋高崎流道場」で生3杯。
06年05月28日箕面→龍安寺→唐人戻岩→箕面滝→天上ヶ岳→ようらく台園地→落合谷
阪急箕面駅(9:50)→昆虫館(10:06)→紅葉橋(10:09)→滝安寺(10:09)→野口英世像(10:18)→唐人戻岩(10:31)→箕面大滝(10:38)→百年橋(11:05)→自然研究路2号線と3号線分岐(11:20)→天上ヶ岳(500m 11:46)→車道へ(12:04)→ようらく台園地(12:33)→落合谷橋(滝道合流)(13:36)→姫岩(13:48)→滝道へ(13:57)→阪急箕面駅(14:24)
<<詳細>>
阪急箕面駅(スタート9:50)→駅から北に続く参道を緩やかに登っていきます。両サイドには名物もみじのてんぷらと銘打った看板のある多くの土産店が軒を並べています。左サイドに市営の昆虫館の建物が見えて、入場料は中学生以下は無料、大人は200円です。
→昆虫館(10:06)→昆虫館を過ぎたらすぐに紅葉橋、滝安寺があり、紅葉橋を渡っていくと見晴らしの良い林道コースがあるのですが今回は真っ直ぐに滝道を登ります。→紅葉橋(10:09)→滝安寺(10:09)→寺の上手に橋があり渡っていくと川の東を登っていけるのですが、登りは由緒ある「滝道」コースを選択。
暫く行くと道の左手斜面の上に野口博士の銅像がありましたので、脇道を登って拝謁。→野口英世像(10:18)→像のあるところは10m位高くなっているところにあり、また下って滝道に戻り、登ります。暫く行くと道の左手にとてつもなく大きな2つの岩があるので何気なく、写真撮影。
近づいてみると「唐人戻岩」の説明看板があり。(唐の貴人が箕面の滝が類い希なことを聞いて巨岩まで来たが、険しいことに驚き怖れて立ち返ったとの伝説)→唐人戻岩(10:31)→赤色の滝見橋と大滝が見えてきました。→箕面大滝(10:38)→橋の上と滝の側には多くのハイカーと観光客が写真撮影をしています。
なかなか凄く大きく、水量が豊富な滝です。また、新緑の紅葉が滝の周りにあり、5月も良いのですが秋も絶景なのだろうと1人感心。→滝から少し戻って、滝上の車道を目指して登ります。車道の脇道を歩きますが、昭文社の地図では箕面川を大日橋で渡って川の西側を歩くことになっているのですが、橋にはフェンスがあり歩行禁止。
やむなく暫く川の東側を歩いていると、西側の道は至るところで崩落カ所があり道が壊れていました。それで数百メートル行った先の百年橋がありました。→百年橋(11:05)→百年橋を渡ったところに標識があり、自然研究路2号線を登っていきます。途中標識のところで年配の男女(豊中市から来たとのこと)と一緒になり、尋ねたら勝尾寺方面に行くとのことで途中まで同じなので分岐まで同行。
結構勾配の急な道をひたすら登ることに。→自然研究路2号線と3号線分岐(11:20)→この分岐で1人になり天上ヶ岳を目指します。尾根道で歩きやすく天気も良くさわやかな歩行です。唯、箕面川ダムが眼下に見えると思っていたのですが見えませんで少し残念。20分ほど歩いたところに五月山方面と記した標識があり、尾根道から真南への脇道を1分下り1分登ったところに天上ヶ岳がありました。
→天上ヶ岳(500m 11:46)→役の行者の神変大菩薩が文武天皇の御代に昇天せられた墓所で、古来修験道の霊地、山伏の聖域とのことでした。でも20人ぐらいの年配ハイカーが昼食のために陣取っていて、感慨に浸る間もなくさっさと退散。→また、尾根道に戻ります。→車道へ(12:04)
→車道の土々呂美、池田標識のあるところで昼食タイム(12:10)→車道を暫く歩きます→ようらく台園地(12:33)→ここから山道へ入り、下っていきます。落合谷の道は昭文社地図には無いので歩かないように気を付けていたのですが、どうも谷筋を途中から歩き出しました。落合谷橋の近くに来たところで、
私が下ったのはようらく園地へのメインルートとなっており、その他にサブルートの入口が東側に確認できました。おそらく昭文社地図はサブルートだけ載せていて、メインは紹介されていないのではと思いました。→落合谷橋(滝道合流)(13:36)→同じ道を下るのはおもしろくないので、少し逆に登って、橋を渡り川の東側に行きます。
対岸には姫岩という岩がありました。因みに滝へと続く谷は地獄谷とのこと→姫岩(13:48)→滝道へ(13:57)→途中のお店で、作りたての「もみじの天ぷら」を買って食べながら駅へ向かいます。てんぷらとのことですが、もみじの葉に砂糖入り小麦粉を付けて油で揚げたカリント状のもので、油を結構含んだ高カロリお菓子でした。→阪急箕面駅(14:24)
北野(スタート8:55)→北野道(9:11)→新神戸駅(9:30)→徳光院(9:36)→布引ハーブ園ゲート(10:11)→ハーブ園上(10:55)→縦走路出会い(11:10)→学校林道分岐(11:25)→掬星台(12:05)→摩耶山頂(698.6m)(12:30)→史蹟公園(12:42)→行者堂(13:13)→青谷道→上田道へ(13:30)→旧摩耶道(13:38)→雷声寺(14:11)→新神戸(14:20)→北野(14:58)
<<詳細>>
北野(スタート8:55)→北野道(9:11)→風見鶏の館の右手の道そして、北野天満宮の右手を通って北野道へ入ります。→新神戸駅(9:30)→駅裏手から徳光院の方に行きますと程なく山門があり、その山門をくぐってお寺に行きます。広場があり、きちんと清掃された寺で、室町時代に建てられた三重塔に似た「多宝塔」があります。
→徳光院(9:36)→神戸第一高等学校の側を通ってハーブ園を目指しますが、ずっと舗装道路でした。→布引ハーブ園ゲート(10:11)→ハーブ園の色んな植物を観察しながらロープウェーの山上駅まで登ります。→ハーブ園上(10:55)→ハーブ園上の建物の右脇に山道があり、縦走路まで行きます。
→縦走路出会い(11:10)→学校林道分岐(11:25)→今日の掬星台は凄い人人人の多さで、よく見ると、フリーマーケットが開かれているようでした。ここのベンチで昼食タイム。→掬星台(12:05)→山上には祠があり、天狗岩があります。→摩耶山頂(698.6m)(12:30)
→暫く下っていくと天正寺の跡地が史蹟公園として整備?されており、その広場は以前は本堂などがあったとのこと。→史蹟公園(12:42)→行者堂(13:13)→行者堂から旧摩耶道に行こうとしたのですが何故か青谷の方へ行ってしまいました。→青谷道→観光茶園の手前まで来たら地図が描かれた看板があり、
それを見ると上田道というのがありこれで旧摩耶道に抜けることができるとの情報をゲット。少し引き返すと苔生した石段を発見。→上田道へ(13:30)→なかなか急勾配の道です。こんなに登るんかいなと我慢しつつ登っていくと旧摩耶道に出会いました。結構しんどい道でした。→旧摩耶道(13:38)→雷声寺(14:11)→新神戸(14:20)→北野(14:58)
阪急芦屋川駅(9:30)→高座の滝(10:00)→ロックガーデン→風吹岩(10:35)→雨ヶ峠(11:40)→六甲山最高峰(931m 12:20)→土樋割峠(13:33)→東お多福山(697m 13:42)→東お多福山登山口バス停(14:09)→弁天岩(15:05)→ナマズ石(15:09)→阪急芦屋川(15:45)→阪神打出(16:45)
<<詳細>>
阪急芦屋川駅(スタート9:30)→5分間程度川沿いを歩き、途中から住宅地の中へ入ります。結構きつい坂道の連続です。茶屋が見えてくるとすぐ滝があります。その高座滝前には藤木九三氏のレリーフがあります。
→高座の滝(10:00)→ロックガーデン→その名の通りの岩場の多い道を登っていくと、風吹岩に到着で、いつも通りの沢山のハイカーが休憩と景色を眺めていました。今日発見したのは一頭のイノシシで、餌付けされているようで岩の下に歩いてくると人間を気にすることなくごろんと昼寝を始めたではないですか。
→風吹岩(10:35)→雨ヶ峠(11:40)→六甲山最高峰(931m 12:20)→最高峰で昼食です。天気が良くとても良いハイキング日和。20分ほど休憩して下山しますが、東お多福山経由で下ります。→土樋割峠(13:33)→東お多福山では小学生が遠足?でも、日曜日なので何かのグループでしょうが昼食を楽しんでいました。
→東お多福山(697m 13:42)→東お多福山登山口バス停(14:09)→バス停を過ぎて住宅地に入ります。川沿いを下るのですが、入口が分からず少し手こずりました。加えて前日の雨で川が増水しており数回道を誤りつつ下ります。高速の料金所に出て舗装道路を暫く歩き、山道を捜します。
印があったので何とか道を捜して下りますが、途中で別の沢沿いを登るような道となり、こりゃ駄目じゃと思って引き返し、舗装道路を仕方なく歩きます。これでは弁天岩には行けないのかなと思ったら、山道の入口目印を発見し、数分のところに弁天岩がありました。いつみても大きい岩です。
→弁天岩(15:05)→ナマズ石(15:09)→このナマズ石は大震災の時に荒地山から落ちてきた石ということです。さあ駅に着いたら冷たい「生」をと思い捜しますが、なんとお店がないのです。ラーメン屋さんくらいあるんだろうと思いましたが何もありません。→阪急芦屋川(15:45)→それで阪急沿線がダメなら阪神沿線と思い阪神芦屋を目指します。
しかし、ここも何もない状態なのです。芦屋の人たちは駅を降りても食べ物屋が無いのはちょっと大変かなと思う間もなく、次のステップとして阪神沿線を東に進み、次の駅の間までにはラーメン屋があるのではと期待しつつ、歩きますが・・・。レストランとかは少しあるのですが、閉まっており、五時以降ではないと開店しません。
とうとう打出駅まで来てしまいました。→阪神打出(16:45)ここには商店街有り期待が持てそうな雰囲気。居酒屋があったのですが4時開店でまだ無理。そうこうしている打ちに一軒の餃子屋さんとどんぶり屋さんが目に留まり、このうちの餃子屋に直行。生3杯とサワー(単に缶酎ハイをグラスに注ぐだけのもの)3杯。メニューは餃子(ニンニク入り、シソ入り、ショウガ入り)各300円、皿もの100円、生ビール400円、酎ハイ300円。すっかり良い気分になり、次はさっきは閉まっていた居酒屋にも突撃の巻でした。
北野(スタート9:40)→新神戸(10:05)→市が原(10:55)→植物園東門(11:50)→徳川道へ(11:55)→黄蓮谷分岐(12:05)→穂高湖(12:50)→シェール槍(669m)(13:15)→杣谷峠(13:40)→長峰山・天狗塚(687.8m)(14:10)→炭山橋(15:25)→六甲道(16:00)
<<詳細>>
北野(スタート9:40)→昨日の雨はすっかり止んで清々しい晴れの朝です。新神戸駅の生田川沿いの桜の花はまだ咲き残っている感じです。→新神戸(10:05)→今日は先ず雌滝に行き、それから雄滝へと登ります。2つとも先日の雨の性で水量が豊かです。
布引ダムの周りの桜が綺麗に咲いています。少し散ってはいますが。→市が原(10:55)→市が原を過ぎて、地蔵谷の道、黒岩尾根への道を通り過ぎてトゥエンティクロスを歩きます。ここも水量が豊かで大きな石を選んで渡っていきます。
→植物園東門(11:50)以前は新穂高に迂回したため徳川道は途中歩いていなかったので今日は徳川道を新穂高に行かずにストレートに進みます。→徳川道へ(11:55)→黄蓮谷分岐(12:05)→穂高湖(12:50)→穂高湖で昼食です。
時間もちょうど良くいくつかのグループが休憩していました。5分くらい休んだ後穂高湖の周回道を左回りに歩きます。ちょうど半分回ったところの北側に登り道を示すテープを発見。ちょっと寄ってみようと思い登ることにしました。級は登りの割には道幅は広く登り易い感じでした。
でも頂上付近は大岩だらけで残置ロープを頼りに登るところもあり、止めようかなと一瞬思いつつも、折角来たので登ることに。そうしたら頂上はとても見晴らしが良くさっきの穂高湖が眼下に見え、北側には六甲牧場の建物が一望できるなかなか良い絶景ポイントです。シェール槍だろうと思い、
木に付けてあった札を見て、シェール槍であることを確認。→シェール槍(669m)(13:15)→また、湖の周回を左回り、穂高湖の水をたたえているダムの側を通りつつ、杣谷峠に向かいます。→杣谷峠(13:40)→ここから、長峰山ですが、尾根道を下ったり登ったりで結構起伏の急な道です。
一応横木を渡して階段状になっているので登りやすいのですが、むしろ下る方がきつい道なのかもしれません。楽して帰ろうと思えば杣谷の方がお勧めです。でも苦労する分、長峰山の頂上の天狗塚に行けてここも六甲屈指のビューポイントです。→長峰山・天狗塚(687.8m)(14:10)
→ここから真西に摩耶山掬星台やオテルド摩耶が見えます。下って行きます。途中住宅地に出る手前のところには桜とアケボノツツジが咲いていて綺麗です。前回は標識に従い鉄塔付近を右折し、伯母野住宅碑のところに出たのですが、今日は鉄塔付近を直進し、篠原台の住宅地に出ました。途中川沿いの桜が満開で今日ここが一番の桜スポットでした。炭山橋(15:25)→後は車道を伝い六甲道を目指します。→六甲道(16:00)
須磨浦公園駅(スタート10:05)→敦盛塚(10:13)→蕪村句碑(10:23)→芭蕉句碑(10:27)→子規・虚子句碑(10:30)→鉢伏山(248m)(10:56)→旗振山(253m)(11:03)→鉄拐山(234m)(11:13)→おらが茶屋(11:24)→高倉台団地→栂尾山(274m)(11:53)→横尾山(312m)(12:08)→須磨アルプス→東山(253m)(12:35)→妙法寺(13:15)→高取山三角点(319.9m)(13:56)→高取山(328m)(14:04)→高取神社→丸山駅(14:55)
<<詳細>>
須磨浦公園駅(スタート10:05)→今日は桜が見頃で花見が一番良いところはどこかなと思い、須磨浦公園は花見の名所と言うことで出かけてきました。山陽電鉄沿いに公園を車窓からみると結構ブルーシートが張られていて宴の準備がされています。駅を降りて敦盛塚に立ち寄ろうと思い、国道の方に出て数分行きました。
→敦盛塚(10:13)→塚は平敦盛を供養するために建てられたという大きな五輪塔。一説には北条貞時が平氏一門を供養するために建立し「あつめ塚」といわれていたのが「あつもり塚」と呼ばれるようになったとも言われているとさ。→引き返して鉢伏山に出発します。途中に、蕪村句碑がありました。
御影石に「春の海終日のたりのたりかな」。→蕪村句碑(10:23)→次に数分歩くとまた句碑があり、今度は芭蕉句碑です。「蝸牛角ふりわけよ須磨明石」。→芭蕉句碑(10:27)→次いで子規・虚子句碑があります。「ことづてよ須磨の浦わに昼寝すと 子規」と「月を思ひ人を思ひて須磨にあり
虚子」と。松山出身の虚子は帰省途中に神戸に立ち寄ることが多く、須磨、芦屋、有馬などの六甲山系に立ち寄ったようです。虚子にとって須磨は弟子入りした子規の思い出の地で、また、須磨近郊に多くの弟子たちが住み,彼らとの交流や芦屋に居を定めた長男一家がおり、関係が深い地であるとのことです。
→子規・虚子句碑(10:30)→緩やかな上りであり、途中は桜が咲いていたり、アカヤシオという山のつつじがピンク色の花をいっぱいに咲かせています。20分程度でケーブルカーの駅に着きますが、そこから須磨の浜が桜の花越しに見えました。
次いで山頂に着きます。山頂はまた桜の木がありかなりのグループがブルーシートを張り宴の準備中です。→鉢伏山(248m)(10:56)→続いて緩やかな上りで10分程度で旗振山頂(253m)に到着します。この山頂からもとても綺麗に須磨の浜辺が見えます。なお、菜の花も咲いていたので菜の花と桜を加えてワンショット。
→旗振山(11:03)→鉄拐山へは少し下り道が続きますが、山頂の手前から急登坂を5分くらいして山頂です。なお、全山縦走の時は山頂には行かず山頂手前の左側道を使っています。→鉄拐山(234m)(11:13)→山頂から下っていきます。暫く行くとなだらかな台地状の公園内にでます。
ここではレンギョウが綺麗な黄色い花を咲かせていました。コンクリートの茶屋が道の右手に見えます。→おらが茶屋(11:24)→茶屋の少し先から団地への下り階段がありスタコラ降りますが、1人が歩ける程度の幅であり途中登ってくる人がいたので踊り場みたいなところで離合のために待ったりしました。
そしてさつき橋を渡り団地に入ります。団地の中も結構桜が満開状態です。つつじ橋を渡り、いよいよ栂尾山に向かいます。→高倉台団地→栂尾山登りは長い階段で400段の階段を一挙に上りりますが、この登るときに本日の体調がある程度分かります。途中背後を振り向くと今まで歩いてきた
山々や高倉台団地それから遠くに明石大橋が見えて来ます。15分ほどで階段上り終わり山頂に着きました。山頂には木造の展望台があり今回初めて登りました。→栂尾山(274m)(11:53)→続いて横尾山方面ですが軽い起伏を登って20分ほどで山頂に。→横尾山(312m)(12:08)暫く行くと
縦走道の中での奇景が楽しめるポイントの須磨アルプスの馬の背です。六甲山系特有の花崗岩が風化してぼろぼろと砕けやすい岩肌で、名前の通りの馬の背という位に狭くかつ両側がガケなので滑り落ちないように注意しながら歩いていきます。→須磨アルプス→馬の背を通り過ぎたら東山山頂です。
山頂という感じはしないのですが、北西側は見晴らしが良く休憩している人が多いです。今日はここの木造のベンチで休憩してお昼ご飯を食べました。因みに昨日作ったパンです。→東山(253m)(12:35)→妙法寺方面に下っていきます。団地までは長いだらだらとした下
り坂で途中から車道に出るので脇の歩道を歩いて所々にある「縦走路」の張り紙、看板などを確認しつつ歩いていきます。高速道路の下なんかを潜って、妙法寺に。妙法寺も桜が満開で、今日は初めて境内の中に入りました。それから小学校を左手に見つつ、交通量が多い車道を気を付けながらのぼり、
高取山の上り口に向かいます。→妙法寺(13:15)→山の途中から振り返ると須磨アルプスの白い岩肌や妙法寺周辺の団地などが確認できます。アカヤシオが沢山咲いており一面ピンク色の斜面もありました。そして頂上付近に来て「荒熊神社」の標識の従ってのぼり山頂へ。神社のすぐ裏手が三角点があります。→高取山三角点(319.9m)(13:56)→次いで、高取神社の方に行き、頂上に高取山頂之碑と記された石碑があります。→高取山(328m)(14:04)→下る途中で、鳥居の前に桜が良い枝振りで咲いていたのでワンショット。
→ここから鵯越までと思ったのですが、どうせ帰るのならより近い丸山に行くことに。丸山駅近くの生協のところで、年配の女性から、高取山までのルートを聞かれたのですが、町中であり説明が難しいと思い、途中まで引き返し、ルート説明しました。ちゃんと行けたかなあ。→丸山駅(14:55)
神戸北野(9:40)→水の科学博物館(10:10)→道探し→大師道(10:45)→猩々池(11:28)→七三峠への分岐(11:45)→七三峠(11:55)→鍋蓋山山頂(12:08)昼食→大龍寺山門(12:48)→市が原(13:03)→縦走路とハーブ園への分岐(13:27)→ハーブ園(13:40)→縦走路とハーブ園への分岐(13:51)→学校林道への分岐(14:09)→行者堂への分岐(14:26)→摩耶山掬星台(14:45)→休憩→掬星台(14:55)→学校林道へ(15:38)→東山尾根道分岐(16:05)→中尾住宅地(16:30)→新幹線新神戸駅(16:47)→北野道へ(16:42)→神戸北野(15:30)
<<詳細>>
神戸北野(9:40)→諏訪山公園方面に西行していき、防火道(平野谷東尾根)に入ろうとします。地図では水の博物館当たりに道がありそうで、博物館の道に入ったが行き止まり。なお、この楠谷にある浄水場当たりが「楠木正成」の終焉の地とされているとのこと。
→水の科学博物館(10:10)→少し西へ行きそこから平野谷の東側とおぼしき道を北上して、平野谷東尾根の入口に着いたが、閉鎖されており入れず、大師道を利用しろとの看板あり。このため、平野谷を利用しようと思い、谷を登って行くが途中は壊れた作業小屋や廃屋が多く、気味悪く途中まで登るも断念して、大師道を登っていくことにした。約1時間のロス。→大師道(10:45)→ここはアスファルトの道で整備されており、
途中草花の名前がプレート等で紹介され、沢山のハイキング客がいました。途中、滝があり、お地蔵さんを象った石の標識が大龍寺までの続いています。猩々池では沢山のハイカーがしばしの休息を取っています。→猩々池(11:28)→ここら林道を抜けて七三峠をめざしますが、途中は林道であり、林業関係のワンポイント知識のプレートが所々にあります。若者の家のところに峠へ通じる道がありますが、
林道がここで閉ざされておりみんな峠にしか行けません。以前来たときはずっと林道を使えたのですがどうしたんでしょう。なお、若者の家の敷地ではボーイスカウトの講習会が開かれていてちょうど棒でタンカを作ってけが人の手当の方法などの講習があっていたようでした。→七三峠への分岐(11:45)→七三峠(11:55)→
今日初めての上り坂らしい坂で、だんだん汗ばんできますが、10分ちょっとで縦走路の鍋蓋山の東側の尾根に到着。折角と思い山頂にも寄ってみることにしました。山頂では多くのハイカーが休憩中。→鍋蓋山山頂(12:08)昼食→休んでいると数十人の大集団が到着し、みんな一様にタイツ履きです。
パックに付けられたプレートは六甲全山縦走トレイル?忘れました。いずれにしてもみんな平地と下りは必ず走っており、歳は若い人から結構年配も。私はマイペースです。→大龍寺山門(12:48)→またまた来ました、バーベキューで煙たい河原に。早く過ぎ去りたい河原です。→市が原(13:03)→
今年の兵庫のじ菊国体の山岳コースに摩耶山頂までがなると言うことで縦走路は綺麗に整備。整備とは、坂道を丸太で土留めして階段状にして、木のチップを敷き詰めていました。→稲妻坂の手前から布引ハーブ園への道があり、未踏破の道だったので時間もありハーブ園まで往復することにしました。
縦走路と布引ハーブ園への分岐(13:27)→ハーブ園へは途中すこし谷に降りて登る道でした。→ハーブ園(13:40)→戻ります→縦走路とハーブ園への分岐(13:51)→学校林道との分岐(14:09)→学校林道から掬星台までなんと36分でした。後ろに数人いたのでせかされた格好で頑張ってぐいぐい登っていきました。
しかし、それでも後から1人追いつかれて道を譲ったのですが、それは鍋蓋山で出会ったトレイルグループのメンバーで、その人にゴールは宝塚か聞いたのですが、どうもケースバイケースのようでした。因みにその人はスイーパー役をしているとの事でさっき1人脱落者が居たんですと言ってました。→摩耶山掬星台(14:45)→
休憩。掬星台はいつ来ても良いですね。見晴らしとっても良くてでも風が強くてすぐに寒くなり厚手のウインドブレーカーを着用。→掬星台(14:55)→今来た道を戻ります。何せまだ学校林道は未踏破なんで。でもこの天狗道は岩がゴツゴツしていて下りはなかなか辛い道で、一回尻餅有り。
学校林道への分岐までは43分係ってしまい、なんと登りの方が早かったようです。驚き。→学校林道へ(15:38)→整備された道を下っていきます。旧摩耶道に合流したのですが、ここで標識を見ると、東山尾根道への道があり、旧摩耶道は一度歩いているので未踏破の東山尾根に進みます。→東山尾根道分岐(16:05)→結構急な尾根を一気に下っていきます。頭上にはちょうど2つの高圧線が真南方面に走っており、
最初は西側の高圧線の下を、途中からは東側の高圧線の下を尾根沿いに下っていくような感じです。所々凄く急な岩の尾根があり、注意したのですが、岩ごと崩れて大尻餅。→中尾住宅地(16:30)→北野道に行ってみたいので余り南に下らずに極力西に行く。→新幹線新神戸駅(16:47)→
駅裏のところから北野道に入ります。→北野道へ(16:42)→北野の異人館街まで1.1kmとの事で途中の道に100m置きに石の標識が案内してくれます。北側は山で夏は蒸し暑そうな道です。道はちょうどうろこの館の裏を通り、北の天満宮に着いて、そこから風見鶏の館(17:15)を眺めて一休み。→神戸北野(15:30)
阪急清荒神駅(10:34)→清荒神清澄寺(10:50)→清荒神の龍王滝(11:03)→やすらぎ広場(11:50)→中山寺奥の院(12:10)→展望所(12:42)昼食→中山最高峰478m(13:00)→兵庫自然歩道(十万辻方面)→車道に出る(13:40)→車道から大峰山へ(13:48)→高圧線鉄塔下(14:25)→大峰山552.4m(14:45)→満月滝(15:55)→満月滝からもと来た道に戻る(16:19)→廃線跡(武庫川左岸)に出る(16:37)→廃止の鉄橋(16:49)→武庫川渓谷→木ノ元(17:42)→阪急宝塚駅(18:25)
阪急清荒神駅(10:34)→今日は晴れているのですが結構寒い日です。駅前は「清荒神」の参道があると言うことで緑の幟がはためいていて、土産物店などが軒を連ねています。15分ほどでお寺に着きますが、その間は饅頭屋、漬物店、煎餅店、飲食店等々の間を緩やかに登っていきます。
→清荒神清澄寺(10:50)→清荒神清澄寺は西暦千百年の平安時代の初めに宇多天皇の創意により創建され、その後二度の戦火消失を経験して江戸末期に再建とのことです。院の奥に龍王滝という滝があり皆さんお参りしていました。→清荒神の龍王滝(11:03)→駐車場を眼下に見下ろして登っていくと、コンクリート造りですが立派なお寺がありそのお寺の右手に山道があり登っていきます。
途中、雪交じりで風も結構あり寒い天候です。途中に奥の院方面とやすらぎ広場方面の標識があり、奥の院方面に行ってしまいました。予定では広場から奥の院に行くことにしていたので、途中で広場方面の標識があり転進しました。若干道が急で草深かったのですが広場につきました。
広場の西側は自衛隊の演習場ということですが、特に何もない山のようでした。やすらぎ広場は結構広いスペースがあり、ボーイスカウトの子供たちが座っていたりはしゃいでいたりしていました。サクラの木々が多くもうすぐ花見でにぎわうのではないかと。→やすらぎ広場(11:50)→奥の院を目指し再び登っていきます。
院の手前に結構立派な石造りの塔がそびえており、その奥に綺麗な新しい建物が見えます。ここでも10人以上の子供たちが居てにぎわっています。→中山寺奥の院(12:10)→登っていくと、最高峰の手前に展望所があり、少し風がしのげるし飯を食べました。でも休んでいると動かないので寒さが応えすぐに最高峰を目指します。
→展望所(12:42)昼食→結構見晴らしの良い最高峰に到着。北方面が一望できます。一望していると標識に十万辻方面と書かれており、どこかなと地図を確認。そうすると大峰山→廃線跡→宝塚という3時間コースが思いつき、予定していた阪急山本駅までの中山縦走を変更。→中山最高峰478m(13:00)
→なかなか道幅が広くなだらかで子供連れでのハイキングコースにぴったりのところです。→兵庫自然歩道(十万辻方面)→途中で車道に出ます。→車道に出る(13:40)→車道を暫く歩き「バス停渋谷」を越えて5分弱行った車道西側にテープが確認できまして、大峰山方面に。→車道から大峰山へ(13:48)
→途中の見晴らしの良いところに鉄塔があり、そこから真北に向かって送電線がのびています。そこから見た北方面の風景は最高で遠くの山々が水墨画のように幻想的です。たぶん古宝山と思われる綺麗な山も墨で書いたような風景で現れていました。→高圧線鉄塔下(14:25)
→大峰山頂は広場になっていて見晴らしはありません。三角点が石で囲ってある程度です。→大峰山552.4m(14:45)→ここから廃線跡に下っていくのですが、綺麗に整備された道でありもう少し暖かければもっと良い感じのところです。このあたりは「桜の園『亦楽山荘』」と呼ばれている里山とのことです。
色んな標識がかかっており、500m先に滝があると言うことなので予定のコースを少し外れて滝を見に行きました。滝の名前は満月滝という滝で滝まではなだらかな下りと平坦道で行けます。滝の直近は急な登りです。結構大きな滝で、滝の上流部も美しい流れがありました。
滝上に「遠見の道」という標識がありさらに上に行けるようなのですがどこに行けるのか不明で、元来た道をバック。→満月滝(15:55)→満月滝からもと来た道に戻る(16:19)→旧福知山線の廃線跡に出ました。→廃線跡(武庫川左岸)に出る(16:37)→単線鉄路で昭和61年まで列車が走っていたとのことです。
跡地は結構綺麗に整備されておりなかなか良いハイキングコースです。ここから5つのトンネルと一つの鉄橋を抜けていきます。トンネルはいずれも照明は無く、持参していたヘッドライトの明かりを頼りに歩きます。本当に全く真っ暗でかつ初めて歩く道なのでトンネルの長さが数字で分かっていてもどの程度真っ暗闇が続くのか分からず、結構ドキドキものでした。
枕木とバラスの中を足下確認しつつ歩きます。1番目のトンネルは307m、続いて廃止の鉄橋があり少しさびたりしていてかつ足下は武庫川渓谷で川の水が轟々と流れていてちょっとビクビク。→廃止の鉄橋(16:49)→鉄橋を渡ると川の右岸を歩きます。
直後に2番目トンネル149mですが短いので真っ暗になっても直後に薄明かりが先に見えてきます。3番目トンネルは413mは一番長く、向こうから明かりが差し込むまで暫くの時間がかかりました。4番目トンネルは318mでした。→途中は渓谷の美を満喫です。両側にそそり深いV字谷の岩肌や木々の緑、川面の巨岩や轟々と流れる水など、目が奪われます。
都会にこんな自然があるのかと、でもよく川面を見ると流れのよどんでいるところや、川岸の木立の枝には多くのゴミがありまして、残念な思いも。途中、十次郎ヶ淵、人面岩、虎ノ瀬、という名称ポイントもありました→武庫川渓谷→渓谷下りとトンネル体験も終わり。→木ノ元(17:42)
→木之元から宝塚駅まで車道の横をひたすら歩いていると、途中の道に変な看板がありました。看板の内容は、線路は管理していない旨で、ああさっきのような廃線跡があるのだと思い、捜すと確かにありました。しかし雑草が生い茂りさっきのハイキングコースとは全然異なっており、お勧めコースではないです。
因みにここにも一つトンネルがありこれで合計5つのトンネルが体験できました。→阪急宝塚駅(18:25)
神鉄山の街(9:20)→高速下(9:44)→清光寺(10:30)→丹生山登り口(11:07)→鉱山道へ(11:25)→縦走路へ(12:15)→帝釈山頂586m(12:30)→丹生山515m・丹生神社(13:24)→朝日山頂513m(13:51)→シビレ山頂(14:00)→丹生山から淡河への道に戻る(14:18)→勝雄と戸田の分岐(14:54)→勝雄不動滝(15:44)→再び滝の上部に(16:00)→勝雄不動口バス停(16:23)→バス出発(16:33)→神鉄道場南口(17:00)
<<詳細>>
神鉄山の街(9:20)→線路沿いに西に5分くらい歩いた後道路の下をくぐり桂木団地内を西行きします。→高速下(9:44)→途中で阪神高速道の下を潜ると万丈谷川沿いの道に出ます。川沿いと言うよりも広くて明るい谷筋の基盤整備された棚田が広がっておりその田んぼの真ん中の道を下っていきます。
今日はとても天気が良く気温は高めで開放感のある一日のスタートです。途中の道で犬の散歩をしていた年配の男性が居てひなたぼっこを犬としていました。なお、このあたりの水田は真ん中に松の木(上に伸びないようにして横に枝がある形に)が一本必ず植えられてました。何故でしょうか。
田園の中を下ってくると清光寺がありました。このお寺には昨年9月4日に長坂山から下ってきたときにもおじゃましました。→清光寺(10:30)→清光寺からは丹生山や稚児ヶ墓山が見えます。ここから西に丹生山の登り口まで川沿いの田園地帯の丘を歩きましたが、快晴で寒くもなく非常にさわやかな山歩きです。
→丹生山登り口(11:07)→登って20分近くで分岐が出てくるので右の方の鉱山道へ→鉱山道へ(11:25)歩いていくと鉱山跡があるようなのですが見過ごしてしまい発見できず。道は最初はなだらかな道ですが途中縦走路に近づくと登りの道となりました。→縦走路へ(12:15)→山頂に着きました。
天気が良く六甲の峰峰が須磨から摩耶当たりまで見えている感じです。頂上には10人ほどがちょうど昼食を広げており、5人くらいのグループは祖父母が娘(当然孫の母)と孫3、4人で食べていました。お話を聞くと尼崎から来ておられよくお孫さんをつれてハイキングとのこと、なかなか良い趣味と関心関心。
→帝釈山頂586m(12:30)→ここでランチタイム→→丹生山・神社は周辺が綺麗に草が刈られており丹生山515m・丹生神社(13:24)→朝日山山頂手前は急坂ですがロープがありそれを活用しつつ上ります。→朝日山頂513m(13:51)→シビレ山まで10分程度であり、基本的に下りの道になります。
途中平坦な道を踏み分けていくとシビレ古代祭祀跡と書かれた木のプレートがあり、周りに石が並べてありました。ここがシビレ山山頂かなと思いましたが数分歩くとシビレ山山頂と書いたプレートを発見。山頂は見晴らしは無く、さっきの古代祭祀跡の方が見晴らしは良い感じです。→シビレ山頂465m(14:00)
→念願のシビレ山についたので一安心し、またもと来た道に逆戻り。山頂から先に続く道があるのですがどこに行く道か分からないので、元来た道に帰ることにしました。途中の朝日山からは急な下りでロープなしではちょっときついかな。
→丹生山から淡河への道に戻る(14:18)→暫く下っていくとさっきのシビレ山から降りてくる道を発見。本当はシビレ山から直接下りてこれることを確認。次回に使いましょうこのルート。北区発行のガイド本に勝雄と戸田の分岐についての説明が難しく、高圧線との関係から何とか分岐に間違わずにたどり着けました。
途中に分岐と紛らわしい谷への道?(迷い道であり、その分岐部分は多くのハイカーが足を入れており、思わず行ってしまいそうな感じ。でもすぐに進入禁止を意味していると思われるテープが木々の間に張られているのを遠くから発見)
→勝雄と戸田の分岐(14:54)→不動の滝への道は下っていき、その後滝へは階段を上るという説明書きがありまして、それを信じつつ下ります。下りは風化した花崗岩がむき出しになっているところや、シダが繁茂しているところを通りつつ下ります。そして、風化した花崗岩がむき出た広場の先から急勾配の下りへ。
残置ロープを活用しておそるおそる下っていきます。そうしていると、なにやら赤い旗や幟が眼下に見えてきて、なんとそこは「勝雄不動滝」。さっきのガイド本の中身と違います。→勝雄不動滝(15:44)→とりあえずお参りしそしてお水をペットボトルに一本いただき、
下山。途中降りていくと、なにやら山から下ってきている道に遭遇しましたが、これがガイド本で紹介の道かなと思い調べるために、登り始めました。そして再び滝上に。どうやらさっきの急勾配の手前に確かに道がありました。でも平たいところの分岐であり草に隠れていてその入口は発見できなかったのです。
→再び滝の上部に(16:00)→滝上から元来た道を引き返し、この道ならラクチンだなっていう感じでした。その後バス停まで下山→勝雄不動口バス停(16:23)→バス出発(16:33)→神鉄道場南口(17:00)
神鉄箕谷(9:20)→八王子神社(9:42)→柏尾谷→兵庫カンツリー倶楽部ゴルフ場(10:36)→天保池の道へ(10:55)→黒甲越(11:04)→大日地蔵(11:28)→東鹿見山→西鹿見山→ドコモ鉄塔(11:55)→天保池(12:38)→中山ノ大杣池(13:09)→野瀬ノ大杣池(13:34)→愛宕社(13:40)→農道へ(13:54)→大歳神社(13:59)→神鉄バス野瀬バス停(14:16)→バス出発(14:41)→神鉄道場南口(15:00)→神鉄岡場(15:20)→代替バス(16:10)→神鉄谷上→帰路
神鉄箕谷(9:20)→駅から車道に沿って青葉台団地に入っていき、抜けたところに八王子神社があります。
→八王子神社(9:42)→八王子神社の裏から柏尾谷川が流れておりこの川の側はきちんと整備された遊歩道がありその道を進んで登っていきます。自然遊歩道になっているようでキャンプするようなスポットも有りまして、川の水がとても綺麗な谷です。
途中から川を離れて山の中に入っていき結構登ってしまったところで丹生山系縦走路にでます。→柏尾谷→縦走路と行ってもアスファルト舗装の車道です。→兵庫カンツリー倶楽部ゴルフ場(10:36)
→目の前のゴルフ場を右へ曲がり、しばらくは東方面に舗装道路を下っていきます。→途中で天保池への道に入っていきますが、目印は特にありません。→天保池の道へ(10:55)→分岐が多い黒甲越のポイントです。→黒甲越(11:04)
→少し下り気味に谷筋の道をアップダウンしつつ歩いていくと、小さな地蔵さんが有ります。→大日地蔵(11:28)→縦走路の一つで、途中に東西の鹿見山の側を歩くのですが、山頂への道は探せずそのまま天保池に出てしまいました。
→東鹿見山→西鹿見山→ドコモ鉄塔(11:55)→天保池への数分手前に小さい池が有りましてそこに大きな鳥が1羽いました。初めて見る鳥なので種類は分かりませんでしたが、鶴くらいの大きさでビックリ、木の上に留まったところをカメラに収めました。
たぶん羽を伸ばした状態で1.5メートルくらいはあったと思いましたが、何という鳥ですかね。(アオサギでした)→天保池(12:38)→天保池からの道は不思議な道でところどころの山道は結構広くて両脇や片側にガードレールがあったりしています。
そのガードレールに後から大きく育ってきた松などの幹が食い込んできたりしていて何かの作業道だったのかなとも思われる道です。でも凄い石ころの道で歩いていて非常に足に負担がかかり常に足元を確認しながらの歩行でした。舗装道路に出ました。
ここから北進して野瀬ノ大杣池方面に行くのですが、数分行き過ぎて中山ノ大杣池に行きます。池は前回来たときよりは水が少ない状態でした。→中山ノ大杣池(13:09)→5分弱元来た道を戻ってから、北へ野瀬ノ大杣池方面にいく。
池への分岐のポイントにマウンテンバイクを車に格納していた若者2名と立ち話をしました。1人は西宮から来た人で最近マウンテンバイクにはまってよく、六甲周辺のおたふく山や、魚屋道といったところを走っているとのこと。今日初めてこのあたりに来たが、天保池方面の道は石だらけの道で自転車に乗らずに押して歩いた方が多かったとのこと。
なぜなら、石にペダルなどが破損するということなんで。因みに自転車といえどもどうも値段はビックリするくらいのようでちょっとした自動車が買えそうな値段らしいです。価格は教えてくれませんでしたが。
→野瀬ノ大杣池は堤がとても綺麗で、水は何故か透明ではありませんでしたが、絵の具を流したような綺麗な薄いブルーの水をたたえる池でした。→野瀬ノ大杣池(13:34)→愛宕社(13:40)→農道へ(13:54)→大歳神社(13:59)→神鉄バス野瀬バス停(14:16)→バス出発(14:41)→神鉄道場南口(15:00)→神鉄岡場(15:20)→有馬口で回送電車が脱線したと言うことなので岡場駅谷上駅間は振り替え輸送であり、代替バスに乗り換え。→代替バス(16:10)→神鉄谷上→帰路
神鉄有馬口(9:50)→水無谷へ(10:10)→水無川堰堤(10:19)→水無川第3砂防ダム(10:37)→水無滝手前の峠への登り道(10:50)→水無滝(10:58)→水無滝手前の峠への登り道(11:09)→水無峠(11:26)→高尾山(11:42)→裏六甲縦走路へ(12:00)→湯槽谷峠(12:09)→横谷→小川谷(12:26)→小川谷第五砂防ダム(12:53)→番庄屋畑尾根道(13:18)→旧極楽茶屋(13:23)→縦走路→西おたふく山付近→一軒茶屋(14:17)→本庄橋跡(14:47)→住吉道→五助ダム(15:55)→阪急御影(16:47)
神鉄有馬口(9:50)→水無川方面には兵庫登山会作成の丁寧な案内図があったのでそれに沿って登る。
水無谷へ(10:10)→すぐに大きな堰堤が出てきてここからが山道らしくなる。水無川堰堤(10:19)→第3砂防ダムの手前に第3砂防(副)ダムがあった。→水無川第3砂防ダム(10:37)→峠への登り道付近にはテープやプレートが結構たくさんある。しかし、このまま川を上っていくと滝があるはずなので直進する。なお、水はあまり流れて居らず名前の通りの川という感じである。→水無滝手前の峠への登り道(10:50)
→暫くすると遠くに黒っぽい堰堤のような壁を発見。これが水無滝かあと思いつつ接近。近ずくに連れて滝の大きさ、高さに圧倒される。高さはおそらく六甲の中で一番高いのではなかろうか。2本の滝があり雌滝と雄滝の夫婦滝とのことだが、水は少ししか流れて居らず。確認できなかった。
しかし、滝の壁は鏡のような肌をしており見事な滝である。これは断層面とのことである。滝水は途中で霧散して霧状の水が頭に降り注ぐ今まで訪れた中で一番印象深い、すばらしい滝です。→水無滝(10:58)→滝を見た後、道を引き返し、水無峠への分岐まで引き返します。→水無滝手前の峠への登り道(11:09)→登り道からは杉林の中を登っていきます。→水無峠(11:26)→高尾山までの登りは尾根道であり非常に傾斜が急な登りで結構きつい登りです。→高尾山(11:42)→縦走路まではなだらかな道が続きます。
→裏六甲縦走路へ(12:00)→湯槽谷峠(12:09)→横谷を下って小川谷まで→小川谷(12:26)→小川谷第五砂防ダム(12:53)→番庄屋畑尾根道(13:18)→旧極楽茶屋(13:23)→縦走路→帰りの下りは未だ歩いていない西おたふく山経由を踏破して帰ろうと思っていたのですが、思いがけず途中に西おたふく山経由との標識がありビックリです。しかしその道は以前登ってきたことがある道で、西おたふく山には行けないはずと判断し、もう暫くは縦走路を東進して道を捜すことにしました。
それで片っ端から脇道らしいところを探しては入っていきましたが、ある時は途中で道が途切れて車道の真上に出ました。車道へは2メートル強の段差があり、草を捕みつつ車道に降りました。そこでおかしいなあと思い、神戸市発行の地図(西おたふく山へのルート記載有り)とS社の地図(西おたふく山へのルート記載無し)をよくよく比較すると、神戸市発行の地図のルートと昭文社の西おたふく山と記載されている山の1キロほど西の名前無しの山へのルートが同一であることが分かったんです。
つまり、S社にある名前無しの山が実は西おたふく山で、実際の山よりも東のピークに西おたふく山と記載されているのです。おかげさまで1時間ほどオーバーウォーク。一軒茶屋から住吉道を下ることに。→一軒茶屋(14:17)→本庄橋跡(14:47)→橋跡を少し過ぎたところに住吉道と西に平行した山腹の道があったのでそちらに行くことに、なお、これは標識では森林管理道(14:50)と書いてありました。石畳のような道が多い住吉道を歩くよりも管理道の森の中は静かで脚の負担が少ない良い道でした。
暫くして住吉道にまた合流しましたが、極力、左岸の道を歩いてきましたが、途中、五助山への入り道、水晶谷への入り道を再確認して下っていきました。→五助ダム(15:55)→途中「灘目の水車」という所がありましたが、これは江戸時代にはこの地域になんと88基の水車が住吉川の水流を利用して回っており、灯油の油搾り、製粉、酒米の精米に利用されていたとのこと。なお、写真にある大小2つの水車の名前は「山田太郎車」(大)、「山田次郎車」(小)です。→阪急御影(16:47)
神鉄花山駅(9:40)→大池地獄谷へ(10:40)→地獄大滝(11:05)→ノースロードへ(12:00)→ノースロード→シュラインロードへ(12:07)→猪鼻橋(12:50)→茶園谷出会い(13:02)→ナバ谷分岐(13:07)→シラケ谷へ(13:14)→水道局ポンプ場(13:30)→仙人窟跡(14:20)→車道(14:36)→六甲山スキー場(14:39)→みよし観音(15:07)→天狗岩南尾根へ(15:25)→寒天橋(16:25)→渦森橋→阪神御影駅(16:55)
<<詳細>>
神鉄花山駅(9:40)→しばらくは市営団地の中を登っていきます。
途中から高速の下から山には入る道に行きます。→大池地獄谷へ(10:40)→途中から雪道が散見されてきたので早めにアイゼンを装着して出発。すぐに大きな堰堤で、水晶山第4砂防ダム(10:53)と書いてあります。→谷の流れはだんだんと氷が多くなって氷が張った下を水が流れるような風景がいたるところに確認できます。
そうこうしているうちに、なにやら立派な氷で覆われたような滝が左手に確認できました。真正面から写真撮影すればさぞかし良いショットかなと思っていたら、そのすぐ上に「地獄大滝」と書いたプレートを発見。→地獄大滝(11:05)→ここから先にずうっと谷の流れを右へ左へ横切りながらの登りです。
途中から雪の上に足跡が有ったり、テープを確認したりして登っていきますが、だんだんと分厚い氷が流れの中に出てきます。人が乗っても割れるような氷ではなく結構凍っています。→ノースロードに出てきたときにプレートには地獄谷は中上級者向きと書いてありましたが、そんな感じはしませんがテープを確認しつつ歩かないと行けない道です。→ノースロード出会い(12:00)→ノースロードは一面の雪道です。
→ノースロード→シュラインロードへ(12:07)→下りになりますが雪が多くつもっています。昇ってくる人も少なからず居り、聞くと神鉄六甲から登ってきたとのこと。途中から車道を歩きながら猪鼻橋へ。ここらはアイゼンがアスファルトとこすれ合って歩きにくい。→猪鼻橋(12:50)→茶園谷へ(13:02)→湯槽谷峠方面を歩いていくと、途中すぐにナバ谷の堰堤が道から確認できた。
たぶんこの堰堤沿いに行くとナバ谷かなと思いつつ、車道を直進。→ナバ谷分岐(13:07)→シラケ谷方面の案内プレートを発見。→シラケ谷へ(13:14)→南方向に登ることにしましたが、途中に水道局ポンプ場があると言うことなので、ポンプ場までのアスファルト道を登ることに。結構勾配のきつい道です。
ポンプ場のところで20分ほど休憩して昼食タイム。コンロで湯を沸かしてコーヒータイム。→水道局ポンプ場(13:30)→ここからは案内プレートがあり仙人窟跡へは杉山の中を登って行けとの案内。結構急な杉林でありかつ雪が降って曇って来たので薄暗い中、急勾配の杉林を登る。こんなとこ登るのかいなと思っていたら、ところどころにテープやプレートが有って暫く登り進んで、尾根伝いに登っていきます。
当初は「シラケ谷」なんで谷筋の道とばかり思っていたのですが、あにはからんや、尾根道でした。でもよく考えると、ポンプ場から南東方面の仙人窟の尾根道に登るのではなく、ポンプ場から南方面の谷に行くのがシラケ谷だったことが、茶園谷途中にあったプレートを見直して再発見。→ポンプ場から30分ほどの所に仙人窟跡に出ました。
→大震災前は崩れていなかったのですが、今は「跡」という字が追加されていました。→仙人窟跡(14:20)→出てきたところは「中山鉄鋼所の保養所」の前の道でした。登りは雪に足跡が一杯点いていたので登ってこれましたが、これが雪のない時に登れたのかどうか今ひとつ分かりません。
それから、逆に下りの際の入り口が確認できるかどうか。車道に出て数分行ったところにスキー場の駐車場に遭遇。→車道(14:36)→六甲山スキー場(14:39)→車道を進みます→みよし観音(15:07)→天狗岩南尾根へ(15:25)→表六甲も結構雪深く途中まではアイゼンを付けっぱなしで下る。→寒天橋(16:25)→渦森橋→
阪神御影駅(16:55)
渦森橋(9:05)→寒天橋(9:15)→渦森橋(9:25)→荒神山第3堰堤(9:55)→紅葉谷堰堤(10:25)→紅葉谷第4砂防ダム(10:40)→紅葉谷第2ダム(10:54)→大月地獄大滝(11:23)→休憩ポイント(11:45)→ケーブル駅「てんぐいわ」(12:56)→みよし観音(13:36)→雲ヶ岩(14:07)→心経岩(14:21)→記念碑台(15:13)→ケーブル山上駅(15:25)→寒天道への分岐(15:52)→寒天道→渦森台(16:35)
<<詳細>>
阪神御影駅から市営バスで渦森橋バス停下車→渦森橋(9:05)→道をあまり確認せずに間違って寒天橋に行ってしまいました。→寒天橋(9:15)→引き返し→渦森橋(9:25)→少し雪が残る道を歩いていくと、どーんと大きな堰堤です。上部が三段になっていて中央から水が流れています。
そんなに新しくない堰堤ですが大きさに圧倒。右手からテープ伝いに巻いて登っていきます。
→荒神山第3堰堤(9:55)→途中だんだんと冷えてきてますが、赤いテープが結構目立ち歩くのに助かります。途中流れの真ん中から水がわき出しているポイントを発見。残雪も多くなってきます。→どんどん堰堤越えです。何とか巻道を捜して登ります。紅葉谷堰堤(10:25)→紅葉谷第4砂防ダム(10:40)→
途中大きな堰堤があり左からビックリするくらい急な斜面を高~く登ってしまう巻道があり、ヒヤヒヤするところがありました。→紅葉谷第2ダム(10:54)→この後もいくつか堰堤あったのですが登るのに一生懸命でメモ付け忘れっぱなしで緊張の連続。但し、一カ所は太い鉄柱で出来た透過型の堰堤でこれはスルリとOKでした。そのスルリダムを越えたらすぐにすご~く大きな滝に遭遇。大月地獄大滝で、
一瞬見とれて記念撮影。高さは十メートルくらいで水量は多くありませんが頂部に大きな岩が2つあり異様な形をしている滝です。それもつかの間いったいこれからどうやって進むのか考えていたら滝の左手の垂直岩場に幾条ものロープが打たれていてこれで岩を登るのかなと思うと背筋がゾォッと。途中で落っこちたら確実に致命傷だなというかんじです。それで左脇に鉄パイプがあったのでそこから登ると少しはましかなと思い、トライ。でも全然登れそうもないやはり垂直岩。仕方なくさらに左手のガレ場を登っていくと黄色い荷造り用テープがあるのを確認。
直感的に巻道だと思い、登っていくと、大滝の中腹くらいまでの高さに登ることが出来、それから急なガケを木に捕まりながら何とか上に。ヤッタと思い、上から大滝を覗くとやはり高い滝ですごみがありました。→大月地獄大滝(11:23)→つぎに出てきたのが、岩と岩の間に白く見える堰堤です。結構高いダムでかつ、周りの谷も険しくその堰堤までたどり着くのに一苦労。でも残置のロープなどがあり助かりました。そのあと堰堤越えですが堰堤左側は階段状になっていてグリップも付いており上れるのですが、何せ急なことと高いことで途中で足元を見るとひやっとします。たぶん5階建てくらいのビルを外側から登っているのと同じなんでしょう。
→ここから、左側の尾根を行くルートと引き続き谷筋を行くルートがあるようです(後で分かったことですが、到着時はウロウロして道らしきものを捜して安全な方を優先。)。5階建てビル様の堰堤の先は広くなっており、谷筋にはさらに2つの堰堤が確認できました。しかし、そちらへの道は確認できず(広くなっているところなのでどこからでも行けるのかもしれませんが、踏み固めた道が無いという意味です。)もう一つは西側に尾根がありそちらの方に少し登ってみると道がありました。そして岩に赤いペンキで矢印が描かれており、一安心。南に面したところで昼飯休憩。今日は晴天で風もなく凄く良い日に恵まれました。これが悪天候だったらこの難路と併せて不安で一杯のルートになるところでしたが幸い天気が味方してくれています。→休憩ポイント(11:45)
→ここから尾根伝いですが結構東側が絶壁状態でゾオーッとするところ多し。でも残置のロープがいたるところにおいてあり気が休まります。やっとの思いでケーブル駅に到着。振り返って考えると、途中、尾根からは谷ルートは堰堤の先に階段が山腹に確認できたりしましたので、あのまま登っていくと、おそらく「みよし観音」のところに出てくるルートと思われます。次回機会があればまた。→ケーブル駅「てんぐいわ」(12:56)→縦走路方面に出て、みよし観音に行き、手前のバス道を歩いてスキー場方面に行きます。
理由は次回に予定したいシラケ谷へのとりつきポイント探しのため。→みよし観音(13:36)→高山植物園を過ぎ暫く行くと雲ヶ岩、心経岩方面の標識がありちょっと行くことに。最初、周りは別荘・保養所だらけでしたが、途中地元の夫婦連れのおじさんにどこに行くのかと尋ねられました。ここから先は雪が深く危ないよと注意をしてくれました。名所なのでそんなつもりはなかったのですが、確かに雪が今年は多く行ってみると雪だらけ、早速昨年購入したアイゼンを靴に付け安全歩行に。雲が岩は大きな石で途中真ん中に割れ目がある岩です。ここから望む夕日は絶景とのさっきのおじさんの解説があり然りと思いました。→雲ヶ岩(14:07)→暫く行くととっても大きな岩があり、平らな面になにやらたくさんの字が彫られていました。
→心経岩(14:21)→途中、シラケ谷へのルートを探したのですが分からず終い。→記念碑台(15:13)→ケーブル山上駅(15:25)→表六甲なのに今年は雪が多く、暫くアイゼンを付けて下山。→寒天道への分岐(15:52)→寒天道→渦森台(16:35)
神鉄有馬口→東山橋→逢山峡→茶園谷→湯槽谷峠→高尾山→水無山→鬼ヶ島→神鉄有馬口
<<詳細>>
神鉄有馬口→駅前の道からほぼ南下します。南下と言っても柔らかな登りで、南上と言う感じですが、舗装道路を歩いていきます。車はほとんど通らず、途中はずっと西側(左側)に川を見つつ歩いていきます。途中に山王神社があり、義経が一ノ谷の戦いの戦勝祈願をしたとの伝えがあるところです。東山橋のところで、東に登ると逢ヶ山に登っていきますが、そのまま南上していきます。東山橋→ここから、少し勾配が急になりますが、右手の川の景色がめっきり良くなって自然たっぷりの散策道という感じです。→逢山峡→途中に、仏谷に行く分岐道を横目に数十メートルくらい分岐せずに過ぎてると茶園谷への分岐が出ますので、川に沿って歩きます。地図では道の北側(左側)に川を見てとなっているんですが、すぐ谷だったりして少し感じが違いますが歩いていきます。→茶園谷→途中で小川谷の分岐がありますが、湯槽谷峠の方へ谷伝いに登っていきます。ゴロゴロした岩がある谷で少々歩きにくい感じで日当たりは良くない方です。峠手前が少し急な登りですが、道なりに歩いていくと大丈夫な道です。→湯槽谷峠→峠で4人くらいの中高年の女性グループと会い、話すと彼女らはどうも同じ時刻くらいの電車に乗り、有馬温泉で降りてから登っているとのこと。反対のルートです。→高尾山→高尾山からいよいよ初めてのコースの水無山です。→水無山(12:13)→次いで鬼ヶ島です。→鬼ヶ島→山頂からは結構急な下りがあったりでした。→神鉄有馬口
新神戸(9:55)→市ヶ原(9:40)→植物園東門(10:37)→桜谷出会(11:02)→まむし谷手前脇道(11:10)→まむし谷へ(11:30)→獺池(11:38)→石楠花谷西尾根へ(11:52)→尾根下→石楠花谷入口(13:20)→第4堰堤(13:54)→ダイヤモンドポイント(14:52)→三国池→杣谷峠→阪急六甲駅(17:00)
<<詳細>>
北野を9時半にスタートして新神戸駅に向かいます。→新神戸(9:55)→今日は天気が良く紅葉が目に眩しい秋晴れです。今日は六甲山ウォークというイベントが催されていて、各所にチェックポイントと子供向け?にクイズポイントがありました。参加者は新神戸と谷上からの3コースでゴールは植物園。そのクイズポイント中の一問、「六甲山にはいくつ砂防堰堤(ダム)があるでしょう?答えは最後。」
→市ヶ原(9:40)→植物園東門(10:37)→桜谷出会(11:02)→地図ではまむし谷手前に「森林管理道まむし谷へ」の道がありまだ通ったことがないので歩くことにしました。でもこの道はわざわざ小山を上り下りする道で体力を使ってしまいました。登り・下りそれぞれのところに丸太橋がありますが結構腐植が進んでいてソローリソローリ。頂上付近には結構大きな岩があり名前が付きそうな威厳のある岩でした。
→まむし谷手前脇道(11:10)→まむし谷へ(11:30)→ほどなくカワウソ池に→獺池(11:38)→ドライブウェーを暫く歩くと、途中に六甲山牧場と書かれた緑色の標識がありその手前から北へ下って行くと石楠花谷西尾根です。→石楠花谷西尾根へ(11:52)→途中は笹のすごく深い道で東へ行きすぎてしまい、元に戻ったりして少しタイムロス。
途中からしっかりとした案内(黄色いテープ印)がありこれに従って尾根下へ→尾根下→休憩して再度六甲山方面に登ることに。石楠花谷入口と書かれた岩を見つけました→石楠花谷入口(13:20)→地図では約30分で第3堰堤となっており、進んで行くと早くも20分足らずで第3堰堤に到着。ここから東の谷に入るように地図では記載されているので捜すも不明。
仕方なく、道なりに登ると大中2つのま新しい堰堤から成る第4堰堤発見。ここから確かに地図通りに谷が分岐しており東の谷に入る。おそらく地図の標記が間違っていると思われる。→第4堰堤(13:54)→ここからは、岩がゴツゴツした谷で、途中はロープも付けてあったりで結構な難路であります。しかし、ここもしっかりした案内(赤ペンキで縦に3点の印)が丁寧に木々に吹き付けられていたので迷うことなく上れる。
→ダイヤモンドポイント(14:52)→三国岩(15:08)→杣谷峠(15:36)→ここからの下山は結構岩場が多く疲れた足には負担が大きい道です。→下山(16:44)→阪急六甲駅(17:00)<答えは511基でした。>
須磨浦公園駅(スタート5:15)→鉢伏山(248m)(5:30)→旗振山(253m)(5:38)→鉄拐山(234m)→おらが茶屋(11:02)→高倉台団地→栂尾山(274m)(6:18)→横尾山(312m)(6:30)→須磨アルプス→東山(253m)(6:52)→妙法寺(7:15)→高取山(326m)→高取神社(7:55)→雛越駅(8:52)→菊水山駅(9:16)→菊水山(458.8m)(10:00)→天王吊橋(10:30)→鍋蓋山(486.2m)(11:05)→大竜寺(11:27)→市ヶ原(11:42)→天狗道(12:30)→摩耶山(13:20)(スタート13:45)→杣谷峠(14:11)→三国池(14:39)→丁字が辻(14:46)→記念碑台(15:04)→神戸ゴルフ倶楽部(15:14)→凌雲台(15:30)→極楽茶屋跡(15:41)→一軒茶屋(16:10)→東六甲分岐点(16:20)→船坂峠(17:03)→大平山(17:25)→大谷乗越(17:50)→塩尾寺(16:35)→宝塚(19:11)
<<詳細>>
北野に午前3時半にタクシーで友人と合流することとしていたので、起床は2時過ぎで少しというかかなり眠い状態で始まった一日。
準備は前日までにすませていたので大丈夫ですが長丁場になるのでなるべく荷物は少なめに軽めにをモットーに準備。定刻にタクシーに合流し須磨浦を目指しますが、運転手の人から高速を使うか尋ねられ、時間は十分あるので普通の道で構わない旨を告げ進行。途中で何台かのタクシーに追い越された際にそれらの車内を覗くとハイキング姿の客が一台に4人とか5人とかの相乗り状態を発見。
ああ~、我らと同じスタートポイントを目指しているんだと納得。公園前に着くとたくさんタクシーが止まっていて、ぞろぞろと客が降りていきます。私は3時55分にスタート地点から続いていると思われる列の最後尾に並びました。大体、線路を跨ぐ橋を渡りきった当たりでしたのでビックリ、しかし、すぐ数分後には後ろにぞろぞろ後続が並びます。5時になり列が動き出し、スタート地点で手続きをして歩き出したのが5時15分。須磨浦公園(スタート5:15)→緩やかな石段を列をなして進んで行きますが特に渋滞と言うことでもなく普通の調子です。
また、ヘッドライトは使いましたが、道は良く大体見える感じでした→鉢伏山(248m)(5:30)→旗振山頂から朝日が見えました→旗振山(253m)(5:38)→ここから鉄拐山頂に登るコースなのかなと思っていたら、手前の左ハイキングコースをみんな歩いており、ごく一部の人が山頂を目指しているようでした。→鉄拐山(234m)→おらが茶屋の手前で左のコンクリート道を下り高倉台団地入り口のさつき橋に出ます。→団地にはいるとすぐにボランティアの方が「団地内は静かに歩きましょう」のプラカードを掲げて細心の気遣い。
みんなそれまでの談笑を止め、ウォーキング。→高倉台団地→栂尾山の階段手前で少し渋滞となり、休みつつ山頂を目指します、→栂尾山(274m)(6:18)→横尾山(312m)(6:30)→馬の背手前の急勾配の下りで大いに渋滞。順番に鎖等を頼りに下ります。ここにも何名かのボランティアが安全確認。→須磨アルプス→東山(253m)(6:52)東山からコース変更になった下山ルートをたどります。出来たばかりのルートでしっかりした勾配のきつい道です。ご苦労様。→妙法寺(7:15)妙法寺の交差点でもボランティアが安全横断に目配り。
ご苦労様です。高取山は少し渋滞気味で登ります。特に先頭の女性が遅かったのでかなりの長蛇となりましたが、おかげで体力の消費が少なく登坂。→高取山(326m)→高取神社(7:55)→高取神社下の安井茶屋のところのコース変更ポイントに誘導され丸山町方面に下山。ここでもボランティアさん。ここから菊水山が遠くに見え1時間くらいかけて丸山町、鵯越駅を抜けて菊水の麓に行きます。→雛越駅(8:52)
→菊水山駅(9:16)→処理場のところで小休止し、おなかも空いたのでおにぎり一個イン。菊水山は結構階段部分が多く苦労しますが、何とか山頂に。時間はちょうど10時と5時間弱で着き、ここが第一チェックポイントで、印をカードに付けてもらった後、小休止。→菊水山(458.8m)(10:00)→山頂で10分休憩→天王吊橋(10:30)→鍋蓋山は階段がないのでマイペース?というか渋滞ペースで登る。
→鍋蓋山(486.2m)(11:05)→山頂で5分休憩。このあたりでそろそろ6時間経過→大竜寺(11:27)→市ヶ原(11:42)→そろそろ7時間経過→天狗道(12:30)→アップダウンが続きますが、摩耶山まで来れば何とかなると思い頑張って登ります。たぶん他の人たちも同じ思い。→ついに山頂に。ここは2回目のチェックポイントでテントの所に並びチェック印をゲット。
その後はボランティアの方々がサービスしてくださるホットレモンを4、5杯頂きました。何せ、摩耶山登るのに汗をかき脱水気味であったので。おまけに甘いので疲れが一気に吹き飛びました。8時間経過。→摩耶山(13:20)→さらに、ホットレモンをペットボトルに入れてくださるとのことで2本入れて頂きました。ここで30分程度休憩しおにぎりイン。→(スタート13:45)→そろそろ9時間経過
→杣谷峠(14:11)→三国池(14:39)→丁字が辻(14:46)→記念碑台(15:04)→そろそろ10時間経過→神戸ゴルフ倶楽部(15:14)→途中、郵便局で甘酒が振る舞われており、一杯頂きました。→凌雲台(15:30)→極楽茶屋跡(15:41)→一軒茶屋(16:10)→そろそろ11時間経過。分岐点で3回目のチェックポイント。係の人が未だ5時半まで明るいけどそろそろライトの準備をとアドバイス→東六甲分岐点(16:20)
→分岐を過ぎた当たりから北側を見下ろすと雲海の中に山々が見えて墨絵のようでした。写真を撮ろうとしたのですがみんな一列行進しているので十分なポイントを探せず歩きつつ数枚写真に収めた程度でやや残念。それから、5時過ぎると山は早く暗くなり、ヘッドライトを点灯。→船坂峠(17:03)→このあたりはもう真っ暗状態でみんな黙々とひたすら一列になって進みます。渋滞状態ですが結構高速歩行でお互いがせっつかれるように黙々とです。→大平山に出たところの車道にテントがありライトも点いてました。
ここで多くの参加者がしばしの休息をとっていました。そろそろ12時間経過。→大平山(17:25)→大谷乗越に出る直前の所はすごい岩場の下りなので、ここではライトが煌々と焚かれていて今までヘッドライトのか細い明かりに頼っていた状況とは別世界。感謝!!→大谷乗越(17:50)→そろそろ13時間経過。ようやく塩尾寺です。→塩尾寺(16:35)→宝塚(19:11)
須磨浦公園駅(スタート10:12)→鉢伏山(248m)(10:37)→旗振山(253m)(10:42)→鉄拐山(234m)→おらが茶屋(11:02)→高倉台団地→栂尾山(274m)(11:25)→横尾山(312m)(11:40)→須磨アルプス→東山(253m)(12:03)→妙法寺(12:37)→高取山(326m)→高取神社(13:13)→雛越駅(14:22)→菊水山駅(14:45)→菊水山(458.8m)(15:28)→天王吊橋(15:53)→鍋蓋山(486.2m)(16:17)→大竜寺(16:42)→市ヶ原(16:56)→新神戸駅(17:40)→北野ホテル(18:05)
<<詳細>>
須磨浦公園駅(スター10:12)→全縦前のトレーニングを行うため4回目のルートです。スタート時刻が遅いのですが駅を降りるとたくさんの登山グループが集まっています。早速石段の登りをひたすら登っていくとだんだん暖かくなり汗ばんできます。前回よりも5分程度遅いタイムです。前日の飲み過ぎが原因です。
展望台でいつものように須磨浦海岸にレンズを向けシャッターを下ろした後、いつもは行かない山頂に行きます。山頂はケーブルカーの駅と広場があり山頂の碑があります。→鉢伏山(248m)(10:37)→山頂から下っていくと全縦の道にすぐ合流し、旗振山頂(253m)に到着します。ここからも須磨の浜辺が見えるのでいつも通り、シャッターを下ろします。
→旗振山(10:42)→鉄拐山へは少し下り道が続きますが、山頂手前でぐっと上りがありまして頂上ですが、以前出会ったグループが山頂への道を登らず左側の平坦な道を歩いていましたので、トライしてみることに。そしたら案の定山頂を右手に見つつ、すぐに全縦コースに合流です。5分くらいタイムが短縮できるのですが、さて当日はどっちが良いのか。
→鉄拐山(234m)→山頂から下ったところに出てきました。暫く行くと公園に出て、おらが茶屋の方に行くのですが、ここでも以前出会ったグループは公園内の少し上り気味の道を登らずに左手の小さな道を歩いていきましたので早速トライ。でも下りのコンクリート道で脚には負担のある道でお勧めではありません。但し、高倉台の団地が良く見え景色眺めるには良い道です。
→おらが茶屋下(11:02)→団地への最初の橋である「さつき橋」の所に出るので、ここから全縦コースに合流です。→高倉台団地→だんだん調子が戻ってきて栂尾山の階段を一気に登り茶屋から23分くらいで階段上り終わり山頂に着きました。→栂尾山(274m)(11:25)→続いて横尾山方面ですが軽い起伏を登って少し早いタイム15分ほどで山頂に。→横尾山(312m)(11:40)暫く行くと「須磨アルプスの馬の背」で、いつも通りシャッターバシャバシャです。良く山肌を見渡すと11月なので紅葉した木々がいたるところにありました。→
須磨アルプス→馬の背を通り過ぎたら東山山頂です。→東山(253m)(12:03)→ここから横尾団地に下るところが全縦コース変更されていると言うことで注意して歩いたのですが、結局、変更前のコースを歩いてしまっていました。この下りの階段はいやです。妙法寺に市民トイレがあり確認と使用。それから小学校を左手に見つつ、高取山の上り口に遭遇です。→妙法寺小(12:37)→このあたりすこし車道を歩くのですが以外と交通量が多く嫌いなポイントです。高取山への山道に入ります。途中振り返ると須磨アの背の白い岩肌や妙法寺周辺の団地などが確認できます。頂上まで上りましたが、前回よりはスピードが遅い感じです。
たぶんペースアップしていたツケがここに来ていると思われます。前回は荒熊神社に参ったので、今日は高取山頂に登りましたが、結構広く猿田彦などの碑があります。→高取山(326m)→高取神社(13:13)→下る途中全縦コース変更が安井茶屋の所にありこれはしっかり確認できました。綺麗で大きな市民トイレがありました。→→雛越駅(14:22)→木々の間の地道を通り、前回失敗した下水処理場の脇を通るルートもちゃんと外さずに通過です。大きな標識があるのに何故前回気が付かなかったのだろうと思いました。→菊水山駅(14:45)→プラの擬木で作った階段を確認し後はこれを登るだけ。途中山頂まで900メートルと書いた標識があり、何分で上れるかチェックしたところ25分かかりました。次回の参考にしようと考えます。
山頂は広く大きな鉄塔が2つあり、菊水山の大きな石碑で5分休息。→菊水山(458.8m)(15:28)→5分休息し、さあ次は鍋蓋山ですが、そろそろ時刻が気になり出したので急いで降りることに。ほとんど下りは駆け足気味に下りました。天王吊り橋まで通常25分か30分程度かかっていたのが、今回はなんと20分と最速。→天王吊橋(15:53)→またまた普段は30分程度で山頂ですが、時間が気になり急ぎ足で登り24分で山頂に到着。→鍋蓋山(486.2m)(16:17)→山頂では一休みもせずに先を急ぎます。何せ後1時間くらいで暗くなるものですから。しかし急ぎ足で今まで来ているものですからここからだんだんとしんどくなってきました。
特に山門や境内の付近から。→大竜寺(16:42)→その後は舗装道路を暫く下っていきます。周りが暗くなりかけた頃に市が原の河原に出てきました。さすがに誰もいません。→市ヶ原(16:56)→ここから新神戸駅までは街灯が点いていて大丈夫でした。しかしちょっと街灯の間隔が長いところでは明かりが欲しいところもありました。途中の布引ダムでは底面が青く点灯しているロープウェーが運行しており、夜空に綺麗でした。それから、途中展望台から市内の夜景が一望できました。シャッター切ったのですがスピードが遅くて手ぶれ発生でした。→新神戸駅(17:40)→北野ホテル(18:05)
六甲山上駅(スタート12:00)→記念碑台(12:10)→神戸ゴルフ倶楽部(12:19)→凌雲台(12:35)→極楽茶屋跡(12:48)→六甲最高峰(13:25)→一軒茶屋(13:30)→石宝殿(13:46)→船坂峠(14:25)→大平山(14:55)→大谷乗越(15:15)→塩尾寺(16:18)→宝塚(16:55)
<<詳細>>
六甲山上駅(スタート12:00)→午前中は雨が降っていたので12時からのスタートで、時短のためやむを得ず六甲ケーブル下駅からケーブルで上がり、縦走路である記念碑台まで歩く。霧がかかっており結構寒く手指が冷たい。→記念碑台(12:10)→平坦な道を歩く、雨上がりであるが結構歩いている人がいる。→神戸ゴルフ倶楽部(12:19)→
ゴルフ場の脇の道を歩いて暫く行くとガーデンテラスのしゃれたスポットに出る、観光客も多くジンギスカンのお店なんかはお客が順番を待っている状態です。→凌雲台(12:35)→冬に凌雲台から極楽茶屋の下り道を降りたときは雪が凍結していてなかなか降りれず大変な思いをしたことがよみがえってきました。その時は子供グループを引率していた男性が親切にも手持ちのアイゼンを貸して頂いてやっと降りれた所です。
北向きで風が強くやはり冬になると積雪するような地形だなと思いつつ。→極楽茶屋跡(12:48)→極楽茶屋跡の建物は赤っぽい色の建物と思うのですが、すぐ近所にある車道沿いの店は営業しており極楽茶屋でいいのでしょうか。看板がないので分かりませんでした。→ここから六甲最高峰まで縦走路と車道が多くのところで交差しています。どちらを歩いても全縦規定上は良く、
縦走路はアップダウンがありきついこと、車道は車が度々通るのと距離が長くなることが欠点です。縦走当日は脚の疲労程度でどっちを歩くか考えることに。全縦では最高峰に登んなくても良いのですが今日は折角ですから立ち寄りました。→六甲最高峰(13:25)→最高峰を下り、魚屋(ととや)道の方に分岐しているところにあるトイレでしばしの休憩。車道を振り返ると一軒茶屋がありますが、そこから多くの女性ハイカーグループがぞろぞろと切れ間無く出て来ます。少し途切れたところでシャッターを押しました。→
一軒茶屋(13:30)→石宝殿の方に行きかけたが戻って車道を少し進みます。→石宝殿(13:46)→車道左に全縦コースの案内標識があり「宝塚まであと12km」→ひたすら下っていきます。道は当初は良いのですが途中から急な下りでかつ花崗岩の風化した道なのでがけのようなところもあり、
設置してある鎖を握りながら下るところもあります。全縦当日はこのあたりは明るいうちに通らないと大変です。→船坂峠(14:25)船坂峠当たりで当日はライト付けないとダメだと思われます。但し道は平坦で歩きやすいから少し安心ですが。→大平山(14:55)→大谷乗越(15:15)→塩尾寺(16:18)→塩尾寺からの下りは結構急でかつ舗装道路なので脚への負担は相当な感じだと思います。途中階段でのショートカットを先行グループが歩いたので確認のため歩きましたがすごく急勾配の階段で脚の負担が倍増しそうだし、
当日はライト頼りで下るのでお勧めではない近道と思いました。→最後はゴールの公園を探して発見して帰路に→宝塚(16:55)
須磨浦公園駅(スタート8:03)→鉢伏山(248m)(8:25)→旗振山(253m)(8:30)→鉄拐山(234m)(8:41)→おらが茶屋(8:53)→高倉台団地→栂尾山(274m)(9:17)→横尾山(312m)(9:29)→須磨アルプス→東山(253m)(9:46)→妙法寺(10:18)→高取山(326m)→高取神社(10:55)→雛越駅(11:50)→菊水山駅(12:20)→菊水山(458.8m)(12:58)→橋(13:35)→鍋蓋山(486.2m)(14:00)→大竜寺(14:23)→市ヶ原(14:40)→稲妻坂(15:00)→引き返し・再登坂(20分)→天狗道→摩耶山上(698.6m)(16:25)→ロープウェイ&ケーブルカー→摩耶下駅(17:20)
<<詳細>>
須磨浦公園駅(スタート8:03)→2週間前に行ったコースの確認と鵯越でドロップアウトした、リベンジを兼ねての3回目のルートです。駅を降りるとたくさんの登山グループが集まっています。来月は神戸市主催の全山縦走イベントがあるのでたぶん多くはそのトレーニングだと思われます。そういう自分も同じ状況です。駅から西の方向に向けて出発すると、後ろから大グループが来ています。スタート地点の所でトイレに入りたいのですが入るとこの集団の後ろとなりいやだなと思いましたが、まあそんなに急がなくてもと思いトイレに入り、この集団の後ろに着くことになりました。ところが結構早いグループで付いていくのがやっとでとても追い越しなんて出来ず、先頭行ってれば煽られるところでした。20分程度で展望台と山頂に着きます。眼下に綺麗に須磨の浜辺が見えます。
→鉢伏山(248m)(8:25)→続いて緩やかな上りで5分程度で旗振山頂(253m)に到着します。ここからも須磨の浜辺が見えます。→旗振山(8:30)→鉄拐山へは少し下り道が続きますが、山頂手前でぐっと上りがありまして頂上ですが、さっきのグループは山頂への道を登らず左側の平坦な道を歩いていました。→鉄拐山(234m)(8:41)→山頂から下っていきます。途中でさっきのグループが先を歩いておりショートカットを発見です。暫く行くと公園に出て、おらが茶屋の方に行くのですが、ここでもさっきのグループは公園内の少し上り気味の道を登らずに左手の小さな道を歩いていきました。またショートカットかなと思いつつ、私はまっすぐにおらが茶屋の前の道を通り、下り階段を下って高倉台団地を目指します。
→おらが茶屋(8:53)→団地への下り階段がありスタコラ降り終わろうとするときにまたさっきのグループが、団地内に通じるさつき橋を渡っているではありませんか。ショートカット二つ目発見。その後グループは団地内のトイレに多くの人がいっているらしくここで抜いていきました。→高倉台団地→栂尾山の400段の階段上りの手前の団地内で途中からつかず離れず背後に同年代かすこし若そうな男性から抜かれました。
私より足が長そうなので仕方ないかなと。15分ほどで階段上り終わり山頂に着きました。→栂尾山(274m)(9:17)→なお、さっきの男性は山頂で小休止のようですが私はちょっとだけ休んですぐスタート。続いて横尾山方面ですが軽い起伏を登って20分ほどで山頂に。→横尾山(312m)(9:29)暫く行くと「須磨アルプスの馬の背」ですが、さっきの男性が後ろに確認できたので近づいたら道を譲らねばと思いつつ進みます。→
須磨アルプス→馬の背を通り過ぎたら東山山頂で、2週間前にも来たのでさっと目で雰囲気を確認し通りすぎます。→東山(253m)(9:46)→妙法寺方面に下っていきます。団地までは長いだらだらとした下り坂で途中から車道に出るので脇の歩道を歩いて所々にある「縦走路」の張り紙、看板などを確認しつつ歩いていきます。妙法寺、それから小学校を左手に見つつ、高取山の上り口に遭遇です。→
妙法寺小(10:18)→このあたりはルートが町中にあり神戸市主催の大会申し込み書に入っていた詳細ルート地図を確認しつつ2週間前の記憶も重ねながら歩きます。結構交通量の多い道を上りその後右折のところと思って歩いていたのですが、ここでも先方を歩いていた若者は地図より早く右折し団地の中に入りました。たぶんこれもショートカットなんでしょうが。高取山への山道に入ります。途中振り返ると須磨アの背の白い岩肌や妙法寺周辺の団地などが確認できます。そんなに急ではない上りですが、
馬の背から後ろを歩いていた男性が確認でき、気にしながら登ります。今日は気温は涼しくかつ風もありさわやかな感じで登ります。頂上まで難なく上り、縦走コースからはずれて荒熊神社でお参りしました。そこでさっきの男性も程なく到着したので少しお話しすると、今日は大阪から来ており、
11月の全縦参加予定でその下見とのことでした。お互いの無事の踏破のエール交換して私が先にスタート。→高取山(326m)→高取神社(10:55)→2週間前とは大違いの体調ですこぶる快調であり、途中神社下の月見茶屋のところの公共トイレで用足し。そこに二人連れの若い女性が休憩していたので声をかけると、
全縦トレーニングとのことで同じ日の様子。ここでもお互いの無事の踏破のエール交換して私が先にスタート。しかし下り道はすぐ二人の女性に追いつかれちょうど良い目標にして進むことに。女性は地図無しでどんどん鵯越駅まで歩いていました。彼女たちは駅前の自販機でしばしの休息をとっていたのですが、私はスタコラサッサ。→→雛越駅(11:55)→ここからは先週からの続きです。木々の間の小径で涼しいスタートですがまたまた彼女たちが急接近です。
がんばってと声をかけて道を譲り、また目標にしようと。なにせ菊水山入口までは道が入り組んでいるものですから。しかしすぐに見えなくなりました。でも3人組の女性グループが先を歩いていたので、大丈夫だろうと思い詳細地図も見ずに歩いていたらなんと下水処理場の脇を通るルートのはずが処理場の端の方に登ってしまい行き止まりになってしまいました。
3人組の女性グループが引き返してきたのです。引き返してルートチェックして全縦ルートに入り直したが約10分くらいのロスタイム発生。なお、3人組の女性グループともやはり全縦トレーニングとのこと。→菊水山駅(12:20)→プラの擬木で作った階段を確認し後はこれを登るだけ。ゴルフクラブの芝がきれいですがひたすら登ると駅から30分ほどで山頂です。山頂は広く大きな鉄塔が2つあり、菊水山と銘打った大きな石碑がデェーンとそびえ立っており、多くの人がここでひとときの休息をとっています。
ここでさっきの女性二人グループが昼食中でした。→菊水山(458.8m)(12:58)(13:10start)→さあ次は鍋蓋山ですが、一度かなり下って麓まで着いてから登ることになるので、下り道です。ボトムの所には天王吊り橋があり、その橋を抜けると鍋蓋の上りが始まります。→天王吊橋(13:35)→またまた30分程度で山頂ですが、ここの上り道は階段道ではなく通常の山道なので脚への負担はそれほどはありませんし、涼しい良い風のおかげで思ったより辛くありません。→鍋蓋山(486.2m)(14:00)→ここからは下りです。下っていくと山門や境内の中に入ります。→大竜寺(14:23)→その後は舗装道路を暫く下っていきます。なお、ほとんど車は通っていないので危険ではありません。河原に出てきました。相変わらずたき火の煙の充満している河原です。→市ヶ原(14:40)→ここでさっきの女性二人をまた発見。彼女たちはここから新神戸に下ると行っていたのですが、離れていたので声をかけるのも変だと思い。心でGood Bye。私はここからもう一踏ん張り摩耶山まで登ることを決意。しかし、時間を計算すると16時半近くなるかな。確かまだ明るいよなと思いつつ登りました。
しかし、下る人ばかりと遭遇するだけで心配に、トゥエンティクロス方面に向かいますが途中で東への縦走路に入りハーブ園への分岐道手前付近で15時になり、目の前に摩耶山が入ります。ここから暫く下りそれから登ると時間が心配となり引き返すことにしました。→(15:00)→下っていくと10分くらいで以前抜いた初老の男性が登ってきており、声をかけてその方とやっぱり摩耶山を目指すことに。その人は50歳台から山登りを始め同僚とともに全縦のタイムトライアルをしていたとか最高で9時間台で踏破していたとのことでその当時は下りはほとんど走っていたと言うことでした。下りは天狗道は岩が多く歩きづらいので学校林道から降りた方が良いとのアドバイスとか色々と話をしつつ、いつの間にか摩耶山頂・掬星台です。ここでたくさんお礼を言って分かれました。この方も私と同じ日に全縦するとのことで今年で17、8回目の参加になるとのこと。
途中数回は休んだがと言っていました。そうすると歳は70歳超えてそうですが。→摩耶山上(698.6m)(16:20着)→ここでしばし休憩をとり、ロープウェー、ケーブルカーを乗り継いで下山。
雛越駅(スタート9:23)→菊水山駅→菊水山(458.8m)(10:19)→橋(10:53)→鍋蓋山(486.2m)(11:20)→大竜寺→市ヶ原(12:03)→稲妻坂→天狗道(12:45)→摩耶山上(698.6m)(13:30)(14:05)→アゴニー坂→杣谷峠→サウスロード出会い(14:47)→三国池(14:58)→地獄谷西尾根→水晶山(710m)→神鉄花山駅(17:20)
<<詳細>>
雛越駅(スタート9:23)→六甲全山縦走トレーニングの先週からの続きです。前回は鵯越でドロップアウトだったんで。先ず駅を降りて線路を越えて縦走路コースに入ります。木々の間の小径で涼しいスタートです。なお、線路を越えずにそのまま舗装道を登り鵯越墓園方面に行くと、史蹟鵯越の石碑、蛙岩、義経馬つなぎの松などの史蹟コースになります。途中下水処理場などを通過しながら徐々に登っていきます。菊水山駅へ通じる階段が左手に見えましたが17年の春くらいから閉鎖しているとの看板が出ていました。昨年は菊水山駅を利用したのですがちょっと寂しい感じです。なおこの駅は無人でしたので、ホームに降りると車掌さんに切符を見せたり精算するシステムがとられていました。→菊水山駅→プラの擬木で作った階段が続いておりひたすら登ります。なお、見晴らしは良いので背後は明るい日差しを受けつつ登ります。途中からは足下に菊水ゴルフクラブのコースが見えます。緑色の芝がきれいですが、感慨にふける余裕もなくひたすら登ると駅から30分ほどで山頂です。山頂は広く大きな鉄塔が2つあり、菊水山と銘打った大きな石碑がデェーンとそびえ立っており、多くの人がここでひとときの休息をとっています。→菊水山(458.8m)(10:19)→さあ次は鍋蓋山ですが、一度かなり下って麓まで着いてから登ることになるので、下り道です。ボトムの所には天王吊り橋があり、その橋を抜けると鍋蓋の上りが始まります。→橋(10:53)→またまた30分程度で山頂ですが、ここの上り道は階段道ではなく通常の山道なので脚への負担はそれほどはありません。山頂は菊水山よりは小さいですが広場があり、ベンチなどもいくつかあって小休止には都合の良いポイント。→鍋蓋山(486.2m)(11:20)→ここからは下りです。下っていくと山門や境内の中に入ります。→大竜寺→その後は舗装道路を暫く下っていきます。なお、ほとんど車は通っていないので危険ではありません。途中道の両脇に大きなコンクリートか鋼板かなんかでできた建造物がありなにやらブーンて唸っている感じですが何でしょう?河原に出てきました。相変わらずたき火の煙の充満している河原ですが、
何で日本人はハイキングで河原を見つけるとたき火をして焼きそばを食べたくなるのでしょうか、不思議です。→市ヶ原(12:03)→ここから北上してトゥエンティクロス方面に向かいますが途中で東への縦走路に入ります。ハーブ園への分岐道がありますがここからが稲妻坂です。何かこわい名前ですが、ひたすら上昇します。→稲妻坂→同様に登りますが、途中学校林道との分岐がありここからが天狗道であり、市が原から摩耶山までのコースの約半分まで来たところと言う感じです。→天狗道(12:45)ここから大小4つか5つ位のアップダウンを繰り返していきますが、ここは唯ひたすら登るしかありません。約40分くらいでNHKの放送施設の電波塔みたいなものの施設に遭遇します。ここから掬星台まではあと数分です。やっと登ったという感じです。→摩耶山上(698.6m)(13:30着)→ここで昼飯タイムで十分な休憩をとりながら、下山時間を考えつつコース選定です。要は極力縦走ルートを確かめつつ、明るいうちに下山できるルートと言うことで、三国池までコース歩き、その後は地獄谷西尾根、水晶山を経由して神鉄花山駅から帰ることに。さあ出発です。(14:05発)→坂の名前のように少しアゴが出そうなくらいにへたばってきました。→アゴニー坂→峠のポイントを右手に見つつ車道を進んで行きます。→杣谷峠→サウスロード出会い(14:47)→三国池に立ち寄ります。
小さな池です。ここまでが縦走路でした。→三国池(14:58)→この後は暗くなるまで後2時間位なのでその時間内で下山可能な花山駅を目指して行きます。先ずはダイヤモンドポイントまで下りここからのルートとしては西から、石楠花谷、地獄谷西尾根、地獄谷の3つがありますが、夕方になりつつあり、谷筋はすぐに暗くなるので、
比較的明るさが続き、尾根伝いで道が確認しやすい地獄谷西尾根を下ることに。→地獄谷西尾根→途中に水晶山がありました。途中後半になり木々が深いところはすっかり暗くなり、谷筋だとこんな感じだろうなと思いつつ下山→水晶山(710m)→高速道路の高架の橋脚下を潜り道なりに駅に。
周りは市営の団地やアパートが多くありました。→神鉄花山駅(17:20)
須磨浦公園駅(スタート9:00)→鉢伏山(248m)(9:20)→旗振山(253m)(9:28)→鉄拐山(234m)(9:40)→おらが茶屋(9:55)→高倉台団地→栂尾山(274m)(10:20)→横尾山(312m)(10:40)→須磨アルプス→東山(253m)(11:05)→妙法寺(11:38)→高取山(326m)→高取神社(12:30)(13:05)→雛越駅(14:10)
<<詳細>>
須磨浦公園駅(スタート9:00)→駅を降りて西の方向に向けて出発します。途中スタート地点の所のトイレなどを確認しつつ登りますが、公園なので道はコンクリートで綺麗に階段が出来ておりこれに沿って登っていきます。緩やかな上りであり20分程度で展望台と山頂に着きます。山頂には鉄塔が2つ建っていました。
→鉢伏山(248m)(9:20)→続いて緩やかな上りで10分程度で旗振山頂(253m)に到着します。山頂からとても綺麗に須磨の浜辺が見えます。→旗振山(9:28)→鉄拐山へは少し下り道が続きますが、山頂付近でちょっと上りがあったかな?→鉄拐山(234m)(9:40)→山頂から下っていきます。暫く行くと公園内にコンクリートのすばらしく綺麗な?茶屋が道の右手に見えます。→
おらが茶屋(9:55)→茶屋の少し先から団地への下り階段がありスタコラ降りますが、何となく折角登った高度を低める行為である階段下りはいやな感じがしますが、ルートなので仕方ありません。そしてさつき橋、やまぶき橋、やまぶき橋といった団地内の歩道橋を通過しながらつつじ橋を渡り、
いよいよ栂尾山に向かいます。→高倉台団地→栂尾山登りは長い階段で400段の階段上りと言うことらしいです。途中背後を振り向くと今まで歩いてきた山々や高倉台団地それから遠くに明石大橋が見えて来ます。15分ほどで階段上り終わり山頂に着きました。→
栂尾山(274m)(10:20)→続いて横尾山方面ですが軽い起伏を登って20分ほどで山頂に。→横尾山(312m)(10:40)暫く行くと縦走道の中での奇景が楽しめるポイントの「須磨アルプスの馬の背です」花崗岩が風化してぼろぼろと砕けやすい岩肌で、名前の通りの馬の背という位に狭くかつ両側がガケなので滑り落ちないように緊張しつつ歩いていきます。→須磨アルプス→馬の背を通り過ぎたら東山山頂です。
山頂という感じはしないのですが、山の名前の由来が書いた看板がありました。明治になって東山になったらしく、それ以前は天狗山とのこと。→東山(253m)(11:05)→妙法寺方面に下っていきます。団地までは長いだらだらとした下り坂で途中から車道に出るので脇の歩道を歩いて所々にある「縦走路」の張り紙、看板などを確認しつつ歩いていきます。妙法寺、それから小学校を左手に見つつ、
高取山の上り口に遭遇です。→妙法寺(11:38)→途中振り返ると須磨アルプス馬の背の白い岩肌や妙法寺周辺の団地などが確認できます。そんなに急ではない上りですが、気温が高くかつ風が無い状態でかなりの大汗をかきながら登ります。早め早めの水分補給をしていたのですが、途中でとても登るのが辛くなり、体が重く、特に頭が重くなって下を見ながら登りました。何とか頂上までは休まずにと思いましたがたまらず小休止。
ハアハアゼイゼイですが、風が無く体のだるさは最悪。やっとの思いで神社の鳥居横の階段に着き腰を下ろし、大休み。通常なら休みは10分程度なのですが、とてもそんなんじゃ疲れはとれずついに30分超の休みです。→高取山(326m)→高取神社(12:30着)(13:05発)→何とか気分は良くなり回復したのですが、当初予定の菊水山→鍋蓋山→新神戸駅までとのスケジュールは断念し、
縦走路のコース確認をしつつ鵯越までで今日はおしまいでした。残念!!。先が思いやられる一日でした。なお、駅前でさっき追い抜かれた青年に会い聞いたところ、同じ須磨浦公園からスタートしたとのことですが、スタート時刻はなんと11時30分とのことで、比較すると2時間30分も遅く出たことになりビックリ。また駅ホームに以前抜かれた男女二人が居り、同様に聞いたところ須磨浦公園9時半スタートとのことでした。みんな元気なのに今日は体力のなさを痛感した一日でした。→雛越駅(14:10)
神鉄大池駅(スタート9:50)→尾根道分岐(10:40)→天下辻(11:05)→鰻ノ手池(11:50)→花折山に行く分岐(12:30)→花折山山頂(573.8m)(12:40)→志久道出会い(13:05)→肘曲り(13:20)→稚子ヶ墓山山頂(596.3m)(13:47)→双坂池(14:35)→岩谷峠(14:48)→帝釈山山頂(586.1m)(15:41)→シビレ山への道出会(16:15)→→丹生山→延命地蔵さん(16:35)→丹生神社バス停(17:04)→バス発(17:23)→神鉄箕谷駅(17:50)
<<詳細>>
神鉄大池駅(スタート9:50)→北西に向かって住宅地内の道を登っていくと5分くらいで左手に大池聖天というお寺があります。ここから暫く行くと十字路になっている天下辻に着くのですが、今回は天下辻方向の角を曲がらずに鎌ヶ谷川方向に暫く舗装道路を歩きます。(昭文社の地図をよ~く目を凝らすと点線で表記があり)途中から舗装は無くなり雑草が生い茂った道で「何じゃこれは~」という感じでしたが10分くらい谷筋を歩いていました。
コンパスで方向を確認するとどうも方向が北東方向に歩いていることが判明。地図では真北に道があるようなので谷を一つ間違えたと思い引き返しました。そうしたらやはり、舗装が切れてすぐの所に川をまたぐコンクリートの橋のようなものがありそちらの方向に行ったら、ちゃんとした山道が出てきました。安心。安心。ここから30分程度で神戸市北区が作成しているマップに書かれている緑色点線のハイキングコース(南北の尾根道)に出ました。→尾根道分岐(10:40)→広い道であり確か「丹生山縦走路」の標識があり。
天下辻の近くになると車かバイクの轍が深くなっておりそこに雨水がたまって池のようになっていて歩きづらいこと。→天下辻(11:05)→天下辻から南西方向に下り鰻ノ手池を目指します。ところが途中から道路工事が行われていて縦走路が砂防工事のための資材運搬用道路になってしまっていて幅4~5メートルの道路(砂利道)に変身していました。鰻ノ手池手前の舗装道路に出ました。
作業道路にもなっている道なのでフェンスで門が作られていましたが右端から人は抜けられるようになっておりそこから脱出しました。→鰻ノ手池(11:50)鰻ノ手池を右手に見つつ舗装道を歩きます。途中、亀が道路で車にひかれていました。たぶん午前中雨が降っていたらしく池から出てきて道路を渡ろうとしていたときに事故に遭ったのではないかと思います。アスファルト道を歩いていきますが、
途中はゴルフ場(兵庫カンツリー倶楽部)を右手に見つつ緩やかに登っていきます。そうしていたら、ゴルフコースのフェンスの所に見たこともない大きな白いキノコが4個。それも笠が綺麗に開いたのからまだ途中のものまで。記念に一杯写真とりました。→花折山に行く分岐(12:30)→小さな標識があり花折山方面とのことなので行くことにしました。
およそ10分程度で山頂に到着。右方面が少し視界が開けていて海が眺めることができました。→花折山山頂(573.8m)(12:40)→北西方向に下っていきますが晴れていないせいか途中とても暗くライトでも欲しい位の暗さです。→志久道出会い(13:05)→間違って志久峠(北方向)を5分程度歩いてしまいました。
帝釈山に行きたいので南方面の肘曲りに行かないとダメなのに。肘曲りまではゴツゴツした岩の連続で歩きにくい道です→肘曲り(13:20)→ここから西方向に稚子ヶ墓山目指して登ります。途中は岩の多い道でかつ苔も生えていて滑りやすい道ですが、それを過ぎるとふつうの道で上りの急なところにはロープが張られていて登りやすくしています。(感謝)山頂付近の見晴らしの良いところに小高い石積がありその中央に「稚子墓山伝説遺跡」という標柱が立っている。なお山名は秀吉の三木城攻めの際に、
その丹生山(丹生山城・丹生山明要寺)の焼き打ちを命じ、1579年明要寺は消失してしまう。その際、数千の僧侶が殺されたが、その時殺された稚子たちをのちに村人が葬ったのが稚子ヶ墓山であるとのこと。なお、稚児らを葬って墓に供える花を手折った東の峰を花折山と呼ぶようになったといわれてます。また石積に伝説のツバキを守ろうと記されており、椿の木が植えてあります。由来をHPで調べたら、花の形を崩さず散った椿のように、倒されて逝った侍童等哀れな稚児への追悼の想いが込められているのだろうとのこと。ここから1分位で山頂の標識を発見→稚子ヶ墓山山頂(596.3m)(13:47)→
下りましたが、登ってきたのと同様に途中から岩ゴロゴロの道がありました。左手に双坂池です。ここで2時半。そろそろ午後も遅くなりつつあり、もっと先の帝釈山、丹生山を目指すか、ここで切り上げて国道428号を下って帰っていくかの検討をし、帝釈山頂まで行った後途中からショートカットして下ることでスタート。→双坂池(14:35)→池から国道沿いに峠まで行きますが交通量がとっても多い道です。これを下らずに良かったと思いました。10分くらい国道を歩いた後西側に標識を見つけて帝釈山方面に→岩谷峠(14:48)→そんなに急さかではない道をひたすら上ります。山頂は開けていて見晴らしは良く明石の海や六甲連山が眺望できます。地図を広げればそれぞれ右から鉄拐山、高取山、菊水山、鍋蓋山などが確認できると思いました。→
帝釈山山頂(586.1m)(15:41)→さあ時間も少なくなりました。急ぎ足で下っていきます。途中丹生山頂というプレートがありましたが神社のあるところが山頂と思うのです。よく分かりません。→シビレ山への道出会(16:15)→丹生山→神社の手前からコンクリートの道を下っていきます。今回でこの道を下るのは3回目で良く下る道です。苔が少し生えているのでスリップしないように気を付けながら歩きます。但し時間が気にかかります。確かバスの時刻が5時8分か20分台と記憶していたので、安全を見込んで5時8分前にはバス停に着きたいと思いつつ下山です。延命地蔵さんです。後30分です。→延命地蔵さん(16:35)→丹生宝庫に着いたと思ったら雨が降ってきました。少し濡れてきましたがバス停まであと数分であり、かつ時間もないので傘無しで歩いてバス停到着(セーフです。時刻表を見ると5時23分なので余裕でした。)→丹生神社バス停(17:04)→バス発(17:23)→神鉄箕谷駅(17:50)交通費:往路:阪神元町→神鉄大池630円、復路:市営丹生神社前→神鉄箕谷駅280円、神鉄箕谷→阪神元町520円、合計1,430円
神鉄藍那駅(スタート9:40)→長坂山(397m)(10:30)→六条八幡宮(11:40)→丹生宝庫(12:10)→丹生山・丹生神社(13:30)→丹生神社バス停(14:40)→バス発(15:08)→神鉄箕谷駅(15:30)
<<詳細>>
神鉄藍那駅(スタート9:40)→すこし線路沿いに西に下りますが、途中から西側にある集落の方に登っていきます。結構急な上りで4、5分歩くと以前相談が辻から下ってきた道に出会い、そこから一気に藍那小学校方面に向かって下っていきます
そして小学校の右脇から藍那古道に入ります。入ると木陰で涼しいのですが、すぐにコバエが寄ってきて、顔や体にまとわりついてきます。特に顔の前に来るやつは非常に鬱陶しくて前回は目の中に何度も飛び込んでそのたびに指でかき出さないと行けないなかなかやっかいな虫です。でも今日は高級?(100円)サングラスを付けているので大丈夫、でもやっぱり顔の前、耳のそばで羽音を聞きながら歩くのは不快です。途中歩いてると、野草をカメラに収めようとしている男性が居ました。どんな植物なのか尋ねるとマメ科の草で「ふじかんぞう」という事で、確かによく見ると小さなピンクの花が咲いていたのですがちゃんとマメ科の花をしているようでした。そうこうしている内に長坂山への分岐に出ました。→分岐(10:00)→ここからが長坂山道です。
途中すこしずつ標高が高くなるのですが、水田が所々見られます。もう既に登熟期で穂首も傾きつつあります。農作業用の道でもありある程度広く車も通れるようなところです。そして水田を過ぎると山らしくなり登っていきます。30分ほどでいくと山頂近くとなり、山頂へは長坂山道の脇から数分程度なので登ってみました。山頂というはっきりしたピークはは無く、登っていった終点の周りには高い部分がない大地みたいなところで、木も茂っていて見晴らしはありませんでした。
→長坂山(397m)(10:30)→長坂山道の下り道が続きます。暫く歩くと集落が出てきて水田地帯となります。そして集落の東側の方に少し高くなったところに清光寺という気品のあるお寺があり、休憩しました。お寺から周りが見渡せなかなか良いところです。そして六条八幡宮を目指します。それには車道を渡りその後、山田小学校の西側を通って行きます。→六条八幡宮(11:40)→この八幡宮は巨木に囲まれた神社で特に左には2本の巨木、右は杉の古木(枝が上部分に丸くなっている)と文化財の舞台があり、右奥には檜皮葺の三重塔があります。
仏教建築である塔が神社にあるのは神仏は一体であるとの考え方の表れとのことですが、明治以降は区別され、神社にあった塔の多くは姿を消し、今、全国で18、県下で3カ所残っているとのこと。(史蹟の解説)「吾妻鏡」では文治元年(1185年)源頼朝が保元の乱に敗れて処刑された祖父・為義のために京都六条の旧為義邸に左女牛八幡宮を建立し同三年に丹生山田の地を左女牛八幡の社有地にしたと記していることから、それ以後の創建だろう。六条八幡の名は京都六条に住んだ為義を六条判官と呼んでいたことに由来する。
三重塔は国重要文化財。10月10日の流鏑馬は有名。→山田川北岸を上って丹生宝庫方面に向かいます。途中から高台を歩きますがとても見晴らしが良く周りは田んぼで気持ちの良いコース(舗装道路)です。稲は結構登熟していて、田んぼのいくつかは倒伏しています。途中何カ所か畦草の野焼きをしていて煙が目にしみます。→丹生宝庫(12:10)→いよいよ丹生山上り口に来ました。前回は衝原から義経道で登りましたが、今回は表参道から登ります。そんなに急な上りでもなく途中は広い道です。でもまたコバエがまとわりついて来ました。
仕方ないのかな、この時期は。延命地蔵さん(12:45)につきました。→地蔵さんのあるところから西に上り道がありこれが参道ですが、そのまま直進して舗装道路を歩いても構いません。地蔵さんのところで参道に入ったところに石碑「丹生山」と小さい石橋が見えます。ここからは山道で、木をあてがった階段があったりで歩きやすくなっています。さすが清盛の庇護を受けて往時は2千人からなる僧兵が居たとされる山ですね。
山頂の手前5分くらいのところで、20人程度の中高年のグループとすれ違いました。本日初めての挨拶です。やっとつきました、ここで休憩して、帝釈山の方に行く予定です。→丹生山・丹生神社(13:30)→食事を石段でしていたら雨が降り出しあっという間に豪雨状態。これはイカンワあと言うことで、石段下の休憩所で雨宿り兼リュックから傘出しとリュックをビニール袋でカバーする作業をしました。
止む気配もないので小降りになったところでスタート、但し、帝釈山に行くのはあきらめ最短でバス停に行くことを決め、登ってきた道ではなく、舗装道路伝いに下山することにしました。道は雨水が滝のように流れ始めていていましたが、舗装道路なのであまり滑らずに下れました。あっという間にさっきの延命地蔵さんの所に着き、雨も小降りで、さらに丹生宝庫当たりでは止み周りも明るい日差しが戻ってきました。
→丹生神社バス停(14:40)→バス30分待ち→バス発(15:08)→神鉄箕谷駅(15:30)交通費:阪神元町→神鉄藍那520円、市営丹生神社前→神鉄箕谷駅280円、神鉄箕谷→阪神元町520円、合計1,320円
神鉄大池駅(スタート9:30)→天下辻(9:50)→黒甲越東道→黒甲越(10:40)→大日地蔵(11:10)→金比羅山→中山地蔵(13:05)→中山ノ大杣池(神戸青少年公園)(13:30)→志久峠(志久道)(14:00)→肘曲り→柏尾台(14:55)→青葉台→神鉄箕谷駅(15:30)
<<詳細>>
神鉄大池駅(スタート9:30)→北西に向かって住宅地内の道を登っていくと5分くらいで左手に大池聖天というお寺があります。
ここから暫く行くと十字路になっている天下辻に着き、西方向の道は花折山方向との標識があるが、まっすぐ進みます。西方向でも途中で黒甲越には出るのですが。→天下辻(9:50)→天下辻から少し北に行きそれから南西の方向に分岐があるのでその分岐の方に進みます。この道が地図に載っている「黒甲越東道」と思われ進んで行きます。広い道です。
→黒甲越東道→30分程度で黒甲越の分岐にたどり着きます。→黒甲越(10:40)→ここからは緩い下りが続いていたりしてラクチンです。小さなお地蔵さんが左側に祀られています。このお地蔵さんが大日地蔵と思われます。この付近は同じような広い道がいくつか分岐しており、
手作りの標識の内容を見ながら中山方面を目指します。→大日地蔵(11:10)→とても広い道で林道かなんかでしょうか、しかし、広いが故に自動車などが入っていて至るところ深い轍が出来ていて歩きづらいところが多くあります。途中に地図では金比羅山があるようなのですが確認できませんでした。→金比羅山→30分程度で八多町(集落名)付近に出てきました。
水田などがありのどかな田園ですが現在多くの田んぼは区画整理(通年施工中)であり、黄色いブルと耕土を田んぼの真ん中に集めて古墳状態。このため、下る道が今ひとつよく分からず下っていくことにして、途中開けたところに神社プラス公民館がありそこでランチタイム。暫く休んだ後、ここから野瀬の大杣池、中山ノ大杣池、志久道というコースでと考えてスタートしました。農作業をしていたおじさんに池までの歩き方を聞いて進みましたがどうも少し間違えたらしく西へ行きすぎて中山地蔵さんのところに出てきました。ここからでも行けるのですが、中山ノ大杣池までは青少年公園にアクセスするアスファルト道路であり、かつ、急なので暑い日にはあんまりお勧めできるコースではありません。→中山地蔵(13:05)→今日は車は全然通っておらず危険な目には遭遇しませんでした。でも夏の日差しは堪えます。
なんとか青少年公園の入口にたどり着き、右手に登ったところが「中山ノ大杣池」で、この池は高台にあり広くてなかなか清々しい気持ちになる池です。→中山ノ大杣池(神戸青少年公園)(13:30)→ここからが志久道で、ずっと岩がゴロゴロしている下り道で、一時も地面から目は離せない状態で歩いていきます。よく見ると4輪自動車が下ったか登ったかしているようであり、
道にある岩にはタイヤがスリップして出来るカーボン跡が至る所にあります。いやはや、何でこんな所を運転せにゃあかんのかいなと思いつつ、ひたすら足下を凝視しつつ下ります。30分ほどで「中ン峠」と書いた標識が出てきましたが、ここがたぶん志久峠と思われます。なぜならここ以外に峠を記した標識はありませんし、地図で見るとだいたいこのあたりが志久峠と記されているものですから。→
志久峠(志久道)(14:00)→この後もずっと広い道が続き、かつ、車の黒いタイヤ痕が岩に付いています。→肘曲り→団地内に出てきました。→柏尾台(14:55)→団地の東を通っていきますが、一戸がかなり広い敷地のようで綺麗な団地です。でも上(奥)の方はあまり家が建っていません、だんだん下っていくと少しずつ家が多くはなっているものの、団地の入り口付近にあった石碑を見ると、元は団地の真ん中当たりに志久道はあったようですが、造成の際に東端に付け替えたとのことでした。
→車道に出て、大きな谷をまたぐ橋の上を歩き、そして再び団地(青葉台)のなかへ。この団地は庶民サイズの区画?のようでした。→青葉台→青葉台からまた車道を下っていきます。そして駅に着きました。→神鉄箕谷駅(15:30)
鵯越駅(スタート9:20)→史蹟碑「鵯越」(9:29)→史蹟・蛙岩(10:00)→史蹟・義経馬つなぎの松跡・高尾山(10:20)→相談ヶ辻(11:15)→藍那小(11:35)→藍那古道(義経道)(13:20)→史蹟・鷲尾氏屋敷跡(12:45)→丹生会館(13:20)→箱木千年家(13:33)→義経道→丹生神社(丹生山頂515m)(14:33)→朝日山(513m)(15:07)→<撤退(15:45)>→丹生神社→丹生神社前(17:05)
<<詳細>>
今回は、義経が平家勢を討つために京都から鵯越(ひよどりごえ)方面に攻め入ったとされるルートを逆に歩いたコースです。鵯越駅(スタート9:20)→駅を降りて北上すると有料道路の右側に墓園事務所があり、植え込みに石碑があります。石碑には「史蹟鵯越」の文字。→史蹟の碑「鵯越」(9:29)→そこから墓園内の西側の車道を登っていきます。20分ほど歩くと左側にトイレと駐車スペースがありトイレの裏もしくは駐車スペースの途中から小径があり数分歩くと蛙岩。
風化した大きな岩で大きな数匹の蛙や多くの小蛙の形を確かにしています。→蛙岩(10:00)→さらに墓園内を歩くと東側に雨量レーダーが見える高尾山が見えてきます。山頂への登り口は高尾地蔵院の碑があり、そこから境内にはいると義経馬つなぎの松跡があります。松は切り株だけ残っています。
ここで義経は鵯越進軍の途中、休息したらしく、松に馬をつないだと伝えられている。そこから5分ほど登ると高尾山頂です。→義経馬つなぎの松跡・高尾山(10:20)→墓園北口を出てそこから車道を渡って星和台団地を抜けていきます。ゴルフ場センターを左に見て、団地を抜けてコンクリートで舗装されている細い道を歩きます。暫く行くと市民農園があります。やや谷あいに開けたような広場で小区画の畑が多くあり、中央付近に相談ヶ辻(そうだがつじ)といわれる三叉路があります。
〈故事解説〉この相談ヶ辻で、義経が三草山(みくさやま)からこの谷まで進軍したときこの辻で直進し鵯越に出るべきか、右折して白川に出て一ノ谷へ群を進めるべきか作戦会議を開いたと言い伝えられているポイント。山田町の伝承では義経は兵を二手に分け左鵯越へは義経軍、右白川道は熊谷直実が別働隊を率いて進軍と伝えられています。→相談ヶ辻(11:15)→辻を抜け暫くすると集落があり、藍那小学校の方に急坂を下って神鉄粟生線のガードを潜っていき、小学校の右手から続く藍那古道に入ります。→藍那小(11:35)→藍那古道は途中までコンクリートで舗装されている道です。十分くらい行くと右手に長坂山への道があります。途中からは舗装はなくなり浸食された溝のような道になります。→藍那古道(義経道)→約1時間くらい歩くと山を抜けて平坦な場所に出、そこは一面水田地帯となります。ここからバス停「丹生神社前」までの間に少しだけ小高くなった部分があり碑が建っています。
これは義経の鵯越案内をつとめた鷲尾三郎の屋敷跡を記したものです。→鷲尾氏屋敷跡(12:45)→バス停のある車道と志染川を渡れば丹生会館と丹生宝庫(宝物倉)があります。宝庫脇を直進する道が丹生山頂にある丹生神社への表参道ですが、今回は義経道を行きます。→丹生会館(13:20)→義経道は衡原湖の東端から続いているので、志染川沿いを少し上りうぐいす橋(丹生橋)を渡って箱木千年家(箱木氏の居宅で茅葺きの大きな家)を見物しつつ行きます。→箱木千年家(13:33)→橋を渡り10メートルくらい右に行きそこで左折し山の方に進んで行くとすぐに義経道の由来を書いた看板があります。細い藪の道をかき分けるようにして進んで行きます。
〈故事解説〉この義経道は、三草山の戦いで勝利した義経が丹生山に入り丹生神社から本道を通らずに衡原に向かう道を降りて藍那道に入ります。その後義経は藍那道をまっすぐ鵯越に降りたのか、途中から一ノ谷方面に向かったのか、またどこから分かれたのか詳しいことは分かっていませんが、この道を降りて藍那道に入る際に漁師の鷲尾三郎に道案内をさせています。その道を逆に登ります。→義経道→
途中はふつうの山道ですが少し荒れている感じで、1時間ほどで山頂の神社です。山頂付近には鳥居があり鳥居を過ぎると石段を登って本殿があります。石段でしばし休憩し遅い昼食。→丹生神社(丹生山頂515m)(14:33)→暫く休んで西北上し不動滝を過ぎて淡河町方面間で行く予定で出発。10分ほどで右手(東北方向)に帝釈山方面への道がありますが直進。もう10分くらい行ったところで、左手にシビレ山方面の標識があり立ち寄ってみることに。すぐにガケのように崩れている急激な坂が出てきました。
補助ロープがつけてあり登るのには問題ありませんが、本当に脚がシビレそうなくらいの急坂です。登ったところに小さなメモ板がありすぐのところが朝日山(513m)でそれから少し行ったところがシビレ山(465m)ですが、朝日山に登ってシビレ山に行く途中で午後3時過ぎと時間が心配になり引き返し、不動滝方面に行くことにしました。→朝日山(513m)(15:07)→暫く下ると、二股の道に出会したが標識は無い。北区発行の解説書を見るとどうも右の道を下るようなので暫く進んだがとても荒れた谷のような道でテープが確認できるが時間は4時近くなり迷うと大変との気持ち。たぶんこの道を進めば不動滝方面だろうとの思いはあるが万一間違っていたら夜を山中で過ごすことになるので元来た道を戻り丹生山から下りバス停のある丹生会館を目指すことに。(>_<)→<撤退(15:45)>→丹生神社手前左(東側)にある舗装道を下る。→丹生神社→舗装道の両脇には年代物の杉植林でありその中を歩く、40分くらい下ると山頂神社への参道があったりするがしばらくは舗装道を下り途中からは標識に従って会館前まで行く。→バス停丹生神社前(17:05)
異人館通(スタート9:20)→新神戸駅(9:45)→市が原(10:35)→地蔵谷出会(10:50)→森林公園東門(11:30)→西門(13:20)→再度公園(14:00)→市が原(14:55)→新神戸(16:00)
<<詳細>>
異人館通(スタート9:20)→新神戸駅(9:45)→昨日の天狗岩南尾根のような急激な上りはありませんが、それでも上りは汗が一挙に出てきます。
途中には雌滝(めんたき)、夫婦滝、雄滝(おんたき)があり、涼しげな光景が目に飛び込んできます。そして布引ダムにでます。このダムの正式名称は五本松堰堤と言い、日本最古の重力式ダムで平成10年に登録有形文化財の指定を受けたとのことです。このダムの水は神戸市の水道水源の一部で明治33年から給水が行われており、昨年まで耐震化の工事が行われておりましたが、現在は満水です。
壁面は石張りでなかなかの風情があります。それから湖面にたくさんのアメンボが発生していてまるで雨が降っているように水面がポツポツっとなっています。言い得た名前ですね。市が原を左に見て進みますが、市が原は河原スペースであり家族連れのキャンプでにぎわっています。→市が原(10:35)→地蔵谷出会からは摩耶山に登る2ルートがあり一つは黒岩尾根、もう一つは地蔵谷からです。→地蔵谷出会(10:50)→軽いアップダウンを繰り返しつつ30分位で森林公園東門へ。
この公園は市営で、森や花々が植えられているこうえんで、入口は正門(北)、西門と東門の三つです。なお、東門へは自動車道はなく、トゥエンティクロスからのみですので専らハイカーが利用します。→森林公園東門(11:30)東門を入ると先ず野鳥の森があります。木々の多い森で途中には堰堤に水がたまった池があり観察小屋もあり、大きな鯉が悠然と泳いでいました。そして円の中央部に位置する長谷池があり、
ハスの花がとてもきれいに池の多くを飾っています。そこから東方面に進むと香りの森、天津の森などがあり一回りして正門に向かいます。正門付近には神戸市の花であるヒメアジサイがたくさん植えられておりちょうど花盛りの時期で多くの人が楽しんでいました。そして西門に向かいますが、帰路は再度公園経由でと思ったものですし、まだ歩いていないルートが少しあったので。
→西門(13:20)→西門を出て数分車道を南下すると、分水嶺越方面と記された標識を発見し、車道の東(左)の登山道に入っていきます。とても良い道でなだらかで木陰でもありスタコラ歩けます。なお、小径の右下方向には車道が見え隠れします、そのうちに右(東)に再度公園方面、左(東)にトゥエンティクロス方面と記された標識(分岐点)(13:40)。
→再度公園を目指し歩き、暫くすると車道に出て「再度公園」バス停(14:00)あり。→再度公園→市が原への道が修法ヶ原池の東側にあるようなので探していましたが、いつの間にか西の方を歩いてしまい池の地中央部に出てしまいました。
それで車道に出て探していると標識が出ていたので歩くとまた同じ道を歩きバス停に近づき出したのでおかしいと思いまた引き返して地図では確かこのあたりの見当をつけて探していると車道の下がトンネルになっていてそこから下り道が東に延びていることを発見。→トンネル潜り(14:25)
→沢筋の道で木陰で静かです。さらさらと水の音も涼しげでした。再度東谷の出会い直前の道ばたで蛇を発見。これが六甲山系で見た最初の蛇でした。(14:40)→ここからは大龍寺からの下り道で舗装道で、途中から山道になりますが。市が原に到着。またたくさんの人がバーベキューしたり水遊びしたりしています。→市が原(14:55)→新神戸(16:00)新神戸オリエンタルホテルのロープウェー乗り場近所のオープンスペースでアカペラコンサートあり、しばし聞き入るというか、疲れたので座りたかったのです。
このコンサートは「フラワーロード花フェスタ花の道re咲いたる」の一環で、パーマネントフィッシュという男性ボーカルGが歌っていました。
阪神御影→(バス)→渦森橋(スタート9:50)→寒天橋(10:00)→天狗岩南尾根→天狗岩(11:15)→記念碑台(12:00)→ノースロード→シュラインロード(12:50)→行者堂(13:05)→猪鼻橋(仏谷出会14:00)→仏谷(14:15)→仏谷峠(14:50)→深戸谷→水無川(15:50)→神鉄有馬口(16:20)
<<詳細>>
阪神御影(9:40)→2週間前に企画していたルートですが雨のために順延となっていました。
今日は冷凍庫で凍らせたペットボトルを4本を加えた計7本を携行し、水対策は万全。先ずは阪神御影からバスで渦森橋に向かいます。→(バス)→渦森橋(スタート9:50)→渦森橋バス停には案内板があり確認して登ります。先ずは団地内の急登坂の舗装道を登ります。暫く行くと寒天橋が見え、ここには、天狗岩南尾根方面の他に、西山谷(熟練者向き)、寒天山道方面の案内が出ています。寒天橋(10:00)→天狗岩南尾根方面は寒天橋を渡らないで橋の右側の道から登ります。
暫く行くとすごく急な階段状の上り道となります。一挙に汗が噴き出てきます。半袖のシャツは汗でびしょびしょとなり袖口から汗が落ちてきます。幸いこの日はそんなに暑く無かったのですがそれでも・・・。途中はアップダウンはなく急な上り一筋、小休憩を挟みながら登るしかありません。→天狗岩南尾根→やっとの思いで天狗岩に到達。天狗岩付近は結構広いスペースがあり大岩が回りにあります。そしてすぐ10m北にはロープウェーの鉄塔があります。→天狗岩(11:15)→天狗岩から六甲縦走路を目指して北西に歩いていたつもりでしたが間違いました。バス道を歩いてしまい脚には負担の掛かるウォーキングとなりましたが、記念碑台には到着。→記念碑台(12:00)→目的地はシュラインロードを北下する予定ですが、途中未踏のノースロードを経由してシュラインロードに行きます。ノースロードへの道はよく分からなかったのですが、案内板を見て何とか入口を発見。→ノースロード→ノースロードは木陰の涼しい道で、たくさんの人が歩いていました。→シュラインロード(12:50)→シュラインロードは静かな良い道で、何故シュラインと言う名が付いたかというと。それは歩けば納得で、道の両側のいたるところに小さな祠が祭ってあるからとのことです。因みにこの祠を祭ったのは北部の麓にある唐櫃(からと)の人たちとのことです。これは行者堂で休んでいた男性から聞きました。→行者堂(13:05)→猪鼻橋(長尾谷14:00)→猪鼻橋を渡りコンクリートの道を歩いていきます。仏谷への道は広い道を下っていく途中に、ヘアピンのような脇道から入ります。
→仏谷(14:15)仏谷の道は静かで歩きやすい道です。→仏谷峠(14:50)→いよいよ最後の深戸谷を下り終えればゴールです。→深戸谷→深戸谷は峠から北への道で小さな個人の作った標識が目印。最初は踏跡がはっきりしていますが段々不明瞭となり、木に付いているテープが目印となります。結構あれた道でかつ小石がゴロゴロしており歩きづらい道です。途中30分くらい行くととても大きな堰堤に出会します。これは西(左)側に巻き道があり、テープの標識が付いています。でもそれを巻き道とは認識不可能で堰堤の近くまで行ってこりゃ駄目じゃわと思い、そうかひょっとしてさっきのテープ標識は巻き道かと思い出して引き返すことに。その巻き道はとても上まで登ります。
堰堤の高さの二倍くらいまで。そして歩いていくと古くて苔生したコンクリートの小さな階段が3つ付いておりひたすら急降下します。いやはや深戸谷はなかなか手強い谷道であります。そうして行くうちに水無川に出会います→水無川(15:50)→あとはひたすら西へ行き、途中で高速道路の高架下をくぐれば神鉄に出た。→神鉄有馬口(16:20)
阪神御影→(バス)→渦森橋(スタート9:50)→寒天橋→渦森台→(バス)→阪神御影
<<詳細>>
バスを降りると傘をささないとびしょぬれになるくらいの雨です。仕方なく、次回の事もあり傘を差して天狗岩東尾根方面への入口道を探すことに。寒天橋にたどり着き確認。その後渦森台のバス停まで歩き、バスを待って帰路に。
スタート(9:30)→金星台(9:40)→ビーナスブリッジ(9:46)→碇山(10:04)→市章山(10:15)→諏訪山公園下→終わり(11:00)
<<詳細>>
スタート(9:30)→今日はショートコースなのでスピード重視で登ります。
きついが気合いで一挙に金星台へ。汗が噴き出します。→金星台(9:40)→小休止なしで一気にビーナスブリッジに→ビーナスブリッジ(9:46)→ブリッジで数分休み碇山左手の展望台のある丘へ。ここで10分休憩。→そして少し下って、車道を横断して碇山へ。碇山は風力発電のプロペラが回っておりこの電気で夜にイカリや神戸市のマークが点灯されているんですって。→碇山(10:04)→市章山では草刈りが行われていました。
暑いのにご苦労さまです。→市章山(10:15)→諏訪山公園下→終わり(11:00)
阪急王子公園(スタート9:25)→青谷道→行者堂→縦走路出会→摩耶山→史蹟公園→山門下→上野道→五鬼城展望公園→阪急王子公園(14:10)
<<詳細>>
今日はとっても暑い日であり、梅雨時というのに空梅雨であり各地で水の心配が出ています。今日の飲料水携行は2.5リットルです。それから新品のパックを担いでおり従来よりも少し重めです。阪急王子公園(スタート9:30)→住宅地の中をひたすら登り、途中にバス停「青谷橋」が現れます。
橋を渡り暫く歩くと途中に馬頭観音を祭ったお寺(9:40)が左手にありました。青谷道は良く整備されており、一部コンクリート混じりの青谷川沿いの道です。途中に観光茶園があり、機械摘みの茶畑が斜面に広がっていました。なお、観光茶園てどんなこと(手摘み、茶揉み?)をするのかな。→青谷道→行者堂の建物が見えました。今日は前回の笹道での反省で服装は半袖よりも長袖が良いと思い着てきたことと、大きいパックが背中を覆ってしまったこと、暑いことの理由で大汗。そして異常な疲労感。→行者堂(10:10)→行者堂で小休止しそれから地図には載っていない道(お堂の裏に道があります)を登ります。
途中から数分、道を外れて滝に打たれて修行する場所を見学に行きました。(10:20)数人の男性が上半身裸で水の中に入り修行しており、サポート役の数人の女性が周りで見守っていました。サポートの女性の話では日曜に修行を行っているとのこと。また数分来た道を戻ってから上を目指します。この道は老婆谷の西側に位置する尾根伝いのむき出しの岩が多い道です。でもとても疲労感が強く足が全然上がりません。数分登っては小休止の繰り返しであり、たぶんこれが熱射病の症状のようなものでしょうか。途中何度も休みつつ登りますが岩場の尾根道であり眼下の眺望は至る所で良好です。途中で下って来た人に一人出会いましたがその人が言うにはこの道は下りは見晴らしを楽しみながら降りていくのに良い道とのことでした。
やっとの事で縦走路に合流(11:30)。あと少しで摩耶山か(安堵)→縦走路出会→摩耶山→掬星台に行く手前で南の方面に数分登ったのち、道なりに下っていくと、「奥の院跡」(12:00)「史蹟公園」があります。史蹟公園に着いたところで12時を回っていたので昼食。長袖の上着が汗でびっしょりで重いので軽くするため広げて暫時乾燥タイム。→史蹟公園→暫く歩くと立派で大きな木で造られた山門が現れます。(12:40)
山門から下る道は立派な石段です。なお、このあたりは木陰の道であり涼しくようやく体調が回復してきました。→山門下→上野道→途中、二股に分かれ西側に行くと公園があるとのことでそちらの道を選択。五鬼城展望公園に出ました。広くはありませんが木で造られた展望スペースがありました。このあたりになると高度はそれほど高くなく暑くなってきました。→五鬼城展望公園(13:18)→降りていくと途中から神戸高校からブラスバンドの練習と思われる楽器の音色が聞こえてきました。校庭は広く、
玄関部分の植え込みはしっかりしていました。そうするうちに駅。→阪急王子公園(14:10)今日は非常に疲れまくりの一日でありました。
阪急芦屋川(スタート9:30)→柿谷→ごろごろ岳→飯盛尾根→奥池→熊笹峠→白山神社→白水山→船坂橋→船坂
<<詳細>>
阪急芦屋川(スタート9:30)→今日は天気も良く気温の上昇が早い一日です。先ずは柿谷の入口を目指して芦屋川右(東)岸のバス道をひたすら登ります。25分経ってようやく柿谷への登り口が右手(詳細はバス道上り左カーブの部分に登り口があり、登山道は直進する感じ)に出てきます。→柿谷入口(9:55)→柿谷の上り道はごつごつした岩のある道です。
10分ほど歩くと二股道になっていますがどちらでも構いません。なお、右(東サイド)の道が見晴らしがよいということなので右の道を選択。しっかりした上り道ですが気温が高くなり大汗、大汗。途中に大岩のポイントがあり見晴らしが良く、休憩スポットあり。しばらく歩くと開けたところに鉄塔があり左(西サイド)の道と合流する地点(11:15)天気良くペットボトルで水分補給。今日は2.5リットルの冷水を持ってきたので余裕でグビグビ飲みます。
→さらにごろごろ岳を目指して登ります。→ごろごろ岳(565.3m 11:40)→西宮市と芦屋市の境界である飯盛尾根を進みます。
途中に白と薄いピンク色のユリが咲いていました。高さは30cm位で葉と茎はほっそりしています。「笹ユリ」というそうで、最初はピンク色ですがだんだん時間が経つにつれて白色になるようです。調べてみると、笹ユリは6月上旬から7月上旬まで、中部地方から西の山野、草むらに、点々とうす桃色の花を咲かせるユリでわが国特産でり、古くから詩や歌に詠まれ、また伝説や文学にもとり入れられて、日本でユリといえばこれをさすほど代表的なユリとのことです(余談)。→飯盛尾根→途中で道がよく分からなくなり、奥池北岸に出る予定でしたが南岸(ごろごろ橋付近)に出ました。→奥池→池の周りを反時計回りに進み、六甲ハウスのところで12時30分となり12時45分まで昼食。たくさんの人々が弁当を広げている場所でした。奥池北東の小さい池と大きい池の接続場所部分から熊笹方面に行きます。熊笹峠方面は傾斜もそこそこあり結構きつい上りです。辛抱して峠を目指しますが、道はその名の通り笹が多い小道です。→熊笹峠(13:30)→白山神社への最後の上り道を上がっていきます。
白山神社(14:15)→神社のすぐ下にご神体(巨岩)とさらに下に水が出ていると言うことで知り合いになった人とそのポイントに行きます。水は塩ビのパイプから出ていました。ご神水のような感じでした。
ご神体は大きな岩と祠がまつってありました。15時ころ神社をスタート→白水山方面の道を探して縦走路を最高峰に暫く歩くが、探せずバック。そして発見。では以下に白水山方面への道を紹介します。
鳥居茶屋から最高峰方向に車道を50m位行ったところに旧道(アスファルト道)が右手に分岐しており進みます。5分くらい歩くと西宮市と神戸市の境界部分を示すガードレール部分に立っている道路標識に出会します。そこに「白水山入口」というペンキで描いたものが見えますので、ガードレール部分を乗り越えて進み下ります。→白水山入口(15:25)→ガードレール部分を乗り越えて進み下ります。白水山への道は西宮市と神戸市の境界部分の尾根道ですので、消えかかったいますが赤いペンキのついた四角いコンクリート杭を目印に北へ進みます。地図でもおわかりのように大小の起伏があり白水山までは8回程度のアップダウンがありました。木立の中に白水山頂がありました→
白水山(16:00)→ここから暫く北上しますが、途中痩せた尾根を登って通過せねばならず若干ヒヤヒヤ。痩せた尾根は両サイドが崖で岩でできており松などが絡んだようになっていて慎重に上りました。
因みにここは「らくだの背」と立木に記されていました。見晴らしは良いのですが要は両側がガケなのです。でも見晴らしは良く小休止しましたが、もし地震などが来たら崖が崩れそうで大変ではないかと心配してしまいました。
そしてしばらくいくと、プレートに「船坂へ」と書かれたものを発見。でももう少し境界線沿いに行こうと思い進みました。でも進むと蓬莱峡のような崩壊箇所の上部に出たので降りれなくなり再びのヒヤヒヤ。
地図をよく見ると境界線は崩壊部分の中央を横切っておりますし、十八丁橋方面への川があり谷沿いに降りれるかもしれないと思いましたが、すでに5時4分。もう時間はタイムリミットに近づいていたのです。なお、境界線に沿っていくと十八丁橋と船坂橋バス停の中間に出ることとなり、帰りのバスをキャッチするには不都合です。このため、以前に下った経験のある船坂谷の方に北東よりに下ることにしました。さっきのプレートに「船坂へ」と書かれた地点に戻りました。北東側を見ると堰堤や道も確認でき、崩落場所が途中にありましたがそんなに危険でもないので強引に下り降り、水路が出てきたので水路に沿って下っていきました。途中から民家が現れ、「桂山荘」西側の道を通って下りましたが、この道は以前下った船坂谷の道と平行して走っている道でした。→船坂橋バス停(17:25)→船坂(17:30)
阪急芦屋川→高座谷→キャッスルウオール→荒地山→黒五谷→打越峠→山の神→八幡谷→阪急岡本
<<詳細>>
阪急芦屋川(スタート9:30)→住宅地の中を登ります→高座の滝に出ます。→滝の茶屋、大谷茶屋(9:55)を通過した後5分くらい風吹岩方面メインストリートを歩くと右(東)へ下る途があり、高座谷方面へ。堰堤内側の広場に出ます(10:05)。そこではイノシシがいましたが、どうも餌付けされているようで登山者の食料目当てで常時出てきているようです。→高座谷→谷を進みます。地図では最初は谷の西側、続いて東側のルートが記されているが、実際は両サイドに途らしいものがあるようで迷いました。
途中でイノシシ親子が下ってきた。人間を気にするようでもなく自分の途だと言わんばかりに。子供ずれなので気が立っていると思い道をあけて通り過ぎるのを待ちましたが、子供は瓜子よりさらに小さいベビーでした。→キャッスルウォール近くの堰堤到着(10:50)まで5回ほど谷を横切りました。→堰堤からキャッスルウォールまでは東側に下っていきます。5分ほど歩くとウォールの岩肌の壁が見えます。キャッスルウオール→
からは谷に沿って歩き途中で奥高座滝に出ました。→奥高座滝(11:05)滝は二段で10㍍以上の高さがありましたが、補助ロープが1段目の右と、2段目中央にありました。それとは別に滝の左にも補助ロープが。でもこれらのロープで滝上りは止め、引き返して右から巻き道を利用して迂回。
このあとは谷の奥まで北行し、その後どうも南へ引き返すような感じで横池の近くに出た様子(11:50)。このあたりは地形に起伏がないため位置関係が掴みにくくかつ途が様々にあり特徴がないエリアでした。横池を少し過ぎたところのメインロードに出てきた。→その後10分くらい歩き荒地山方面に東進し荒地山に到着→荒地山(12:10)→荒地山頂で昼食後打越峠方面に引き返す。メインロードに出て雨ヶ峠方面の上り10分くらい行った後左(南西)に折れ、黒五谷の道に入る(13:35)→打越峠(13:48)→東へ少し横池に行く道(七兵衛山を右周り)を歩きその後山の神(14:27)を過ぎて八幡谷に→阪急岡本(15:00)
Recent Comments